外伝 鉄道員の仲間 郵便配達人吉野 1
竜と勇者と配達人の話に刺激されて書いてみました。
オマージュのつもりです。パクりとは違います(と思いたいな)。
えー、はじめまして市民の皆様。平素は格別のご高配を賜り、厚くお礼申し上げます。
私、鉄道省郵政本部帝都中央郵便局に勤めます吉野桜と申します。
主に新帝都アルカディアの皆様に郵便物を配達する事をお仕事としております。
え? 名前がリグニアのものじゃない?
当然です。
私はリグニア生まれではなく、日が昇る東の果ての島国、扶桑から参りました。
何故、遙々遠いところから来たのかと申しますと、周がリグニアに攻め込まれ、一年にも満たない間に帝京まで来てしまった、と扶桑の都に話がやって来ました。
いやもう国中が驚きでしたよ。周は強大な大国というのが扶桑では常識だったのに、あっという間に領土の半分程が占領されたんですから。周りは上を下への大騒ぎ。
そんな時、私はどうしてそうなったのか知りたくて、郷土を飛び出してやって来ました。
正規の渡航は出来ないので自費で。だってそれぐらい驚天動地の出来事でしたから。
何とか最下層の船乗りとして渡航して、あちらこちらを周り、リグニア行きの船を見つけてやって来ました。
そして、ルテティアの港町オスティアに着いてはじめて目撃したのが鉄道です。煙を吐いて走る蒸気機関車に度肝を抜かれました。
鉄の塊が何十両もある貨車を引っ張って地平線の先へ消えて行くのですから。
もう鉄道しかない、と思ってそのまま列車に飛び乗り、鉄道網の中心となった新帝都アルカディアにやって来ました。
そして国鉄に入ろうと決意し、本社採用試験を受けたんです。
本社採用試験は主に上級職員を採用する試験です。管理職になるために鉄道の高度な技術や知識を学ぶことが出来ます。
ですが異邦人の私にはリグニア語が難しく、あえなく筆記試験で落ちてしまいました。
しかし、鉄道に関わることを諦めきれず、駅員採用を目指しましたが、文明と科学の最先端である鉄道に関わる仕事はリグニア人にとっても非常に魅力的です。鉄道員は労働者の貴族と呼ばれる程に高給で待遇も良く、退職しても鉄道の技術を身につけていれば再雇用先は多いので志願者が殺到します。そのため倍率が高くて力及ばず、またしても私は試験に落ちてしまいました。
途方に暮れていた私でしたが、何とか鉄道関連の職に就けないかと求人票を取っては片っ端から受け続け、ようやく得たのが今の職です。
ここで郵便事業についてご説明いたしましょう。
郵便とはハガキなどの信書や小包などを指定された場所に届けることです。
本来ならば輸送機関である鉄道と通信事業である郵便は別組織ですが、ルテティア王国鉄道初代社長、現リグニア国鉄総裁の玉川昭弥様が、鉄道利用を促進するため郵便事業を始めたのが切っ掛けです。
当初はは単純に郵便物を鉄道で運ぶ事で収入を得ることを目的としていました。しかし、郵便が発達することで利便性が高まり有用性を証明。しかも鉄道によって配送時間が短縮され利便性は更に高まり経済も発展しました。
以降は通信インフラを整え、経済を活発化させ遠隔地輸送を促進し、鉄道利用を増やそうというのが目的となりました。
いや、本当に素晴らしい方ですよね。全くの別事業なのに本業をサポートして、更に発展を促進させるなんて希代の天才です。
そのために主要な郵便局の多くはターミナル駅に併設されております。私の務めます帝都中央郵便局も帝都中央駅とは通りを挟んでお向かいさんです。ただ、通りを挟んでいると何かと不便なので、通りの地下に通路がありまして、駅と郵便局を繋いでおります。
こうして郵便物を列車に乗せたり、受け取った郵便を運んできて仕分けが出来る訳です。
その事業の末端、配達先に郵便物を届けるのが私、配達人である吉野です。
では早速、私の仕事場を見てみましょう。
俯瞰すると判りますが、ハガキや手紙などで部屋は一杯です。
この部屋で、受け持ち地域の手紙を受け取り、整理してから配達に行きます。
ただ一寸した事情から昨今、手紙の量が多い上に小包の扱いも行っているため、皆忙しいです。
あ、部屋の中で机に突っ伏している人がいますね。
ずる休みではありませんよ。過労で倒れているんです。
