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新規事業

「さて、沿線価値を高めるために新規事業を始めないといけない。ハンナ、何か出来ないかな」


 ピンと天井に伸びる兎耳を持つ秘書に昭弥は話しかけた。

 ルテティア博覧会の時、動線整理などで活躍しており、企画やイベントの才能があると判断して、昭弥はハンナを抜擢していた。


「企画は色々とやっているけど。ベンチャー制度が出来て新規事業は多い」


 田園都市会社では一定条件下で社員が在職中に起業することを許す制度を設けている。

 それどころか開業前に一年間の休職や開業資金の無利子貸し出しも行っていた。

 一見すれば人員削減策に見えるが、沿線の価値を高めるための独立支援計画だ。

 田園都市会社は駅ビルなどにテナントを展開しているが、全て埋めるのは困難だ。

 そこで昭弥はチェニス田園都市グループ従業員の中で転職したい人、起業したい人にテナントを貸し出して埋めて貰う事にした。

 会社は貸店舗を埋められるし、起業したい従業員は店舗を、それも駅ナカ、駅ビルという絶好の立地で展開することが出来る。

 家業を継がなければならない従業員にもこの制度を利用して、駅ビル・駅ナカに支店や店舗を移して貰う事でテナントを埋めていた。

 こうして駅の中に多くの店が溢れることによって買い物客が集まり、駅の価値を更に高める手法だ。

 現代日本のIT企業の中に社員に起業を許す会社があるのは、自社のネットワークに社員がベンチャー起業した店舗を加えることで利用者増加を狙ってのことだ。

 昭弥はそれを鉄道に応用していた。


「勿論、新規事業は多い。だけど、もっと帝国全土に知名度が上がるような大規模なプロモーションを、イベントを行いたいんだ。チェニスの広告塔になる様な事業が」


 チェニス田園都市株式会社は有力な企業となっているが、路線網が帝都、チェニス、アクスム周辺だけのため全国的な知名度はまだ足りない。


「そこで、帝国中に対してチェニス田園都市の広告塔になるイベントを催して田園都市鉄道の知名度上げると共に、観光客や観客を呼び寄せたいんだ」


「必要なの?」


「観光客だけじゃない。チェニスやアクスムの産物を帝国全土に売りさばきたい」


 広告は重要だ。転移前、有名作品とタイアップした商品があり、それまでの数倍、数十倍に売れるところを見てきた昭弥はその影響力を知っている。


「ウチは映画もやっているけど、国鉄はやはり強い」


 田園都市鉄道は阪急を見習い、映画会社を作って独自の作品を提供している。

 だが、大規模な会社に成長した国鉄系の映画会社の人気知名度は高く、田園都市が作った映画会社は苦戦していた。

 役者やスタッフを高給で雇っているが、帝国にある映画館の殆どが国鉄の駅ナカにあるため、昭弥の会社の作品が取り上げられる事は少ない。

 小規模な独立系の映画館を中心にフィルムを回して貰っているに過ぎない。

 良質な映画が出来ている自負はあったが、それでも予算の規模や製作数で負けているため、映画ファンならともかく、一般市民に対する知名度は国鉄系に対してイマイチだった。


「そこで、映画とは全く違う強力なコンテンツを新たに作り上げようと企んでいるんだ」


「映画では敵わないから新天地を作り上げるの?」


「そういうことだよ」


 強力な先行者がいるのなら、彼等がまだ開拓していないジャンルを切り開いていくのは定石だ。昭弥もその定石を試そうとしていた。


「何か案はあるの?」


「幸いにもアクスムは獣人の国だ。獣人の娘を使ったイベントが出来ると思うんだけど。大勢がステージに上がってパフォーマンスをするとか」


 毎日会えるアキバの女子グループを想像しながら昭弥は尋ねてみた。

 多種多様な獣人娘が踊ったりダンスをする姿は、脳内再生だけでも十分にインパクトがあった。

 ピョコンと出た獣耳に、ユラユラ揺れる尻尾。何より人間よりも身体能力に優れた彼女たちの踊りは独特のキレと躍動感がある。

 絶対にヒットすると昭弥は信じていた。


「出来れば全国に映像を配信したい。配給網は貧弱だけど、映像を届ければ知名度は上がると思うんだ」


 昭弥の提案を聞いてハンナは考えた。


「……うん。行けそう。やってみる」


「ありがとう。細かいところは任せるよ。盛大にやってね」


 こうしてハンナが中心となって獣人娘グループのパフォーマンス計画は始まった。




 計画開始から半月後、遂にプロジェクトは初日を迎えた。

 早く出来た要員は二つ。既に獣人娘の手配が出来たのと、田園都市株式会社の屋内プールが空いていたからだ。

 海岸リゾートが賑わいを見せているのでプールも受けると思った昭弥が駅前プールを作らせた。だが、屋内とはいえ町中で水着を着て泳ぐ姿に恥じらいを感じる人々が多く、プールは閑古鳥が啼いていた。

