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昭弥の用意周到

「え? どういう事ですか?」


「広軌鉄道が高速線の貨物や旅客を奪うことで赤字路線となる。廃線が取り沙汰される高速線を新幹線への切り替えるという案は営業上も適合する。その上、休業で工事が楽に出来ると考えていたとしたら」


「まさか……」


 笑い飛ばそうとしたブラウナーの顔は引き攣って失敗した。

 実はサラの指摘通りで、最初から広軌鉄道に客を取られることを知っていた。

 並行在来線問題、新幹線が開業すると在来線の客が奪われて、それまでの在来線が赤字になってしまうのだ。

 かつて日本国鉄で赤字八三路線が出していた赤字は年間七〇〇億円ぐらいだ。ところが、その倍の赤字を単独で垂れ流していた路線が存在する。

 日本の大動脈たる東海道本線だ。

 東海道新幹線の開業により旅客を奪われて赤字に転落してしまったのだ。

 勿論、貨物の衰退やバス路線の増強などもあり、一概にはいえないが新幹線開業が在来線に大きな影響を及ぼし、赤字路線に転落させる要因である事は間違いない。

 その後も並行在来線問題として第三セクターへの委譲や最悪廃線という結果を生み出している。

 大陸に広がるリグニア帝国にはいずれ広軌鉄道が必要になると昭弥は判断しており、導入は必然だった。

 同時に高速線から客も貨物も奪われると昭弥は予測していた。

 だが逆に新幹線として再生できるチャンスを見い出していた。

 問題は、安全を確保するための信号システムの開発、特に半導体、特に集積回路の製造に多大なる遅れが生じていた。

 そのため魔導コンピュータを採用することにより何とか応用性があり信頼できるシステムの開発に成功した。

 かくして広軌鉄道に客と貨物を奪われた後、空いた高速線を新幹線に進化させてしまった。


「……すべて計算通りという訳ッスか」


 途方もない昭弥の企みと計画にブラウナーは恐ろしさを感じた。


「じゃあ、今度は広軌鉄道が赤字になるんすか?」


「いえ、棲み分けを考えているようやね」


 広軌鉄道はコンテナがずれ動くため高速、時速一四〇キロ以上で走らせる事が出来ない。

 そのため広軌鉄道は貨物メインの輸送を行わせることにした。

 旅客を完全に廃止しないのは、標準軌の八倍もの巨大車輌を使った客車、言わば動くホテルとなる巨大豪華列車や殺人的な満員路線用通勤電車として使えそうだったからだ。

 一方、高速線は高速移動を目的とする旅客をメインにして運用される計画だ。


「そうなると在来線は更に縮小されるッスね」


 最初に開業したカーブや坂道の多い在来線はどちらにも対応できず、廃線の運命かとブラウナーは少し顔が曇った。


「いえ、広軌鉄道や高速線を補完するため、帝国の隅々まで交通を確保するために、より整備される予定や。寧ろ在来線が鍵になるんや」


「どういう事ッスか?」


「高速線の路線計画図を見ると分かるやろうけど、高速線のターミナル駅はすべて在来線と接続しているやろ。新幹線を在来線へ乗り入れさせるつもりや」


 昭弥の考え出したリグニア新幹線計画では、信号装置や運用に関しては日本に準じるが、全体のシステムはフランスのTGVやユーロスターに近い。

 日本の新幹線は、全て専用の線路を専用車両が高速走行する形態であり、軌間も違うために在来線へ乗り入れることは出来ない。

 ミニ新幹線があるが、在来線の軌間を新幹線の標準軌に合わせて改軌しているだけだ。

 厳密には在来線へ乗り入れているのとは少し違う。

 一方、フランスのTGVは新たに高速用の新線を建設したが、郊外区間のみであり、終端で在来線と接続しており、そのまま従来の駅に乗り入れている。

 パリやロンドンの都心に新しい高架や新線が出来ている訳ではない。

 当然、在来線区間では時速二〇〇キロ以上など出せない。

 だが、在来線に乗り入れることが出来るため、列車の運用が非常に多様性に富んでいる。そもそも新幹線も大都市圏では騒音や用地買収の問題で急カーブが連続するため速度を落としているので、在来線との速度差はほとんどない。


