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鉄道員インタビュー レコード録音員 ホーキング

 あ、どうも、はじめまして。カイザーレコード社のホーキングです。

 知ってる? 帝国最大のレコード会社の社長を知らないなんてモグリだ?

 ははは、私より素晴らしい人は沢山いるよ。

 しかし、鉄道員でもない私に話を聞きに来るなんて意外だね。

 まあ、有線ラジオの時代は確かに国鉄傘下だったから鉄道員として扱われたのは確かだけど。

 それでも良かった方かな。

 私も鉄道員として入社したのに、配属先が放送と聞かされたときはガッカリしましたね。鉄道に直接関わりたかったからね。

 いやあの時が一番良かったかな。独立してレコード会社を起こして販売していると鉄道から離れてしまって、元の自分自身を置き去りにしているようでね。

 そんな私に何の御用でしょうか?

 え? 蒸気機関車に乗って録音した時の事を話して欲しい?

 ああ、あの話ですか。よく知っていますね。余程鉄道に詳しい人でないと知らないことなのに。

 良いぞ。バンバン話してやるよ。


 私が王国鉄道に入ったのは蒸気機関車に憧れてね。侯爵家の長男だったけど、機関車を見て格好いいと思っちゃって。

 機関士として活躍したくて勘当同然で入ったんだ。

 で、鉄道員として王国鉄道に現業で入ったんだ。

 王国鉄道ではほぼ全員駅員として仮採用されて仕事ぶりを見られる。その後正式採用され専門に入っていく。一応希望は聞いてくれるけど人気職種は難しい。特に機関士は志望が多くてね

 私は見事に落ちたよ。しかも上が何処からか聞きつけたのか侯爵の子息という事が判って管理職へ。

 以降は本社勤務で現業には携われなかったね。

 転機が訪れたのは有線ラジオ事業が始まった時だ。

 社長……ああ総裁、いや皇配殿下か。また新しい事業を始めたんだなって。

 鉄道の為にドンドン新しい事業を始めていたときだからね。けど、新しすぎて皆何をやれば良いのか判らなくてね。どんな人材が必要かもよく分からなくて、困っていたんだ。

 で、とりあえず貴族の世界、社交界に顔の広い私が目について配属された訳。あとで配属理由を聞かされた時は凹んだね。

 まあそれでも鉄道の為にと思って仕事はしたよ。

 駅に集まる人にニュースを伝えたり、音楽を流したりね。

 けど開始当時は難しかったな。楽団はいたけど、録音機材なんて無いから常に生放送。

 何かあれば直ぐに流れてしまう。ハプニングでも事故でも全ての音が流れてしまう。一瞬一瞬が緊張の連続だったよ。本番直前に出演者が来なくて代役を出したり、代役もいなくて自分が代わりに出たりと滅茶苦茶だったね。

 そこに登場したのが録音機材、レコードだ。

 予め音を録音しておいて後で再生できる訳だから格段に違うね。スタジオで楽団の音楽を録音して放送時間に流せば良いんで放送は楽になったよ。

 若かった私がレコードの責任者になってね、色々な音楽を収録したよ。野外コンサートの録音も行った。放送したら好評で上手く行っていた。

 お陰で放送部で一番レコードに長けているって言われた。

 そんな時だよ。総裁がやって来たのは。


「録音して欲しいものがあるんだ」


 総裁直々の言葉だからね。直ぐさま勿論ですと答えたよ。で、直後に後悔したよ。


「録音するのは走行中の蒸気機関車の走行音だ」


 ぶったまげたね。

 なんでそんな轟音と騒音の塊を録音する必要があるんだって。

 いや、凄く格好いいよ。だけど、そんなのをレコードに残してまで聞きたいと思う酔狂な人間は私と総裁以外にいないだろうしね。

 採算なんて採れる訳無い、と思ったよ。やってみたいけど、一応部門長として収支は黒にしないと、って責任が一応あったからね。

 その時自分は凄い渋い顔をしたんだろうね。総裁が不安そうな顔で私を見ていたから。

 で、総裁は両手を握って私に頼み込んできたよ。


「今やらなければ後で後悔してしまう。私はいつも<後で>と言って何もかも後回しに、蔑ろにしてきてその都度後悔した。今残しておかなければ永遠に失われてしまう。だからどうか、録音してくれ」


