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航空事業

「航空会社が助けを求めているって?」


「はい」


 申し訳なさそうにベロニカ・フォーゲルが昭弥に申し出た。

 国鉄には航空部門がある。

 元々は昭弥が地図作成に航空写真を撮らせたり、険しい山岳地帯での物資人員輸送のために作らせた部門だ。

 だが航空機の発達により鉄道連絡航路、海峡や山脈、孤島など鉄道の敷設が出来ない場所を高速で結ぶための航空会社が設立された。

 広大な帝国各地を結ぶために更なる発展が見込まれる部門だった。

 現在はベロニカ・フォーゲルが担当理事となり、その従姉弟のヴァレンティン・フォーゲルが航空会社社長として勢力拡大に努めている。


「空を飛ぶ事業なんて他は何処もやっていないだろう」


 航空機を開発して生産できる会社など、国鉄の関連会社以外に無い。

 戦争で大量の航空機が民間に放出されたが、大量に運用調達出来るのは国鉄の航空会社しかない。

 軍縮もあって、戦時中急拡大した帝国軍航空部隊退役者及び退役機の受け皿にもなっており航空会社は急拡大していた。


「それが出てきたんです」


「どこがどうやって?」


「ケーレスの連中です」


「え?」


 ベロニカの言葉に昭弥は目を点にした。

 先頃、ケーレスでは共産革命が起こって帝国に進出するどころでは無いはず。なのにどうして帝国に進出できるのか疑問だった。


「劣勢に陥っているケーレスを見限った連中や、派閥争いに負けたロック鳥使いのルメイ率いる連中が合流して、帝国に逃げ込んできました。で、食い扶持に困ってロック鳥を使って航空輸送を始めやがったんです」


「うへえ」


 先の戦争で戦略爆撃にも使われた大型の鳥だ。その中でも大型の個体なら百人程を一遍に運べる。


「でもどうして助けを求める程、劣勢になっているんだい? ウチの航空会社は国鉄との接続は良いはずだろう」


 昭弥は飛行場に鉄道を乗り入れられる様に鉄道と関連施設を建設していた。

 資材が運び易いし、客や貨物の輸送に便利だからだ。そのため発展は順調と昭弥は聞いていた。


「そもそも、ロック鳥が飛行場を使っているのか?」


 時折昭弥は飛行場に視察に赴いているが、ロック鳥が下りているところを見たことがない。


「それが連中は飛行場を使わずに都市の中心部から直接飛び立っているのよ」


「……え?」


 昭弥は聞いたことの意味が一瞬分からなかった。それを察したベロニカは説明した。


「ロック鳥は狭い場所からでも飛び立てるんで、一寸した空き地から飛び立っているのよ」


 戦火により焼け野原となった後、再開発前の空き地となっている場所から飛び立っているとベロニカが説明すると昭弥はようやく理解した。


「ボーイング737とオスプレイが悪魔合体して垂直離着陸できる百人乗りの航空機が登場したようなものか。東京の日比谷公園と名古屋の栄大通りや大阪の大阪城公園を直接結ぶ空路が出来てしまったようなものか」


「何を言っているか分からないけど。多分そういうことなのね」


 昭弥の呟きにベロニカは適当に相槌を打った。

 鉄道が飛行機に比べて有利なのは、線路を引けば都市中心部に直接乗り入れられることだ。

 飛行機の場合は広大な飛行場用地、特に滑走路と滑走路に進入するまでの何も無い空間が必要だ。さらに飛行機が進入できるように広大な空域が必要になる。

 それだけの土地を確保するには土地の狭い都市部では不可能だ。

 福岡や東京の調布、大阪の伊丹など、都市部に近い空港は、元々、郊外にあった空港が都市の拡大によって周りを取り囲まれてしまったに過ぎない。

 ヘリコプターなら小さくて済むが、今度は騒音の問題がある。

 ロック鳥の場合、羽音はローター音より小さいため問題になっていなかった。


「狭い土地さえあれば離着陸が出来るので簡単に空路を開設することができるわ」


 航空機がメインであるため郊外にある飛行場を結ぶ事でしか航空路を作れない国鉄の航空会社。

 一方、ルメイ率いるケーレスのロック鳥航空会社は自由自在に儲かる航空路を見つけて開設して国鉄の航空会社からシェアを奪い取っていた。


「はじめはケーレスの本国とリグニアの本国の間を結ぶだけだと思っていたらいつの間にかリグニアの都市を結ぶようになっていたわ。経由地として使わせて欲しいと言っていたらリグニア国内を結ぶのがメインになっているわ」


 いくらロック鳥でも新帝都アルカディアからケーレス本土までの間は遠すぎる。そのためリグニア国内数カ所を経由することを許していた。しかし、それをルメイ率いる航空会社は悪用した。

 国内の経由地の間しか乗らない乗客も乗せるようになったのだ。

 例えば新帝都アルカディアから旧帝都リグニアを経由してケーレスに飛ぶとする。通常なら新帝都と旧帝都からケーレスへの客を乗せるだけだ。しかし、新帝都と旧帝都の間の客の方が多い。距離の短い都市間ほど利用者が多いからだ。

