借金返済
帝国から特使がやってきて借金の返済を求めてくる。だが、昭弥達には秘策があった
鉄道の建設が続いているとき、帝国からの使者が王都にやってきた。
「皇帝フロリアヌス陛下の代理として、帝国伯爵ルキウス・カエキリウス・メテルスはルテティア王国女王ユリアに伝える」
謁見の間に通された使者がユリアに向かって威圧的に文言を告げた。
「先年、貴国に貸与した金貨の返済を求める。不足する場合、王国の接収を行う」
謁見の間に居た大臣、貴族は驚いた。
「使者殿、それはおかしくありませんか。返済は、待って貰えるのでは?」
「それは、鉄道開業一年後までです。まもなく開業から一年を過ぎます。直ちに返済を行って下さい」
「少し言葉が過ぎませんか?」
「陛下、帝国との約定を踏み倒すというのですか?」
通常なら返済について交渉が行われる。だが、使者は執拗に食いかかった。
「解りました。それでいくらですか?」
「五〇五六万九四七一枚です」
途方もない計算に一同は唖然とした。
借りた額の半分以上を最初の返済で返せというのは無謀だ。
「……どういう計算ですか? 一億枚を年利一五%の複利で契約から二年経ち、二回年利を掛けて現在の総額は一億三二二五万枚です。返済は二〇〇〇万を超えないはずです」
「いいえ、返済は十年以内と言うことです。既に二年経っているので八年以内に返さなければならないので、返済額は最低でもその八分の一となります。一億枚を十年分の複利をかけた約四億枚を八等分したのが返済額です」
この時代、借金の踏み倒しもあり、その分の補償もあって金利が大きく返済額も大きくなる傾向があったし計算方法も雑なところが多い。
だが、帝国の要求はこの世界の基準に合わせても無茶ぶりも良いところだ。
「実際の返済額より大きくありませんか? 返済した分、利子も小さくなり総額は減ります。その計算だと最初の返済が大きくなり、あとになって軽くなる、お金のないときに搾り取る悪辣な返済方法では?」
「これでも十分に温情のある返済額です。支払わなければ翌年は更に利率が掛かり、額は大きくなります」
「年々首を締め上げる力を増すと言うことですか」
「新規事業は、立ち上げたばかりでは、利益が少ないので返済猶予を与えました。帝国と皇帝の温情です」
ユリアは小さく何かを呟いたが、誰も聞こえなかった。
「では、返済を済ませれば良いのですね」
「はい」
「どんな形でもですか?」
「はい」
「全額返済、現在の借金総額一億三二二五万枚を返済すれば、これ以降返済を行う事も無いのですね」
「その通りです」
「その言葉に二言は無いのですね」
ユリアは語気を強めてルキウス言った。
「は、はい」
それまでとは打って変わったユリアの強い言葉に使者ルキウスはたじろいだ。
「では、返済しましょう。誰にいつ、何処で渡せば良いのでしょうか?」
「いま、私に返済して貰えれば」
「では、お渡ししましょう」
そう言って、ルキウスを金庫に案内した。
「さあ、使者殿。お納め下さい」
そう言って、金庫を開いて見せた。
「ぐっ」
金色の交戦を浴びて使者は目を腕で塞いだ。目の眩みがとれてゆっくりと目を開けると、目の前には金の壁があった。
「こ、これは」
「ご要望の金貨一億三二二五万枚。銀貨やプラチナ貨も混ざっていますがキッチリあります」
これにはルキウスも絶句した。
最初の返済を待ってくれと泣きついてくると思ったら、全額を返済しようというのだ。
「お、お待ち下さい」
使者は、慌てて答えた。
「ここでいきなり大量の金貨を頂いてもどうすることも出来ません。このような返済の場合は帝都に送って貰いませんと」
受け取っても使者には帝都へ運ぶ手段が無い。
金貨一枚を昭弥の世界で一枚8グラムとすると千トンオーバーになる。
特使が連れてきた従卒達に持たせても一人平均がトン単位になってしまう。
「わかりました。では帝都に納めることにしましょう」
翌週、帝国使者ルキウスは王国宰相アントニウスと王国銀行総裁シャイロックを伴って帝都に降り立った。
かつては半月ぐらいかかったが、王国鉄道内の高速化により一週間ぐらい早くなった。
それでも時間がかかるが、早いほうだ。
