新型機関車
新たな機関車を製造しようとする昭弥たち
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「さてどんな具合に仕上がっているかな」
昭弥がこの日訪れたのは王国鉄道機関車製造会社試作工場だ。
長ったらしい言葉を付けているが、実際は最初に作った製鉄所内に設けられた製造工場だ。
開業前は、実用機、営業に使う機関車を作っていたが、生産が一段落したことで新型機関車や実験機関車の試作製造を行う工場に特化している。
一つ一つが特別な試作品を作る必要があるので生産工場とは別にしてある。
古い工場を選んだのは、多種多様な試作品を直ぐに作れる熟練した職人が大量に配属されているからだ。
「今回は何を作ったんですか?」
お供のセバスチャンが尋ねた。
「新型の機関車を作っているんだ」
昭弥は簡単に答えた。
「どうして機関車が必要なんですか? 今の機関車でも十分に動いていますが」
現在使っているのはサラマンダー使用のB1、C2と石炭使用のB3、C4だ。
本線上での長距離運転で使っているのは大きめの機関車であるC2とC4。
本線上での短距離運転や支線運転、入れ替えように使っているのはB1とB3だ。
他にも購入した機関車があるが、これらの機関車が増備されるに従って廃車にしたり売却したりしている。
「確かに今のところ問題は無い」
「ならそのまま使えば」
「けど力が足りないんだよ」
「どういう事です?」
「今後輸送量が増えるとこの機関車たちだけでは足りなくなる」
「数を増やせば良いのでは」
「確かに今のところダイヤ上に余裕があるから本数の増加は可能だ」
「なら」
「でもそれ以上増備できなくなると各列車の能力を上げなくてはならない。何より利用に便利な時間帯、需要の大きな時間や列車の輸送能力が制限される」
ラッシュアワーと他の時間を思い浮かべて貰うと分かりやすいだろう。
通勤に便利七時から八時台と夜の時間は大勢の人が集まり、本数も多くなるが満員。だが、他の時間は本数が少ないにもかかわらず、座れるくらい空いている。
また、短い編成より長い編成の方が輸送力が大きい。
「だから牽引力の大きな新型機関車を作ることにしたんだ」
そう言って二人は工場の中に入って行く。
「でかい」
入った瞬間、セバスチャンは驚きの声を上げた。
何もかもが大きかった。
まず車輪がデカい。
それまでは昭弥の腰の高さ程度だったが、更に大きくなって身長を超えている。しかもその数が四つに増えている
ボイラーも太く長くなっている。
突然現れた巨大な機関車にセバスチャンは驚いた。
「D5型機関車だ」
車軸配置は2-D-2。
名前からも分かるとおり、日本の名機D51、軸列配置2-D-1を連想する名前を取った。
牽引力を増やして重い列車を引けるよう動輪を四つにしてある。その牽引力を増すためにボイラーを延長し効率を高めるため燃焼室を設けてある。それらの重量に対応するため従輪を一個増やしている。粗悪な燃料でも十分な火力が生まれるように火室を広くして石炭を燃やす量も増やしてある。
すべて大重量の列車を走らせるために作られた大型機関車だ。
「更に旅客用に作っているのがC6だ」
隣にはD5と同じような蒸気機関車が置いてあった。
C6型機関車。
こちらも名機C62機関車を連想させる名前にした。
車軸配置は2-C-2。
D5とほぼ同じ形だがスピードを増すために動輪は三つに抑えている。
「しかし、動輪が大きいですね」
「二.三メルある。速く走るために大きくした」
ピストンで動く蒸気機関車はその構造のため毎分三〇〇回転から四〇〇回転が最高限界、通常運転なら二〇〇から三〇〇が限界と言われている。そのため、スピードを上げようとすると動輪を大きくして一回転で進む距離を増やす必要がある。
かつて蒸気機関車によるスピード競争があったが、事実上動輪の巨大化競争だった。
「ならもっと大きくすれば、もっと速くなりますね」
「いや、これが限界だろう」
セバスチャンの声に昭弥は否定的に答えた。
動輪と軌間、レールの幅の間にある比率は一.六四が適正と言われている。
この世界で帝国も改軌した王国鉄道も昭弥のいた世界の標準軌一四三五ミリだった。ちなみにこの数字は、昭弥が持っていたメジャーで測ったから間違いはない。
その場合、動輪の最大適正値は二三三三ミリとなる。
