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嵐の前触れ

「あはははははは」


 ユリアの高笑いの声が謁見の間に響いた。


「いい気味よ」


「陛下、はしたないです」


 側に戻ったエリザベスがたしなめたが収まらない。


「だって、本当にいい気味なんですもの」


 事の結果について今、帝都から報告を受けたところだった。


「心残りと言えば、あいつの吠え面が拝めないことぐらいね」


「陛下には、お仕事がございます」


「ええ解っているわ。それとエリー、私の事はユリアと呼んで」


「職務中なので、陛下とお呼びしなければ」


「私とあなただけしかいないのに?」


「公務中ですから。連絡文書を読むというのも立派な公務です」


「少し硬いわね」


「申し訳ありません。このような性格なので」


「いいわ、私の側に居てくれるんですもの。それで書類はこれで終わり?」


「はい、次は上奏です」


 大臣や国の有力者が国王へ意見や提案を行うことを上奏という。通常は文章のみで済ませるが、上位の者は直接行う。


「怠いわね」


 ただ、殆どは予め提出してあったりして儀礼的なものに留まるため、ユリアにとっては決まり切っていることを大げさにやっているだけの、無意味だと思っていた。


「やめますか?」


「出来るの?」


「陛下がお望みであれば」


「じゃあ、そうして」


「そう仰られると思って、昭弥様には既に通知済みです」


「なんてことをしてくれたの!」


 先ほどまでの態度とは一変して大きな声でユリアは叫んだ。


「お止めになるのでは?」


「さっきはさっき、今は今よ! 直ぐに追いかけて撤回して! ドレスを着替えるから手伝って、髪型も変える。宝石も合わせないと。そうだ、身体も洗わないと」


「ですが既に、昭弥様は謁見の間を離れて東屋に向かっております。姫がお茶会を行いたいので先に向かってくれと伝えておきました。軽装で大丈夫かと」


「ありがとうエリザベス! 愛しているわ!」


 ユリアは、すぐさま着替えて東屋に向かった。




「ああ、陛下。仕事は終わったのです……」


 そこまで言って昭弥は絶句した。

 白く輝くドレスにロングの手袋。首元には宝石のちりばめられた白銀のネックレス。頭にはティアラ。

 装飾過剰に見えるが、美人のユリアが纏うと、彼女の引き立て役でしかない。


「どうかしましたか?」


「いえ」


 昭弥は少し見ほれてしまい、慌てて取り繕う。


「こうしてお茶会をするのは久しぶりですね」


「そうでしょうか?」


「ええ、殆ど報告のための謁見や会議、移動の合間に馬車や客車で話すだけです」


「そうでしたか」


 言われてみれば最初にお茶会に誘われて、鉄道を調査すると言ったのが全ての始まりだった。


「思えばいろいろな事がありました」


「ええ、その時王国は鉄道で滅亡の危機。それが昭弥のお陰で鉄道が王国を発展させている。思ってもみなかったことです。本当に感謝しています」


「まだまだ、発展はこれからですよ」


 自信満々に昭弥は話した。


「それで思いました。これだけの功績を立てているにもかかわらず、何ら栄誉を与えていません。そこで昭弥を貴族、伯爵に叙任しようと思います」


「へ、陛下」


 側で聞いていたエリザベスが驚きの声を上げた。


「何処の者とも解らない異邦人に伯爵とは」


「あら、この国は建国当時、兵士や野盗や傭兵、商人が成り上がりで貴族になったのよ。今更一人増えても構わなくては?」


「昔の話です。いきなり貴族にするのは」


「あの、そんなに凄いんですか?」


「当然です」


 エリザベスが厳しい声で言った。


「特定の公職を務めたり何らかの功績を挙げれば騎士となり、更に特別な功績を挙げれば勲爵士として一代貴族、当人限りの貴族となります。さらに王国に多大な功績を挙げた者には男爵以上の継承貴族、子々孫々まで相続できる称号が与えられます。伯爵は継承貴族の中でも中位に位置し、代々功績を上げた貴族に与えられる侯爵、王族を示す公爵に次いで高いものです。新参者として与えられる爵位としては最高の栄誉です」


「え」


 エリザベスの説明に昭弥は戸惑った。


「いや、そんなものをいただけるほど、何かした覚えは」


「いいえ、昭弥の鉄道会社や諸政策のお陰で王国は何倍にも国力が増しました。王国史上

かつて無いことです。本来ならもっと高位の爵位を与えたいほどです」


「それは事実ですが……」


 不承不承にエリザベスが肯定した。


「ささやかですが、どうか受け取って下さい」


 ユリアが熱心に勧めてくるので遂に昭弥は折れた。


「は、はあ。ありがとうございます」


 昭弥は頭を下げて答えた。


「それで昭弥、実は……」


「陛下! 緊急連絡です!」


 ユリアが何かを言おうとしたときマイヤーが乱入してきた。


「どうしたのマイヤー」


 少し不機嫌にユリアは尋ねた。


「アクスムが軍を動かしました。軍勢が国境を越えました」


「どういうこと」


「いつもの国境紛争です。国境画定のための軍事行動と思われます」


「またですか」


「国境が画定していないんですか?」


「川を国境としたため、増水期のあと川の形が変わることが多いのでその度に紛争が起こるのです」


 川が出来ると一時的に浸食されるが、上流の土砂が流れ込んでくると川底が埋まりはじめ、川が浅くなり、溢れやすくなる。溢れた部分は大地を削るため、新たな川となってしまう。

