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私鉄隆盛

 アルカディア視察を終えた昭弥は一〇〇〇〇系、チェニス田園都市鉄道新幹線と呼ばれ最高速度三〇〇キロ出せる高速車両に乗り込みチェニスに向かう。

 国鉄より要時間が三〇分余計に掛かるが、途中停車駅が多く、利便性が高いため、利用者数は多い。

 この日も乗った列車の座席は七割方埋まっていた。

 昭弥は客室の様子に満足しつつ個室に入った。普通の客室に入っても良かったのだが、リラックスしていると新たな鉄道の構想が浮かんくることがあり、セバスチャンに口述筆記させることがある。企業秘密を話すこともあるので防音完備の個室に入ることにしている。


「気前が良すぎではありませんか?」


 個室に入るとセバスチャンが尋ねてきた。


「何かおかしい事があるか?」


「ステンレス車両を気前よく国鉄に販売することですよ。公開しなくても良いでしょうに」


 先ほどまでアリサとしていた話について、セバスチャンは昭弥の方針に異議を唱えた。


「我々が作った技術ですよ」


「技術の伝搬も国鉄の重要な役割だよ」


 リグニア帝国において、最先端の技術を保有するのは昭弥の現代日本の技術知識が真っ先に伝わった国鉄だ。

 帝国の技術が短期間で進歩し発展したのも国鉄が再現、或いは開発した技術を帝国に惜しみなく公開していたからだ。


「何より優先すべきは国鉄が電車を必要としている。現状では国鉄自身が対応出来ていない」


「帝国各地で都市化が進んでいますからね」


 都市部への人口増加は近年急速に進んでいる。

 それはアルカディア、チェニスだけでなく、帝国各地の主要都市で起きている現象だった。


「農場での機械化が進んでいて人は余っている。反面、都市部には工場が建設され、工業も商業も盛んになりつつある。都市部は人手は幾らあっても足りない。農村部の余剰労働力を貪欲に吸収している。お陰で、都市部の人口は増大し各路線はパンク寸前だ」


 そのため国鉄の路線は乗車率が極端に上がり、ラッシュが各地で起きつつあった。


「国鉄総裁のガンツェンミュラーが頑張ってくれているが予算が少なく、効率的な投資が行われていない現状では解決不能だ。車両数を増やしているようだけどね」


 鉄道利用者が増加し各地の都市化が明らかになってきた。国鉄もここにきてようやく都市部への投資を始めた。


「路線の増設を行わないと対応出来ない」


「国鉄は増設するでしょうか?」


「しないだろうね。辺境部への線路増設に血道を上げている。電車の増備より路線新設のほうが難しい。費用も掛かるし利用者が多数使用している状況では工事など無理だ。それに路線周辺は既に発展しているから拡張も難しい」


 線路が開通したことによって駅周辺が発達し人々が集まってきたが、同時に家屋が密集し、線路を広げる余地が無くなった。

 また家屋の増加は権利者が多くなることでもあり、土地取得に莫大な労力が掛かる。


「それに苦労して広げても、周りの家屋が古くて小さい。人口密度が小さくて利用者の増大が見込めない。周辺の開発が進めば話は別だけど、運賃の値上げも認めていないし、これじゃあ建設費を償還するのも無理だよ」


「じゃあ、国鉄は打つ手無しですか」


「そうだね。そこで僕たちの出番だ」


 その時丁度チェニスのターミナル駅に電車は到着した。列車が止まると昭弥は直ぐさま下りると改札を出て国鉄駅に向かおうとする。


「これからルテティアに向かう。ルテティアも人口流入が激しくて都市化が進みすぎている。ルテティアの有力者達は交通問題と住宅問題解決のために私鉄の建設を願っている」


「そのまま行くのですか?」


「ああ、時間が無いからね。このままルテティアへ国鉄の新幹線で向かう。しかし、議員パスは良いな」


 ユリアの配偶者ととなって以来、昭弥も皇族の一員として認められており、貴族院に議席を持っている。ただし、皇族が政治に介入するのは宜しくないという伝統から式典への出席と会議の傍聴のみで発言や採決への参加はしていない。

 歳費も受け取っていないが議員パス、国鉄の無制限無料乗車券だけは受け取っていた。


「こいつのお陰でリグニア全土の都市に行くことが出来る。リグニア中に鉄道を広めるとが出来るぞ。何しろリグニア中の都市が人口流入で困っているんだからね」


 東武鉄道を率いていた根津嘉一郎は、日本中の私鉄へ投資したり経営に関わっていた。その際、衆議院議員として議員パスで国鉄を使って日本各地を飛び回っていたという。

 西武鉄道の堤康次郎も衆議院議員であり、近江鉄道の経営に参加していたから、国鉄の議員パスを使っていたと推測される。


「しかし、上手く行きますか? 昭弥様でないと経営は上手く行かないのでは?」


「セバスチャン。経営も技術だ。同じようにやれば誰もが同じ結果を享受出来る。確かに地域の文化や生活、環境によって変えないといけないけど、根本の原理原則は同じだ。資金を調達して線路を作り、車両を動かす。その時、安全でコストを管理して遅滞なく動かす。そのノウハウを教えれば上手く行く。それが技術だ」


