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航空機と自動車との競争

「昭弥はん。少し聞きたいことがあるんやけど」


 国鉄本社の新幹線計画推進本部に詰めている昭弥にサラは尋ねた。


「どうしたんですか?」


「新幹線の路線図を見て思ったんやけど、主要都市の中心部を通るのはええんや」


 従来の路線を使用できるが、高速線から信号システムを完全に入れ替えて新しくするため専用の路線を設定している。

 そのための切り替え路線を示した図面をサラは昭弥に見せた。


「けど、空港を通る線路まで新幹線に指定するのはどうかと思うんやけど」


 昭弥の指示した路線の中には空港への直通路線も含まれていた。むしろ空港を通過してから他都市へ向かうように設定している。

 現代日本に当てはめるなら、東海道新幹線を羽田空港経由にして、そこから名古屋、大阪に向かうようなものだ。


「何処かおかしいですか?」


「いや、折角航空機からお客を奪い返す為の新幹線なのにどうして空港を通すことにするねん。飛行機に客を渡すようなものやんか」


 折角東京駅から乗り込む客を飛行機に乗せるために羽田空港に送るようなものだ、とサラは抗議している。


「どうしてそうなるのですか?」


 だが昭弥の方が理解不能だった。

 昭弥にとって新幹線を空港に通す利点を知っているため当然だと思っていたからだ。


「いや、空港へ行くのが便利になったら寧ろ航空機を使ってしまうんやないかな、と思おてな」


「この前三時間の壁の話はしましたよね」


「したなあ。せやけど飛行機に便利ちゃうん? 乗り換えが」


「では都心から都心へ移動するのに新幹線と途中で飛行機に乗るのとでは乗り換え回数はどちらが多いですか」


「飛行機の方が多いんか」


「はい、そうです。飛行機の方が多いんですよ。都市間、それも都心部の間を移動すると少なくとも出発地と到着地で二回乗り換えることになります。その間の時間的ロスが大きいのです。それに面倒くさいので新幹線で最初から乗り換え無しで行きますよ」


「でもそれならわざわざ空港を通過する路線にしなくてもええやんか」


 新幹線を通すと聞いて航空会社と何度も話し合いが行われたとサラは聞いている。

 人の根城に土足で上がり込むな、と新幹線が入ってくることに航空会社側が反発した。だが、空港を建設したのは昭弥達国鉄であり、空港の経営権も持っているため、新幹線を通すことを認めさせた。

 因みに、新幹線が空港に寄れば停車時間が増えて所要時間が増えるので、時間的には新幹線の方が不利になる。


「そんだけのメリットがあるんか?」


「ありますよ。航空機から下りてくる客をもぎ取る事が出来ます」


「? どういうことや。航空機から客を奪い返すための新幹線とちゃうんか?」


「簡単に言うと航空会社の客を増やしてその増えた分を新幹線の乗客にしようとしているんです」


「意味わからんわ」


「三時間の壁は言いましたよね」


「言うたわな」


「五時間の壁は?」


「聞いたこと無いわ」


「鉄道で所要時間五時間を超える場所に関しては航空機に対して完全に不利になるんです。どうあがいても物好きか極端に安くなければ鉄道は航空機に敵いません」


 三時間以内の場所なら鉄道が航空機に対して完全に有利である。

 東京~名古屋間が新幹線のみしかなく、航空便が国際線への接続など少数を除いて設定されていない。

 三時間以上五時間以内の場所は鉄道と航空機の競合区間となる。

 東京~大阪間で新幹線と飛行機の熾烈なシェア争いを行っており、本数、便数が多く出ているのが証拠だ。

 五時間以上の場所は航空機が完全に有利だ。

 東京~福岡間では航空機の乗客が多い。


「何より鉄道は線路が敷けない場所、海や山を越えることは出来ません」


 技術が発達して海底トンネルが出来ても精々五〇キロか七〇キロ程度が限界だろう。それ以上は建設費が掛かりすぎて現実的ではない。

 精々、海峡を通り越す事が限界であり大洋を越えることなど出来ない。

 余程の技術革新が起こって建設費が安価にならない限り、あるいは償還できる状況でなければ百キロを超える長大なトンネルが掘られることはないだろう。


「ですので航空機には鉄道で結べない大洋を越える大陸間の航路や孤島への連絡路として機能して貰います。勿論、航空機には乗車区間が五時間を超すエリアを結んで貰います」


「初めから戦う事を放棄するんかい」


「そうです。絶対的に不利な場所で戦うなんて馬鹿げています」


 理科が得意で社会が不得意な子供にあえて社会の授業を受けさせるようなものだ。

 試験の得点は上がるかもしれない。だが、教科書以上の知識を得ようとするのは、得意な科目の方だ。


「だから勝てる場所で勝たせて貰う。五時間以内は我々新幹線が奪います。新幹線が通って三時間以内で結べる場所を多くして利用客を増やすんです。で、思いっきり遠隔地からやって来る人達を近くまで送る交通手段として新幹線を利用して貰う。空港から三時間以内の場所なら絶対優位です」


