融資交渉
「チェニス田園都市株式会社ですか」
昭弥は次の目的地である帝国銀行本店、総裁執務室に入り、部屋の主であるシャイロックと会談していた。
昭弥の企画書を読んで、シャイロックは顔をしかめた。
「どうしてチェニスに」
「わがチェニスは帝都アルカディアの裏玄関として発展しています。そのため人口の流入も著しく、都市の環境悪化が懸念されています。その改善のために鉄道を中心とした都市開発を進めようと考えています」
昭弥は正直に述べたが、伝えていない部分もあった。
本当はアルカディアに鉄道会社を作りたいのが本音だ。
人口が流入して爆発的な発展を遂げている新帝都アルカディアにこそ都市鉄道は必要だ。
だが、昭弥を追い落としたヨブ・ロビンが帝都アルカディアに新鉄道会社を作ることなど許さないだろう。鉄道会社の認可は鉄道大臣の所管であり、大臣が拒絶すれば設立できない。
何より新帝都アルカディアは昭弥が鉄道中心に作り上げた都市であり、現在でも十分に機能している。
しかし、それは数年で破綻しうると昭弥は考えている。
キャパシティ一〇〇万人の都市に一〇〇〇万人の人口を収容することは出来ない。
いずれ限界が来る。
限界を超えれば様々な問題が出てくる。
昭弥の考える都市鉄道を敷くことで限界を引き上げる事は可能だが、ヨブ・ロビンが敷設を許すはずがない。
だから昭弥はアルカディアに作るのを諦めた。
だが、チェニスは昭弥の領地だ。
先頃、帝国憲法が公布されたが、元となったのは封建主義が色濃く残るドイツ帝国憲法であり、領邦の主権が認められている。
国鉄規格に合わせる必要が出てくるが、領主の権限で自由に鉄道会社を作り、線路を敷設することが出来る。
昭弥はこの条項を利用して鉄道建設を画策した。そして実績を立ててからアルカディアへ進出しようと考えていた。
「さらにアムハラもアクスム王国の首都として発展しています。アクスムは近年石油とゴムの産業が発展し経済が拡大しています。住民の収入も上がっていますので住宅需要も旺盛です。しかも両都市の間は百キロほど。都市間交通としても有望です。新事業を行うのにこれほど素晴らしい土地はありません」
何よりアムハラも人口増加で問題が発生しやすい状況となっている。
都市問題の解決は最早待ったなしだ。今すぐ動かなければ手遅れになってしまう。
「それで計画のために資金が必要で出資して欲しいと」
「はい」
事業実現のために昭弥は熱心にシャイロックに対してプレゼンテーションを行う。だがシャイロックは冷静なままだ。
「帝国銀行は民間企業への貸し出しは行っておりませんが」
帝国銀行は銀行への貸し出しが業務であり、民間企業への貸し出しは行っていない。
一企業に帝国銀行が直接融資を行うことは不可能だ。
「判っています。そこで田園都市会社のグループ企業として作る銀行の設立許可と、その銀行への貸し付け、そして貸し付けた資金を田園都市株式会社グループへの融資する許可して頂きたいのですが」
「又貸しに聞こえるが」
「黙って又貸しするより良いでしょう。法律にも違反しておりません。それにこの事業が成功すれば、帝国にとって大きなプラスになります。諸都市で流入する人口による環境悪化を解決し、帝国に更なる発展をもたらす事業であると自負しております」
「確かに人口流入による人口増加と都市環境の悪化は聞いております」
昭弥の指摘にシャイロックは頷いた。
帝国銀行総裁として、各支店から帝国の経済状況を常日頃から聞いている。その報告からも昭弥の現状認識は正しい。
その解決策が提示されたことは、シャイロックとしても喜ばしい。何より商売のチャンスである。
元々ルテティアの商人であるシャイロックは利に聡かった。商売の種を見つけ、獲物を狙う獣のような目つきになった。
「しかし、想定している規模が大きいですし人員も必要では」
だからこそ、シャイロックは慎重に見極めようとした。理論が正しくても実践出来なければ、そして利益を上げることが出来なければ事業は失敗する。
「これから集めていきます」
「今からですか?」
