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市町村再編

「ちーす、工事の進捗状況を……」


 ブラウナーが報告書を持って執務室に入ると、昭弥が書類を前にしてうなされていた。


「どうしたんすか?」


 いつもならどんな難しい問題でも、鉄道関連に関しては鼻歌交じりに対処している昭弥が、眉に皺を寄せて唸りながら考えている。


「そんなに難しい問題なんですか?」


「ああ、行政文書は難しい」


「あ、領内の行政ですか」


「そうだよ」


 昭弥は認めた。


「今度、領内の行政区分を変える予定でね」


 現代日本で例えれば、市区町村の区割りを鉄道中心に変更しようと昭弥は考えているのだ。


「どうしてそんな事を?」


「鉄道が開通するからだ」


「不要なのでは?」


「いや必要なんだよ。鉄道の利便性とかを考えると。例えば役所に書類を提出しに行くとき、役所のある駅まで何度も乗り換えて行くのは大変だろう」


「言われてみればそうっすね」


 同じ市内なのに中心部にある市役所へ行こうとしても直接結ぶ路線が無いため、自宅の最寄り駅から市外のターミナル駅へ行き乗り換え、別の路線で市役所の最寄り駅へ行くことは多い。


「そこで一本の列車で直ぐにたどり着けるように市区町村の区割りを変更。市役所の位置や出張所も変えるんだ。市町村の領域を路線周辺に区分けしてしないなら乗り換えの必要を無くす。分岐点があるならそこから放射線状に伸びるように市町村を設定。市役所も分岐駅に設けて乗り換えの手間を無くすんだ」


「めんどいですね」


「本当に面倒くさいよ。出張所などの小さい施設なら各駅に作ることが出来るけど、役所とかの大きな施設を急行停車駅や分岐駅に設けてなおかつ住民が乗り換えせずに行ける場所になるよう区割りを作るんだからね」


 その区割り線を何処に引くかで昭弥は悩んでいた。

 やっていることは放射線状に延びる東京・大阪の路線図に沿って都内、府内の市町村を再編するに等しい。

 現代日本なら議会の反対とかで数年かかるだろう。チェニスは昭弥の領地の為、昭弥の決断一つで出来る。


「一番キツいのが行政手続きや権限の委譲だよ。どんな権限を渡すか考えないとね」


「適当に任せたらどうですか?」


「前にそれをやって路面電車の管轄を鉄道省から内務省に奪われた」


 大臣時代に昭弥が犯したミスの一つだ。鉄道省が大きくなり過ぎたため他省庁へ権限の委譲を行っていたのだが、疲れていたため路面電車の管轄権まで渡してしまった。間違いだったから返せと言ったが、一度奪った権限を内務省は返してくれなかった。

 何とか監督権は残したが、路面電車とはいえ鉄道の権限を内務省に奪われたのは痛かった。


「だから行政手続きや権限に関しても精査して委譲することにする」


「面倒くさいことをしますね」


「でも住民のサービスを考えると必要だ」


 鉄道による都市開発でも行政は重要だ。財政的な援助や許認可の他に、住民への行政サービスの提供が遅滞なく行われるよう住宅開発を行う会社が行政に頼むことは多い。

 チェニスの場合は領主と社長が一緒なので問題無かったが、それでも現場の仕事、特に他の部署との調整が上手く行くように制度を整える必要がある。


「それに駅周辺に行政施設が多いと駅の利用者も増えるし」


「それが目的ですか」


「ああ、その通りだよ。駅に行けば大半の事が出来るようにしておけば、駅の賑わいは確保されたようなものだ」


「市役所の行政手続きの為に多くの人がやってくるのは大変ですよ。それに市役所に行く人は多いですか?」


「役所に用のある人だけではないよ。役所の職員も遠くから通勤してくることを想定して作っているんだよ。市役所も職員の数が多いからね。周辺の商店も潤うよ」


 東京の都立大学駅はかつて文字通り都立大学があったための命名だ。大学が存在した時は周辺の商店も賑わっていたが、移転と共に寂れた。学生向け以外の商店への影響も大きかった。学生からの波及効果が無くなったこともあるが、教職員の利用が激減したからだ。


「役所以外にも学校や体育館、競技場などの公共施設を建設する予定だ。これらの施設を利用するお客様の他にも職員の鉄道利用を想定している。特に学校は期待しているんだぞ。生徒数が増えるだろうからね」


