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王国経済の変化

「無事に返済終了だそうです」


「そうか」


 セバスチャンが持ってきた帝都からの報告を聞いて昭弥は安堵した。


「思ったよりすんなりいきましたね」


「向こうは鉄道を引けばそれで十分と考えていたようだからね」


 帝国は王国を解体しようとしていた。

 だが、治外法権がある場所を無理矢理接収するのは難しい。そこで鉄道を敷くことで内部崩壊を狙った。

 だが、こちらが鉄道を敷くことを計算に入れていなかった。

 セント・ベルナルドを抑えているため、結局帝国の利益になると考えていたようだ。


「けど、僕たちは王国中に鉄道を敷くことにした」


 これにより王国内の物流が改善。

 富が国中にいきわたるようになった。


「けど経済まで手を付ける必要があったんですか? 定額手形を発行したり銀行を作ったり、会社を幾つも設立したり、色々やりましたけど。鉄道だけで十分では?」


「鉄道がやれるのは、輸送だけだよ」


 昭弥は話し始めた。


「前にも話したと思うけど、王国が貧しいというのは、経済が不調だったからだ。経済は人、物、サービス、金のやりとりだ。鉄道というのはそれらを促進する作用がある。確かに鉄道だけでも良かったかも知れないけど、時間がかかる恐れがあった。だから経済を促進する方策も必要だった」


「それが銀行ですか?」


「そう、今までは貯金だけだったが預金も行っている」


「? 貯金と預金はどう違うんですか?」


「貯金は金を貯めるだけ、預金は貯まった金を他の人に貸すんだ」


「それがどう違うんですか?」


「金が多いところから少ないところに移動するようにしたんだ。考えて見てくれ、金がある人は銀行に金を預けに行くだろう。何故なら当面使うあてが無いので、持っていても仕方ないから銀行に預ける。利子も付くしね」


「はい」


「一方商売をやりたい人は元手が無いから、銀行に金を借りに行く」


「はい」


「つまり、銀行を仲介して金を持っている人から無い人に金が動いているんだ。今までは、金持ちの金はそこに有るだけで、何の意味も無かった。金は使ってこそ意味がある。金の無い人はそのまま何も出来ない。それを銀行で金が無くても商売をやりたい人に渡したんだ。まあ商売が上手くいくか見る必要はあるけど、上手く行く場所を設けた」


「どこです?」


「この王都、あと南岸だね」


 昭弥はいたずらっぽく笑って答えた。


「人が集まると言うことはそれだけチャンスがある。人は食べ物を食べなくてはならないから、食べ物は確実に売れるだろう、服も必要だから服が売れる、住む場所も必要だから家や住居が売れる。人が集まると言うことはそれだけで商売のチャンスなんだ。あとはその人達がどんな物を欲しがっているか見れば簡単に儲けられる」


「けど、元手が無いと無理ですよね」


「そこで帝国から借りたんだよ一億枚を。これだけの金があるんだから王国は豊かだと思って人が来てくれる。より儲かるよ」


「しかし、その元での一億枚はそのまま出さなかったんですよね。定額手形、紙幣にして出したんですよね」


「そうだよ」


「何故です?」


「金貨で払ったら払うだけになるからね。だからそれを元手に代わりに手形を出すことで手元に金貨を置いたまま金が回るようにしたんだ」


「? 金貨とお金が別々になっていませんか?」


「そうだよ。金貨とお金は別のものだからね。何もお金というのは金貨である必要は無い。簡単に運べて皆が価値があると思えるなら、どんな物でもお金になるんだ。考えてみて手形だってただの紙なんだけど、銀行で金貨に交換されるから価値があるんだ」


 日本でも江戸時代、武士の給料は米で払われていた。現物支給では無く、米が一種の通貨として扱われていたためだ。簡単に言えば、金銀の通貨と米という通貨の二本立てで使われていたのだ。


「そして今は金貨より紙幣の方が使われている。何故なら紙幣の方が軽いからね。使いやすいから金貨より紙幣の方が良い。金貨と同じ価値なら紙幣の方が便利だと皆思っている。そういうわけで王国に紙幣が増えた」


「詐欺みたいです」


「けど、今のところ損した人はいないだろう。そもそも金だって皆が価値があると認めているから価値があるだけ。金そのものは無価値も同然。紙幣、定額手形に同じような価値があるようにすれば、皆価値を認めるよ」


「まあ、そうですけど。そしてその紙幣は銀行を通じて貸し出されるんですよね。預金を通じて貸す必要が無いのでは?」


「それだと信用創造が出来ないからね。通貨の量が増えない」


「借金すると増える?」


「ああ、簡単に言うとAからBへ金貨一〇〇枚を貸すとAには金貨一〇〇枚の借用書、Bには金貨一〇〇枚現金が手に入る。Aは現金が無くなったように見えるけど借用書があるから資産に変化は無い。一方Bには金貨一〇〇枚現金がある。二人の資産を見ると、貸す前と後では倍に増えている」


