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解決法

「さて、どうしたものかな」


 対策会議を終えた後、昭弥は一人で近くの資材置き場に来た。

 このままでは工事が進まないのは分かっている。

 しかし、開通させなければこの線路の意味が無い。


「大丈夫かい? 昭弥君」


「エリッサ様。どうしてここに」


「昭弥君が来ると聞いて駆けつけたんだ」


「はは、どうも」


「疲れているようだね。少し話を聞いてあげようか。何も出来ない僕だけど話を聞くことぐらいは出来る。話すだけでも気が紛れるはずだよ」


「ありがとうございます。けど、エリッサ様は役に立ってくれていますよ。祝福のお陰か死者は出ていません」


 あれほどの大事故に関わらず、負傷者こそ出たが、死者は皆無だった。

 もし、死者が出ていたら会社は勿論、昭弥の良心へのダメージはより大きかっただろう。

 これまでも大きな事故がある度に精神的なダメージを受けてきた昭弥だ。

 立ち直れなかったかもしれない。


「ははは、小神の祝福や加護も捨てた物じゃないね」


 よいしょ、と言ってエリッサは近くの鉄骨に腰を下ろした。


「そんなにトンネルを作る必要があるのかい? 工事用に作った路線でも十分に通れるんだろう。既に山の反対側まで通っていると聞いているよ」


「急勾配と急カーブが多くて速度が出ません」


 工事線は資材の搬入、土砂の搬出を想定しており、高速輸送は考えていない。

 工期短縮の為に急勾配も多く、途中ではラック式を採用している。

 ラック式は急勾配に強いが高速では運転出来ない。かつて横川~軽井沢間の碓氷峠で採用されていたが、スピードアップの為に廃止された。


「そんなに速く運転する必要があるのかい?」


「はい、国鉄の新幹線に対抗するにはどうしてもアルカディア~チェニス間を一時間半で結ぶ必要があります。それ以上時間が掛かると国鉄と勝負になりません。何より利用者が多くなります。折角作るんですから、多くの人に利用して貰わないと。使って貰わなければ作った意味がありません」


「使って貰う為に作るのかい」


「はい。それと使う側としても楽ですからね。少ない制限で運転出来るのは素晴らしいことですから。運転が楽になれば事故も減ります。後を継ぐ人が利用しやすいように出来る限り便利にな物を残してやりたいんです」