 海ならば旅先であり、開放的になれるが、町中だと知り合いに見られて恥ずかしいという感情が芽生えてしまい、積極的に泳ごうとする人は少なかった。

 開業当初より利用者は予想よりも少なく、水の維持管理に費用が掛かるためプールは早々に閉鎖された。

 イベントを企画した時点で水の抜かれたプールが丁度空いており、中央にステージを設け、段差があるため階段状の観客席を四方に設けるのに都合が良かった。

 休眠施設の活用ともいえるが、使わないより使った方が良いに決まっている。

 プロジェクトの会場としてプールに白羽の矢が立ち、突貫作業で会場が作られた。

 同時に沿線に広告を打って観客を集める。エリッサ神殿の時の手法が用いられ、田園都市鉄道全面協力の下、イベントの宣伝が行われた。

 かくして当日の会場は満員となり、立ち見も出るほどの盛況ぶりだった。

 やがて会場が暗くなると、鉄道会社所属の楽団が勇ましい音楽を奏で始める。

 ステージの両側にある二箇所の入り口にスポットライトが当てられ、それぞれ一人ずつ今日の主役となる獣娘が出てくる。

 一人はティナ・ティーグル、虎人族の娘で昭弥の秘書。もう一人はヴァルトラウト・ヴォルフ。元国鉄公安本部長で現在は田園都市警備会社の社長だ。

 今日は二人ともこのイベントの為に参加してきた。

 二人とも丈の長い白いジャケットを纏い、白のブーツを履いて中央のステージに向かう。

 ステージに上がると二人は司会者から紹介を受け、観客の歓声に応えた後、お互いを睨むように見つめる。

 そして纏っていたジャケットを脱ぎ払い、後ろに向かって放り投げると切れ込みの深いハイレグ水着姿を晒した。

 獣人族の卓越した身体能力を秘めた身体は流麗なラインで、身体にフィットした水着がより強調している。

 二人が後ろに投げ飛ばしたジャケットがスタッフに回収され、安全が確認されると司会者は叫んだ。


「ファイト!」


 ゴングが鳴ると共に、ティナが拳を振り上げてヴァルトラウトに殴りかかる。

 しかし、ヴァルトラウトは身体を僅かに横に逸らして紙一重で躱すと、足払いを掛けてティナを転倒させ、すかさず両脚を抱えて逆エビ固めを行う。

 背骨が折れんばかりに身体を反らされるティナだが、自由な両腕を使って身体を左右に振ってヴァルトラウトの姿勢を崩し抜け出す。同時に背後からヴァルトラウトを押し倒し両脚を持ち広げ、股関節を痛めつける。

 一方のヴァルトラウトも激しく身体を揺らして抜け出す。

 抜け出したヴァルトラウトはティナの足を持つと引きずり倒す。それでもヴァルトラウトはティナの足を放さず両脚を抱えてそのまま回転し、ジャイアントスイングを決める。

 そして、回転が最高に達すると会場の壁に向かってティナを放す。放物線を描いて飛んでいくティナは観客の頭上で姿勢を直し一回転すると、足から壁に着地。そのまま脚力で強引に飛び跳ね、直線上にステージに飛び込みヴァルトラウトにフライングアタックを敢行する。

 美しい獣人の女性が大胆なワザを繰り出す姿に観客達は大いに盛り上がり、歓声を上げる。

 最前列に座った見ていた昭弥は言った。


「一体どうしてこうなった」


 昭弥の目論見ではAK○のようなアイドルグループとライブハウスが出来るハズだった。歌や踊りで観客を熱狂させ、人気を集め、いずれは宝塚歌劇団のような劇を行うことも視野に入れていた。

 だが、どうして格闘技になってしまったのだろうか。


「歌や踊りで十分じゃないか」


「既に既存の歌劇団があるため、帝国内では獣娘による歌劇の評価は『色物』でしかありません。また彼女たちも歌や踊りが得意ではありません。それに会場がここしか開いていませんでした。この狭い会場で大人数が歌って踊ることなど不可能」


 隣にいたハンナが昭弥に説明した。鉄道関係には強くても、芸能その他娯楽に疎い昭弥には、帝国のエンタメなど分からずハンナに任せきりだった。


「出来る事など格闘技以外にありません。何より人々に人気があるのは格闘技ですから。呼び込むにはこれが一番です。そもそも闘技場などが盛んですから直ぐに集まってくるでしょう」