 日本の大手私鉄は何処も多角経営を行っており、系列にはデパートや不動産関係が多い。

 これは小林一三が阪急電鉄でデパート、劇団、遊園地、土地開発を行い成功したパターンを真似したためだ。

 これは技術であり、技術は同じ工程を経れば同じ結果をもたらす。

 地域の差こそあれ、基本を見失わずに行えば誰でも出来る。

 小林一三は一人だったが、彼の思想と手法は日本各地の私鉄で適用あるいは流用され、私鉄が日本に根付く切っ掛けとなった。

 技術、システムを作り上げ他人に教えることが出来れば、自らはその場にいなくても他者を発展させることが出来る。


「田園都市株式会社を作ったのもそのためだよ。多くの人々に鉄道を経営して欲しいからね。都市での交通網を充実させ、動かす為にね。マニュアルを作ってパッケージにして売りたかったんだ」


「しかし、上手く行くでしょうか? 誰もが昭弥様のような方ではありませんよ。何より危険なのは、ヨブ・ロビンの様に悪用する可能性も否定出来ません」


 鉄道は独占企業であり、沿線住民に強い影響を与える。

 もし沿線へ移住した後、鉄道の運賃が高くて利用者が搾取されるような事態は避けなくてはならない。


「そこはティーベに頼んで、資産、人格共に立派な人だけに教えることにするよ。乱立する事は避けないといけないし。それに重要なのは人を集めること、沿線に居住者を増やすこと。多くの人が来て利用出来るようにするのが大事なんだ。そこさえ外さなければ利用者は増える。何より都市の私鉄は旅客輸送をメインに動かさないと経営が成り立たない。利用者の増加は必要だ」


 北方の快楽王との異名を取るティーベは社交的で交友関係も幅広い。自分の領地を訪れる上流階級や資産家の中から、鉄道に関心があり、なおかつ十分に活用出来るだけの力量を持つ人を昭弥に紹介していた。ティーベから紹介された人々に昭弥は喜んで田園都市株式会社が持つノウハウを提供していった。


「地方で開業しても沿線に人が集まりますか?」


「今は帝国全体で人口が増加している上に住居が不足しているからね。そもそも人口増加に対処するために私鉄を作ったんだ。油断しなければ人は集まる。そして人集めをクリアすれば、駅は集客施設になる。デパートや劇場などを作ればそこも十分に営業出来るよ」


「しかし、全てが上手く行きますか?」


「全てが上手く行くなんて神様だって出来ないよ。なら精々、上手く行く確率が少しでも高くなるように多くの人達に知らせたい。まあ、帝国には五〇以上の主要都市があるんだ。半数以上で成功すれば十分だろうさ


「失敗前提ですか」


「人のやる事に失敗は付きものさ。失敗する人が出たら、改めて赴いて手を貸して再建すれば良いだけだ」


「嬉しそうですね」


「ああ、鉄道事業者が増えていくのは良い事だろう。これで益々鉄道が増えていく。鉄道が増えていくのが楽しみなんだ」


 単純に鉄道が発展していくことを喜ぶように言う昭弥。だがセバスチャンはもっと単純な事に気が付いた。

 仲間が増える事が嬉しい。

 確かにこれまでも鉄道事業者は多かった。しかし自分、昭弥と同じような考え方の人間は少なかった。

 鉄道をただ単に貨物や人を運ぶだけの道具とみなしている経営者が多く、多角経営により鉄道を更に活用する人物は少ない。

 だが今は新たな鉄道ブームが起きて都市内の交通として鉄道が発展している。それも昭弥の考えに近い方式でだ。

 自分と同じ仲間が増えている事を単純に喜んでいるようだ。


「さあ、次の町に向かうよ。鉄道の建設を望んでいる人達が多いんだからね」


 言い終えた時、丁度国鉄駅に到着した昭弥はホームから国鉄の新幹線に乗り込みルテティアに向かった。


「しかし、全国を飛び回り過ぎでは」


 今日向かうのはルテティアだが、翌日には旧帝都リグニアに飛行機で向かう。時間短縮の為に飛行機を利用する事が多くなっていた。

 更に翌々日にはガリアの都市、ゲルマニアの都市など帝国中を昭弥は周り、私鉄の建設指導を行っている。


「少しでも私鉄を増やしたいからね。私鉄を各地に根付かせたい」


 目を爛々に輝かせて昭弥は語る。昭弥は鉄道の事になると疲れ知らずになる。そのことを昔から分かっているセバスチャンだったが、改めて見ると呆れてしまう。


「兎に角、あまり張り切り過ぎないでくださいよ。倒れられたら困ります」


「精々注意するよ。それと他にも指導できる人材を増やすように努力しよう」


 一応、コンサルティングの会社を作り、各地の私鉄に助言を行う体制を整えていた。それでも自分が直接指導したいばかりに、各地を訪問するのを止めない昭弥だった。


「それにコンサルティング事業や車両の販売も必要だろう」


「確かに売り上げも利益も上がっています」


 各地に私鉄が出来た結果、各社は運転本数を増やそうと躍起になっていた。特に田園都市鉄道の赤ガエルは加速に優れ、かつ整備性も良いため、引く手数多だ。最新の三〇〇〇系も注目を浴びており既に受注が殺到している。

 他にも信号設備やレールなど、私鉄ブームにより先駆者の立場であるチェニス田園都市株式会社への注文が相次いでいた。


「ですが、国鉄との競合路線が増える事を鉄道省は喜んではいません。私鉄の創立を抑制する方針です」


 国鉄と並行して走る私鉄に鉄道省は良い顔をしておらず、私鉄の新規設立を国鉄は認めていなかった。


「なに、方法は考えているよ」


 昭弥が意地の悪い笑顔を浮かべると、セバスチャンは手玉に取られるであろうヨブ・ロビンが狼狽する顔が脳裏に浮かび、ご愁傷様と思うと同時に、ロビンへの報復の快感を覚えた。

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