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地方のための鉄道

「ああ言っているがどう思う?」


 昭弥が出ていた後、別室に控えていた人物にラザフォードは尋ねてみた。


「難しいでしょう。地方議員を納得させられるとは到底思えません」


 別室から出てきて答えたのは鉄道省で議員への対応を行っているヨブ・ロビンだった。

 三〇代の人当たりが良く、大人しい物腰で多くの人が警戒心を解くような人物だ。

 だが今出てくる言葉は意外なまでに辛辣だ。


「何より殿下は鉄道の事ばかり見ており、帝国全体を、政治を見てはおりません」


 ヨブ・ロビンは強烈な要求を突きつけてくる議員達を何とか宥めるべく連日議員と折衝を続けていた。

 ようやく元老院を前に議員達を抑えたばかりだというのに、昭弥は新鉄道整備基本法を拒絶した上、憲法発布を提案した。これでは面子が丸潰れだと地方議員達は怒っている。

 当然、その怒りは昭弥本人ではなく、折衝に当たったヨブ・ロビンに向かった。

 苦しい立場に追いやられたヨブ・ロビンは非常に怒っていた。

 確かに昭弥は政治的な手腕はあるが鉄道関連に限定されており、他は疎い。特に人の考え方や感じ方に対して疎いところが目立つため、利害関係者の反感を買いやすかった。

 その反感をヨブ・ロビンは利用していた。


「帝国全土に道路の整備は進んでおりますが、道路がありますが地方には鉄道を必要としている地域がまだまだ沢山有ります。鉄道は帝国の根幹。鉄道を敷設しないという事は帝国が彼等を見捨てたも同然。地方に鉄道を広げるべきだと考えます」


 地方議員との交渉が多い立場上、彼等の不満をぶつけられていたヨブ・ロビンは地方議員の言葉を伝える。


「新幹線は短時間で帝国各地を結ぶことが出来ますから。従来の路線を更に広げれば寄り多くの地域を結べます」


 リグニア国鉄では、新幹線も在来線も標準軌で統一されているため、新幹線でも在来線へ直接乗り入れることが可能だ。

 そのため帝都や主要都市とを簡単に結べる事が出来るため、地方議員が鉄道を求める欲求が現代日本より高まっている。しかもそのハードルは低い。

 鉄道が通れば直接帝都に行けると考えている地方の人は多い。その鉄道を通さないと公言する昭弥に対する不平不満は大きい。


「何より今回の憲法提案は唐突すぎます。リグニア帝国を壊すようなことを許してはなりますまい」


 一つの法律を帝国の基本方針あるいは最高規範とするならば、適合できない領邦は崩壊するだろう。そのため地方議員や領主は昭弥の憲法案を潰そうと必死だった。

 その不満も纏め上げてヨブ・ロビンはラザフォードに断言する。


「このままだと帝国は割れるでしょう」


「どうしてだ」


「現在この国には四つの勢力があります。まず一つ目は貴族を中心とする、既得権益を守ろうとする者達です。技術革新に乗り遅れた、あるいは乗り遅れつつありますが、元老院では絶大な権力を握っています」


「彼等が反発するというのか?」


「反発と言うより、他を押さえつけようとしています。元老院での議席数は彼等の方が多いのですから」


 その言葉を聞いてラザフォードは溜息を吐いた。

 かつて帝国の貴族は帝国の為に成すべき事を成す高潔な人材の筈だった。

 公共のために私財を投じ、戦争となれば先頭に立って戦う。

 莫大な富の所有を許されるのは、彼等が義務を、帝国発展の為に仕事をするからだ。

 それが代替わりした途端に自分たちの地位と富を守るために権力を行使するとは情けない、とラザフォードは思う。


「彼等に助力を求めるのか」


「いいえ、彼等は時流に遅れつつあります。帝国の発展の為には彼等は邪魔になりつつあります。安定のため、伝統維持のために残しておくとしても過剰に権力を与える必要はありません」


 舌がよく回るとラザフォードは思ったが、ヨブ・ロビンの言葉を遮ることはなかった。それどころか更にヨブ・ロビンに喋らせる。


「他の勢力はどうだ?」


「資本家の連合です。鉄道や新技術により新たな産業を作り出し、富を生み出す者達です。彼等は既存の規制を邪魔だと感じています。故にそれを排除するよう求めています。何より新たな事業を求めています」


