開通
「発破」
ブラウナーの命令と共に、発破技術者がスイッチを押す。
トンネルの奥から爆発音と共に鈍い振動が足下から響いてくる。
遠くの地中での爆発だが、周囲に振動を与える。
数秒待って、新たな振動が無いことを確認。ダイナマイトの不発は無さそうだ。
換気扇が回り、トンネル内部の爆煙を排気。土煙が無くなった時点で作業員達が次々と斜坑へ入っていく。
昭弥も作業員に続いて歩いて行くブラウナーに続いて入っていく。
斜坑の終点で曲がり、本坑へ。発破地点を目指して歩いて行く。
ヘルメットのヘッドライト。電池はベルトに吊しているので電球だけだが、非常に重い。
LEDなどないし小型の乾電池も無いのでヘッドライトは大きく重い。
作業員達も同じ物を装備しているが、慣れた様子で乱れることなく歩いて行く。
一応、保護板と強化ガラスで作られた電灯が壁面に設置されているが、爆風で破壊される恐れがあり、ヘッドライトは必要だ。
案の定、発破現場近くでは電灯が破壊されていて暗い。
足下に注意しながら昭弥は前に進む。
暫くすると前方から多数の光が見えて、昭弥達の目を眩ました。
「やったな」
同時に彼等は歓喜した。
前方からやって来た光は、第五工区の作業員達が灯すヘッドライトの光だ。
崩れ去った岩盤の破片を乗り越えて、昭弥達は握手した。
「おめでとうございます社長。全トンネル貫通しました」
最大の難工事となった第四工区と第五工区の本坑が繋がり、トンネル工事は完成した。
ここも瓦礫を撤去して断面を成型したあと、コンクリートを吹き付ければ、掘削作業は終了。
大アルプス山脈を越えるトンネルは完成する。
既に他の工区はすべての掘削作業を完了。内壁の構成とレールの敷設や信号設備など鉄道関連機器の設置を始めている。
「すこしズレがありますが、修正も直ぐに終わります」
「ああ、良かったよ」
昭弥は久方ぶりに笑顔を見せた。
「皆、良くやってくれた」
昭弥は作業員達に感謝の言葉を述べた。
喜びを全身で表す者もいれば、むせび泣く者もいる。それほどの難工事だった。
「社長おめでとうございます」
傍らにいたブラウナーが祝いの言葉を述べる。
「何とか開通しましたっすね」
「ああ、本当に苦労したな」
これまでの苦労を昭弥は思い起こした。
エリッサ神殿に建設の許しを得るために赴いたところ殺されかけた。
神殿周辺を再開発して復興させ、ようやく工事を始めたが、難工事の連続で負傷者多数。
途中でエリッサに抱きしめられたら、目撃したユリアの逆鱗に触れて殺され掛けたが、その時のアイディアが突破口になり、工事は無事に終了。
負傷者は出たが幸い死者は出なかった。
「これだけの工事だと死者が出てもおかしくないんだけど、皆無事で良かった。エリッサ神のお陰かな。後でお礼の品を奉納に行かないとな」
通常ならば死者が二桁、下手をすれば三桁に届きかねない難工事だった。だが、あれほど事故が多発したにも関わらず、負傷者は出ても死者は出なかった。
この日以来、エリッサ神殿は鉄道工事の神様としてチェニス田園都市株式会社社員を中心に信仰の対象となる。
「これで時速三〇〇キロで列車を走らせる事が出来る。アルカディア~チェニス間を一時間半で結べる」
既に新幹線技術を応用した時速三〇〇キロで走れる新車両の生産も始まっている。
アルカディア~チェニス間の建設は順調に進んでいた。
「しかし、トンネル建設に使った工事線はどうするんすか? 結構立派な建築になってますけど」
「避難路と点検用に残しておく。それに少し改良すれば登山鉄道として使える」
「登山鉄道?」
「山に登るための鉄道だ。急勾配と急カーブの連続で高速運転は不可能だが、ユックリとした動きで急カーブでくるくる変わる景色が楽しいぞ」
「確かに、工事線は楽しいっすよね」
速度が低く、所要時間は長いが、ループ線や橋、トンネルの連続で、右に左に移り変わってゆく景色が楽しい。
工事現場に入るとき際に利用する工事線からの絶景は難工事で疲れた作業員達の心を癒した。
「各所に展望台を作れば、絶景を見ようと人々が訪れるだろう」