「それこそ詐欺みたいです」


「まあ、そうみえても仕方ない。だが、借用書には金貨一〇〇枚の価値がある。それを金貨一〇〇枚で買う人もいるから借用書は通貨の代わりにもなるんだ」


「通貨の量が増えると言うことはわかりました。けど増やす必要があったんですか?」


「総需要縮小によるデフレが起きていたからね。それに開業後には総供給拡大によるデフレも心配だったし」


「総需要? 総供給? デフレ?」


「総需要とは社会全体のものを買う力、総供給は社会全体のものを生み出す力、デフレとはデフレーションの略で総供給が総需要より大きいことだ。ここで言う社会は王国の事を指させて貰う」


 昭弥はセバスチャンに説明した。


「需要は所得、現金の量で決まるんだけど王国は以前帝国や諸外国から物を買っていたから金が流出していた。だからデフレになり、不景気になった」


「なるほど、それを止めたのがルテティア鋼と板ガラスですね」


「うん、逆に金が入ってくるほどになったよ。サラさんには本当に感謝だ」


 何しろ、溶けた鉄に空気を送り込むだけで金と同等の値段で取引される鋼に変わるのだ。

 錬金術というレベルじゃない。これだけで、王国の経済が立て直せたほどだ。


「でも金が入って来たのだからもう心配ないのでは?」


「鉄道開業によって物流が改善され総供給が増えることが予想されたからね。今までは船で運んでいたから時間がかかって運べる商品が少なかった。けど、鉄道が出来た事でスピードアップし運べる商品の種類が増えた。これは総供給が増えることを意味する。なのでデフレが起こると考えた。商品が多くても、現金が無くて買えないのでは意味が無い。そこで信用創造で通貨を増やして総需要を上げたんだ。まあ、この辺りの細かい調整はシャイロックさんに丸投げしたけどね」


「そこまで考えていたんですか」


「鉄道は社会的影響が大きいからね。そこまで考えないと経営できないよ」


 特に昭弥は王国全体に鉄道を建設することを考えている。影響は王国全土に及ぶので考えなくてはならない。


「でも、金の流出を止めるにはルテティア鋼だけで十分だったんじゃ?」


「そうなんだけど、それだとルテティア鋼を作る地域周辺、王都の周りにしか金が回らない。王国全土に回るようにするには、鉄道で物流網を整備する必要があったんだ。これまでも運河と水運があったけど、地形に大きく影響を受けるだろう。そのため川下はそれほど開発されなかった。多少の地形が悪くても物を大量に運べる鉄道が必要だったのさ」


 運河は水平な土地を必要とするが鉄道は多少の坂道なら昇ることが出来る。さらにスピードも段違いであり船とは比べものにならない。


「それにルテティア鋼が、こんなに売れるとは思わなかったし」


 鉄道用の強い鋼が出来ればそれで良いと考えていたため、鋼そのものが売れるとは思っていなかった。そのことを指摘してくれた、サラさんには足を向けて眠れない昭弥だ。


「しかしこれでようやく帝国からの借金も無くなった。それどころか収入も増えて色々好きな事が出来る。鉄道を延ばしたり新型の車両を作ることが出来るぞ」


「今と同じじゃ無いですか」


「実験的に作っていただけだからね。量産となると莫大な資金が必要になるから、今必要な物しか作れなかったんだ」


「あまり派手にやらないで下さいよ。しかし、本当に鉄道が好きなんですね」


「勿論だ」


 魂の奥底から昭弥は断言した。


「まあ、こんなに好きに作らせてくれて本当に嬉しいよ。ユリア、女王様にも喜んで貰えると嬉しいんだけど」


「喜んでいますよ。大口開けて高笑いするくらいに」


「そこまではしないだろう」


 真顔で昭弥は言ったが


「まあ、普段猫を被っていますから。でも本性は凄いですよ。特に現皇帝に敵意を持っていますからね。今回、痛い目に遭わせることに成功しましたから、絶対に大口開けて高笑いしていますよ」


 セバスチャンは真顔で答えた。


「信じられないな」


 あの清楚なお姫様、いや女王様がそんな事を……するのか。心当たりがいくつかあるようなないような。


「失礼します」


 その時エリザベスが入って来た。不敬なことを考えていたため、昭弥は少し慌てたが、エリザベスは何も言わず、用件を伝えた。


「本日の謁見の予定ですが、中止となりました」


「え? そうなんですか」


 中止と聞いた昭弥は少し残念に思った。


「それで中止の代わりなんですが」


 エリザベスが躊躇いがちに言った。

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