「どうしてですか?」
「動輪の上にボイラーを載せるんだが、ボイラーは重いので重心が上になり、転倒する可能性が高くなる。この辺りが限界なんだ」
勿論、例外はあるが、スピード記録を狙ったとか試作で作った、思いついてやっちまったなどの理由で作られたため、実用上無意味だ。
そうした経験や失敗などから導き出された比率が一.六四という数字であり、動輪直径二三三三ミリという数字である。現に最後期に作られた名機と呼ばれた世界の蒸気機関車の殆どはこの数値に収まる。日本のD51やC62も例外では無い。
つまり、昭弥は最初から究極形を突き詰める形でこの機関車を設計し製造したのだ。
パクリとか上澄みを掠め取ったとか言われそうだが、失敗することは避けたい、何より偉大なる先人や諸先輩方が導き出した数字を無視することは出来ない、という昭弥の思いからこの数値を採用した。
「勿論上手く行くか分からない。もっと上の数字でも良いかもしれない。だが、今はこの数字にする」
「最初からこの大きさにすれば良かったのでは?」
「そうしたかったけど、工房で作られていた機関車の動輪に合わせたんだよ。いきなりこんな大きな動輪を作るのは無理だと言われてね。開業まで時間も無かったし、機関車も足りなかったから、既存の動輪を転用しただけの機関車を作ったんだ」
時間がかかればそれだけ借金が増えることになる。最小限に抑えるため、出来ることを最大限に最短の時間で行う事を昭弥は決めてやむなく既存の動輪を採用した。
だが余裕が出来た今、理想の実現に向けて動き出した。
「確かに仕方有りませんね。でも動くんですか?」
「大きくなっただけで問題無い。基本的な構造は同じだし、圧力も同じ。動くはずだ。まあ、改良して圧力を高めることで更に出力が大きくなるかも、しれないけど」
機関車の出力は蒸気の力、発生する蒸気の量と圧力に比例する。量を増やすのはボイラーを大きくすれば簡単だが、圧力は部品の耐久度の問題からおいそれとは上げる事は出来ない。そのため、想定より小さめの気圧で運用することになる。
「いずれ上げるけどな」
「石炭で動かすんですか」
「殆どはね。一部実験用にサラマンダーで動かすけど、あまり増えないよ。サラマンダーは高いし」
現在、帝国では鉄道建設ブームが起こっており蒸気機関車の製造が盛んなっている。その動力源となるサラマンダーの取引も多くなっていて、品薄状態になっている。
昭弥も手を尽くしているのだが、無い物は無い。繁殖も行っているのだが、数が少なすぎる。
そのため、現在は石炭使用の機関車を主に利用しており、数の上で主力を担わせている。
「これでどれくらい運べますか?」
「現在のD5で最大で八〇〇ドリウ(八〇〇トン)を積んだ列車を刻速一〇〇リーグ(時速一〇〇キロ)で引ける」
「大型商船一隻分ですか。どれだけ運ぶつもりですか」
途方も無い数字にセバスチャンは驚いた。
「この程度で驚かないでくれよ。改良されてもっと高出力が出せるようになれば、倍以上運べる」
「倍!」
「それでも足りないかもしれないから。三〇〇〇ドリウの列車を引ける機関車も計画している」
「三〇〇〇ドリウ……」
想像外の数字にセバスチャンは、魂が抜けたような顔をした。
「山でも運ぶつもりですか」
昭弥のいた世界の史上最強機関車、アメリカのビッグボーイの数字を出したのだが、想像できなかったか。
「まあ、いずれ必要になるかもしれないし計画だけはね」
「でも作る気なんでしょう」
「うん」
昭弥は素直に肯定した。
呆れてセバスチャンが再び目を機関車にやると、ある事に気が付いた。
「炭水車に何か付いていますね。あれは何ですか?」
「ああ、あれは乗員交代用の通路だよ。あの中を通って、後ろの車両に移動して交代することが出来る。長時間、乗りっぱなしでも交代要員がいるから楽に運転できるはずだ」
「どんな列車ですか。どれだけ長時間走らせる気ですか」
「出来れば、オスティアと王都をノンストップで」
機関車は一〇〇リーグ毎に水の補給を必要とする。後方に給水車を兼ねた乗員の休憩車を付けて走らせられないかと昭弥は考えていた。
「それに火室の面積が増えたからね。一人で投炭するのは難しいから、三人で行う事も想定しているよ。まあ、最終的には機械の力で石炭をくべる自動投炭装置を付けるけどね」
「どんだけ巨大化するんですか」
セバスチャンは昭弥の構想にあきれ果てた。