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エリッサ神殿

 深い森の中を険しい山道が通っていた。未知だが山道故に所々に石が転がっており、歩き難いことこの上ない。しかも人通りが少ないため、落ち葉が多く、道を覆い隠してしまうため見落として遭難しかねない。


「この先がその神殿です」


 先を歩き道を確認していたセバスチャンが伝える。


「そうか、けど結構キツいな」


 険しい山道の中を一時間以上も昭弥達は歩いていた。

 鉄道写真を撮るために山道を歩いたことも多いため、山歩きに多少慣れている昭弥だが、それでもキツい。


「確かエリッサ神という神様だっけ?」


「はい、チェニスの主神です。かつて魔族に攻め込まれたとき一人の少女が土地を守りたいと願いをかけ、それに応えたアテナ神が祝福し神になったと伝えられております。以降はチェニスの守護神として信仰を集めています。小神なのでこの現世に顕現されています」


 この世界では、力が強く信者の多い大神は現世に降臨すると人間界に要らぬ混乱を与えてしまうため、神界に留まるのが不文律となっている。しかし力が相対的に弱い小神は現世に残っている


「しかし、どうしてこんな山奥にあるんだ」


 昭弥達の現在位置はアルプス山脈の麓付近。チェニスの端の方だ。チェニスの守護神ならチェニスの町の近くにある方が分かりやすい。

 昭弥の疑問にセバスチャンが答えた。


「かつてはチェニス市街地周辺にありましたが鉄道敷設の為に立ち退いてくれたそうです」


「こんな山奥に移動してくれたのにまた移動して貰うなんて悪いな。まあ、そのために僕を呼んだんだろうけど」


「しかし、社長自ら来る必要があったのですか?」


 セバスチャンは尋ね返す。

 昭弥が神殿を訪れたのは、神殿側の意向だった。

役員会で調査と研究を認められて直ぐに、昭弥はルートの策定と調査を行った。

 幾つか出た案の中で昭弥は最短ルートを取ることにした。

 建設費が安く済むし、開業後の所要時間が短いからだ。その分、工事は難航することが予想されたが、やってみる価値は十分にあった。

 そして実際にトンネルが掘れるかどうか調査活動を始めたが、ルート上にあるエリッサ神殿が調査を拒否し、神殿とその付属地への立ち入りを禁止した。

 迂回しようにも付属地は広大で、他のルートと変わらなくなってしまう。

 度重なる交渉の末に神殿が出した条件は、玉川昭弥本人が神殿に出向く事だった。


「先方が来て欲しいと言っているからね。他の担当者じゃ聞く耳を持たなかったと言うじゃないか。ここは僕が行くよ」


「仕方ないですね。ですが大名行列になっていませんか?」


 昭弥の後ろを見るとティナをはじめとする獣人秘書に妻のユリアまで一緒に来ている。


「どうしても一緒に行くと言って聞かないんだ」


「嫌な予感がするのよ」


 昭弥の言葉に続いてユリアが答える。


「邪神の可能性があるのですか?」


 セバスチャンはユリアの腰に下がったミスリル製の宝剣を見て、生唾を飲み込みつつ尋ねる。

 人に善人、悪人があるように、神様も人に良いことをもたらしてくれる神様もいれば、災いをもたらす邪悪な神様もいる。

 人々に不幸と災いを与える神を邪神と呼んでいる。

 かつては良き神も、時を経て邪神化していることが時折ある。

 そのような悪しき神は勇者によって成敗されるのが通常だ。

 勇者の血を引く者、力を継ぐ者としてユリアも度々各地に赴いて邪神を討伐することがあった。

 宝剣はその時に使用され、これまでにも数度邪神討伐に使われた。


「いいえ、女の勘よ」


「あ、そうですか」


 真剣な眼差しのわりに出てきたのが乙女な答えだったためにセバスチャンは転げそうになった。シーフとしての能力を生かして転がらずに済んだが、またおかしなことをこの姫様は言うのではないかとセバスチャンは思ってしまう。