「なんでですか?」


「入居者の殆どは新婚、あるいは出産を機に広い住宅へ住み替える人が多い。大概子供の一人や二人は居る世代だ。その子供達が成長して就学するとき、通学時に鉄道を利用する。その時の定期券収入が鉄道会社の柱になる」


 鉄道会社にとって定期券収入は大きい。特に通勤と共に学生の通学定期は大きい。割引率は大きいが鉄道の大きな収入である事は間違いない。

 なにより年間を通じて一定の利用が見込め、しかも予測可能な収入である。大きく増える事は無いが減ることも無い安定的な収入となり、十年単位での事業計画を考える事が出来る。


「しかし、子供が成長したら就職するのでは」


「都心の会社に就職して貰うように経済を発展させるよ。で、通勤定期に変えて貰い、都心のオフィスに向かわせる。で結婚して子供を作って貰う」


「凄く打算的ですね」


「会社が儲かるように仕組みを作るのが経営者としての僕の役割だからね。鉄道経営者として鉄道会社が儲かる仕組みを作らないと」


「しかし、学校に行く人が増えますかね?」


 ブラウナーは予備役とはいえ帝国軍大将だが士官学校は卒業していない。

 ルテティア王国軍に年齢を偽って入隊した元少年兵で幸運と戦功で昇進を繰り返し、将官になっている。


「授業料が高いのでは?」


 普通に学校に行きたいと思ったことは勿論ブラウナーにもある。だが、授業料が高いのと家族が多いため自分も稼ぐ必要があり、軍隊に入隊した。

 学校に行けるような余裕のある家庭が多数あるかどうかブラウナーは疑問だった。


「アクスムとチェニスの世帯収入は増えているよ。子供を学校へ行かせるくらいの余裕は出てきている。通学費用も出せるくらいにね。あとは沿線周辺に学校を作って呼び寄せれば良い」


「行政が作ってくれますかね?」


「作るよ。領主自らが言っているんだからね」


 どや顔で昭弥は宣言した。


「あ、そういえば社長ってチェニスとアクスムの領主でしたね」


 鉄道関係の仕事ばかりしているのでブラウナーは勿論、昭弥本人も忘れがちだったが昭弥はチェニス公爵とアクスム国王という肩書きと領地を持っている。


「そうだよ。領民の為に学校を鉄道沿線に作るよ。憲法にも保障されているしね」


 義務教育が制度化されたため、帝国各地に公立の学校が建設されていた。

 高等教育を行う学校や大学も作られつつある。


「チェニスとアクスムでは各種高等学校や大学も沿線に作る。通学に便利なように歩いて通える範囲に作る。これで利用者は更に増えるよ」


「権力の乱用と言われそうですね」


「権力を使って、良い成果が上げられれば政策、悪ければ悪政と呼んでいるだけだよ」


「元老院の議員達と大同小異のような」


「建設費の中抜きしか考えていない田舎者の馬鹿と一緒にするな。鉄道が建設された後の活用や収入増大の方法を僕は考えているんだ。何より領民の為になる」


「ご立派です。それはそうと入居者の希望が予想より多くなっています」


「十分に土地も住宅用の土地も確保しているはずだけど」


「それでも在庫が足りないそうです。現時点で販売目標数を上回っています。特にターミナル駅近くの物件が凄い勢いで売れて行きます」


「やっぱり近い方が良いよね」


 現代日本でも駅近く、それもターミナル駅に近い駅の物件は割高傾向にあった。


「新たに住宅の建設を考えても宜しいのでは?」


「新規路線建設の余裕は無いよ」


 現在チェニス田園都市株式会社はチェニス~アムハラ間の本線を建設しているため、他の新規路線を開発している余裕は無い。


「分かっています。そこで新規建設予定のルートにバス専用道を敷いて貰っても宜しいでしょうか?」


「あ、そっか。どうせ並行してバスを走らせる予定だからバス専用道だけ先行して開業させても問題無いな」


「はい、それに駅から少し離れた住宅団地でもバスで結べば十分に利便性は確保出来ると考えますが」


「いいよ。進めて。いや進めて欲しい。ありがとう」


 昭弥はブラウナーの計画に承認のサインを行った。


「任せて欲しいっす。それでは新たに作る住宅団地の区割りをお願いするっす」


「って、仕事が増えちまったぞ」


 ブラウナーは昭弥の承諾書を受け取ると、そそくさと執務室を後にした。

 後日、山のように行政文書が昭弥の元に追加されたのは言うまでもなかった。

 お陰で昭弥は暫くの間、行政文書に掛かりきりとなり、開業日まで鉄道に手が付けられなかった。


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