「ここは?」
帝都中央駅から馬車に連れられた使者は尋ねた。
「ルテティア王国銀行帝都支店です」
自信満々にシャイロックは答えた。
「さあ、こちらへ」
連れられるまま、使者は銀行に入り王立銀行の金庫室に入った。
「では、こちらへどうぞ」
そう言って見せたのは、数十枚の手形だった。
「こちらが王国の命によりご用意させていただいた物です。」
「……これはどういうことだ」
使者は、不機嫌に尋ねた。
「金貨で支払って貰いたいのだが」
「はい、承っております。こちら一億三二二五万枚分の手形でございます。ただ色を付けるように言われまして一億三五〇〇万枚分あります」
シャイロックは自信満々に答えた。
「このような紙切れで満足しろと」
「はい、ご不満ですか?」
「不満だ。現金で用意して貰いたかったのだが」
「勿論、直ぐに現金化することが出来ます。まあ、直ぐに現金化するのはおやめになった方が良いかと」
「ほらみろ。それでは意味が無いであろう。現金を用意しろ」
「お望みならその通りにいたしますが、本当によろしいのでしょうか?」
「当然だ!」
「ですが、この手形をよくご覧になって下さい。全て帝都でも有数の商家が発行した物であり帝室とも取引のある商家ばかりです」
「それがどうした」
「この手形を全て現金化すると、それらの商家が全て、破綻すると思いますが」
銀行に入って初めて使者は絶句した。
「……どういう意味だ」
「通常商家は、多額の資産を持っていますが、その多くはこのような手形であり、現金は少ないのです。そして、この手形を出すと商家の手持ちの現金が全て消えることになるでしょう」
「それで……」
「そのことが帝都中に知れ渡るとその商家はどうなるでしょう。手形が現金化できない。それでは手形の意味が無い。手形を現金化しようと殺到するでしょう。ですが商家に現金はない。そうなれば、商家は信用を失い取引不能となります。破綻しますね」
「そ、それで帝室に何の影響があるのだ」
「この商家の一部は帝国の税や国債を扱っておりますね。破綻した場合、それららの財貨が失われますね。帝国の予算は大丈夫でしょうか。それ以上に、帝都の大口の商家が潰れて物が入ってくるのでしょうか」
使者は、背中から冷や汗が滝の様に流れ出ていた。
「また、これだけの現金です。果たして、流通の何分の一に当たるのでしょうか。帝都からそれだけの現金が消えて、帝都は成り立つのでしょうか」
地球上で採掘された金は昭弥のいた世界の二〇一四年時点で二〇万トンと言われている。採掘技術の未熟な近代以前だと半分程度。この世界の四分の一以下しか支配していない帝国の帝都にどれだけの金貨が存在するのだろうか。
帝国政府がルテティアへ一億を渡すとき、分割して渡したのも現金が少ないという理由だけでなく、帝都から現金が一時的とはいえ品薄になるのを防ぐために行ったのだ。
「勿論、王国政府からは、使者の言葉に従うように。現金がお望みであれば、手形を直ちに現金化せよ、とご命令を受けております。その結果、帝都の商業が停止状態になろうとも優先させていただきます」
「ま、待て」
席を離れようとしたシャイロックをルキウスは止めた。
「はっはっはっはっ」
応接室に腰掛けたシャイロックは大声を上げて笑った。
「やってやったぞ。大勝ちだ!」
目の前には使者から王国の返済完了をしたためた公式文章が置いてあった。
「しかし、酷いですね」
帝都支店の支店長がシャイロックにお茶を入れながら尋ねた。
「あんな脅しを掛けるなんて」
「あれだけの巫山戯た要求をしたんだから当然だ。女王陛下からも精々いたぶれ、とご命令を頂いたからな。それに社長からもやってしまえと命令されていたしな」
「不承不承と言う形ですけどね」
前回の支店長会議で今日の返済の事を予想して対策を立てたのだが、その時出席した社長の顔を思い出して支店長は苦笑した。
「本気でやる気だったんですか?」
「当然だ。でなければ効果が無い」
「まあ、支店だけでも出せますけど、そうなったら破滅ですからね」
「宰相、話が違うではないか」
ルキウスからの報告を受けて帝城の一角、執務室で皇帝フロリアヌスは宰相コルネリウスに詰問した。