「はい。全てそのまま揃っていることなどあり得ません。帝国だって元はリグニアの一都市国家に過ぎず、その都市国家も何も無い場所から生まれました」
「何も無いところに種を植えても芽は出ませんよ」
「肥沃な土地でも手入れをしなければ、育つ環境にはなりません」
「確かに」
幾ら肥えた土地でも、水はけを良くしたり、動物に荒らされないように管理しないと作物は育たない。
人口が多い都市も同じであり、人口が多い分、発展の可能性はあるが多すぎる人口は荷物でもある。
鉄道のお陰で帝国は発展し衛生状態も改善して人口が増加気味。しかも、鉄道の生産技術が他の分野に応用されて各産業に機械が導入され、労働者の求人はうなぎ登り。
職を求めて帝国各地から人々が集まってきている。
彼等が集まったことにより、住環境は悪化しており、問題が起きつつある。
この状況を改善出来るのであれば、更なる成長が見込める。
「それで融資を頼みたいと」
「はい」
「成功しますか?」
「成功させます。成功させなければ、帝国に未来はありません。成功するまで挑戦します」
「この事業が失敗しても?」
「この失敗を糧に都市問題を解決する方法を考えます」
「開き直りに聞こえますが」
「そう受け取って貰っても構いません。そのために融資を受けられないのは仕方ないでしょう。しかし、銀行の設立認可だけは貰っていきますよ。貰うまで出て行きません」
「ふむ」
昭弥の意気込みを聞いてシャイロックは少し考え込んだ。
「少々、自分の置かれた状況を理解しておられないようですが、事業は大丈夫なようですね」
「……どういう事です」
「今すぐ銀行設立の認可と融資を命じましょう」
「ありがとうございます」
満額回答に昭弥は喜び、シャイロックの手を握って感謝を表した。
そして、提示された書類を見て、昭弥は満額回答ではなかったことを知る。
「あの、総裁」
「何でしょう?」
「金額が間違っています」
「そうでしょうか?」
「桁が一つ増えています」
「そうですよ」
「何故増やすんですか。あの金額以上は無理ですよ」
事業を行うには元手が必要だ。そのために借金をする。しかし、借金が多ければと利息の支払いだけで汲々となってしまう。
日本の鉄道が新線になるほど運賃が高くなるのは建設費とその借金返済のために運賃を高くしているためである。
東海道リニア新幹線も東京~名古屋間のみ先行建設して後で大阪に延伸するのも、建設費用を全て返し終えてから再び建設することで莫大な利払いを避けるためだ。
「しかし元となる資金は必要でしょう。しかも、企画段階から見ても大規模な初期投資となります。実現するにはそれだけの費用が必要です」
「それは判っています」
初期投資を抑制すると十分な基盤を調える事が出来ない。
特に昭弥が最初に敷設する路線は今後の計画の大幹線となるため、大規模な路線を作る必要がある。
そのためには大規模な投資が必要なのも事実だ。
特に鉄道建設は一度着工したら途中の変更は難しい。営業を開始した後は変えることなどほぼ不可能だ。
だからこそ、計画段階から念入りに進めなければならない。
しかし、時間を掛けて計画を進めようにも、都市開発は待ったなしだ。
最悪の場合、鉄道建設予定地に住宅が建ち並び、地権者が増えて用地買収が困難となり、建設不可能になる危険もある。
だから、今やらなければならない。しかし同時に利払いのことを考えると昭弥も簡単に頷く訳にはいかない。
昭弥の悩む姿を見て、シャイロックは声を掛けた。
「大丈夫ですよ。私も金貸しのプロです。無意味な事業に投資はしませんし、不要な金も貸しません。それに借金の利子を恐れていることも理解しています。貸し付けから五年間は無利子で貸し出ししましょう。事業が軌道に乗って返済能力を身につけるのに十分な期間でしょう」
「ありがとうございます」
昭弥は改めてシャイロックの手を握った。
「これが貴方の言う状況を理解していないという事ですか?」
「いや、違います」
「どういう事ですか?」
「兎に角、今すぐチェニスに戻りなさい。こんな所で時間を浪費している暇はありませんよ」
納得の行く話は最後まで得られず、半ば追い出されるように昭弥は執務室から退室させられた。




