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鉄道仕事図鑑~あるいはジャンの転属日記2~

 遠くから汽笛が鳴るのを聞いてジャンは呟いた。


「さて、閉めなくちゃな」


 直ぐに小屋から出て、目の前にある大きな扉に向かう。

 今はレールを塞いでるが、今度は道の方を閉じなければならない。

 合計四枚の扉を閉めると言うより、向きを変え終えると信号器を操作して、進行可に切り替える。

 暫くして列車が接近、ジャンは敬礼して列車を見送り、安全である事を指さし確認すると信号器を操作して、進行不可に切り替え、扉を先ほどの位置に戻す。


「まさかこんな仕事とは」


 踏切番という新しい職務が出来るというのでジャンは志願してみた。

 王国鉄道に踏切は殆どない。

 大半が川の堤防の上を走るため、線路を横切るような道が少ないからだ。

 川に用のある人や船への積み込みのための道があるときは陸橋を作って行支えている。

 王都近辺など通行量の激しい場所は土盛りを行い、立体交差を多用した。

 これだけ踏切を無くしたのは、事故対策と分断阻止の為だ。

 現在は一時間に多くて四本ぐらいの本数だが、いずれ主力の路線として一時間に十数本から数十本の列車を走らせる予定だ。

 そのため、踏切を作ったとしても常時締め切りの開かずの踏切状態となるので、踏切を作るだけ無駄と判断して作らなかった。

 だが、チェニス線は、内陸のど真ん中に作るため線路の両側で相互交流がある。ただ人口が希薄な上、現在の路線は仮設線のため、必要以上に立体交差を作るつもりは無かった。

 一応、所々に排水路兼用の陸橋や、トンネルがあるが高低差の関係で設置できない場所に踏切を作り、通る人が多い場所には踏切番を置いている。

 更に少ない場所には横断用の板を敷いてあるだけだ。一応、通過する列車は、踏切に近づくと汽笛を鳴らして知らせるが、それ以外はしない。

 ちなみに帝国鉄道では主要な街道を渡る場所に、板を置く以外は何もしない。住民が勝手に踏切を設置して通ったり、列車が来ていないときにレールを渡ったりしている。


「つまんねえ」


 列車が来る度に信号の切り替えと扉の開け閉めをするなんてめんどくさい。


「誰も来ないしいいか」


 次の列車が過ぎた後、ジャンは扉の内、二枚だけを元の位置に戻し残りはそのままにした。列車が来るのは時折だし、踏切を渡る人間も少ない。


「これなら楽だ」


 そう思っているときに、突然道から何かやってきた。まるで大地が動いているように土埃を上げながらだ。


「何だ?」


 地響きを立てながら白い物体の大軍がこちらに向かっている。


「羊か!」


 ルテティアでは羊が多く飼われている。牛より簡単に飼えるし病気や気候の変動にも強いからだ。カウボーイで有名なアメリカ開拓時代でも末期は牛より飼育が容易な羊の数が多かった。

 簡単に増やすことが出来るため、羊を扱う人は多い。

 その羊がやって来る。

 農耕をやっていた事もあり羊についてもジャンは多少知識があった。だが、あんな数を見たことは無い。


「く、くるな!」


 ジャンは叫んだが、羊たちは止まることは無かった。そのまま踏切に侵入し、多くは反対側に出ていったが、一部は線路上に出てしまった。

 この近くに羊の放牧地があり、羊の移動の為に踏切を設けたのだ。万が一にも羊が線路に入らないように、扉型にして、通行時に線路側に逃げないように閉めることが出来る様にしたが、開いていてはどうしようもない。

 線路の周りには進入禁止を示す杭とその間を針金で封じているため、羊は線路から出る事が出来なくなってしまった。


「こっちに来るんだ!」


 ジャンは羊を集めようとするが、逃げ回るばかりで捕まえられない。

 その時、接近を知らせる汽笛がなった。


「不味い」


 案の定、汽笛に驚いて羊たちが散ってしまった。

 線路上に逃げた羊は、踏切と反対方向に逃げている。


「逃げないでくれ!」


 ジャンは叫ぶが、臆病な羊たちは余計に怖がってしまい離れて行く。

 やむを得ず、ジャンは機関車を止めて羊を集め始めた。

 そのうち、羊を逃がしてしまった農民がやってきて謝りながら集め始めた。

 幸い山羊を連れてきており、誘導させた。

羊は臆病だが山羊は羊より落ち着いており、操りやすい。しかも種族的に羊に近いため、羊は仲間と思い込んでついて行こうとする。その性質を利用して羊飼いは羊を誘導する。

 山羊の後に羊たちが付いて行き、線路から排除することが出来た。機関車は三〇分の遅れで済んだ。

 だが、ジャンは踏切をきちんと締めなかったため責任を問われて叱責されてしまった。


「もうやだ。転属しよう」




「力を込めて引き抜け!」


「はいっ!」


 班長に言われるままジャンは釘抜きを押す。タダの抜きでは無い。レールを枕木に固定する犬釘を引き抜く大型の物だ。

 てこの原理で楽に抜けるそうだが、非常に重たい。

 数本引き抜くだけで疲れる。


「よし、そっちのレールもってこい!」


「はい!」


 今回ジャンが配属されたのは保線区の保線員だ。

 現在やっているのはレールの交換作業だ。新しく作られた線路だが、資材が足りない開業前に作られた線路のため、質の悪い帝国で作られた錬鉄製のレールを使っている。

 下手をすれば折れて列車を脱線させかねないというので、壊れる前にルテティアで作られた鋼鉄製に交換するそうだ。

 壊れてから取り替えれば無駄が省けると思うのだが、事故が起こる前に、折れる前に交換、がこの鉄道会社の基本理念だそうだ。

 脱線して事故が起こればどれくらいの損害になるか想像しろと言われたがぴんとこない。

 馬車の脱輪や横転を見ているのでそれの数倍という規模だろうか。

 兎に角、事故防止を五月蠅く言う会社で、この保線区はその最前線の一つだろう。


「楽な職場だと思ったんだけどな」


 保線と聞いて、線路を見るだけだと思っていたジャンにはあてが外れた。

 確かに、日勤だと線路に異常が無いか調べるのだが、ずっと歩いてレールを目視点検するのでつまらない。

 そして異常があると事だ。

 夜勤の担当になるとその現場に行き、是正作業を行う。

 今のところ列車は夜間に走ってはいない。だが、試験的に走っている事もあるし将来は夜間運転も行うので、短時間の内に作業をするよう命令が下っている。そのため、長い時間をかけて交換することは出来ず、急かされながらやることになる。

 今夜はそのような現場は無く、交換作業に専念している。それでも短時間に行う事になっていて辛い。

 光の精霊ウィル・ウォー・ウィスプ達が飛んでいて昼のように明るい職場だとしても昼夜逆転の作業は辛い。


「なのにどうしてレールを入れ替える必要がある」


 自分が敷設した訳では無いが、先日までレールを敷いていた作業員として少し悲しい気持ちだ。

 折角苦労して敷設してきたのに数ヶ月で交換だなんて。


「あーやだ」


 ジャンは転属することにした。

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