オーバーワーク
順調に貨物取扱量を増やしている鉄道だったがそこに問題が
「「駅長! 積み込み完了しました! 扉の閉鎖も確認!」
「良し! 発車を許可しろ!」
貨物駅でトムが部下に命じた。
駅員が緑色の旗を揚げて発車を合図。
信号もポイントも変わり、列車はゆっくりと動き出す。
ホームを出て行った貨物列車を見送ってホッとする。
「何とか積み込めたな」
「はい」
ここのところ貨物取扱量が増えてきていた。
カンザスだけでなく、周辺の村からも作物や商品が増えてきたからだ。
それは嬉しいのだが、積み込みに関わる人数が少ない。
「もう少し増えてくれればな」
だが、農繁期は農家でも収穫に人手が必要で、高い給料を出してもやって来る人間は少ない。
臨時雇いを雇って対応しているが、農家の方へ行く人も後を絶たないので不足しがちだ。
「あと三時間で次の列車が来ますね」
それに貨物量の増加と共に、貨物列車の本数も増えており、間隔が短い。
そして積み込みは貨物列車だけではない。
「新たな馬車がやってきました」
村からやって来る馬車の荷物を受け取らなくてはならない。それにも人手が必要となる。
皆農村出身で重労働に慣れているが、ひっきりなしの上、時間が決まっているし間隔も短いので疲労が溜まりやすい。
「抜本的に考え直さないと問題だな」
「駅員のオーバーワークか」
昭弥は持ち込まれた意見書を見ながら頭を抱えた。カンザス駅の駅長の意見具申だったがこのところ他の駅からも同じような意見書が多い。
「人数を増やしますか?」
昭弥の言葉を聞いたセバスチャンは提案した。
「やっているけど焼け石に水だね」
現在、王国鉄道は新線建設の真っ最中だ。
駅員の養成を始めているが、新駅開設の人員がメインで、とても既存駅の増員にまで手が回らない。
「それに、現状だと農繁期だけだからね」
ピーク時に合わせて人を雇っていたら、通常時過剰な人員で人件費が増大する。勿論余裕は取ってあるし、増員に対応できるが人を雇うのはなるべく少なくしたい。
「それに今は好景気だからね」
人員を雇えない理由の一つに、王国の好景気がある。
王国全体で人員募集をかけているため、鉄道会社に入ろうとする人が少なくなっている。
それでも志願者は三倍くらいいるが、前の十倍に比べると少なく、質も下がっている。
「人を増やさず、作業を効率化する方法を考えないと」
「どうします?」
「まずは、各駅で雇っている臨時雇いを正式な職員に出来るルートを作ろう。積み込みのやり方を知っている人間がそのまま残ってくれるのは有り難い。現場を知っている人間が多ければ作業がはかどるはずだ」
「まだ、足りないと思います」
「その通り、そこでやり方を抜本的に変える」
「何をするんです?」
「荷物を運ぶ方法を考えて見よう。農家から商品を受け取って王都に運ぶんだよね」
「はい」
「具体的には、農家で馬車に詰め込んで、駅に送り馬車から降ろす。降ろされた荷物を貨車に載せて、王都に運び貨車から降ろして倉庫か馬車に乗せ替えて渡す」
「はい」
「つまり別々の馬車に乗せ替えるために積み卸しが二回ある」
「そうなりますね」
「なら、その手間がなければ良い」
「え?」
セバスチャンは、怪訝な顔をして尋ねた。
「何をする気ですか?」
「馬車ごと貨車に積み込む」
「え!」
驚きの声を思わず上げてしまった。
「待って下さい、貨車に馬車を乗せるってどういうことですか」
「長物車、扉も側壁もない貨車を作ってそこに載せるんだ。貨車とホームの高さは同じだ。そこで、ホームに馬車を引き上げて長物車に乗せて、馬車をロープで固定しそのまま王都に運ぶ。王都に着いたら馬車を降ろして引き渡す」
日本では珍しいが、アメリカやヨーロッパではトラックを列車に乗せて長距離を運ぶことがよくある。
「ですが上手く行くんですか? 馬車を紛失したりとかしたら」
「馬車の幅は決まっているからね。それほど困難では無いと思う。固縛しやすいように、金具を付ける必要があると思うけど、対して手間じゃないはず。それにうちでも製造したり購入して、馬車を保有する。そして貸し出す」
「なんで?」
「貸し出しなら問題ないだろう。全て鉄道会社なんだから。農村から王都に運んでも、返す必要が無いから楽だ。そのまま馬車が必要とされている場所に転用することも可能だ」
「確かに、元の持ち主に返す必要が無いのは良いですね」
「それに最近は馬車の需要も高まっている。馬車の貸与業も十分見込みがある。早速馬車職人を集めてやろう」
「これで有蓋貨車の運用も終わりですか」
「いや、積み込み量が違うから大口相手にまだ残るはずだし、小さなバラの荷物もあるから必要だよ。だが、大口の農村からの分が省力化が出来るから簡単になるはず」
「上手く行きますか。馬車も結構重いですよ」
「そりゃ、馬車を動かすのは難しいけど、いちいち一個ずつ荷物を運び入れるより一回で済ませた方が良い。それにホームや貨車の上は平らだから馬車は簡単に動くよ」
「よし! 皆で押し出せ!」
トムの命令と共に複数の駅員が馬車を押し出す。
馬車はホームから渡し板の上を通って長物車の上に乗って行く。
「位置を確認しろ。確認したら車止めを掛けてロープで馬車を固定するんだ」
駅員達は手早くロープを固定して行く。
「作業終わりました」
「よし」
前のような積み込みより時間が大分早い。駅員達の疲労も殆ど無い。
この馬車を直接積載する方法に代わってから作業が楽になった。
運び込む重量は前より多いが、車輪の付いた馬車を押すだけなら非常に楽だ。
「よし、バラの荷物の積み込みを手伝ってくれ」
まだ小さい荷物の積み込みがあるが、少ないし軽いものだ。
馬車の積み込みが終わってから全員でかかれば、あっという間に終わる。
「すべて完了しました」
「よし、出発許可を出せ」
しかし、出発までには時間があり、列車は待機していた。
「ゆっくりで良いですね」
車掌長が駅長に近づいて来た。
「ああ、これでまたおしゃべりが出来る」
トムも車掌長と話す。
「他の駅も同じ事を言っていましたよ。仕事が楽になったと」
「馬車を降ろす作業もあるが、あっちは軽いから楽なものだよ。それに近隣は馬車を必要としているから貸し馬車業も上手く行っている」
各駅に多数の馬車を待機させておき、お客が来たら直ぐに馬車を貸す。そのまま村の中で済ませて返しても良いが、王都まで行かせるのなら、輸送費を払えば王都まで運び相手に渡してくれる。相手は受け取った馬車の料金を払って倉庫や市場に運び、荷物を降ろしてから近くの駅に返却。
返却された駅の馬車が多くなったら、他の駅に配転すれば良い。
「活性化して、貨物の取扱量がまた増えたようですよ」
「凄いな。この方法に変わって余力があるから大丈夫だが。しかし、本当にうちの社長は凄いな」
「ええ、皆讃えていますよ」
「女王さまが、引き立てただけの事はあるな」
その時、汽車の汽笛が高々と鳴った。
「それでは、ソロソロ出発します」
「はい、気を付けて」
トムは車掌長に別れの挨拶を送ると列車を見送った。




