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外伝 鉄道員の仲間 郵便配達人吉野 3

「いたた」


 疲れていて力が入らず誰かとぶつかった私は跳ね飛ばされ、地面に尻餅をつきます。


「誰ですか、こちとら急いでいるんですけど」


 と、見上げた私の顔からは血の気がひきました。

 そこにいたのは鉄道大臣にしてリグニア国鉄総裁、玉川昭弥その人でした。


「どうしたんだい? 郵便局員のようだけど」


「あ、いや、その」


「総裁!」


 その時割っては行ってきたのは護衛らしき巨大なスキンヘッドの男、。もとい、我らが上司、中央郵便局局長でした。


「彼女は吉野という私の部下で配達人をしております。今は丁度新年挨拶状を配っている最中で」


「そう。けど、戒厳令で通行が遮断されて大変じゃないか?」


「えーと……」


 私は言葉に詰まりました。殿上人に出会ったようなもので、何を言って良いのか判りません。

 話あぐねていると、総裁がしゃがんで私に話しかけて下さいました。


「兎に角、君が困っていることはないかい? 何でも話してくれ。笑ったり、怒ったりはしないよ。僕が尋ねたんだから。君が誠実に答えてくれるなら怒ることはない。ただ正直に話してくれないと、良い解決策が出ないからキチンと教えてね」


「は、はい!」


 そしてこれまでの経緯と現状を伝えました。


「確かにそれは厳しいな」


 総裁は少し考えます。

 そして、高架を走る電車を見て言います。


「よし! 新年パーティーで酔いつぶれていない奴、これから帰る奴を集めろ。送り先近くの奴に挨拶状を持たせて帰りがけに投函させる」


「え、いや」


「まあ大丈夫だろう。技術者とかは飲んべえだから一晩くらい飲み続けても仕事が出来る。夕方から飲んでいたくらいなら大丈夫だ」


「は、はあ、ですが足が」


「電車が動いているから大丈夫だ。神殿への初詣キャンペーンをやったら何故か盛況なんだ。大晦日から元日にかけて終夜運転することになったしな」


「でも、人が集まり過ぎていますけど」


 一時間に二、三本しか走っていませんが、どの電車も神殿への往来客で超満員です。

 高架下から見ても電車の中がギュウギュウに詰まっていることが判ります。

 周知したり宣伝したら予想以上に浸透してしまって大盛況のようです。反乱が無事終結して兵士達が無事に帰還することに御礼申し上げる信者の方もおられて、車輌もホームも人で一杯です。


「登録者が最高一〇万人くらいだと高をくくっていたのに、リリース後、速攻で鯖が満杯になり猫って轟沈。慌てて鯖を増設しても更に新規登録されて、増設と猫祭りを繰り返しあれよあれよと一〇〇万人を超えてしまったソシャゲーみたいだな」


 同じ扶桑出身の筈なのに総裁の言っている事が理解不能なのです。

 なのに何故か深く共感できます。

 しかし戒厳令に伴う交通規制のお陰でバス、タクシー、路面電車が運転不能となり、中央駅に乗客が集まってきています。

 そんな車輌に手紙を持って入る事など不可能です。ですが総裁は考えていました。


「車掌室に配達人を乗り込ませる」


「乗務員室への一般人の立ち入りは禁止されているのでは?」


 何時か鉄道省へ採用されるように、日々、鉄道に関する規則の勉強に余念の無い私です。総裁に指摘するのはおこがましいですが、勉強したことを無駄にしたくありません。

 しかし総裁は怒ることなく、寧ろニヤリと笑って応えてくれました。


「その通りだ。だが補則に『ただし緊急時、車輌修理、保線、急患輸送、その他特別な事由がある場合、担当乗務員もしくは所属長の許可があれば、乗務員室への入室が許される』とある。この条項を適用して、車掌達に配達人が乗ることを許すように命じよう」


 流石、鉄道に関する全てを決めたと讃えられる総裁。細かいところも覚えておられます。


「と言う訳で、配達人達を近くの駅まで電車で輸送する。担当区域の地図だけ見せてくれ」


「時刻表と路線図も出しましょうか?」


 鉄道を志す者としてこの二つは常時携帯しております。


「大丈夫だ。時刻表も路線図も頭の中に入っている」


 流石は鉄道のトップの方、

 凄いです。こんな言葉、言ってみたいです。

 かくして玉川総裁の助力もあり、配達人達は電車に乗って次々と担当地域へ向かって行きます。

 重複するところもありましたが、電車のお陰で時短が出来ています。

 戒厳令が施行されていても、鉄道に依存する軍は国鉄に文句を言えず掣肘できません。お陰で、電車は超満員のため乗り降りに時間が掛かったことを除けば、ほぼ定刻に運べています。