「鉄道が通れば、ルテティアはメチャクチャになるのではなかったのか」
「はい、これまではそうでした」
大量の商品がその国に入り込み、国内の産業が壊滅し、破産する。
その国は帝国が吸収し直轄領にして、税収を増やすというのが宰相の計画だった。
これまでは上手く行っていたし、先日も男爵領を一つ併合した。
「しかも向こうが借金の申し込みまでしてきた。これは機会とばかりに渡してやったのだぞ」
その時の恐怖を思い出したのか、皇帝は身震いした。
「はい、返済不能を理由に王国の特権の一部を接収する予定でした」
「それがどうして、あれほどの富を得られるまでに成長したのだ」
「鉄道による商業の発展によるもの、としか言いようがございません」
「どういうことだ! いくら帝国鉄道の輸送分を奪ったと言っても、セント・ベルナルドまでのこと。その先は我々が握っている。その量からして王国鉄道にこれだけの収入が入るわけがない」
「どうも、王国鉄道は王国内の商品のやりとりを盛んにしたようです。そのため、税収が上がり、収入を得たようです。さらに製鋼業を始め鉄鋼の大量生産に成功したようです。品質も良くルテティア鋼として東方のみならず帝国にも大量に来ており高値で取引されております」
「だが、帝都の商家の手形をどうして手に入れられる」
「大商家ほど現金での取引を行っているわけではありません。その多くは手形です。その手形の取引の舞台としたのが、王国銀行です」
「何故だ!」
「信用があり便利だからです。王国で手形を購入すれば帝都に赴いて現金化できます。これは商売上とても有用です。主な商家の殆どは東方貿易を行っておりますから、王国銀行を利用し多額の手形を発行しているでしょう。その際、銀行への支払いに商家の手形を使っていてもおかしくはありません。特に帝国から一億枚の金貨が与えられましたから、現金の支払い能力は非常に高いと思われておりました」
「あの金貨を元手に……待て、と言うことは連中の信用は帝都にある一億枚の金貨なのだろう」
「はい」
「もし、連中から直接一億枚の金貨をそのまま取った場合、王国銀行は?」
「手形の現金化が出来ず、信用を失うでしょう」
「連中をいたぶる手段を失ったという訳か。ルキウスがもっと粘って銀行の金庫から現金を奪えば息の根を止められたのに。無能が! 奴はブリタニアの最北端に異動させろ」
「ルキウスの処罰はそれで良いでしょう。しかし、現金を受け取っていた場合、現金を得ようと王国銀行は早急に手形を現金化し、結局帝都は機能を停止したでしょう」
「ええい! 忌々しい!」
「だが、連中の持っている金貨はそれほど多くなかったはずでは」
「はい」
開拓地であるため、通貨の流入量は少なかったはずだ。東方貿易のため現金が通ることはあるが、輸入と輸出はほぼ同じで行き来は少なかったはずだ。
「王国は銀行から手形の一種である銀行券を発行し通貨の代わりとしていました。それが一般にも広がり王国中の通貨が、王国銀行に移ってきたのです。そのため金庫に大量の帝国金貨、銀貨が集まったのです」
「ええい! 忌々しい!」
皇帝は地団駄を踏んだ。
「待て……と言うことは我々は王国に帝都の命運を握られていると言うことか?」
いつでも所有している手形を売却できる事を見せつけることで、王国への無理難題を牽制できるようにしてある。
下手に無理難題を押しつければ、所有する莫大な額の手形を現金化することで帝都を混乱に陥らせることが出来ると言うこと。
混乱すれば皇帝の威信は地に落ちる。
強大な権力を持つ皇帝だが、そのお膝元である帝都が混乱している所を諸侯に見られれば、侮られ帝国は混乱する。
そのような混乱をルテティア王国はいつでも出来る状況にある。
「……はい」
「それでは真逆ではないか! 帝国に仕える王国ではなく、我が帝国が王国の機嫌を損ねないようにしなければならないというのか」
宰相は黙ったままだった。だが、沈黙が事実を雄弁に語っていた。
皇帝は全てを悟り玉座に力なく座り込んだ。
「宰相……もはや事態は深刻だ。ありとあらゆる手段を使い、対処せよ」
「はっ、お任せあれ」
力強く宰相は返答した。




