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首席宮廷魔術師

 王宮内の控え室で昭弥は会社の報告書を確認していた。

 チェニス線が全線開業し、入植者の入居も始まっている。

さすがに開墾したばかりで農作物の輸送は無いが、入植者の旅客数や彼らの生活必需品を中心に輸送量が増えている。

 今後開拓が進み農作物が増えれば、それの輸送も始まり、鉄道に収益をもたらすはずだ。

 他の路線に関しても建設が始まっており、鉄道網の整備は順調だ。

 水運網を利用して、複数の場所へ資材を搬入してそこから伸ばして行く方法で期間を短縮している。

 経営に関しては現在の所、運河をはじめとする水運網との競争もあるが、鉄道のスピードと定時性、輸送量で大きな優位を保っている。

 鉄道と大型船舶では大型船舶の方が優位なのだが、運河は小さいものが多いので難しい。

 そのため、鉄道が優位にあるが、鉄道の輸送力に限界があり一部のルートでは船による代替も今後考える必要が出てくるだろう。

 何より末端では、貨物や人の集積に船を使っているのだから。

 建設作業も順調だ。

 先日、セメントの製作にも成功した。

 一応ルテティアではローマンコンクリートが使われていたが流動性が悪く工期が長くなる。

 一方、現代社会で使われるポルトランドセメントを使ったコンクリートは流し込んだ後、急速に固まるので、工期短縮になる。

 セメントの焼成に手間取ったが、石炭ガスを使うなどして生産を可能にした。それに機関車の灰や製鉄で出るスラグを混ぜてコンクリートにしている。

 地上の建築物は勿論だが、橋の橋脚を作るとき予め陸上で作っておいて、現場に運び込んで沈める、という方法を使い工期を短縮することが出来るだろう。

 これでルビコン川に多数の橋をかけることが可能になるはずだ。

 それにトンネル工事も出来る。

 これまでは、広く平らな大地に土盛りをして進むだけ、時折川に橋を架けるだけで済んでいたが、今後はより大規模な工事が必要になる。

 そのためにも技術をより向上させる必要がある。

 鉄道を作ることは技術の集大成である。技術以上の事を行う事は出来ない。だからこそ、研究が必要になる。


「失礼します」


 エリザベスさんが入って来て昭弥に声を掛けた。


「陛下がお呼びです。どうぞ東屋の方へ」


「わかりました」


 その時昭弥は思った。


「東屋が多いですね。報告だけですから謁見の間で十分じゃ」


「陛下のご意向です。どうぞこちらへ」





 エリザベスに促されるまま昭弥は東屋に行った。


「ようこそ昭弥様」


 既にユリアがティーセットを用意しており、客人、昭弥を迎え入れる準備が出来ていた。


「どうぞお掛けになって下さいね」


「は、はい」


 昭弥は促されるままに座った。


「では、今月の報告ですが」


「順調と言うことですね」


「ええ、一部遅れはありますが、順調にすすんでいます」


「なら、これ以上報告する必要はありませんね」


「そうなるのかな」


 一応詳細な報告書を持ってきてそれを読もうと思ったのだが


「必要な事はそこに書いてあるのなら受け取って後でよみますわ」


 そう言って報告書をひったくるように受け取ると、エリザベスに渡してすぐに昭弥の方を向いた。


「ここの暮らしには慣れましたか?」


「はい。皆さんのおかげで」


「ここの生活は楽しいでしょうか?」


「とっても」


 昭弥は嘘偽りなく答えた。

 王国の鉄道を指導する責任者となり、鉄オタとしては、夢のような職に就いている。

 何より、自分の知識を人々の為に活かせるのが嬉しい。


「このような幸せを頂き、感謝に堪えません」


 昭弥の言葉を聞いて、ユリアは赤くなった。


「いいえ、私の方も幸せを頂きました」


 ユリアは、肩を小さくして手を小刻みに動かしながら答えた。


「あの、昭弥……」


「陛下!」


 突然、庭に大声が響き、ユリアの声を遮った。

 振り向くと入り口の方から白い衣装と帽子を身に纏ったオレンジ色の髪の女性がこちらに向かってきていた。


「……何でしょうジャネット首席宮廷魔術師」


「!」


 昭弥は固まった。

 ユリアは先ほどと変わらない穏やかな笑顔を浮かべているし、声も温かい。

 だが、何というか先ほどより表情が暗くなり、声の響きが心の底から冷え込み、まるで獅子の前、いやゴジラに睨まれ放射火炎を浴びる直前のような、そんな恐怖を感じて固まり一瞬心臓が止まった。