 それは昭弥の偽りなき本音だった。

 鉄道は敷かれたレールの上を走る事しか出来ない。

 真っ直ぐなレールなら走りやすいが、曲がりくねったり、アップダウンが激しいと加減速が必要になり、運転が難しい。

 だからこそ最初にレールを敷く者は出来る限り運転士が走りやすい線路を作ることを考えなくては為らない。

 それ故に昭弥はトンネルの建設を決めていた。

 トンネル内に急カーブを作ることもキツい勾配を作ることも反対だ。

 鉄道は多くの人に利用されるが、同時に多くの人達によって運営されている。

 電車の運転士、ダイヤ作成のスジ屋、運転管理の運転主任、運転本数を決める管理者。

 彼等が気持ちよく仕事が出来るように、使いやすトンネルを提供してやりたい。

 工事が困難だから現場で工夫して運用しろと放り投げることは昭弥はしたくない。


「君は本当に素晴らしい人間だ」


 昭弥の言葉を聞いたエリッサは、慈愛の笑みを浮かべて昭弥を抱きしめた。


「あの、神様」


「僕の信者になって欲しいくらい、本当に優しい人だ。他の人達の為を考えて仕事をしてる。そんな君に祝福を与えるよ。小神で加護が小さいけどね」


「……ありがとうございます」


 昭弥は感謝した瞬間、後ろに飛び退いた。

 鋭い斬撃が直前まで昭弥が居た場所を両断する。剣の勢いは止まらず、背後にあった鉄骨を両断してしまう。


「全てを凍らせよ! アイスフィールド!」


 呪文の詠唱と共に無数の冷気が地面を伝わって昭弥を凍り漬けようとしたが、エリッサの加護によって守られた。


「ユリア、リーネさん」


 攻撃を仕掛けてきた二人の名前を昭弥は引き攣った声で呼んだ。


「何故こんな攻撃を」


「不真面目な夫に喝を入れようと思って」


「鋼鉄を両断するミスリル製の宝剣での斬撃だと死ぬんだけど。僕はユリアと違って普通の人間だよ」


「ふんっ」


 昭弥が抗議するとユリアはそっぽを向いた。


「リーネ、どうして僕の昭弥に攻撃を仕掛けるんだい?」


「エリッサちゃんが襲われているを思って」


「ユリアの斬撃から守ってくれたんだよ。昭弥が抱きかかえてくれなければ僕は両断されていた」


 ユリアの攻撃から逃れるため、昭弥は咄嗟にエリッサを抱えて飛んでいた。

 それを口実にリーネは攻撃を仕掛けてきたのだ。


「何時まで抱き合っているの」


「あっ」


 ユリアに指摘されて昭弥はエリッサを抱きしめたままの状況に気が付いて、すぐに手を離した。

 エリッサは小さく舌打ちしたが昭弥は気が付かなかった。

 地面が凍り、鉄骨が両断された資材置き場を見て、昭弥は固まっていた。


「あ、ご、ごめん。資材を壊しちゃったことを怒っている?」


 怒りにまかせて斬撃を放ったユリアだったが、自分のしたことに気が付いて謝罪した。普段は優しい昭弥だが、鉄道関連のものが壊されると烈火の如く怒る。

 まして今回の件は全てユリアが行った事。鉄道の道に戻るように昭弥を説得したのもユリア自身である。そんな彼女が鉄道用の資材を壊したのでは示しが付かない。


「……」


 だが、昭弥はユリアの謝罪が聞こえないのか、鉄骨が両断され、凍り付いた資材置き場に視線を固定したまま動かなかった。


「あの昭弥。怒っているの? 許してくれないの」


 恐る恐る尋ねるユリアに昭弥は振り返り、両手を握りしめた。


「ユリア、力を貸して欲しい」


「え? ええ、構わないけど」


「よかった。それとリーネさん。貴方にも力を貸して欲しいんですけど」


「どうして私が貴方の言う事を聞かなければならないんですか?」


「お願いリーネ。昭弥に力を貸してくれ」


「エリッサちゃんの頼みなら喜んで」


 一瞬にして態度を変えたリーネに唖然とした昭弥だが、協力を得られただけで十分だった。


「よし、休暇から作業員が帰って来たら早速始めよう。ところでリーネさん」


「何でしょう?」


「凍結魔法を使える人は多いのですか?」


「私ほどの使い手は少ないけど。数人くらいかな」


「威力が半分くらいの人は何人います?」


「十数人くらい。三〇人まではいかないと思うわ」


「上等です。全員呼んでください」




 数日後、建設作業が再開された。

 懸念された工区の改善策が行われてのことだ。

 昭弥は異常出水が起きた第四工区に入り、改善策の出来栄えを自らの目で見守った。

 目の前には砕けた岩盤とその隙間から絶えず水が湧き出ていた。

 破砕帯の異常出水だ。

 坑内も川のように水が流れており、酷く冷たい。

 だが、昭弥を初めとする作業員達は目の前の光景、いや彼女を固唾を飲んで見守った。これが成功すれば作業を再開出来る。

 昭弥達の期待を一身に背負ったエルフの女性、リーネが前に進み、目の前の岩盤に向かってリーネが呪文を唱える。


「全てを凍らせよ! アイスフィールド!」


 強烈な冷気と共に、床の水が凍る。冷気は破砕帯に向かって突き進み、やがて全体を覆う。

 剥き出しになった岩盤が凍り付き、隙間から漏れ出ていた水も凍り付いて止まった。


「よし、第一段階は成功だ」