 そこでルメイの航空会社は新帝都からケーレス本土への客がいない分、旧帝都まで行く乗客を乗せて 収入をアップを図っているのだ。

 ただ、これは普通の航空会社なら何処でも考える事であり、特に違反では無い。

 しかし、昭弥は別のことを問題にしていた。


「彼ら鉄道に接続している?」


「空き地があれば、そこを利用する連中よ。駅に近い場所はあるけど、そんな事お構いなしに離着陸を行っているわ」


「ならば徹底的に対抗しなければならないな」


 昭弥は険しい表情で、それも悪魔を討つような覚悟を持った声で言う。


「昭弥が対抗心を剥き出しにするなんて珍しいね」


 隣にいたティーベが尋ねる。

 良くも悪くも鉄道中心で、他の交通機関に関しては寛容であり、寧ろ共存共栄を図っていた。だが今回は敵意丸出しだった。


「交通網接続していない交通機関など不要だ!」


 公共交通機関とは、様々な交通機関への乗り継ぎが出来て、はじめて円滑に利用できる。

 相互に使えなくては、不便極まりない上に、問題を起こしてしまう。

 まるで東京の地下鉄か、西武と小田急の箱根戦争みたいなことが起こってしまう。

 他者と競い合うようにリゾート開発を進めていた観光地。自社系列外の乗り物や施設を利用できず、観光客は不便な思いをした。

 観光客の不満を問題視しなかったところ、最終的に観光客から愛想を尽かされて、結局共倒れになりかねない。

 他にも成田空港への鉄道接続が遅れて不便になった歴史もある。

 その轍を二度と踏まない、と昭弥は決意しており、防ぐ必要があると考えルメイのロック鳥航空会社を潰す気でいる。


「だけど空を飛ぶ飛行機と地上を走る鉄道だと勝負にならないんじゃ」


 そもそも鉄道が出来ない事を補完するために航空会社を作ったのであって、航空会社を戦う為に作った訳ではない。


「ヴァレンティンの航空会社に活躍して貰うことにするよ。彼らには役に立つ空港を作ってやるよ」


 昭弥は、地図を広げた。


「帝国の主要都市周辺に大空港を作る。今までよりもデカい空港だ。これで飛行機を増やせる」


 これまでの飛行場は試験用、軍用の飛行場を転換したものだ。滑走路も千メートル前後と小さい。

 昭弥は更にデカい空港を作ろうというのだ。


「四〇〇〇メートル級の滑走路を六本持つ大空港を作る。それぞれ鉄道を通して乗り換えを便利にしておく。空港が機能不全になった時を考えて大規模な都市には二つの空港を作っておこう。規模の違いは出来るけど、離着陸能力は互いに補完できるようにしておこう。中規模の都市にも一つ。勿論鉄道と接続させる」


「そこまでやる必要があるのかい?」


 予想以上に大きな施設にティーベは驚き、たじろいだ。

 ちなみに日本最大の羽田空港でも四本しか滑走路はなく、四〇〇〇メートルもない。

 海外のハブ空港、アメリカのダラス・フォートワース空港が現在のところ七本、拡張完了時に九本になるが、規格外と言える規模だが、四〇〇〇メートルの滑走路は四本だけだ。

 そんな大きな空港を帝国各地の大都市に二つも作ろうと昭弥は言っている。

 今までに無い施設にティーベ達は驚いていた。


「今後の航空機の性能がアップすることを考えるとこれでも控えめかもな。いずれ大陸間用、大洋を越える飛行機が出来る。その時必要になるよ。まあ滑走路の数や規模は都市の規模によるな。けど新帝都なら六本の滑走路を持つ飛行場が二つは必要になるだろう」


「……まあ、昭弥が言うのなら」


 こうして大規模空港建設計画は始動し、帝国各地の主要都市に空港が完成することになる。


「それと新型飛行機の開発を手伝おう。鉄道研究所の協力の下、新型機を作り上げる」


「出来るのかい?」


「大丈夫、流体力学と構造力学に関しては航空機も鉄道車両も同じだ」


 航空機と鉄道は以外と共通する技術が多い。

 例えば0系新幹線の場合、太平洋戦争中、高性能と名高く機体の姿が美しい陸上攻撃機<銀河>を設計した三木忠直技師が流線型の新幹線車体を設計して成功している。高速移動するときの空気抵抗を最小限に抑える形が必要なのは鉄道も飛行機も同じであり、ここで協力できる。

 特に鉄道技術研究所には昭弥の命令で風洞実験装置を備えており、試験には最適だ。

 車体構造も機体構造も軽量でありながら強靱な物が求められる。軽量車輌の研究も進めているので、これも機体製造に応用できる。

 エンジンも小型軽量が必要という事で鉄道も航空機も使える。

 使う状況は違うが、違いさえ押さえておけば、鉄道技術でも航空事業に十分な協力が出来る。


「早速、手伝おう」


「良いのかい」


「いいんだよ。こちらも満足のいく予行演習になる」


 昭弥のニヤリと笑う顔を見てティーベは背筋が寒くなった。

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