「けど、水着で戦うのはどうかと思うぞ」


 どう見ても客寄せの色仕掛けだ。観客の大半は彼女たちの身体の一部に集中している。


「プールの売り物が大量に余っていましたから有効活用させて頂きました」


 失敗した事業の不良債権を再活用しましたが何か文句でも? と言いたげなハンナの態度に負けて、昭弥は話題を変えた。


「……広いプールだったとはいえ、やれることは限られる。けど、一言言ってくれればスタジアムの一つを借り切ったよ」


「広すぎて試合を見ることが出来ません。それにカメラの問題上、他に企画はありませんでした」


「カメラ?」


「はい。昭弥の命令では帝国中に宣伝するとのことでした。そのためには全国に映像を流す必要があり、カメラで記録する必要があります。しかし、巨大なスタジアムで撮影するにはレンズの性能が不足で、遠くから鮮明な画像を得ることは出来ません。そこで、ステージに近く撮影範囲も狭い格闘技が一番最適と判断しました」


 転移前の世界で昔プロレスが盛んになった理由はニュース映画の配給が原因だ。ニュース映画で取り上げられたのはリングが狭いため、当時の未熟なカメラ――ワイドレンズがないため、視野の狭いレンズでも撮影が容易だったのも理由だ。


「そういうことでは仕方ないか」


 テレビ、インターネット配信、カメラ付きスマホに慣れている昭弥にはカメラの限界という知識が無かった。そのためにハンナの選択が格闘技になってしまったのは仕方なかった。


「……まあしょうが無いけど、利益は出るのかい?」


「入場券の他に、投票権を売り出しています。人気順にシード権やトーナメントの順番が決まる仕組みになっています。他にも各種グッズの販売を行っています。握手会やチケットにブロマイドを封入するなどサービスも万全です。何よりファンの射幸心を煽るために、誰が勝つか賭け事も行われています」


「ちゃっかりしているな」


 どこぞのグループ商法と同じ、いやそれ以上のやり方に昭弥は呆れた。

 現代日本の場合は消費者保護の問題が発生するが、リグニアにはそのような法律など無い為好き放題に出来る。


「まあ、イベントは成功しているから良いか。でも、二人があんなに戦う必要は無いんじゃ無いのか? 本気で戦っているし」


「今回の戦いで優勝すれば優勝商品がでますから。優勝者には一億リラが」


「額がデカいな」


 一般労働者の生涯収入と同じだ。


「賞金のインパクトによる宣伝効果も考えての事です」


「でもそれにしては必死すぎるぞ」


 確かに一億リラは大金だが、彼女たちは一応獣人族の要人の娘達であり、金持ちだ。金に目の色を変える必要は無い。何より昭弥は彼女たちには一般労働者よりも高額な賃金を払っている。常時では無く彼女たちが仕事をしているからであり、正当な報酬だ。

 金に困るような事案も無いハズだ。


「非公開ですが副賞として昭弥と一晩二人で過ごせる権利が与えられます」


「聞いていないぞ!」


 どこぞの画家の如く自分の愛人、今の場合、今晩の側妃をキャットファイトで決めるなどやりたくない昭弥は叫んだ。


「イベントを盛り上げるために協力して下さい」


「でもな」


「社長なんですか社員が猛烈に働けるよう協力して下さい」


 正論を言われてしまい、昭弥は黙るしか無かった。


「ああああ」


 その間にもヴァルトラウトがティナにロメロスペシャル――釣り天井固めを決めてギブアプさせ勝負は付いた。

 観客は大興奮して総立ちとなったが、小学校、中学校時代プロレスワザの実験台にされた昭弥のトラウマを引き出してしまい、昭弥は会場から逃げるように出て行った。




 結論から言いえば、獣娘格闘技の興行は成功した。

 各地建設された屋内プールはイベント会場にリフォームされ、連日格闘技が行われ、人々の間で人気を博していく。

 映像配信も順調で、売れ行きは好調。十分に元が取れた。

 何より、全国からフィルムを求める注文が殺到し昭弥の目論見通り全国規模で知名度は高まった。

 イベントは益々加熱し彼女たちの戦いを見たさに連日、帝国中から人々が集まり、田園都市は益々発展していった。

 何より日替わりで開催場所が変わるので熱心なファンは、例え遠距離でも駆けつけてくれるため、鉄道の収入も増えた。

 チェニス以外の地方巡業も行われ、獣人娘格闘技そして主催する田園都市会社の知名度も広がっていった。

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