 アメリカやヨーロッパから羽田に来た人を新幹線に誘導し、新潟や仙台あるいは名古屋に行って貰う。それと同じ事を昭弥は考えていた。

 実際、フランスではシャルル・ド・ゴール空港にTGVを通らせてフランス各地や国境を越えてベルギー、オランダに利用客を送っている。


「帝国航空も反対しないでしょう。割安な接続切符を発売することを命令しました」


 「実際は脅しだった」とは交渉にあたったリグニア帝国航空の担当者ヴァレンティン・フォーゲルの言葉だ。

 戦場では怖い物知らずの彼だったが、昭弥の鉄道とそれに絡む交通網の整備に注ぐ情熱は弾丸や大砲よりも破壊力は強烈で恐怖を抱く程だ。

 そのため交渉の席では昭弥に飲み込まれて唯々諾々と従った。


「せやけど、飛行機なら空港がある場所なら好きに空路を設定できるやろ。利用者の多い空港間に新しい航空路を作られたら終わりやないか」


 パリから名古屋まで羽田経由で新幹線で行くより名古屋直行便が出来たらそちらの方が早いので新幹線は不利だとサラは指摘した。


「そこで航空機、いや空港の欠点が出てくる」


「欠点?」


「もし帝国全ての空港を結ぼうとすると航空路は何本になる?」


「滅茶苦茶多くなるわな」


「そう、今のところ空港のある都市が少ない事もあり数十本だけだ。けど、空港整備計画が終わって全てを結ぼうとするとどうだ。航空路の総数はとんでもない数になる」


 二つの空港だけなら一本の航空路で十分だ。だが三つだと三本、四つだと六本、五つともなれば一〇本と幾何級数的に増加する。


「仮に帝国の主要都市が五〇あるとして全ての空港を結ぶ航空路を設定すると一二二五もの航空路を設定する必要があります」


 当然、航空会社は膨大な数の航空機を手配しなければならない。


「何より、空港にそれだけやってくる機体を捌くことが出来るかな」


 現状、レーダーのない有視界飛行でしか飛行できないリグニアでは多くの飛行機が通る空路を設定するなど不可能だ。管制など未来技術であり、SF世界と言って過言ではない。


「いずれ航空管制がまともに出来る様になるでしょう。その時でも空港に飛行機を下ろせるかな。滑走路に着陸できるかな。飛び立つことは出来るかな」


 一本の滑走路では機種にもよるが二分から三分の間隔を空けて離陸させる。着陸は三分から四分くらいだ。つまり、一時間当たりに離着陸出来る航空機の数は滑走路一本当たり一五~二〇機が限界だ。つまり一時間に一都市当たり一機割り当てたとしても一五の都市を結ぶのが限界だ。

 しかも今の仮定は離陸するだけであり、着陸を考慮していない。行った飛行機が帰ってくれば着陸させなくてはならないので次の時間を着陸のみにしてしまうと二時間当たり一五の都市しか結べない。