昭弥としてはスイス鉄道のような観光鉄道に発展してくれればと考えている。
そもそも工事線は昭弥が台湾の阿理山鉄道の独立山スパイラル線を真似て作っており、絶景は堪能出来る。
勿論、工事用に作ったものだが、高度を稼ぐためにループ線を多用したスパイラル線を作り上げていた。
「麓の神殿にはアルカディア~チェニス間の直通列車を止める予定だから、観光客は大勢入ってくるはずだ」
「それは良いのですが、しかしこの後はどうするんすか?」
「この後とは?」
「この先は帝国本土です。鉄道敷設権は鉄道省が持っています。ヨブ・ロビン大臣は許してくれないでしょう」
昭弥を大臣の椅子から追い落としたヨブ・ロビンである。昭弥が再び鉄道事業に乗り出してくることを快く思っておらず、許認可を与えるはずがない。
チェニス田園都市鉄道を設立することが出来たのは、昭弥の領地だからだ。
領邦は一定の独立主権が認められており、鉄道の敷設も許されている。
大臣在任中は全ての鉄道を監督下に置きたかった昭弥だが、貴族の抵抗に逆らえず、やむなく残した権利である。だが、それを利用した今となっては残しておいて正解だった。
だが、トンネルから先は帝国本土。しかも帝都アルカディアへ乗り入れるとなると鉄道省の許認可が必要になる。
トンネルが掘れたのは昔の測量技術が悪く山脈の稜線沿いに境界が設定されず、チェニス公爵領がアルカディア側へはみ出ていたからだ。
これ以上は無許可で工事を行う事は出来ない。
「大丈夫。安心しろ。トンネルの開通で目処が立ったよ」
笑顔を浮かべながら、昭弥は安心するように言ったが、それでもブラウナーは気が気ではなかった。
昭弥はトンネルが開通したその日のうちにセバスチャンを連れて帝都アルカディアへ向かった。
そして内務省を尋ねた後に鉄道省へ向かい、ヨブ・ロビンに面会を求めた。
「トンネルが開通したようですね」
「ええ、無事に開通しました。これでチェニス田園都市鉄道はアルカディアへ乗り入れることが出来ます。今日はそのご報告を大臣にお伝えに参りました」
「帝都への延伸を認めた覚えはありませんが?」
昭弥を見下すようにヨブ・ロビンは言った。
これまではチェニスおよびアクスムでの事業であり、昭弥の領地だったために妨害は出来なかった。
だが、これ以上の延伸は帝国本土内に入るため、鉄道省の許認可が必要になる。
そして、ヨブ・ロビンは鉄道建設の許可を出していないし、今後も永久に許可を出す意思は無かった。
トンネル建設を黙認していたのは昭弥に無駄な投資を行わせるためだった。
しかし、昭弥は今も昔もヨブ・ロビンの許認可など気にしていなかった。
「必要ありませんから。ですが一応監督権を有する鉄道省に報告だけはしておこうと考えて参りました」
だから、昭弥はヨブ・ロビンの視線を気にせず、寧ろ滑稽にさえ思っていた。
つまり、からかう為に、昭弥は鉄道省にわざわざやって来たのだ。
(段々義父であるラザフォード公爵に似てきているな)
かつての主人であり昭弥の義父であるラザフォード公爵の事を思い出しながら、セバスチャンは二人の様子を見ていた。
「……どういう意味でしょうか?」
昭弥が自分に許しを得ようとしない態度に不安を抱き、ヨブ・ロビンは確認する様に尋ねた。
「領邦内ならいざ知らず、帝国本土内の鉄道敷設に関しては鉄道大臣である私の許認可が必要な筈ですよ」
「関係ありません」
「馬鹿なことを仰らないで下さい。鉄道法では帝国内の鉄道敷設権に関して鉄道省が許認可を行う事になっています。何より憲法によって帝国の鉄道は帝国政府が監督、立法権を持ちます。領邦は独立主権が認められていますが、本土内ではそうはいきません。これは貴方が在職中に成立させた法律ですよ」
「内容は良く理解しています。現大臣の仰るとおり、私が立案し、制定した法律ですから」
「ならば何故? 何故鉄道省の許認可を必要としないのですか?」
昭弥は笑顔で、まるで子供をからかう大人のような笑顔で答えた。
「チェニス田園都市鉄道がアルカディアに敷設しているのは路面電車ですから」




