エリザベスの里帰り
仕事が一段落したエリザベスは、里帰りしようと休暇をとる。古里に向かうのだが
一身上の都合により、投稿時間を早めることにしました。ご了承下さい。
王国宰相と王国銀行総裁が特使と共に帝都に向かった翌日、エリザベスは休暇を貰い故郷であるラザフォード伯爵領に帰って行った。
特に用事は無いが、暫く帰っていなかったし、しばらくは王城での仕事も無い。
開業記念の時、帰ったが仕事であって私用で帰ったのはこの一年程無かったし、最近忙しかったため、骨休めをしようと思って帰ることにした。
実家で休まるかどうかは、分からないが、全く見ず知らずの土地に行って変に緊張するより長年親しんだ古里の方が良いと考えたからだ。
だが里帰りは、最初から思い出と違っていた。
船着き場までは同じだが、向かった先は南岸駅。
水路を開設したので駅舎へ船で直接渡れるようになった。今王城側にも王国鉄道の駅が建設されているので、コルトゥーナ大橋と接続すれば船着き場を利用せず、鉄道に行くことも可能になるだろう。
そのまま駅構内に入り、切符を購入してホームへ。
来ていたセント・ベルナルド行きに乗り込む。
運良く一等車の個室が空いており、その中に入る。
セバスチャンを連れてこようかと思ったが、最近は昭弥の秘書が性に合っているらしく、一緒に居る機会は少ない。だから連れてこなかった。
一人で生活できるが、ただ何故か心にもやもやが残る。
やがて発車時間となり汽車が動き出した。コルトゥーナ川沿いにドンドン西へ進んで行く。
昔なら船で四日くらいかかっただろうか。今では半日もしないうちにラザフォードに着くことが出来る。
「時代が変わったのね」
それを意識せざるをえなかった。
やがて汽車は、ラザフォードに到着した。
駅を降りて見た光景も、変わった。
そもそも駅も無かったが、幼い頃馬で領地を駆け回った頃は長い堤があるだけで他は無かった。
今は駅舎と線路が長くコルトゥーナまで続いている。
町も随分大きくなった。
炭鉱で働く労働者とその家族がくらす家、彼らを相手にする店が出来たため、町が拡大したのだ。
穏やかだったころの領地はもうそこに無い。
領地は広くても屋敷近くの領民には顔なじみが多かったが今は、全く知らない人ばかりだ。
屋敷に向かって歩き始めると、見慣れない山が見えてきた。
領地で採れる石炭のクズ、ぼた山だ。あちらこちらで掘り返しが行われ採れた石炭は製鉄所や機関車の燃料として利用される。
埋蔵量は膨大であり、暫く枯渇することは無いだろう。
そして、石炭の需要は増えつつあり、減りそうに無い。石炭から出る富で領地は豊かになる。
「全てあの人が変えたのね」
小さく呟いた後、見えてきた自分の屋敷に入っていった。
「お帰りエリザベス」
娘の帰宅をラザフォード伯爵は喜んで迎えた。
早速、ホールで晩餐会を開こうとしたが、疲れており二人きりで食事がしたいと頼むとラザフォード伯爵は、喜びのあまり飛び上がり、召使い達に準備を命じた。
「領地が変わって驚いたかね」
「はい」
食事の最中、伯爵に尋ねられてエリザベスは、思わず頷いた。
「幼い頃見ていた光景と変わってしまいました」
「そうだね。お陰で豊かになったよ。領地の収入は四倍になった。来年は更に倍に、再来年は更に倍になるだろう。何処まで上がるか想像も付かないよ」
「そんなにですか?」
「ああ、埋蔵量と需要、価格から推計してだが途方も無い数字だ。間違っていると良いんだが」
「喜んでいないようですね」
「富が入るのは嬉しいけどね」
「代償が怖いと」
「変化が怖い」
ラザフォード伯爵は、答えた。
「これまでは殆ど自給自足だったからね。畑を耕し、家畜を飼い、野にいる動物を狩る。それらを調理して頂く。川があるから、貿易の船相手に売ったり、商品を買ったりしていたが基本はここで生活するだけで十分だった。だが、石炭が全てを変えた」
伯爵は静かに話した。