何故判るのかというと、あれ、私なんです。
今、疲れすぎて幽体離脱しているんです。
「おい! 吉野! 起きろ!」
「はっ!」
叩き起こされた私は周りを見渡します。
「大丈夫か? 息をしていなかったように見えたが」
「いいえ、助かりました」
ごついスキンヘッドのやたら迫力のある大男。それが中央郵便局局長様です。
極度のヘビースモーカーで常に紙タバコを口に咥えて吸っているのですが、今日は一〇本同時に吸っています。
一本二本吸う程度ではストレスを発散できないようです。
「うむ、苦労をかけるな。反乱が終わってから軍事郵便が増える一方だ」
年末なのに忙しくなっている元凶その一、軍事郵便。
ガイウスの乱と呼ばれる反乱がつい先日終わりました。戦時特需で商売に関する手紙が増えて忙しくなっています。
反乱が終結した直後、更に取り扱い量は急増しました。
「帰還する兵士達が家に連絡するために手紙を書いているからな」
戦場の兵士達が自分の無事を知らせるために軍事郵便を使っております。
無事を知らせる手紙を送ることは大変良い事なのですが、量が多いと疲れます。
「まあ、大晦日の今日ぐらいは休ませてやりたいが、そうも言っておれん。新年最初の仕事があるのだからな」
年末なのに忙しくなっている元凶その二、新年挨拶状。
そう年の暮れも押し迫った大晦日に何故郵便局にいるのかというと、元日に配る新年挨拶状の準備をしていたのです。
年賀の挨拶は扶桑にもリグニアにもあります。普通は仲の良い人や親しい方のお家を訪問するのが基本です。
ですが、そこに目を付けたのが郵政本部上層部の方々でした。
年始回りが多い人や遠方の方に手紙でご挨拶をなさいませんか? 手紙なら安価ですよ。今なら元日の朝に届きますよ。
と、キャンペーンをはりました。
郵便の取り扱いが増えれば収入も増えて郵政局が独立することも可能になるという算段からです。
勝手に独立して大丈夫かと懸念する人もいますが、総裁自身が本業の鉄道事業に専念したいために、各部門が独立採算でやってくれ、独立できるなら独立してくれと申しております。
郵政局上層部の方々は、その意向を受けて独立しようと様々なキャンペーンを張っております。
その結果、予想以上に手紙が集まり過ぎて事業はパンク状態です。
他のキャンペーンも成功して、こなさなければならない仕事量に対して作業量が追いつかない状況です。
「通常の一月分の手紙が集まっているからな」
「そんなにですか」
「なに心配することはない。通常三〇日分の配達を新年の夜明けまでにやるだけだ」
無茶苦茶な事を言う人ですね局長は。
「通常の配達ルートと変わらん。寧ろ一箇所に届ける手紙が多くて楽なくらいだ」
理屈ではそうなんですけど、配達ルート上の全ての家屋に届ける上に量が多いので、凄く負担なんですけど。仕分け作業だけで大変なのに、他の仕事も入って過労で倒れたんですよ。
というか、元日の朝、夜明けまでに配る必要があるのでしょうか。元日の日中に配れば良いような気がします。ですが既に夜明けまでに配るとキャンペーンで言っている手前、今更中止には出来ません。
「では私は年越しパーティーがあるので失礼する」
「飲み食いですか」
こちらは配達で忙しいのにパーティーに行ける局長は良いご身分ですね。
「ガイウスの反乱で主だった貴族が壊滅した。とはいえリグニアはまだ貴族の風習が残っているし、人脈は大事だ。人脈を維持するにはこまめにパーティーなどに出て顔を売っておく必要がある。でないといざという時に便宜を図ってくれん。こと混乱期の今は特にな。例えば事件が発生して警察によって交通規制が行われているとき、ウチの配達人だけ通してくれと警視総監に依頼したりな」
「パーティー巡りお疲れ様です!」
交通規制が行われると、移動が大変なんですよ。通常の最短ルートが使えなくなって余計に時間と手間が掛かりますから。
交通規制を通して貰う為にも、余計な手間削減の為にも、ここは局長に頑張って貰わないと。
「うむ、では頼むぞ」
そう言って出ようとする局長。私は扉を開けて見送ります。
「おおそうだ。小包の連中が労いと言ってご馳走してくれるそうだ」
「本当ですか!」
年末に仕事量を増やしてくれた元凶その三、お歳暮キャンペーン。