 中国の黄河は有史以来、幾度も川筋を変えており、河口が何回も変わっている。

 更に鉄道開通によって、チェニスに人が増えたことも緊張を高める要因となっていた。

 特に、チェニスとオスティア間に沿岸部を結ぶ路線を開設してから、余計に増えた。


「王都から軍勢を送りなさい」


「はい、移動のために昭弥をお借りします」


「どうして」


「へ、私?」


 マイヤーの言葉にユリアと昭弥は驚きの声を上げた。


「鉄道を使い、軍勢を移動させます。鉄道なら直ぐに移動できるでしょう」


「まあ、そうですね」


 昭弥は自信満々に答えた。

 軍隊も極論すれば人と貨物なのだから、運ぶなら鉄道が一番早い。


「なのでいただいて行きます」


「うへ」


 そう言うなりマイヤーは、昭弥を脇に抱えて連れて行ってしまった。


「もおっ」


 消えていった二人を見てユリアは地団駄を踏んだ。その後の言葉は何ら記録されていない。




「さて、軍勢を移動させたいのだが」


 鉄道本社にやってきたマイヤーは昭弥に相談した。


「移動予定の軍勢はどれくらいですか?」


「そうだな連中は五万を動員しているから現地と合わせると七万は欲しい。なので帝都からは三万という所だな」


「三万人ですか」


 現在の旅客定員は一本最大千人。なので人員だけなら三十本用意すれば良いのだが。


「運ぶ貨物はありますか?」


「そうだな大砲が二〇門に馬が一万頭。現地にも食料があるが、送って貰えると嬉しい」


 貨物列車も三十本ほどになると昭弥は計算した。


「六十本か。追加を考えると更に十五本から二十本必要だな」


 何が起こるか解らないので予定より増やすことにしている。


「ダイヤグラムを持ってきてくれ」


 昭弥は、セバスチャンに命じてダイヤグラムを見た。

 何本も引かれている線から通せる本数を見る。同時に手配できる本数を確認する。


「一日当たり十二本が限度かな」


 昭弥は呟いた。


「もっと増やせないか?」


「間隔が広いので出せますけど、機関車と貨物列車の手配が付きません。他の路線にも必要なので」


 現在急速発展中の王国鉄道は機関車も客車、貨車すべてが引く手あまただ。増備を進めているが、追いついていないのが現実だ。


「今日は六本。明日、十二本が限度です。しかし、連絡を出して明後日、明明後日には更に本数が出せるように予備や空いている列車を集めます。何本か運休させて回せないかも考えます」


「……わかった。任せる」


 それだけ言うと、マイヤーは出ていった。

 だが翌日、列車の準備をしていると、社員の一人が血相を変えて出て報告した。


「王都南岸駅とアクスム国境のチェニス駅、それとオスティア駅が大混乱です」


「どういうことだ」


「王国軍が集まり、混乱しています。また、一部の部隊が勝手に列車を乗っ取って走らせています。更に、一部の部隊が一般列車で移動しています」


「どうしてオスティアも混乱しているんだ」


「チェニス線が既に満杯となり、本数の多いオスティア経由で移動しようとした部隊がいて、乗り換えで混乱しているようです。オスティアまでの本数は多いですが、チェニスへの便は少ないので留まるしかないのです」


 昭弥は頭を抱えた。

 乱されてはまともなダイヤなど無理だ。


「マイヤーさんは?」


「既にチェニスに向かって昨日のうちに出立しました」


 更に昭弥は頭を抱えたが、そうしたところでいつまでも問題は解決しない。


「しょうが無い。出せる列車は順次出せ。それとオスティア経由で行かないように命令を出してくれ」


「軍に対する命令権はありませんよ」


「王国から直接命令して貰う。チェニス線で確実に送ると伝えろ。チェニス線で輸送する」


 ルビコン線は、基幹線で王国鉄道の中でも本数が多い。ここが混乱すると鉄道が停止する。だから、本数の少ないチュニス線を使う。


「解りました」


 すぐさま出て行く。


「どのように解決するつもりですか?」


「準備の出来た列車から順次出す。折り返しで出す。一部は沿岸線経由でオスティアに出す」


「何故です?」


「王都からオスティアへ行く荷物がないので一部の貨物列車は空の状態で移動している。その分をチェニスへの軍隊輸送に回す。チェニスで降ろした後、沿岸線を走らせオスティアで通常の貨物列車として使用し、帝都に戻し再び軍隊を載せるんだ」


「なるほど」


 三角輸送と言って、一方向の貨物輸送が多いルートがある場合行われる。

 例えば原産地、工場、消費地の三つがあり、原産地から原料を工場に運び込むルートと工場から消費地に製品を運び込む二つのルートがあり、それぞれ離れているとする。もし、それぞれ二つのルートをそれぞれ往復するのみなら、四回の移動の内二回が空荷になる。だが、原産地から原料を工場に運び降ろした後、製品を載せて消費地に運び込むのなら、移動一回分が減る上、空荷になる移動が消費地から原産地に移動するだけで済む。

 移動距離や列車の本数を減らす有効な手段として使われる。


「一寸大変ですが」


「やむを得ない。これだけはやり遂げないとな」


 昭弥は、社長室から命令を続けて、十日のうちに三万の軍勢と追加の一万の軍勢を送った。更に軍需物資を送った。

 混乱したが、褒められることをしたのだが


「部隊が乗り換えに手間取ってバラバラになり、編成がちぐはぐになってしまったぞ。装備と馬が別々に届いて戦闘が出来ない部隊も居たぞ」


 と、帰還したマイヤーから不満を聞かされる羽目になってしまった。


「伯爵になれば発言権が増すかな」


 全ての処理を終えた昭弥がそう呟いた。

 だが、これは嵐の前触れに過ぎなかった。 

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