 ショック死しなかったのは、向けられた相手が昭弥では無くジャネットだったためだ。直視されていたら確実に昭弥は死んでいただろう。

 一方、そんな致死性の視線を浴びてもジャネットは平然としていた。


「呼んだ覚えはありませんが」


「是非、ご提案したいことがございまして飛んで参りました」


「警護の者が居たはずですが……まああなたを止められる人間はいませんね」


「あの……こちらの方は?」


 昭弥が恐る恐るユリアに尋ねた。


「そういえば、お二人とも声を交わしたことはありませんでしたね。ジャネット、彼があなたがこちらの世界に連れてきてしまった玉川昭弥様よ。昭弥様、こちらはあなたをこの世界に連れてきた原因いや元凶である首席宮廷魔術師ジャネットよ」


 フォローになっていないし言い直しがより悪くなっている、と思ったが昭弥は黙った。

 だが同時にどこかで聞いた名前だと思っていたが謎が解けた。


「長期入院で療養中と聞きましたが」


「あれしきの怪我で入院などしていられませんわ」


 ユリアの言葉にジャネットは胸を張って答えた。

 非常に巨大な部分が更に強調された。だが、腰はくびれているがほどよく肉の厚みがある。肌には艶があり、滑らかそう。髪はオレンジ色が入っているが、少しウェーブが入っており白い衣装と対照的で魅力的だ。

 強気な顔立ちは少し幼さを残しており、昭弥より少し年上に見える。

 思わず昭弥は顔が赤くなった。

 ユリアが言うとおり、自分をここに連れてきた元凶であるが、同時に鉄道漬けの生活をくれた恩人でもあるので強く言えない。というより昭弥は美人に弱い。

 それを見たユリアはジャネットの紹介を続けた。


「ジャネットは当年十九才でありながら強大な魔力と深い知識により首席宮廷魔術師を五代前の国王から務めております。それだけに王国に多大な功績を長年にわたってもたらして頂いている重鎮とも言える方ですわ」


「え? 五代前?」


 不気味な言葉に昭弥は固まった。


「あの……五代前の国王は、いつ頃ご活躍を?」


「七〇年前ですね」


「ということは最低でも八……」


「十九才です」


 昭弥の言葉をジャネットは遮った。そこには有無を言わせぬ圧力があった。


「ジャネット魔術師は永遠の十九才だそうです。それ以外の年齢を言うと魔法実験の材料にされてしまいますよ」


 ユリアが昭弥に説明した。


「陛下、私は本当に十九才なのです。去年も、そして来年も。誰に何と言われようと魔術師は嘘を吐きません。いいですね。私は十九才、いいわね」


「アッハイッ!」


 最後の言葉を向けられた昭弥は、反射的に答えた。


「さて疑問も解消されたところで本題に入りましょう」


 ジャネットが痛い人だという事以外、何の解決もしていないのだが、それを言ったら悲惨な末路しかないので、昭弥は黙って二人の会話を聞くことにした。


「陛下、最近鉄道というものに入れ込んでいるそうですね」


「王国の発展のためです」


「いけません!」


 ジャネットは大声で叫んだ。


「そのような平民共が使う手段などに頼るなど言語道断です!」


「けど、あなたはその鉄道に対抗できず、あまつさえ魔法実験の暴走事故を起こしました」


「些細なことです」


 自信を持ってジャネットは断言したが、巻き込まれた昭弥としたら心穏やかでは無い。


「その実験により、更に洗練された魔法を開発しました」


 自身を持って言うジャネットの言葉に昭弥は言いしれぬ不安を感じ、背中に冷や汗が流れ、手を強く握りしめた。


「継続して転移魔法をかけ続けるのは空間に過大な負担になるのです。空間をねじ曲げて一瞬、他の空間を自分に引き寄せゲートを開けるのですから」


 何気に現代社会を超越する技術というか現象を実行できると言っている。

 そんな物があったら、鉄道いらずだ。

 だが、どうも負担や準備がかかるため一般化していないようだ。そもそも一般化していたらこの世界には鉄道どころか馬車さえ存在しないだろう。


「ならば通常空間を高速移動するようにすれば良いのです」


「具体的には」


「自分の周りを元の次元から切り離し動くと非常に小さい力で素早く動くことが出来ます」


 SFのワープ航法を言っているように聞こえるが、出来るのだろうかと昭弥は疑った。


「本当に出来るの?」


 ユリアも疑いの目で見ている。


「と言うよりあなた、昭弥を元の世界に帰す研究をしていたのでは」


「そんな些細なこと研究する気になりません」


「些細って」


 この世界に連れてこられた昭弥としてはその言葉には腹が立つというか、悲しいというか、ホッとしたというか、複雑な気分になった。


「兎に角、ご覧下さい」


 ジャネットはユリアを連れ出そうとしたが、昭弥も連れて行くように言われて渋々承諾し、更に護衛のマイヤー隊長やメイドのエリザベスなどを連れて、王都の外にある魔法学院の実験場に向かうことになった。

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