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黒いスライム

「煙の匂いがして鼻がおかしくなりそう」


 痴話げんかを切り上げて、レホス達の後ろ昭弥達の前を歩くヴァルトラウトが言う。


「蒸気機関車の煤煙を排出するための換気孔なのだから煙いのは仕方ないよ」


 そう言って昭弥は二人を宥めるが、歩いているとき足下に妙な感覚を感じた。

 そして、壁に指先をツーッと滑らせて表面を探った。


「どうしたんです?」


 昭弥の側に居たブラウナーが尋ねた。


「いや、煤煙に曝されているにしては、綺麗だなと思って」


 多少、濡れているが思ったほど煤が付いていない。まるで表面を洗われているようだ。

 床も煤が付いているような乾いた感じも、油のような粘り付く感触が無いので昭弥は違和感を感じた。

 暫く歩いて行くと所々壁面がざらざらしている場所にたどり着く。そして孔の開いた場所を見つけた。


「ここみたいだな」


 昭弥が見つけたのは、点検用のハッチの残骸と思われる跡だった。万が一を考えて大迷宮の方向へ逃げられるようにハッチを何カ所も作っていたが、その一つが無くなっている。


「溶けて無くなっているのか」


 残った部分を見ながら昭弥は呟いた。明らかに腐食しており、何も無くなっている。スライムは恐らくここから大迷宮に侵入したに違いない。

 だが一体誰が行ったのか解らない。


「おい! こっちの方に何か居るぞ!」


 昭弥が考えている前を進むレホスが声を掛けてきてT字路の先で何か見つけたようだ。

 昭弥は立ち上がって、レホスの近くに行く。


「どうした」


「大当たりのようだ」


 ニヤリと割るレホスに促されて昭弥が角から覗いてみると、奥に真っ黒なスライムが多数動いていた。

 何処から入ったか解らないが、天敵の居ない換気孔の中で繁殖し一部が先ほどの開いた穴から大迷宮のほうへ出て行ったのだろう。


「気持ち悪いな」


 ファンタジーゲームでスライムはカラフルな色で描かれているが、目の前のスライムは、何の光も発しない不気味な黒色、全てを飲み込む暗黒職のようだ。

 集団で集まっているところを見るとスライムの巣のようだ


「兎に角、見つける事が出来たんだ。とりあえず、一旦下がるか」


「いや、アレを駆除して奥に進みたいんだが」


 レホスの意見に昭弥は異議を唱えた。


「……何でだよ」


 今回は調査であって戦闘と駆除は目的ではない。半信半疑だった昭弥をこの場に連れてきて、黒いスライムを見せつけるだけでレホスは十分だった。


「この先に本線に通じる換気孔があるんだ。入り込まないか心配だ」


 だが、本物を見つけて昭弥の鉄道マン魂に火が点いてしまった。

 ここは煤煙を排気するための換気孔であり、当然線路へ通じるトンネルへの孔もある。

 そこからスライムが入り込むことを昭弥は恐れた。


「必要なのか?」


「ああ、確かめる必要がある」


 レホスの問いに昭弥は答えた。

 安全確保は鉄道にとって重要だ。まだ技術的に未熟で時折、大事故を起こしてしまうが、安全向上のための努力は怠っていない、いや怠ってはならない。

 危険と思われる要素は排除しておきたい。


「……まあ、戦ってみないと解らないことはあるからな」


 そう言うとレホスは剣を抜いて戦いの準備をした。

 昭弥が見栄や単なる好奇心で言っているのでは無く、かつての大迷宮探査の時のように鉄道の為に動いているのを感じてレホスは戦う事にした。

 昭弥の熱が伝染ったとも言えるが、レホスは自分で決めた。

 戦うと。


「行くぞ!」


 号令を掛けると共にレホスは駆け出し剣を振りかぶりスライムに斬り付けた。

 だが刀身がスライムの身体に触れると蒸発するような音と共に白い煙を出して溶け出した。


「なっ」


 思わぬ事態にレホスは慌てて引いた。


「お、俺の剣が」


 鉄で鍛え上げた刀身が溶けて穴だらけになったのを見てレホスは愕然とした。


「危ない」


 放心しているレホスにスライムが襲いかかって来たが、彼の脇をすり抜けたピニョンが鋭い剣先でスライムのコアを貫き倒した。

 だが、コアを失い絶命したスライムは体型を維持できず溶け崩れ、体液の一部がピニョンの装備と服に張り付いて溶かした。


「な、何よこれ」


 他のメンバーと共にスライムを駆逐したが、防具と服の一部が溶けて無くなったことにピニョンは驚き、慌ててはだけた胸を隠した。


「まさか……このスライム、酸性雨でも吸収しているのか」


 一部始終を見ていた昭弥がピニョンから視線を逸らして答えた。


「酸性雨? 何だそれは?」


「硫酸や硝酸が含まれた雨のことだ。銅や石を溶かす」


 酸性雨は化石燃料で出てきた汚染物質、硫黄酸化物、窒素酸化物、塩化水素などが溶けた物だ。

 産業革命以降、化石燃料が大量使用され雨雲が吸収する事が多くなり被害が大きくなった。

 産業革命の早かった英国では一九世紀中頃から知られ始め、世界的に知られるようになったのは二〇世紀半ばスウェーデンやノルウェーの森が枯れたり、湖沼の魚類が死滅したことからだ。

 産業の発達した英国、ドイツなどから国境を越えて汚染物質がやって来たためと言われている。

 当然、この世界では知られておらず、レホスは戸惑うだけだった。


「何でそんな事が起きるんだよ」


「まあ、心当たりはあるけど……」


 昭弥は、歯切れ悪く言う。

 鉄道敷設以降に現れたのだから、蒸気機関車が原因だ。

 蒸気機関車は化石燃料、石炭を使っている。無煙炭を使っているが硫黄や燃焼で出来た窒素化合物による硝酸などが煤煙には含まれている。

 さらに動力として発生させた蒸気はピストンで使った後、煙突から放出される。つまり煤煙には大量の水蒸気が含まれている。硫酸、硝酸などの酸化物に水蒸気、酸性雨の材料は揃っている。酸性雨の発生は二一世紀初めでも完全に解明されていないが、同じような事が大迷宮の換気孔で起きていてもおかしく無い。


「……じゃあ、こいつら鉄も溶かすほどの酸を含んでいるというのか?」


「スライムは壁面を移動するからね。壁に付いた硫酸や硝酸を含む煤煙を吸収して強酸性のスライムになった可能性が」


「マジか?」


「黒いのは吸収した煤のせいだろうしね」


 昭弥が冷静に自分の分析を伝えると一同が事の深刻さに黙り込んだ。


「……一度撤退するぞ」


『おうっ』


 レホスの意見に全員一致し後退を始めた。


「ちょっと待って! 後ろを見て」


 だがフィーネの言葉で全員が止められた。


「どうしたん……だっ!」


 昭弥が後ろに視線を向けると別のスライムが自分たちが進んで来た通路、撤退路に溢れていた。それも何十匹も。戦闘騒音を聞きつけて本能的に集まってきたようだ。

 その中の一匹が前に出てきて昭弥達に襲いかかろうとした。


「任せて!」


 そう言ってティナは前に出ると電撃を放った。電撃はスライムを貫き麻痺させたが、直後に大爆発を起こした。

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