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寝台電車

「すげえめんどくせえ」


 国鉄本社で保有車両各形式の報告書を読んでいた昭弥は呟いた。


「珍しいね。君が弱音を吐くなんて」


 横で昭弥の仕事を見ていたティーベが言う。


「保有形式が多過ぎるからね。全て読むのが辛い」


 昭弥は鉄オタであり車両のデータ――全長、全幅、軸重は勿論のこと稼働率、故障率、走行キロ数などを調べるのも好きだ。

 何時までも読んでいても飽きない。

 だが、国鉄総裁として為すべき事は山程あり、やりたいことも山程ある。

 何時までもデータを読んでいる訳にはいかない。だから時間制限を設けて短時間で済ませるようにしている。

 好きなデータを読み飛ばして行くという苦痛を味わうのは辛い。


「一応形式を最小限に抑えているんだけど、どうしてもこうなってしまうよね」


 各地で買収した鉄道や旧帝国鉄道はともかく、昭弥が関わったルテティア王国鉄道とリグニア国鉄では車両の保有形式を可能な限り少なくしている。

 少なくなれば少なくなる程、保守がし易く管理が行き届くためだ。

 また使用する形式が少なければ、運転士と検修員が訓練で覚えべき形式も少なくなり教育費の削減に繋がる。

 そのため数万両保有する蒸気機関車でも種類は一〇種類程度に抑え、新技術はマイナーチェンジで導入するようにしている。

 新型開発や技術開発の為に星の数程様々な試作機関車を製作しているが、営業運転に送り出している機関車は極少数に抑えている。

 航空業界だが極端な例がアメリカのサウスウェスト航空だ。

 格安航空会社にして超優良企業として有名なこの航空会社で使われているのは極少数の例外を除き、ボーイング七三七のみだ。

 一機種のため機体のやりくりが簡単だし、社員はボーイング七三七の扱い方さえ覚えれば会社の全機材を扱える訳だ。

 パイロットだけでなく、スチュワーデスも整備士も一機種だけ覚えれば良いので楽だ。

 昭弥としても非常に見習いたい例である。だが、高密度の都市間交通からローカル線まで幅広い需要に応えるのが義務であるリグニア国鉄では、路線に合った車両を投入せざるを得ない。故に多数の車両形式を採用せざるを得ない。

 一応共通化を進めているが、それでも種類が多すぎる。


「新技術が生まれて投入し続けているしね」


 新しい技術が出来ても昭弥は基本的にマイナーチェンジで済ませている。

 既存の機関車の一部を改造するなどして、出来る限り形式を増やさないようにしている。

 だが電気機関車、ディーゼル機関車、電車、気動車など次々と新技術を使った新型車両が増えている。

 貨車では、コンテナ車の他はホッパー車やタンク車などの特殊輸送貨車に纏まりつつある。しかし、旅客は客車、寝台車、電車と種類が増えている。


「何とかして減らしたいな」


 増え続ける各形式を纏める必要を昭弥は痛感していた。

 しかも戦後復興で輸送需要が高まっており車両が足りない。

 かといって増備するにしても、出費が馬鹿にならないし、保守費用が掛かる。

 鉄道は先行投資型の事業であり、車両は購入してから数年から十数年かけてようやく製造費を支払い終えるのだ。元が取れるまで何年も掛かる。

 一時的な需要に対応するべく車輌を増やしても、直後に需要が減って車両と借金だけが残ったと言う事になりかねない。

 だから需要に対応しつつ、購入費用を削減したかった。


「けど、用途が違うのに纏める事ができるの? 寝台車を昼間に走らせても意味が無いんじゃ」


「それが出来れば一番いいんだけど……」


 そこまで言って昭弥は黙り込んだ。


「寝台車と昼間特急を一緒にするか」


 突然現れた昭弥の笑い顔にティーベは寒気を感じた。




「昼夜兼行の電車と客車を作るぞ」


 昭弥は早速理事達を集めて命じた。


「……どういう車両やの?」


 意味不明な昭弥の言葉に他の理事達は黙り込んだ。そのため回復の早かったのは財務担当理事のサラ。

 昭弥がイメージしている車両の姿を尋ねてきた。


「昼間は座席を出して特急電車として使い、夜はベッドを出して寝台車として使用する。昼も夜も使える車両だ」


「確かにそれなら合理的やね」


 基本的に昼間走る列車は昼に走行して夜は車両基地で待機する。寝台車は逆で、昼間は車両基地で待機して夜に使用する。

 待機している間は維持費ばかりかかるので収入にはならない。


「そこで、昼夜問わず走れる列車を作って走らせれば合理的だ」


「でも作るのに時間が掛かるんちゃう?」


 疑問を呈したサラの前に昭弥は設計図をだした。


「既に設計図は完成している」


「……はやいな」


「元になる車両があったからね」


 昭弥が参考にしていたのは日本国鉄が生み出した世界初、いや、史上唯一であろう昼夜兼行特急五八三系だ。

 開発された理由はリグニア国鉄の現状と同じく、あまりにも輸送需要が増え過ぎたために、車両を増備しなければならないがコストが掛かる上に、保管する車両基地の容量が問題になったからだ。

 さらにカーブや坂の多い日本では客車より加速減速が容易な電車の方が有利だった。

 実際、上野~青森間を昼は特急<はつかり>、夜は寝台特急<はくつる>として運用され二四時間で往復する運用が行われた。

 何より殆ど外で走り回っているため、車両基地を拡張する必要がなかった。

 ファックス、コピー、プリンター、スキャナーをそれぞれ購入するより一台に纏めた方が場所も効率も良いのと同じだ。


「こいつを投入すれば、効率よく運用出来る。大量の車輌を投入しなくて良いから問題無いはずだ」


「まあ、上手う行くんならええのちゃう?」


 何とかサラから承諾を得た昭弥は早速製造に入った。




 簡単に結論から言うとリグニア国鉄の寝台特急電車五八四系は短時間で完成してしまった。

 電車の技術が上手く発展していたことと、ベッド収納装置が出来ていたからだ。

 リグニア国鉄は広い国土に鉄道網を張り巡らせてあり、国の端から端まで、それこそ全行程三千キロ以上、中にはシベリア鉄道並みに長い七千キロを走る長距離列車も存在する。

 平均表定時速百キロを出せたとしても走行時間が三日から四日はかかる計算だ。

 そんな列車の特等室は昼はソファーに夜はベッドになる寝台が取り付けられている。何日も列車の中で過ごす乗客の為に、少しでも部屋を広く使えるようにする為の工夫だ。

 それを応用して特急電車を作った。

 一見転用に見えるが、昭弥の作った特急電車は比較的近距離、一〇時間前後で到達できる場所を往復するための電車であり、コンセプトが違う。

 一晩、あるいは日中を快適に過ごせるだけのスペースで十分だ。

 そのため一等車は個室にして、昼は四人用の座席、夜はツインの寝台室として使用。二等車は夜に関しては三段ベッドで快適だが、昼行はソファー張りながら五八三系の伝統を受け継ぎ、リクライニング無しの固定座席で運用している。

 二等車は格安にするつもりだった。売れ行きが悪くなったら一等の個室に改造しようと昭弥は考えていた。だが、予想外に昼間も好評だった。

 板張りの座席に慣れていた市民にとっては、ボックス席の固定座席でもソファーである。座り心地が柔らかく高級感溢れる椅子であり快適だったことが大いに喜ばれた。

 予想外の誤算がありつつもリグニア国鉄五八四系寝台電車はベストセラーとなり、各地に配備されて行く。

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