 その超満員も、電車の増発で対応しており、満員は解消されつつあります。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン


 神殿から夜明けを告げる鐘が鳴り響きます。

 私は電車の車掌室から中央駅に下りて連絡トンネルにある臨時郵便局に向かっておりました。


「吉野! 生きていたのね! 薬があるわよ!」 


 ボロボロになった私に、主任が薬を差し出してくれます。


「……ず……」


 しかし、私は別のものが欲しい。


「……み……ず……み、みず……を」


 走り続けて喉がカラカラでした。

 バケツごと貰った水を溢しながら、身体が濡れるのも構わず飲み干します。

 主任は微笑えんで見ていました。はしたない姿ですか、色気より水分補給です。


「ふう」


 飲み終えたとき、夜は完全に明けており、太陽が昇っていました。


「あ、とりあえず。あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします」


 忙しすぎて、新年が明けたことをすっかり忘れていた私は、改めて職場の方々に新年のご挨拶をしました。


「とりあえず、今年はもう挨拶状は懲り懲りだな」


 何とか生き延びたジョセフが全員の気持ちを代弁した。




「皆、新年早々の大仕事、ご苦労であった」


 新年パーティーから帰ってきた局長が労いの言葉をかけて下さりました。

 ただいま挨拶状配りの慰労会兼新年会で盛り上がっています。運送屋さんや手伝ってくれた方々への慰労会も兼ねており盛況です。


「滞りなく配達を行わなくてはならないので、交代で休んで貰うしかない」


 勿論、郵便事業は二十四時間年中無休で止まる事はありません。しかし、今は途中で逃げやがった先輩を局長が捕獲して制裁し、罰として全ての仕事を押し付けています。


「だが、今年は忙しくなるので休みの時はユックリして欲しい」


 そこまで局長が仰った時、全員の脳に警告の汽笛が鳴りました。

 案の定、局長が説明を始めます。


「諸君らは帝国建国の際に改暦が行われた事を知っているか?」


 帝国に来て日の浅い私ですが、帝国の権威を示すために改暦が行われた事は知っています。


「それまでの暦が古くなり、日食や月食などを予測できなくなった。なによりズレが激しくなり、種まきさえ困難だ」


 農家にいたこともある私には暦の重要性を知っております。農民にとって暦というのは重要で種を播く時期というのは重要です。早すぎると霜で全滅、遅すぎると収穫の時期に台風にやられてしまいます。

 種まきの時期を知るためには暦は非常に重要です。


「そのため改暦が行われたのだが、帝国を嫌う勢力や当時の反主流派の中には頑なに改暦を拒む連中もいた。さらに旧暦でないと呪いが出来ないと言う連中もいたために旧暦も残る事になった」


 そこまで聞いた私たちはこの後の言葉を察します。そして答え合わせの時間となります。


「旧暦での新年が十日後に迫っている。その挨拶状が徐々に当局へ届き始めている。同じように配ることになるので宜しく。それと他にも土着の宗教や独自の暦を持つお客様もいるので彼らの対応もしなければならない。なので宜しく」


「……」


 あー流石に絶望的です。

 こんなことを再び行うのかと思ったら失神してしまい、再び魂が飛び出して自分の身体を上から見下ろしています。

 直ぐさま主任が揺さぶって魂を元に戻してくれましたが。

 この後再び仕分け作業を行ったのは言うまでもありません。




 吉野をはじめとする配達人達の仕事は始まったばかりだった。

 取り扱い量が予想以上に増えてしまって混乱していたが、収入の増加に貢献。人員補充用予算に目処が立ったため配達員は増員。その後の旧暦による新年挨拶状、バレンタインデープレゼントキャンペーン、春祭り、ユリアと昭弥の結婚式記念などのイベントを混乱無く終えた。

 吉野は新人を纏める立場に立つ事になったが、直後に国鉄帝都支店の現業採用に合格して、鉄道員として国鉄へ移る。

 しかし、直後にケーレスによる帝都襲撃があり、中央郵便局は壊滅。復旧要員として吉野が派遣され、後に出向となり、軍事郵便が増えて作業量が膨大となった為に上司達の間の取引で本人の承諾無く完全に移籍。郵政独立時には正式な職員として鉄道員とは完全に縁が切られる。

 その後、吉野がどうなったかは、別の話だ。

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