「その点、新幹線は三分間隔で二〇本。複線だから行き帰りも問題なし。一時間で二〇の都市を結ぶことが出来る。通過駅なので上下を併せたら四〇以上だね」


 飛行機の場合、離着陸で時間が掛かる。乗客の乗り降りや燃料の給油、機体の整備で時間が掛かる。

 しかし、鉄道はそのような時間は必要ない。到着したら最大でも七分ほどで折り返しが出来る。

 しかも空港駅はすべて途中駅として設定されているため、同じ方向に向けて再出発するため、折り返しの時間さえ不要であり停車時間は一、二分のみ。捌ける列車本数が多い。

 名鉄の名古屋駅のように南から来たらそのまま北への列車に出来るのと同じで、複線なら上下線を併せて四〇本以上の列車を捌くことが出来る。

 また航空機と違って途中駅での乗り降りも可能であり、経由地の設定を調整すれば更に多くの都市を結べる。


「航空機は空港の離着陸能力の問題から便数を増やすことは出来ません。ハブアンドスポーク方式で飛ばすしかなくなる」


「ハブアンドスポーク?」


「馬車の車輪のように、中心から木が伸びていくように空港同士を結びつけるやり方です」


 馬車の車輪を見たことがなければ自転車の車輪を思い浮かべて欲しい。中心からワイヤーが伸びていく姿を思い浮かべれば分かりやすい。

 ハブという中心の大規模空港から、周りの小規模空港へ放射線状に航空路を設定する事で、空路の数を<結ぶべき空港の数>から一つだけ引いた数に抑える事が出来る。


「それでも繋ぐことの出来ない空港はどうするんや」


「ハブ空港同士を結ぶ航空路を開設すれば良い。ハブ空港同士と周りの空港同士を結ぶだけにしておけば、最悪でも二回の乗り換えだけで済む」


 このハブアンドスポーク方式は一九七〇年代フェデックスが貨物で始め、デルタ航空が旅客に応用した。航空路の数を抑える事が出来るためアメリカで爆発的に広がり全世界に波及した。


「そうやかてハブではない小さい空港同士なら簡単に航空路を接続出来るのとちゃう? 滑走路空いているんで結びやすいやんか?」


 サラの指摘する通り、ハブ空港以外の空港では空港の離着陸能力に余裕が生まれる。それはもう閑古鳥が鳴く程に。


「勿論、参入する航空会社も現れます」


 そこへ航空路を繋いで儲けているのが格安航空会社だ。容量が空いているので好きなように航空路を繋げている。空港の方も飛行機が来ないよりマシだと着陸料を安くしてでも呼び寄せようとしている。

 何より容量に余裕があるので高頻度で飛行機を飛ばすことが出来る。

 格安航空会社が台頭した大きな理由だ。


「だが、そうなると今度は機体の手配やパイロットの確保、整備員の確保が必要になってくる。そもそも航空機は鉄道より載せられる旅客数も貨物量も少ないんだ。近距離に関しては売り上げも収入も鉄道の方が上だよ。何より近距離であればあるほど利用者の数は多いしね」


 都市と都市の間が短ければ、その間を行き来する人は多くなり、遠くなれば減って行く。

 近い距離同士を結ぶには飛行機よりも鉄道、新幹線の方が有利だ。

 その美味しいところを昭弥の新幹線と鉄道は収入源にしようとしていた。


「けど、それにしては新幹線網が広すぎやあらへんか?」


 計画図を見ると帝国全土を覆うかのように新幹線が設定されている。


「どう見ても三時間以上掛かる場所の方が大半なんやけど」


 開業時の時速二〇〇キロでは直線距離で六〇〇キロ。

 時速三百キロに上げたとしても九〇〇キロ

 時速四〇〇キロまで上げられたとしても一二〇〇キロ以内でしか有利ではない。


「帝国全土を覆い尽くすには、ちいとばかり力不足なんやないか?」


 新帝都アルカディアからヨーロッパ大陸並みに広いリグニア帝国全土を結ぶには時間が足りない。


「ああ、帝都ばかりに居すぎて全体が見えないようだね」


「棘のある言い方やな」


「簡単な事だよ。利用者は帝都から地方へ、地方から帝都ばかりじゃない。他にも色々な経済圏があるんだ。旧帝都からその周辺に向かう利用者もいるし、各属州の首府から隣の首府へと移動する利用者もいる。全線を乗り切る人はいなくても部分部分での利用者はいるよ」


 東京~博多間を新幹線で移動する人は少数派だろう。東京からなら精々広島あたりが新幹線利用者が多い限界だろう。だが、逆に博多から見ると広島、岡山はほぼ新幹線有利で、大阪は航空機との競合区間、名古屋までは飛行機と競合できる。

 勿論利用客を呼び込む努力や収益を上げるための努力は必要で、山陽新幹線では短編成化するなどの涙ぐましい営業努力をしている。だが東京との往復以外でも利益が上がる路線は多い。

 そしてリグニアはヨーロッパの様に各地に都市が乱立している。

 ユーロスターのように都市間を結ぶだけでも多くの利用者が見込める。


「何より短時間で帝国の各都市を結べるようになるんだ。需要は広がるよ。いや新幹線が需要を作り出すんだ」


「ほんまかいな」


「本当だ」


 昭弥は自信を持って断言した。

 根拠となるのは日本の新幹線で起きた現象だ。

 新幹線が開業して以来、毎月のように利用客が増え、対応するべく毎年増発増備を繰り返した東海道新幹線だった。だが過酷な運用による酷使が祟って一〇年目に運休や大幅な遅れが相次いだ。

