騒動
「! 何だ!」
慌てて外に出て進行方向を見ると、数人の貴族が剣を抜きあっていた。
「何をしているんだ!」
昭弥は思わず声を荒らげた。
「手出し無用!」
「こいつは私を愚弄した!」
貴族の決闘現場に遭遇してしまったようだ。個室の中で話していたら些細なことから行き違いで決闘騒ぎになったか。
ルテティアは武闘派で、暴力が最大のコミュニケーションです、というお国柄。貴族の間では決闘騒ぎが多く、公式な解決法となっている。
昭弥はまだ吹っ掛けられたことは無いが、決闘が日常的に行われている。
「待って! ここは列車内です! 他のお客様の迷惑になることはご遠慮下さい!」
「貴族の名誉を保つ決闘を迷惑だと!」
「貴様! たたっ切るぞ!」
あまりの勢いに凄まれて、一言も出なかった。
しかし、ここは鉄道、それを汚されるわけには行かなかった。
「やめて下さい! 鉄道内では鉄道保安法により傷害は禁止されています! 抜刀もです! ご利用頂くからには、ルールを守って下さい」
はじめは、貴族の利用は無かったが、徐々に増え出し一等の個室を占有するようになっている。道路事情が劣悪な上、馬車の性能も良くないので鉄道を使う貴族は増えている。
だが、貴族といえどルールは守って貰わないと。
「鉄道は街道と同じだろう!」
「船のようなものです!」
決闘や敵討ちには作法や禁忌があり、その一つにもし同じ船に乗り込んだ場合、それぞれを船の端と端に載せて、追われている方を先に下ろし、敵討ちを再開する。あるいは決闘を行うというものだ。
船が非常に高価だった時代、決闘で船を傷つけ利用者に不利益が及ばないようにするためだった。
「次の駅で降りて貰います! 武器を下ろし、従いなさい!」
「断る!」
だが、貴族は一切従うそぶりを見せなかった。
どうするべきか思案していると、急に列車が停止した。
誰かが非常ブレーキを作動させたらしい。突然の事に昭弥は前につんのめり、貴族二人は後ろにひっくり返った。
床をごろごろ転がる三人の側に一つの影が近づき、貴族の剣を全てひったくってしまった。
「大人しくしろ!」
奪った剣でセバスチャンは、二人を威嚇した。武器のない二人はなすすべなく降伏し、駆けつけた車掌に後ろ手に縛られた。
「大丈夫でしたか?」
二人を個室に拘束してから、セバスチャンが駆け寄り昭弥をねぎらった。
「ああ、大丈夫だ。それよりありがとう。ブレーキは君が?」
「ええ、いけなかったんですか?」
「いや、助かったよ。不問だ。それどころか暴行犯を捕まえた功労者だ、表彰ものだよ」
そういえば栄典制度を整えていなかった。功労者をねぎらう制度を整えた方が良いなと昭弥は思った。
「兎に角、休んでいてくれ」
昭弥はセバスチャンをねぎらうと、車掌に乗客に怪我人がいないか確認するように命じ、同時に事件を説明し遅れを謝罪するよう命じた。
幸い大きな混乱も怪我人も無く列車は再び走り始め、無事に次のアダムス駅に着いたがそこで新たな事件が起こった。
「では、宜しく頼みます」
「了解しました」
駅員に暴れた二人を引き渡し鉄道公安隊に引き渡すよう依頼したのだが、その時構内で悲鳴が上がった。
何事かと思い、向かってみると、役人と貴族らしき集団が一つの家族を無理矢理連れ去ろうとしている。
「何をしているんですか!」
昭弥が駆け寄って、問い詰めると貴族らしき一人が、答えた。
「逃げ出した農奴を捕まえに来たんだ。手出ししないで貰おう」
「どうして分かるんですか」
「年貢の滞納をずっと続けていたからな。何度も取り立てに行ったら、顔を覚える。怠け者の顔など覚えたくないがな」
顔をゆがめながら役人は言うが、ここで退く事は出来ない。