郵便利用を促進するために各地の名産品や新年に必要な物を挨拶代わりにお届けしようというキャンペーン。
各地の特産品の販売促進という目的もあって大々的にやりました。
結果、想像以上に集まり過ぎてパンク。小包の連中だけでは手が足りず、信書専門の私たちも手伝いに行く羽目に陥りました。しかも重たい荷物が多くて普段の数倍疲れます。
ここは酷使された分の元を取るためにも、食いに行かねばと無駄に気合いが入ります。
「おい、早く行かないと全部食われちまうぞ」
「いてっ」
私の背中を叩いたのは職場の先輩です。頼りになる方なのですが、サボり癖があるので見張っていないといけません。
「先輩やけに元気ですね」
「まあ、タダ酒だからな。しっかり飲ませて貰う。連中はお歳暮キャンペーンで良い酒をしこたま仕入れているからな。余った奴をいただく」
「この後、挨拶状配りがあるんですよ。深酔いしないで下さいよ」
「無理だな。そもそも小包の連中の振る舞いは、忘年会兼前倒し新年会兼挨拶状配り決起大会兼日頃の憂さ晴らし兼お歳暮キャンペーン成功兼ストレス解消兼仕事量激増への憂さ晴らし大会だ。深酔いするなと言う方が無理だ」
「なんか怨念渦巻く飲み会になりそうですね」
「溜まったストレスと怨念を吐き出すためだからな。他の連中は既に行っている。残っているのはお前のように仕事がとろい奴らだ」
「先輩も同じでしょう」
「俺はいつもの仕事をしただけだ」
「普段の仕事を真面目にやっただけでしょう。日頃の先輩はサボって途中で切り上げるから早いんです」
「これでも途中まで真面目にやったぞ」
「運ぶ量が多いから遅れただけのことを真面目ですか」
先輩の呆れた勤労精神を見て私は少し凹みますが、そうしたモヤモヤ解消、エネルギー補充のためにも飲み会の会場へ突入します。
扉を開けると、中では無数の触手が蠢いていました。
これは職員じゃありませんよ。確かにモンスター型で、幾つもの触手を持つ職員の方はおりますよ。主に仕分け作業で手紙を分別する作業を行ってくれています。機械も導入されていますが、最後は人の手です。
ですがこの触手は、その方と違って透明な上に、職場の仲間に巻き付いて締め上げています。
「陸クラゲが繁殖しやがったぞ!」
「なんでこんなものがいるんだよ!」
「お歳暮の品に載せていたんだから置いてあったんだよ! 一寸餌をやれば成長してぶった切って酢を混ぜて和え物にすると美味しいんでリストに載ったんだ」
「なんでこんなに繁殖するんだ!」
「同じお歳暮の品にあるコンデンスミルクを臨時雇いのジャンが陸クラゲにこぼして吸収して巨大化したんだよ!」
「すげえなコンデンスミルク」
「感心するな! もう陸クラゲなんて取り扱うな!」
「こんなモンスター俺たちの手に負えるか! 公安を呼べ!」
「負傷者が出たぞ! 救急車呼んで鉄道病院へ運べ!」
「無闇に負傷者に触るな! 毒針が皮膚に付いていて刺さるぞ! 酢をかけて毒針を無毒化しろ!」
「お湯をかけるんじゃなかったか」
「種類によって違う! こいつは酢だ! お湯をかけたら余計に酷くなる!」
「ぎゃーっ、襲って来やがった! 何とかしろ!」
「こんなに繁殖したら無理だって、電話を寄越せ!」
「公安本部か! こちら中央駅公安室のアントニオだ! 南の操車場に装甲列車が停車していたよな! 戦闘配置に付かせて中央駅の南に寄越せ! 中央郵便局を砲撃しろ! 陸クラゲが繁殖して溢れそうだ! 吹き飛ばせ! 砲撃許可が無い? 今ここで吹き飛ばさないと帝都に溢れるし、中央郵便局は中央駅に隣接しているから陸クラゲが侵入したら収拾がつかん! 兎に角、装甲列車で砲撃して粉砕しろ! 職員の避難誘導と陸クラゲの拡散は押さえておく。一刻も早く寄越せ!」
「鉄道の敷地外だから装甲列車からの砲撃はダメだと? バカ言うな! 郵便局は鉄道省郵政本部の管轄で土地は鉄道省所有の立派な鉄道施設だ! それと地下道で中央駅に繋がっていることを忘れるな! 中央駅に入られたら何が起こるか判らん! 兎に角急げ!」
「道路越しに砲弾を撃ち込むなと道路を管轄する内務省が文句を言ってきた? なら道路に出てきた陸クラゲはお前達で始末しろと脅せ! 何、トラック関係で強く言えない? だったらお前が陸クラゲの始末をしろ!」




