技術と魔法
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ジャネット首席宮廷魔術師に連れられてユリア一行がやってきたのは王都郊外にある魔術学院の敷地内にある実験場だ。
「広いですね」
実験場を見た昭弥が言った。非常に広く端が見えないくらいだ。
ただ、敷地の外には緑があるのに実験場にはぺんぺん草一つ無いのが気になるが。
「王都の中にあると思ったんですけど」
「あそこは初等魔法教育や事務のための場所で、本格的な研究はここで行います」
昭弥の疑問にユリアが答えた。背後ではマイヤーが恨めしそうに見ているが、ユリアが昭弥だけを呼んだので側に寄る訳にはいかず、全員後方で待機していた。
「一寸、不便なような」
ここまで馬車で王都から昭弥の感覚では一時間くらいだろうか。
鉄道を敷くことも考えても良いのだが、どうも人が少ないような気がして、採算が取れそうにない。
「どうしてこんな場所に?」
「直ぐに分かります」
「では始めます」
そう言ってジャネットは、呪文を唱え始めた。
彼女の後ろには、巨大な岩、それも三階建てのビルくらい有る大きな岩が置いてある。その岩の下に魔法陣が生まれ岩を包み込んだ。
「では動かします」
自信満々にジャネットは次の呪文を唱え始めた。
そして岩は前に進み出した。だがその進路上には巨大な城壁のような壁がある。
しかし魔法をかけられた岩は、障害など存在しないかのように進み、と言うよりすり抜けた。
これには昭弥もユリアも驚いた。
「ご覧下さい。このような巨大な岩を進ませる事ができます。さらに次元が違うために既存の建物や森や山があってもすり抜けて運ぶことが出来ます。これならば、レールなど敷設するという無駄な労力を使うことなど無くなります」
苦労して作ったレールと線路をバカにされて昭弥は内心怒ったが、同時にこれだけの能力を見せつけられ素直に言葉が正しいと認めざるを得なかった。
が
「うん?」
運んでいた岩がジャネットの下に戻ってきたとき、異変が起きた。
岩の色が変わったかと思うと突然強い光を明滅させ始めた。
「なんだ?」
と思った瞬間、昭弥は横から押し倒され、次の瞬間、轟音と衝撃が周囲を襲った。
暫くは爆音で耳鳴りが鳴り止まず、周囲も暗いままだった。ただ地面にしてはやけに柔らかく温かかった。
「大丈夫ですか」
ようやく耳鳴りが止んだとき、ユリアの声がした。見上げるとユリアの顔が目の前にあった。
先ほど押し倒したのはユリアだった。昭弥を庇って覆い被さったのだ。
「!」
抱きしめられていることに気が付いた昭弥は、慌てて離れた。
「す、すみませんでした」
「いいえ、こちらも馬鹿げたことに二回も巻き込んでしまって申し訳ありません」
「馬鹿げたこと?」
「ジャネットの実験失敗です。膨大な魔力を持っているので、調子に乗って新しい魔法陣に過大な魔力を投入して、過誤のある部分から漏れ出し暴走するんです。魔力が必要以上にあるので巨大な爆発になりやすいのです」
見るとジャネットがいた場所には巨大なクレーターが出来ている。
実験場に緑がない理由もよく分かった。あんな爆発が何度も起こったら、緑が生える余裕なんてない。
ジャネットは、大丈夫なようだ。爆発の衝撃で上空に飛ばされ、今ようやく落ちてきた。何とか立ち上がろうと腕を上げて地面から身体を離そうとしている。
立ち会っていた次席宮廷魔術師ジェイナスがようやく回復して救助に向かっているし、今回も長期入院すれば回復するだろう。
他の一同も立ち上がりはじめており、大きな怪我を負っていないようで昭弥は一安心した。
「……どうしてそんな人を宮廷魔術師なんかに任命しているんですか」
素朴な疑問をユリアに尋ねた。
「任命される前後で非常に有用な魔法理論や魔法陣を幾つも生み出しましたから。今では一〇〇に一つぐらいですが」
申し訳なさそうにユリアが答える。
「今も任命しておく必要は無いと思いますが」
「野放しにすると何をしでかすか分かりませんから」
「……凄く納得出来て、腹立たしい理由ですね」
確実にマッドサイエンティスト、いやマッドマジシャンになりかねない。いや既になっているか。
閉じこめるのが研究室か、牢獄かの違いだけか。
「すみません。ご迷惑をお掛けしました」
ジャネットの救助を終えたジェイナスが頭を下げながら二人に近づいて来た。
「どうでしょうジャネット師の魔法は」
ジェイナス魔術師に問いかけられて昭弥は答えた。
「凄いと思いますけど、あれを扱えるのは?」
「……ジャネット師だけです。私達では到底、魔力が持ちません」
「じゃあ無理です」
隔絶した方法だったが、彼女だけしか使えないのでは一般化できず意味が無い。
技術というと、特別な能力とか隔絶した存在のように感じることがあるが、どんなに優れていて、巨大なものでも、ひとつひとつは誰でも扱える物だ。
特定の個人の能力や訓練が無ければ扱えないのでは真の技術とは言えず、それは才能とか技能とかと言った方が良い、と昭弥は思っている。
個人の才能や能力を貶すわけではないが、真の技術は誰でも扱えなければ、多くの人々に使用されず、一部で活用出来ても大勢の役に立たない。
昭弥が、サラマンダーではなく、石炭を使う機関車を主力にするのも数が揃わないのは勿論、誰でもサラマンダーを扱える訳ではないからだ。
魔術師を通信網に活用したのも昭弥としては不本意だったが、他に手段が無かったからであり、他に有用な手段があれば採用していた。
銃と剣と魔法を考えれば分かりやすいだろうか。
魔法は才能が無ければ発動さえ出来ず、それ故に魔術師の数が少ない。
剣は誰でも持てるが、訓練しなければ活用出来ず、魔術師より多いが使える人の数は人口に比べて少なく、故に戦士や騎士は少ない。
銃は、誰でも弾を装填して同じように使えば確実に使えるので、大勢の人が使っている。勿論訓練は必要だが、剣を使うより簡単に習得して活用出来る。
昭弥はそんな技術を、視点を重視している。
「……あの……」
「はい?」
躊躇いがちにユリアが昭弥に尋ねた。
「……帰りたいですか? ……元の……世界に……」
尋ねられて昭弥は黙った。
確かに帰りたいと思う気持ちはある。だが、徐々に薄れてきている。元いた世界の鉄道がどうなっているか気になる。だが、こちらの鉄道に関わり、人々の為に作られて行くことにやりがいを感じ始めている。
今までは鉄オタとして、自分がこれまで得た知識をどれだけ活かせるか。間違った使い方をしているこの世界の鉄道をより良くしようと全力で動いたからだ。
それが、今は違ったものになりはじめている。
それが何か昭弥にも分からなかった。
黙ったのも、明確に答えることが出来なかったからだ。
「!」
フイに手が握られた。
見てみると、ユリアが黙って昭弥の手を握ってきていた。
昭弥も黙って握り返した。
少し心の中が軽くなったように昭弥は思い、なんとなく幸せな気分になる。
直後にマイヤーの鉄拳が昭弥の後頭部にめり込んで地面に崩れ落ちが。