「ここは駅構内です! 構内での暴行行為は禁止されています!」
「これは我が領内の問題だ!」
「いや駅構内は鉄道会社と鉄道公安隊の管轄です」
「ここは我らの領地だ! 貴様らが勝手に鉄道を引いただけだろう! 不入の権を行使する!」
「いいえ! 鉄道会社の管轄内であり、正統な手続きを経て構内になりました! 護って貰います!」
「だが、我らの領地と権利を侵害しないと社長が議会で言ったでは無いか!」
「それは鉄道の施設外のことです!」
その時、事務所近く、先ほど拘束した貴族のあたりで一悶着があった。
「若! 叔父上様が縄で縛られております!」
「何!」
昭弥を置いて、貴族が駆け寄ると更に怒気を上げた。
「貴様! 我が叔父上を縄で縛るとは、平民の分際でオートヴィル男爵家に歯向かう気か!」
オートヴィル男爵家。
たしか議会で自分に質問した貴族だったなと昭弥は思い出した。
かなり、強情で強気なプライドの高い人物だと覚えていて、その一族が相手だと厄介だなと思った。
その間にも自分の配下の役人を使って、貴族のうち叔父を解放している。
「やめて下さい! 何をしているんですか!」
「不当な拘束を解いただけだ」
「車内での傷害未遂、武器の抜刀の現行犯です。鉄道公安隊が逮捕、処罰します」
「貴族の名誉を守る行為が犯罪だというのか!」
激昂した男爵公子が、昭弥に剣を向けた。
だが、昭弥は怯まず、答えた。
「私は、鉄道に対して全責任があります。それを阻害する者は何人たりとも許しません!」
「なんだと!」
「そこまでだ!」
その時、駅事務所から銃を持った複数の駅員が出てきた。
盗賊の襲撃があるため、自衛の処置として駅に配備して欲しいという要望があったため、設置したものだ。
昭弥は、暴発や盗難などを心配して配備したくなかったが、こちらの世界にはこちらの世界の事情があると判断し、許可した。
駅長指揮の下、駅員達は銃を微動だにせず構え、寸分の狂いもなく銃口を貴族と役人に向けていた。
「抵抗するな!」
「き、貴様らは貴族に銃を向けるのか」
「必要とあらば、鉄道に害を為すというのであれば!」
しばしにらみ合いが続いたが、やがて貴族が不利を悟り、剣を降ろした。
「一班捕らえろ! 二班は銃を構えたまま援護!」
駅長の指揮で、駅員が二手に分かれて一隊は拘束にはいり、一隊は銃を向けたままいつでも撃てるようにしていた。
かなり手慣れた様子で昭弥が、驚いているうちに、駅員達は彼らを拘束した。
「完了しました!」
駅長が報告してきた。
「あ、ああ、ありがとう」
昭弥は感謝すると共に疑問をぶつけた。
「かなり手慣れているね。どうしてだい?」
「はい、この辺りは盗賊が多いので、どこも自警団を編成するなど自衛処置をしていますので、銃の扱いなどは手慣れています」
「なるほど、お陰で助かったよ。貴族にも立ち向かえるのか」
「いいえ、それは社長のお陰です」
「え? どういうことだい?」
「社長が断固とした態度で宣言してくれたからです。お陰で我々は迷うこと無く動くことが出来ました。法律はありますが、貴族相手ですと法律を破ったり、ごり押ししたり、裏で圧力をかけてくる可能性があるので。我々のみならともかく、会社にご迷惑をかけてはいけません。なので手を出せませんでした。社長が前に出てくれたので自分たちも動くことが出来ました。本当にありがとうございます」
「あ、いや」
昭弥にそんなつもりは無かった。
ただ、何としても鉄道を護ろうと思っただけだった。
だが、それが部下達を動かした。
それだけのことだ。
そして、それが思わぬ結果をもたらすことになる。
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