「石炭は昔から有った。だが価値が無かった。何故なら欲しがる人間、使う人間がいなかった。だが、鉄道が出来た事で変わった。鉄道を作るため、走らせるために使う価値が出来て欲しがる人間が増えて金がこの領地に入るようになった。だが、それは領地の他の人間によって作られた価値だ。石炭を売り対価として金を貰っているが、それは領外の人間。いや、石炭を必要とする産業、鉄道があるからだ。つまり鉄道を持っている彼がこの領地の運命を握っていると言っても過言ではない」
エリザベスの背中に冷たいものが流れた。
「そして領民達は知ってしまった。石炭が富みになると。畑を耕すよりよっぽど利益が出るからね。二度と昔の生活に戻ることは無いだろう」
「お父様……」
静かにエリザベスは尋ねた。
「やめようと思えば、やめられる。だがそれだと王国が成り立たないだろう。既に、賽は投げられているのだし」
帝国から借りた借金もそうだが、何より王国は帝国の鉄道によって衰退していた。
このままでは遅かれ早かれ、滅びていただろう。
だが、鉄道という起死回生の一手を打ち、九死に一生を得た。だが、その代わりに新たな火種を抱え込んでしまったように思える。
それが、何か分からずエリザベスは不安に駆られた。
「彼に一寸言ったよ。君のお陰で領内が変わってしまった。二度と戻らない。そして君に首を繋がれていると」
皮肉を込めて伯爵は告白した。
「ちょ……」
あまりに露骨な嫌みにエリザベスも引いた。
「彼は申し訳なさそうに、頭を下げたよ。そして、泥炭でスコッチを作ってはどうかと言ってきたよ。それに堆肥を使った野菜の栽培も提案してきたよ。この土地で出来る産物の作り方を教えてくれたよ」
「え?」
エリザベスは驚いた。
「彼は鉄道で運ぶ商品を作ろうとしただけと言っていたが、この領地を救おうとしてくれたんだよ」
「何故? 高貴なる者の義務」
「そうかもしれない。いや、もっと普遍的なもの何だろう。才ある者は才を使い、知ある者は知を使い、力ある者は力を使い、金のある者は金を使い、人のために尽くす。貴族だろうと、平民だろうと、その持っているものと為すべき事が違っても、持ってる物を使って人に尽くすことに変わりは無い。彼は自分の才能と知識を使っただけに過ぎないだろう」
寂しそうに伯爵は、語った。
「彼は凄いよ。鉄道限定とは言え、それを元に多くの人を幸せにしている。一事をもって万事を治める。これは讃えるべきだ。これは、史上最も優れた業績になるだろう。我々、貴族を凌ぐ功績を打ち立てたのだ。王国は変わるよ。良かれ悪しかれね。誰にとってかは分からないが」
エリザベスにはそれがよくわかっていた。これまでの事を見ても、彼が優れていることに何ら疑いは無い。
「そんな彼にお前が惚れるのも無理は無い」
「!」
いきなり語りかけられてエリザベスは動揺した。
「な、な、な、なにを」
「一寸したカマかけで動揺するのは主と同じだな。とんだ主従一体だ」
「! まさか陛下にも!」
「あれほど入れ込むのだから、どうしてか知っておこうと思って尋ねたら赤くなられた」
「ふ、不敬ですよ! 伯爵!」
「あのようなお力を持たれているから忘れるが、陛下も女、いや少女だ。恋の一つや二つする」
「伯爵、あまり愚弄すると王国のメイドとして許しませんよ!」
「こういうときメイドになってごまかすな。逃げだぞ」
「逃げとはどういう意味です」
「自分も愛しているのに、主君第一とごまかしている」
「!」
エリザベスの顔が真っ赤に染まった。
「まあ惚れるのはしょうが無いな。かなり優秀で功績もあげているから、婿として最高だね。彼には、お義父さんと呼んで欲しいね」
「! ば、バカも休み休みに言いなさい!」
「自分の気持ちに素直になれ」
「で、でも」
「戦争と何たらは、手段を選ばない。もし本気になるのなら父も力を貸そう」
「王家と戦争をする気なの!」
「一人娘が婿を取らなければ、この伯爵家はおしまいだからな」
「養子とれば良いでしょう!」
「お前じゃないといやだし、二代後は孫が良い」
「黙れや変人貴族!」
親子の話のハズなのだが、今一かみ合っていない。
「と言う訳でこの勝負は伯爵家の命運が関わっている。愛娘の奮戦に期待したい」
「五月蠅い!」
それだけ言うとエリザベスは席を立って、ホールから出て行った。
その足で、屋敷を出て王都に向かうべく駅に向かった。
「もう二度と戻ってこない。こんな屋敷」




