鉄道仕事図鑑~あるいはジャンの転属日記3~
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「石炭をもっとくべろ!」
「はい!」
機関士の叱責にジャンは大声で答えた。
転属した先は、機関助士。機関士の補助役だ。
機関車がスムーズに動くように助けるのが仕事。そのためには何でもする。
機関車と客車が連結するのを誘導したり、連結器を繋げたり、炭水車に水と石炭を補充したり、機関車の各所に油を差したりする。
運転中も注水器を監視してボイラーの水が必要以上に低下しないように監視しなければならない。
だがそんなのはおまけ程度だ。
「まだ遅いぞ! もっとだ!」
「はい!」
何よりも大事な仕事は、運転中の給炭だ。ひたすら石炭をくべる。
高速運転中など、特に酷く、ずっとシャベルで石炭を入れ続ける。
ただ単に石炭を放り込めば良いという物では無い。
石炭はきちんと入れなければ、最大の効率を発揮することは出来ない。
火室の真ん中を空けて、両の壁側に石炭の山を作るようにくべなければダメだ。
これを怠れば、石炭は燃えど蒸気は上がらず、になってしまう。
「水の量は大丈夫か」
その状態でも水位の確認をしなければならない。
「大丈夫です」
運転中ひたすらくべ続けるのだ。高速運転時には一分間に十キロとかずっとくべ続ける。
しかも、適切な投炭位置に投げ入れつつだ。腕も頭も何もかもフラフラになりながら、ずっと続ける。
やがて機関車は、途中駅に到着した。乗客の乗り降りが始まり、荷物の積み卸しも行われる。走る事が無いから機関助士は一休み……出来ない。
投炭作業は無いが、やる事は沢山ある。機関車の各部への注油、軸受けの潤滑をよくしないと直ぐに焼き付いて、動かなくなってしまう。
給水も大事だ。機関車は水を石炭の五倍くらい消費するので、炭水車に満タンにしても一〇〇リーグ程度しか走れない。そのため、駅で満タンの機関車と交代したり、頻繁に給水する。
列車の停車位置を正確に止めるようにしたのも、給水器の位置できちんと止まれるようにするためだ。
こうした作業で機関助士は駅で休む暇が無い。
そして出発時間になると、再び投炭して発車に備える。
汽笛が一回鳴り機関車は駅を出発した。
しばらくは順調に走っていたが、途中から雨が降り始めた。
この機関車は入れ替え作業がし易いようにと運転席は吹きさらしだ。屋根はあるが、雨で濡れる事が多い。
何より辛いのは、石炭に雨水がかかること。濡れた石炭はその分発熱量が少なくなる。
つまり、より石炭を投炭する必要がある。
「蒸気が少なくなっているぞ!」
「はい!」
なので、さらに石炭を入れて行く必要がある
運転が終わった後も大変だ。機関車が車庫に帰ると、ジャンは車体の下に行き、扉を開けた。
「ぐはっ」
熱い灰が周りに飛び散った。
ジャンがやっているのは、火室の下にある灰受け皿を解放して溜まった灰を掻き出す作業だ。
石炭を燃やせば灰が出る。その灰は火室の下にある灰受け皿に落ちるのだが、時折灰が熱いままの時がある。
「まったく、こんなのやってられるか!」
ジャンは怒ってシャベルを放りだした。
「おおいジャン」
その時、機関区の助役がジャンに声を掛けてきた。
「はい! すいません! 直ぐに作業を再開します!」
クビにされては堪らないと、ジャンは背筋を伸ばして答えた。
「いや、聞いてくれ。サラマンダー式の機関車に欠員が出たんだ。良ければそちらに直ぐ移ってくれないか?」
「喜んで」
ジャンは即答した。
サラマンダー式なら、石炭を搭載していないため、投炭や灰かき作業などやらずに済む。
そんな楽な仕事に移れるなら良い。
石炭式より数が少なく、サラマンダー式に乗れる機関助士、機関士の数は少ない。少ないチャンスをゲットするべきだ。
ジャンはすぐさまサラマンダーの飼育小屋に向かった。
「結構いるな」
耐火煉瓦で作られた小屋の中には多数のサラマンダーが飼育されていた。
一頭では発熱量が足りなかったり、体調が悪いことを考えて複数頭を常に用意してある。
「さてと俺の担当は」
指名されたサラマンダーは少し大きめの目つきの悪いサラマンダーだった。
「一寸不細工だがまあ宜しくな」
そう言って手をだそうとしたが、直ぐに引っ込めた。
「あっちい」
サラマンダーは常に熱を出しているため触れない。
「仕方ねえな。直ぐに行くぞ」
ジャンは金属の棒をサラマンダーに付けて出そうとした。動物逆チアに見えるがサラマンダーが万が一脱走するのを防ぐための措置だ。明確に指示を与えればサラマンダーは自ら動き出し、機関車に行ってくれる。サラマンダーの機関助士は、どの機関車に乗るか指示した後は棒をサラマンダーが邪魔に成らない程度に持つだけで良い。
だが、サラマンダーはジャンの言うことを聞かなかった。
睨むだけで動こうとしない。
「おい、動けよ」
ジャンは無理矢理サラマンダーを引っ張った。サラマンダーは小型のため、簡単に引っ張られて機関車に連れて行かれた。
担当の機関車に来るとジャンは窯にサラマンダーを入れた。
「さあ、ボイラーを温めてくれ」
サラマンダーは、身体全体に発熱器という器官があり、そこから発熱する。通常の炎では無く、遠赤外線であり、周囲に放熱あるいは発信すると行った方が正しい。そのため、サラマンダーの周りを水のタンクで囲んでいる。水槽に穴を空けて空間を作り、そこにサラマンダーを入れていると思えば分かりやすい。
勿論火も噴くが、特定の場合しか放たない。
だが、サラマンダーは発熱しようとはしなかった。
「おい」
苛立ったジャンは、サラマンダーを小突いた。次の瞬間、サラマンダーはジャンに向かって、火を噴いた。
「ぎゃああ」
昭弥がサラマンダーを普及させない理由の一つにサラマンダーが言うことを聞かないという理由がある。彼らとの相性や個性のため、機関出力が安定しないことが多々あった。
今日は運べるけど、明日は分からないでは出力がデカいだけで、馬車と変わらない。
そのような不安定な運用では定期運行など無理だ。
炎を浴びたジャンは、仲間に連れ出されて医務室でクレリックの治癒魔法を受けて回復した。
「こんなことやってられるか。命が幾つあっても足りない。他に転属してやる」
石炭式に戻っても、石炭をくべるだけの辛い作業が待っている。しかも今度配備される新型機関車はボイラーの大きさがこれまでとは段違いに大きいと聞く。そんな機関車で投炭作業するなどまっぴらゴメンだ。他に行った方が良い。
ジャンが転属した翌日、彼の機関区に段違いにボイラーが大きく、自動給炭器が装備された新型機関車が配備された。
給炭場所にムラがあり、全力運転時には人力の補助が必要だが必要量のすべて、全体の作業でも八割の給炭を行ってくれるこの機械は、機関助士達から賛同された。
初期故障もあったが、機関助士達は全力で改良に取り組み、使える装置にした
以来、自動給炭装置は必要不可欠な装置としてボイラーの大きな大型機関車に組み込まれて行く。