 そこまで言われたら、鉄道の神様に頼み込まれたら、もう請け負うしかないだろう。

 総裁のお墨付きも貰ったから録ってみようと部下を引き連れて録音を始めたんだ。

 けど、失敗の連続だったね。

 何しろスタジオのような設備の無い屋外で録音するんだから。

 野外コンサートはやったけど、あの時はステージで歌う歌手やグループにマイクを向けるだけだし、彼らが移動する範囲も狭いもんだよ。それにマイクの前で大声で歌ってくれるしね。

 だが蒸気機関車は違う。

 レールの上を走っているんだ。何より総裁のご希望は走行音だ。

 レール脇に録音機材を設置しておいても数秒で通過してしまって全然音が採れない。

 まあ、背後に山があったり風向きによっては多少長い時間、いい音を録ることは出来た。

 遠くからやって来て徐々に大きくなり、轟音と共に通過。そして離れていって車輪の軋む音が小さくなっていくのは印象的だ。

 機関車が来る前の川の静かなせせらぎ、小鳥のさえずりが偶然入っていると、絵の背景のようにアクセントになるときもあるからバカには出来ないが。

 線路に近過ぎてもダメだったな。何故か二〇~五〇メートル離れた風下側で録ると凄くいい音が録れるんだ。

 勾配を力行で昇っていく時の音なんか遠くで録ると特に最高だね。

 だが肝心要の走行音。特に力行時の力強く迫力のあるドラフト音を録るには地上では無理だ。

 遠雷の音も怖いが、間近で聞く雷の音が一番力強いだろう。間近で聞いた走行音が欲しかった。

 だから乗ることにしたんだよ蒸気機関車に。

 初めは運転室や、引っ張っている客車から録っていたんだけど、どうも良い音が録れなくてね。雑音が多過ぎたんだ。

 運転室は意外と雑音が多い。動揺振動が激しすぎて純粋なドラフト音が録れないんだ。

 客車から録ったらドラフトから遠すぎる上に客車の走行音が入ってしまうからダメだったね。

 だから近くで録る事にした。

 歩み板は知っているか? 罐の横に付いている、動輪の上にある点検用の板だよ。

 そこにマイクを載せて録音することにしたんだ。

 上手く行ったか? 失敗だったよ。

 蒸気機関車の風切り音と歩み板の振動がマイクに入っちまって全然ダメだった。

 上手く録れないんで悩んだね。

 考え抜いた末に一つ方法を思いついたんだ。

 重連は知っているか? 二両の蒸気機関車が連結して引っ張る方法だ。

 前後に連結される二台の内、前にいる機関車を先位機、後ろにいる機関車を後位機と言うんだ。先位機のテンダー、炭水車の後方、給水口の蓋付近に乗り込んで後位機のドラフト音を、後ろに連結されていて、自分の真ん前にいる機関車の音を間近で録る方法を思いついたんだ。