 ルテティア王国王女の頃から見ているが、ユリアはどうも危なっかしい。

 先日、新たに生まれた男子である昭正を含め子供を三人も産んでいて、今また四人目がお腹の中に居るにも関わらず落ち着きが無い。


「くれぐれも宝剣は抜かないで下さいよ」


「保証出来ないわ」


「クラウディアみたいな事になったらどうするんだよ」


 セバスチャンの言葉を否定したユリアに昭弥がツッコミを入れた。

 かつて長女であるクラウディアがお腹の中にいるときに最大出力で魔力撃を放った結果、クラウディアは生まれながらにして魔力が多く、暴走させやすい性質を持って生まれてしまった。

 そのために昭弥とユリアはクラウディアに幾度も住まいを吹き飛ばされていた。

 対して昭輝と昭正は、妊娠中に攻撃魔法を使わなかったせいか、魔力暴走はなかった。魔法の素質も無いが、昭弥とってはどうでも良いことであり、我が子が健やかに育てば良いと考えている。

 そのために住まいと家族団欒は大事だと昭弥は思っていた。

 幾度も部屋が無くなるのは教育にも成長にも悪い。


「そんな小さいことはどうでも良いのです」


「小さいことかな」


 家族団欒の場が愛娘の夜泣きと共に吹き飛ぶのは重大な事だと思う昭弥だが、ユリアにとっては違うらしい。


「まあ、偶には一緒に行くのも良いかな」


 完全武装しているのが気になる昭弥だがユリアの同行を許した。このところ昭弥が碌に家に帰っていないので少しでも罪滅ぼしにと思ってのことだ。

 軽口を叩きつつも一行は山道を進む。やがて開けた場所にたどり着いた。

 木々のない、小高い丘のような場所に佇む、大理石で出来た小さく古い神殿が目的地であるエリッサ神殿だ。


「他の神殿はもっと大きいんだけどな」


 リグニアやアルカディアの大聖堂を見ている昭弥には小さく感じる。転移前に見た地元の神社と思えるほど小さい。


「本当に人がいるのかな」


 現代日本には無人、神職の居ない神社も多いので昭弥は本当に人がいるのかと怪しんだ。

 その時神殿から一人の女性が出てきた。


「うわあ」


 出てきた女性を見て昭弥は驚いた。昭弥より長身で腰まである長い金髪に切れ長の瞳、何より特徴的なのは左右から突き出た長い笹のような耳。

 エルフである。


(いや、ここはエリッサ神の神殿だ。女神自身かもしれない)


 神々しい姿に昭弥は思わず背筋を伸ばし、丁寧に挨拶と自己紹介をした。


「失礼します。チェニス田園都市株式会社社長、玉川昭弥です」


 隣にいるユリアの視線が険しくなり、昭弥の背には冷や汗が流れるが、動揺を隠し平静を維持する。険悪な雰囲気に目の前のエルフが機嫌を損ねないかと昭弥は心配したが、彼女は気にすることもなく挨拶を始めた。


「ご丁寧にありがとうございます。エリッサ神殿最高司祭を勤めておりますリーナです」


「え、そうなんですか」


 昭弥は思わず口にしてしまったが、リーナは気にすることなく説明を続ける。


「エリッサちゃん、いえ、エリッサ様が陞神したときからお仕えさせていただいております」


「エリッサちゃん?」


「はい、私たちは幼馴染みです。かつて魔族がチェニスに襲来したとき、皆を守ろうとエリッサ様が祈ったとき神々により祝福され陞神されました。授けられた神の奇跡によってこの地をお守りになられ、五〇〇年以上信仰されております」


「そうなんですか?」


「チェニスの御領主様ならご存知だったかと思いましたが」


「鉄道に掛かりきりで知りませんでした」


 この世界に転移して以来、ルテティア王国鉄道、リグニア国鉄に掛かりきりで領地のことは代官に任せきりだった。領地のことなど、時折やって来る承認の書類にサインをするだけだ。