 そこで総点検が行われ、七六年から八二年まで計四四回、利用者の少ないオフシーズンの水曜日に東海道新幹線を午前中のみ全て止めて若返り工事を行った。

 その時、ある専門家が半日運休中に新幹線利用者はどのようにしたのか、航空機利用者やバスの利用状況、他の日にちの利用者の増減など手を尽くして調査した。

 その結果、大きな混乱は起こらず、他の交通機関や他の日にちに利用者が大きく増加することもなかった。

 旅行手段として新幹線を利用する、ではなく新幹線があるから旅行する。

 新幹線がなければ膨大な需要が発生しない、と結論づけられた。

 その結論はリグニアでも当てはまるはずだ。

 だからこそ昭弥は自信を持って断言できた。


「大丈夫、必ず需要を取り込むよ」


「せやけど、近距離だと今度はバスが相手になるんとちゃうの?」


 鉄道以上に近距離を得意とするのがバスだ。

 近年は高速道路網の整備により鉄道からシェアを奪いつつある。


「大丈夫、鉄道は自動車以上に人を運べるからね。そもそも、バスがどの程度の能力かわかっている?」


「道路の上を何処にでも走れるんやろ」


「確かにそうだけど乗せられるのは何人かな? 精々、四〇人から六〇人程度でしょう。鉄道なら標準軌の新幹線なら一両あたり一〇〇人が定員。実際はそれ以上乗せられます。鉄道車両はバス二台分の大きさがありますけどバスより上です」


「確かにそうやな。けど、バスの方が小回りが利くやないか」


 線路に縛られる鉄道と違い、バスは道さえあれば何処にでも行ける。


「しかし、流石に二〇〇キロのスピードは出せません。将来的にも無理でしょう」


 ドライバーの能力的に直線ばかりの高速道路など作れない。どのドライバーも二〇〇キロ以上のスピードを出す事など不可能だ。今作っている高速道路に速度制限など出来ていない――昭弥の指摘にも関わらず内務省の担当者が必要性を理解していないため、無限にスピードを出すことが出来る。

 だが法的に問題無くても、実際に走らせる事が出来るかどうか、能力があるかどうかは別問題だ。


「ですけど新幹線は将来的に三〇〇キロは出せます。これは確実に約束しましょう。最終的には三五〇キロかもしれませんし四〇〇キロも行けるかもしれません。ですがバスがそれだけのスピードを出せるでしょうか」


 よしんば出せたとしても道路を作れるか、維持できるだろうか。

 高速域の走行では一寸した表面の凹凸でハンドルを取られて大惨事に繋がる。


「なにより遠距離になればなるほどバスは不利になります。二〇〇~三〇〇キロ圏の輸送に関しては鉄道、特に新幹線の方が有利です」


「けど、需要の高い区間をピンポイントで狙われたらどうするんや」


 例えば東京~大阪間でも新宿~梅田あるいは難波間だったらどうだろう。東京と大阪の繁華街を結ぶのだから需要は多い。時間が掛かるが、新幹線より安いのであれば時間が余っている利用者を取り込める。


「でもそういう人は新幹線を利用しませんよ。新幹線を利用するのは時間を大事に使いたい人達だけです。利用者層が違います」


 新幹線という高速移動手段が生み出した需要は他に流れにくい。


「だから競合することはありません。自分たちで、新幹線が作り出した需要は簡単には奪えません。何より利便性を高めるために在来線を利用できるようにしてあるんですから」


 昭弥が在来線との直通運転を念頭に置いていたのもそこが理由だった。

 利便性を高めて新幹線の利用客を取り込めるようにしておいたのだ。

 細かい網の目のように張られた在来線を通れるようにしておけば細かい需要も取り入れることが出来る。

 例えば普段は利用されていない寂れた辺境の駅でもリゾート地ならシーズン中は沢山の乗客で溢れかえる。

 しかし、特定の期間の為だけに新幹線用の線路を建設するのはリスクが高すぎる。

 だが規格の低い在来線なら簡単に通せるし維持費も安い。そこへ近くの新幹線から在来線へ車両を下ろして辺境の駅に向かわせる事も出来る。

 東北新幹線が宇都宮から下りて日光へ行く様なものだ。

 需要が少なくなれば、直通運転を取りやめて他の路線に回せば良い。


「きめ細かい対応が出来るようにしてあります」


 だから安心してください、と昭弥が満面の笑みで答えたためサラは反論できずスゴスゴと引き下がった。

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