「昭弥はんは在来線に新幹線車輌を乗り入れさせて走らせるつもりや」


「どういう事でしょう?」


「新線が無い場所でも、建設しても採算がとれんような区間でも在来線が通じていれば新幹線車両を向かわせる事が出来る訳や。在来線から乗り換え無しに新幹線に乗れるようにしているわ」


 例えば関東の千葉から関西の和歌山へ行くとしよう。

 通常なら総武快速・横須賀線で東京あるいは品川に行き、東海道新幹線に乗り換え新大阪へ。そして阪和線を通る特急<くろしお>に乗り換えて向かうのが普通だろう。

 他にもルートはあるが、最小限に抑えても二回程乗り換えが必要だ。

 これは新幹線が完全に独立した路線であり、旅客自身による乗り換えを必要とするためだ。

 昭弥は新幹線を日本の技術の金字塔であり世界史に残る輝かしき業績だと考えている。

 しかし東京~大阪間という世界的に見ても異常な程に旅客需要の多い区間でこそ必要なシステムであり、他の区間、日本全土に張り巡らせるには不向き。特にフル規格新幹線だと地方では採算の面で不利だと考えている。

 そこで、昭弥は新幹線が在来線へ相互乗り入れ出来ないかと考えた。

 あちらこちらの地方路線に乗り入れて直接都心と直通する路線が出来れば楽に移動できて、地方創生にも役に立つのではないかと考えた。

 勿論、在来線を標準軌に改軌しても車両限界が違うために新幹線が乗り入れることが出来ない。

 そこでリニア新幹線が出来たらそちらに高速移動は任せる。従来の新幹線は狭軌に改軌してスーパー在来線のようにして、高速移動できる言わば鉄道板高速道路にしようと考えていた。

 先の千葉から和歌山に行く例を元にすると乗客は千葉にやって来た新幹線車両に乗り込む。

 発車した車両は品川あたりで新幹線の線路へ乗り込みそのまま高速移動。新大阪で在来線へ乗り入れて阪和線で和歌山へ。

 一回も乗り換えせずに済む。

 もし千葉発和歌山行きの列車が無くても、適当な新幹線車両に乗り込んで品川か新大阪で下りてホームで和歌山行きの列車を待てば良い。

 乗り換えは一回しかなく、急な階段を上り下りする必要が無い。

 転移してくる前に鉄道ファンの集会で提案として論文発表したが、狂気の論文として新幹線至上主義者からの反発を受けてしまった。

 だがリグニアでは昭弥の考えに対して反発する人間はいない。

 それを良い事に自分の考えに沿った新幹線を昭弥は生み出していた。


「在来線から新幹線へ車両が乗り込んできたり、下りたりするんで乗り換えは殆ど必要ないわ」


 昭弥がリグニア新幹線でやろうとしている事は、全ての在来線からの相互乗り入れだった。

 日本の鉄道に欠けているのはその点であり、相互乗り入れを多用して利便性を図るべきだ、というのが昭弥の持論だ。

 東京圏のような地下鉄との相互乗り入れだけでなく、地方のローカル私鉄との乗り入れを。富士急への成田エクスプレスの乗り入れや、かつて長野電鉄へ乗り入れていた急行<志賀>ように地方の鉄道へも入っていくべきというのが昭弥の考えであり、鉄道大臣として異常な程帝国内の鉄道の規格を統一させていたのも、そのためだ。