 ヨブ・ロビンが言葉を濁していることをラザフォードは感じ取った。

 新しい事業とは地方への新線開発であり、彼等にとって新たな市場を開拓するに他ならない。

 昭弥の改修計画は地味なものに映り、既存権益を守るための行動のように見えている。勿論、建設や車両などの事業者にとっては新たな開発だが、土地開発の業者にとっては市場の縮小でしかない。

 しかもリグニアでは土地開発の事業者の方が建設系の事業者より多い。

 資本家の多くは原野を開拓して売るのが仕事であり、既存の土地を発展させるのは苦手としている。ある程度開拓できたら他へ売りさばいて利益を確保する。それを元手にして新たな土地を開拓するのが仕事だ。

 新規の鉄道建設がないという事は開拓地も新たに出来ない訳で、事業はいずれ停止する。

 食い扶持が無くなるのを宣告されたようなものであり、地方へ鉄道を延ばす気がない昭弥は開拓地を事業とする資本家にとって悪魔である。

 排除に動くのは当然と言える。


「憲法についてはどう思っている?」


「古い慣習法で事業を妨害されることが多々あり、規制撤廃、新憲法制定を条件付きながら認めています。自分たちの権益が守られるのなら断りますまい」


 全国共通の法律が施行され、しかも明文化されれば、離れた土地でも同じように事業が出来る。この地方のしきたりだと言って妨害されず、寧ろ帝国の法に従えと胸を張って資本家は主張できる。

 そのため資本家は憲法には賛成だ、とラザフォードは理解していた。

 人権保護、労働者保護など生産活動に規制を掛ける部分を除いて資本家は賛成している。


「残りの一つは労働者か?」


「はい、彼等は無産階級ですから」


 奴隷階級から解放された人々や、元々無産階級の人間は自分の子を産む以外の財産は自らの労働しかない。

 しかも奴隷は財産だったが、労働者は金で買える商品であり代替可能。

 奴隷なら保護される法律もあったが、今は奴隷制度が廃止されたために保護の法律も廃止。

 新たに出てきた労働者の出現など古の議員達は想像もしなかった。そして労働者は使えなくなったら資本家に捨てられる。

 状況は悪化したと言って良い。

 そこで自分たちの権利を守ってくれ、保護してくれと労働者は帝国に要望している。


「憲法は支持しているか?」


「はい。ただ、私有財産の廃止や没収などを主張する勢力もあり、国の根幹を潰すでしょう」


 ケーレスから入って来た共産主義思想は行き過ぎであっても、労働者保護の思想は、彼等を雇う資本家から見れば都合が悪い。

 安い給料で長時間働かせた方が人件費が掛からず、利益が多くなるからだ。

 だから労働者と資本家の対立が激しくなっていた。

 最近のストライキやデモも、労働者保護を法律で決めるか否かで揉めることが多い。


「それら三つに組みしない者達はどうだ?」


「中産階級の人々は守るべき物は自分の家庭です。上に文句を言おうと思っていても現状維持を優先させるでしょう。彼等の生活を守ることを保証すれば支持されます」


 鉄道と帝国が発達する過程で新たな階級、中産階級。読み書きや計算など知的な活動を行い、貴族や資本家程ではないが労働者より裕福な中産階級が現れた。

 中産階級は企業の管理職などに就き、帝国の繁栄を支えている。

 彼等は生活に余裕があり上昇志向もあるが、同時に落ちぶれる恐怖も感じており、現状維持が多数を占めていた。


「では以上を踏まえて君はどう思う? 殿下の提案や方針をどう思っている?」


「現状の鉄道省、国鉄では昭弥殿下の都市交通計画の実行は実現不可能です。実行すれば地方との摩擦を生み出し、計画中止となり、地方における国鉄の信頼は無くなるでしょう。いずれ都市交通の改善は必要ですが、地方整備が終わってからです。憲法については施行すべきでしょう。帝国全土が鉄道により結ばれた今、統一された効率的な法律は必要不可欠です。ですが、不要な部分も多いの事実。憲法制定は大改革となり今後の帝国の行方を大きく左右するでしょう。強行すれば殿下と皇族、ひいては帝国の威信に傷が付きます」


「君に解決策はあるのかね?」


「勿論です。殿下には鉄道大臣及び国鉄総裁から退いて貰い、実力のある者が代行者となり、帝国の現状に合った憲法を施行します。その上で地方鉄道の敷設を優先し国土を発展させます。そして都市交通を改善し帝国を更なる繁栄に導くことです」