 手すりも何も無い。それどころか給水作業をやり易くするため、鉄板を切り落としているテンダーの後ろに乗っかるなんて今思うと馬鹿げたアイディアだったよ。

 だがあの時は、やる、絶対にこの方法をやる、って以外に何も思っていなかった。転落したり、死ぬとか全く考えていなかった。

 早速試してみたら案外上手く行ってね。それでもマイクの風切り音が入ってしまうんで、マイクの周りに風よけの板を設置して本番に望んだ。

 当日の事は良く覚えているよ。

 発車直後は晴れていたんだが、段々と雲行きが怪しくなってね。遂には雨も降り始めた。

 しかも勾配がキツくなる場所で重連が引く重量貨物列車。しかも高速運転中だ。

 滑りやすくなったレールの上で動輪の空転が頻発したよ。

 急回転で蒸気が大量に送り込まれドラフトが、ドラゴンがブレスを吐くが如く、蒸気が目の前で天高く昇るんだ。

 まるで伝説上の生き物を見ているような、聞き取っているような、そんな感じだった。

 何よりあの音。高速で運動するシリンダーから排出される連続したブラスト音。

 身体を吹き飛ばし、骨まで伝わり、魂まで響き、あの音が素晴らしい。

 駅に着いたら早速録りたてのレコードを聴いたよ。

 今までよりも格段に良かった。あの空転の強烈なドラフト音は今までに無く、素晴らしい録音が出来たものだ。

 あんな音は二度と聞けないだろう。

 現場で直に聞いた音はその何倍も素晴らしかった。

 音だけでなく、匂いや振動、高速で吹き付ける風、熱量も凄いからな。ああいう独特の雰囲気の中で聞かなければ、あの感動は再現できない。

 何より機関車から出てくるオーラ。ペガサスの如く気高く、ドラゴンよりも獰猛な迫力のあるオーラが、鉄の塊のはずの機関車から出てくる。あのオーラにのめり込んだね。

 何とかあの時の音を再現しようと、他の音をレコードの中で組み合わせて出そうとした。

 これまでに録った発車、低速、加速、高速、空転、勾配線、平坦線、停車の音は元より諸々の条件の変化。汽笛の音、レールの軋む車輪音、投炭の時扉が開く音、レバー操作の音。

 それらを組み合わせて雰囲気を出そうとした。だけど出せなかったね。

 今まで培った出来うる限りの能力と録音した音を使って編集したレコードを持っていったんだ。

 それでも社長、殿下は喜んでいたよ。まるで機関車の真横で聞いているようだって。

 販売もされて異例のヒットを飛ばしたよ。

 自分たちの同類がこんなにいたんだとは知らなかったよ。

 あるいは当然だったかもしれない。買ってくれた顧客の殆どは国鉄職員だったよ。

 勿論、鉄道好きな一般人でも買ってくれる人がいるよ。けど多くは機関士や検修員、駅員だった。自分たちの青春の音を聞きたいと買っていくのさ。一般人も数寄者もいるけど、多くは蒸気機関車の音を聞いて旅をした人々や、新天地に移っていった人達が思い出を記録に残そうと買っていくんだ。

 その後も同じような企画を出して録りに行けたけど、あの音は二度と聞けなかったね。

 あの力強い力行時のドラフト、特に空転して高速回転したときのブラスト音はね。

 今ここにいるのも、あの音を再び聞くために録音業界に居続けたんだと思うよ。

 身体全体で聞いて、感じ取って、魂まで揺さぶられる音。

 もう得られないあの音を私は未だに求めているんだよ。

 蒸気機関車全廃運動?

 確かに蒸気機関車が無くなるのは残念だよ。

 機関士の寿命や健康については聞かされたよ。かつて機関士を目指した者として、他人事ではないからね。

 ただ、録音に協力してくれた皆言うんだよ。

 罐の運転はしんどいけど、やり甲斐はある。

 少しでも整備が疎かだと直ぐに性能が低下するから、頑張れば頑張る程、成果が出てくれて嬉しいんだと。

 彼等は本当に全力を尽くしてくれていたよ。

 社長もそれは分かっているよ。だからこそ、彼等の善意や熱意に甘えてはならない。

 蒸気機関車も、それを動かす為に関わっている関係者一同も素晴らしいが、このまま残す訳にはいかないと。

 だから全廃を決断したんだと思うよ。

 感謝しつつ、讃えるためにレコードを録ったんだと思うよ。

 私自身もね。

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