「安全性とかは大丈夫なんでしょうか? 近郊用の在来線の車両が入って来たり、在来線の車両とでは信号装置も違いますし」


「そこらへんも考えとるで。人は必ずミスする下手を打つと昭弥はんは考えとるからな。新幹線用の線路に入る前に必ず接続駅に入るように設計しとるわ。で接続駅で信号装置を切り替える。これで安全や」


「近郊用の車両が万が一入って来た場合は?」


「接続駅は両端に在来線への連絡路線を作っとる。間違って入って来ても、反対側の連絡線から在来線へ戻せば問題なしや」


 新幹線の高密度高速運用を確実に実現するために、昭弥は幾重にも安全策を考えている。

 相互乗り入れという柔軟性は取り入れても安全を失ってはならない。

 それが昭弥の考えであり、必要と考える手段を取り入れている。

 半世紀以上、事故による乗客の死者無しを打ち立てた新幹線の名に泥を塗らぬよう、昭弥はリグニア新幹線の安全性に心血を注いでいる。


「しかし、相互乗り入れだと遠隔地での事故でダイヤに響きませんか?」


 国鉄は帝国中に路線を張り巡らせているため、何処かで事故が起こると影響は多方面へ及ぶ。

 列車一本分のダイヤが無駄になってしまうし、復旧して動けるようになっても休止で溜まっていた列車を通すために新たにダイヤを編成したりしなくてはならない。

 東京で乗り入れ先の鉄道会社の事故で列車の遅れが発生することが日常茶飯事なのも、相互乗り入れで互いに影響するからだ。

 ヨーロッパなどで鉄道の遅れが慢性的な理由もここにある。何処かの国で遅れると目的地までの間のダイヤに影響を及ぼすからだ。

 更に広く高密度に運転しているリグニア国鉄でも同じ事が起きていた。

 事故で遅れた上に、大都市圏の過密ダイヤにより通過できず、更に数時間待ちぼうけという事態は多い。バイパス線を建設して回避するようにしているが、急激な都市化が各地で進んでおり、遅延は慢性的になりつつある。

 だが昭弥もそのことは強く意識していた。


「それは簡単や。初めからダイヤに余裕を作っておるんや。それに予めダイヤ編成をしといて、スジに列車を乗せるだけや。これなら簡単にできるやろう。それに、なんでも最大で一六両編成できるそうや。基本編成が四両なんやから大丈夫やろう。と昭弥はんは言うてたで」


 計画している新幹線の基本編成は四両一組だ。需要の多い路線は八両固定または一二両固定を考えているが、在来線への相互乗り入れを考えて最小編成四両に抑えている。採算が採りやすいからだ。


「在来線から遅れてきても、後ろに繋いだり、空いているダイヤに乗せれば遅れは取り戻せるわ」


 ダイヤグラム上に乗せるスジは予め引かれている。事故や遅れが生じるとその場で書き変えて新たなダイヤを編成して後続の遅れを少なくする。

 しかし、昭弥は初めからスジを引いておいて、その半分から三分の一を元から列車を走らせずに空けておく。万が一、事故などで遅れて通常ダイヤに乗れないときでも、空いているスジに列車を走らせれば良い。


「確かに予め用意されているスジに乗せれば簡単ですね。安全も確保出来ますし、回復も早いでしょう。それで新幹線は飛行機に勝てるのですか?」


 ブラウナーはサラに尋ねた。

 新幹線計画の根幹は飛行機に対抗できるかどうかだ。


「昭弥はんの言葉やと、三時間以内の場所ならほぼ確実に勝てると言っとるわ」


「まあ、総裁が言うのならそうなんでしょうけど、この計画通りに作って大丈夫なのでしょうか?」


「計画では問題あらへんはずやで」


「けど、この計画通りに路線を結んだら航空会社に有利なのでは?」


 路線図を見ていたブラウナーは懸念を示した。


「確かに、敵に塩を送るようなやり方やな。路線図がほんまに大丈夫なのか尋ねてくるわ」

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