 憲法を施行すれば地方との摩擦が大きくなる。だが今は鉄道が発達して帝国中が短時間で結ばれている。今は統一された法体系を必要としており、憲法は不可欠だ。

 だが実現しようとすれば大きな反発を受けてしまい、実行者は帝国の嫌われ者になる。

 皇族の権威を損なわぬよう、昭弥には大臣及び総裁を引退して貰い、代行者が憲法を施行して貰う。

 当然反対派は多いため、地方への鉄道整備で丸め込む。

 都市交通はそれ以降に実施する。

 以上がヨブ・ロビンの提案だった。


「そして国鉄の実力者が君という訳か」


「私は若輩者にて力不足です。ラザフォード大臣が鉄道大臣に就任していただくのが適任かと」


 謙遜するヨブ・ロビンだが、その瞳に野心の炎が揺らめいているのをラザフォードは見逃さなかった。だがそのことは指摘せず、ラザフォードは話を続ける。


「私は、鉄道大臣を務めたことがあるが役に立たなかったぞ」


「補佐する者がいなかったからです。ですが今はガンツェンミュラーをはじめとする優秀な者達がおります。ラザフォード様のお力になるでしょう」


「私は無能だぞ。殿下が職務不能になったとき鉄道大臣を務めたが執務を滞らせた。国鉄の方も停滞していた」


「あの時とは状況が違います。今ではガンツェンミュラーが実力を発揮しまし始めました。何より先の戦争で我々は鉄道を活用しケーレス軍を殲滅、ブリタニアを奪回しました。それも殿下のお力は殆ど借りていません。すべてはラザフォードの大臣のお力です」


 ブリタニア奪回作戦は最後こそ失敗したが、昭弥の協力無しで帝国が成果を上げた鉄道事業の一つだ。

 そのため一部の帝国人達は昭弥がいなくても帝国のこれからを繁栄させることが出来ると考えていた。もし、鉄道が衰退しても自動車や航空機の発達があり、鉄道を補完できると信じはじめていた。


「殿下が育てた鉄道を使っただけだ」


 ラザフォードは謙虚にヨブ・ロビンに事実を語る。しかし、ヨブ・ロビンは信じなかった。


「はい、殿下の優れた手腕で鉄道は発展しました。しかし、今やその技術は殿下だけの物ではありません。殿下の播いた種が各所で芽吹き、咲いております。各地の産業で新たな技術が作り出されております。今や我々は殿下から自立して鉄道を帝国を運営できるようになったのです」


 誇大妄想気味なヨブ・ロビンの言葉をラザフォードは白け気味に聞いていたが、ふと尋ねてみる。


「地方議員や資本家を纏めるのは骨だぞ」


「私が説得します」


「出来るのか?」


「何度も折衝のために幾人も会いました。顔は広く繋げております」


 国鉄の交渉担当として何人もの議員と何度も面会して話を取り付けていた。


「ふむ」


 ラザフォードはヨブ・ロビンに背を向けて考え込んだ。


「ご子息の事が気になりますか?」


「まあな」


 外に広がる新帝都の夜景、電灯の火が灯される近代建築を見てラザフォードは考える。

 ほんの十数年前まで、このアルカディアは何も無い土地だったはずだ。ラザフォードも来たことが無かった。今やこの新帝都は発展している。それも昭弥の手によってだ。

 しかし、今後を考えるとどうだろうか、とラザフォードは考える。

 地方と帝国はこれまで以上に密接になっている。地方の反乱は中央にとって悪夢だ。

 地方が反乱を起こさないよう懐柔することこそ、帝国の伝統とも言える。彼等の要求を無視することは出来ない。

 昭弥の能力が必要か、ヨブ・ロビンの能力が必要か。

 都市交通整備を行う力が必要なのか、帝国の地方と資本を纏める力が必要なのか。

 ラザフォードは両者を天秤に掛けた。


「……自分の無能が分からないバカは一度痛い目に遭わないと分からないようだ」


 ヨブ・ロビンに聞こえるように独り言を言ってラザフォードは命じた。


「君の思うようにやり給え。ラザフォードの名にかけて大臣交代と憲法施行が行われるよう手伝おう」


「ありがとうございます」


 ラザフォードはヨブ・ロビンを下がらせた後、宮内省大臣官房第三部の部長であるスコルツェニーを呼び出した。

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