 責められているように感じたため、空気を変えようと昭弥は話題転換を試みる。


「人間から神様になれるの?」


「はい、神の力を与えられて、その姿のまま悠久の時を過ごすことが出来ます」


「そうなんですか」


 昭弥は感心した。日本でも先祖の魂は時を経て神になるという考え方があるので、別に不思議ではなかった。本物の神となり、与えられた超常的な力を与えられて発揮されるところがいかにもこの世界らしいが。


「元人間とはいえ、エリッサちゃん、いえ、エリッサ様は神です。失礼の無いようにお願いします」


「勿論です」


「可愛く美しい方ですが、決して粗相や劣情を催さないで下さい。失礼にあたります」


「は、はあ」


「余りに酷いようでしたら」


 リーネは右手を掲げて指を鳴らした。

 空中に人間大の氷の塊が出来たと思うと、落下して床に当たって砕け散り、氷片が周囲に飛んだ。


「私はエルフの魔法も使うことが出来ます。特に凍結に関する魔法が得意です。もしエリッサ様に粗相があれば、氷漬けにさせて貰います」


「は、はい」


 魔法もとんでもない代物が、睨み付けるようなリーネの視線に昭弥はたじろいだ。

 最高司祭としての信仰心よりも強烈な感情がリーネの中に渦巻いている。

 一通り説明が終り、リーネは先ほどのような冷静さを取り戻して昭弥達に伝える。


「エリッサ様がお待ちです。どうぞこちらに」


「は、はい」


 リーネに促されるまま、昭弥達は神殿の中に入った。神殿の中は質素なもので装飾も殆ど為されていない。自社のターミナル駅の方が余程ゴテゴテしている。

 ただ、古いがよく手入れをされている雰囲気だ。


「エリッサ様、お連れしました」


 リーネが呼びかけると神殿の中央部の祭壇が光り輝き、そこから小さな人影が現れた。

 光が収まって、目が慣れてきて、ようやく姿形が見えた。

 現れたのは、腰まである長い黒髪の少女。昭弥の胸の高さくらいの背丈しかない。

 どう見ても年下だが、背後に差す後光と、何より前に突き出るように尖った胸。垂れずに鋭く張りのある双丘が存在感を示しており、これだけでも奇跡であり神と認めても良いほどだ。

 横にいたユリアが踵で足の甲を踏まれるまで、昭弥の目はエリッサ神の胸に釘付けだった。


「あんなの神になればいくらでも盛ることが出来るわ」


 不機嫌そうにユリアは吐き捨てる。子供を三人授かってもユリアの胸は以前と変わりがない。


「偽物に何を求めているの」


「エリッサちゃんは人間の頃から育っていたわよ」


「リーネ、止めてくれないかな」


 流石に恥ずかしくなったのか、黙っていたエリッサがリーネを止めた。


「やあ、初めまして僕がエリッサだ。君が昭弥だね」


 気を取り直してエリッサ神がボーイッシュな声で昭弥に尋ねてきた。


「は、はい、そうです」


 骨が折れているのではないかと疑うほどの激痛で脂汗が出ている昭弥だったが、精一杯背筋を伸ばして平静を装って答えた。


「そう、君が昭弥か」


 フレンドリーな雰囲気に昭弥は足の痛みも忘れて安堵する。

 エリッサは値踏みする、いや昭弥の姿を目に焼き付けるように全身を見渡して再び口を開いた。


「なら……」


 姿相応の愛らしい天使のような笑顔をエリッサは見せた。神々しさは無いが暖かみのある親しみやすい笑顔だ。


「死に晒せや!」


 次の瞬間、それまでの愛らしい天使の笑顔から一転してエリッサは怒髪天となり夜叉のよな形相となった。

 両腕を頭上に上げると自身の小さい身体の何倍もの巨大なエネルギーの球体を生み出して昭弥に向かって放った。

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