 リーネの凍結魔法によって、岩盤と水が一緒に凍って出水が収まっている。先ほどまで床を流れていた水も止まり、川のようだった地面は水たまりが残るだけだ。


「まだ足りないんですか?」


「はい。出来れば更に奥の岩盤も凍らせてください。出来る限り固く」


「しょうが無いわね」


 リーネは再び凍結魔法を詠唱して、更に奥の破砕帯を凍らせる。


「どうですか?」


「掛かったはずよ。奥まで凍結しているはず」


「よし、作業開始!」


 昭弥が命じると、後ろで待機していた作業員が凍った破砕帯の前に行く。

 手にした削岩機を凍った破砕帯に当てて次々と削る。


「上手く行っているな凍結工法」


 昭弥が考えたのは周囲の湧水を岩盤と共に凍らせて出水を抑え、その状態で掘削する凍結工法だ。

 通常は液体窒素か塩化カルシウム水溶液の冷凍液を使用する。だがこの世界にはマイナス五〇度以下に冷やす冷凍機が無いため、実施を諦めていた工法だ。

 だが凍結魔法で代用することで見込みが立ったことにより、採用に踏み切った。


「これで異常出水が抑えられる」


「でも奥まで凍結はしていませんよ」


「十分。凍結している範囲内を掘り進み、凍結が緩くなったら改めて凍結魔法を掛けて、凍結範囲を広げれば良いのですから」


 リーネの懸念に昭弥は涼しい顔で答えた。


「……一寸待って下さい。掘り進む度に私は凍結魔法を掛け直すことになるんですか?」


「どうかお願いします」


「……エリッサちゃんの頼みじゃなかったら断っているわ」


 不承不承ながらもリーネは凍結魔法をかけ続けることを了承した。


「他の現場も大丈夫そうだな」


 リーネのような凍結魔法の使い手が第四工区の各現場に配属されて破砕帯の凍結させ、トンネルの掘削に関わっていた。


「第三工区も大丈夫だろう」


 地熱が酷い第三工区もダイナマイト設置前に第四工区と同じく凍結魔法で周辺の温度を下げたている。冷えている間に爆薬を設置して、爆破して掘り進んでいた。

 ダイナマイトの自然発火は無くなり、工事は安全に進んでいる。

 これで工期の遅れも取り戻せる。


「さて第一工区はどうかな」


 第三工区を出て昭弥は麓の第一工区に向かった。


「作業の進捗状況はどうだ?ブラウナー」


 丁度視察に訪れていたブラウナーに尋ねた。


「順調です。換気を常に行ってガスが溜まらないようにしています。それにカッターヘッドを交換してから調子が良いですよ」


「だろう。何しろミスリル製だからな」


 昭弥のやったのはカッターヘッドをミスリル製に変えたことだった。

 ミスリルは銀の輝きを持ち、鋼以上の強靱さを持つ金属だ。ユリアの剣技もあるがミスリル製の剣ならば鉄骨を切断するくらい簡単だ。

 昭弥もその存在は知っていたが、使用は避けていた。

 理由はミスリルが埋蔵量と使用量が極端に少ないレアメタルであるためだ。

 鉄道は何万キロにも及ぶレールを必要とし、車両も何万両も必要とする。ミスリルを使用すれば車両とレールの性能は向上するだろう。だが、埋蔵量が非常に少ないために全てのレールや車両に使用すればあっという間に枯渇する。

 そのため配備出来る数、生産数は少なくなる。

 大量生産で使用出来ないため、昭弥はミスリルの使用を最初から放棄していた。

 最初に転炉を作って、鉄を鋼にしたのも鉄が大量にあるからだ。豊富にある鉄を使って簡単に必要な強度の金属が出来るなら十分だ。

 それ故に昭弥はミスリルをこれまで実験以外で使用したことはない。

 だが、大量生産して供給する必要の無い一品物を特別な作業に使うだけなら問題無い。

 シールドマシンのカッターヘッド一式分はルテティア王国の倉庫にインゴットで保管してあった。それをチェニス田園都市株式会社が購入した。


「昭弥の為なら喜んで提供します」


 と血涙を流しながらユリアは承諾してくれた。

 武器として使用すれば鋼鉄さえ切断し、盾に使えばドラゴンのブレスにも耐えるミスリルを土掘りに使うなど、勇者の力を持つユリアには耐えられなかったのだろう。

 理性では理解していても精神が耐えられず、血の涙を流したようだ。

 だが、彼女のお陰でシールドマシンは順調に稼働している。


「一気に掘り進むんだ」


 昭弥の作戦は簡単だ。

 頑丈になったシールドマシンでカッターヘッドを交換せず一気に掘り進む。

 力技だが、時間の無い今は有効な方法だ。


「薬剤注入とか考えておかないとダメだな」


 シールドマシンで掘る前にセメントミルクや水ガラス、石灰などを注入して湧水を抑える工法はある。

 だが、地質や地盤によって薬液の濃度や配合を調整しなければならない。

 機械系の昭弥はレールや車両生産の為に鉄合金の開発は行っていたが、薬剤などの化学系は苦手であるために手を付けていなかった。

 そのため魔法や使用を躊躇った素材を使うことになったが致し方ない。


「化学系を充実させないと拙いな」


 土木工事に必要な知識だったにも拘わらず、それが抜けていた事を昭弥は反省した。

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