新路線建設
オスティア、セント・ベルナルド間の路線で順調に経営を進める昭弥達。いよいよ新たな線路を建設することにする。
「さあ、いよいよ本格的にチェニス線の建設を行おう」
セント・ベルナルドからオスティアまでの全線開業して暫くしてから、役員を前にして宣言した。
これまで開業と共に起きた様々なトラブルの処理の対応に追われて時間が取れなかったが、一段落したことにより、いよいよ計画を開始することになった。
ただ集まった役員や支援者、主にサラ、セバスチャン、そして資金提供者である王立銀行総裁シャイロック達は、不審の目で見ていた。
「大丈夫なのでしょうか?」
全員を代表してセバスチャンが尋ねた。
「大丈夫だ。路線的には問題無い。チェニス周辺が沼沢地になっているが、迂回路は十分に確保してある。短期間で建設できる」
昭弥は自信を持って宣言した。
「いえ、利益が十分に確保出来るのか心配なのですが」
「開業したのはこれまで帝国が東方貿易の経路として使っていたルートだからね。そこに安価な輸送手段が出来たから、皆利用してくれている」
セバスチャンの後を次いでシャイロックが尋ねる。
「元々、使う人がいたから儲かるんだ。短期間で収益が上がったのもそこが大きい。だが、今度は殆ど王都とは接点の無いチェニスだ。とても収益が上がるとは思えない。まあ、アクスムとの貿易という利点はあるが」
王都の南西にあるチェニスは、アクスムとの国境沿いにあるチュニス川の河口に作られた町で、王国の対アクスムの防衛拠点であり、侵攻拠点となっている。
平和なときは、アクスムとの貿易拠点として用いられており、それなりに発達していた。
だが、王国の流通の中心であるルビコン川とは全く違うチュニス川に作られたため貿易額は非常に小さく王都へ輸送は海を介して行われるため、輸送量は少ない。
そのため、交流が少なく孤立した地域だった。
「そうです、だからこそ今後の鉄道開発の大きな試金石となります」
「収益の見込みはあるのか?」
「あります。我々が沿線に作れば良いのです」
「どういう事や?」
サラが尋ねた。
「サラさん。鉄道はどうやって収益を出していますか?」
「え、人や物を運んで料金をいただくんやろ」
「そうです。今まで大きな収益だったのは遠くから遠くへ運ぶ物があった。具体的にはオスティアから帝国まで運ぶ物があったからです」
「そうやね」
「確かに儲かりますが健全ではありません。何故なら、帝国に不都合が出来れば輸送料はあっという間に少なくなり、収益は激減します。なので我々は他の手を打つ必要があります」
「沿線からの輸送やね」
「そうです。王国内での物流を盛んにする必要があります。そもそも鉄道は短い距離で大量の物品を輸送する事が一番利益が良いのです」
総延長と収益に関係性はない。いくら長い線路を持っていても運ぶ物が無いと意味が無い。
日本の私鉄で一番総延長が長いのは近鉄だが、関連グループの利益を含む連結売上高は、総延長一一位の東急電鉄が大手私鉄で一位だ。
これは沿線に住宅街を多く持ち都心への通勤客を数多く持ち不動産や百貨店などの周辺事業で儲けているためだ。
「なので我々も沿線を開発して輸送量を増やす必要があります。そのためにこの新路線が必要なのです」
「けど、殆ど人がいないで」
チュニス方面というより、王国の南西方面は殆ど希薄だ。
王国はセント・ベルナルドから進出し、近くのコルトゥーナ川から下り、ルビコン川が交わる地点に王都を築き上げ、ルビコン川を中心に発展した。自然とルビコン川流域を中心に開発したため、ルビコン川から離れた地域の開発は遅れた。
「なぜ人がいないと思いますか?」
「そりゃ川下やからや」
また、王都より下流の地域の開発も遅れがちだった。何故なら船を遡上させる必要があるからだ。上流で重い物資を川の流れに沿って下り、王都で降ろして空船を退きながら遡上するというやり方が出来た。
一方、下流は逆に重い物資を積んだ船を運び、空船を使って下るという非効率なやり方となる。陸上よりましだが、上流より下流が不利なので開発が発達しなかった。
川下からの船が来るのはオスティアを入り口とする海上貿易があったため、その不利益を上回る利益が得られるので発達していた。
「ええ、発達しなかったのも消費地としての王都への輸送コストが大きいので、開発しても利益が出なかったからです。ですが、我々には鉄道という武器が出来ました」
「だが、人がいないのに作っても仕方ないだろう」
シャイロックが確認するように言った。
王国随一の商家を率い、一流の経済人である彼は経済、商売が人との付き合いだと知っている。人がいなければ商売が成り立たない。人のいない地域で誰と商売をしろというのだ。
「逆です、人がいないからこそ鉄道を敷けます」
「なんだと」
シャイロックの驚きを無視して、昭弥は説明した。
「人がいないということは、鉄道建設に反対する人がいないと言うことです。これは建設が容易に進むということでもあります」
人が殆どいないため、開発しようが誰も文句は言わない。少数の居住者がいるが説得は容易だ。また、魅力の無い土地のため貴族も殆どいない。
貴族の多くは穀倉地として有望な北部に多く、鉄道に反対しやすい貴族が少ないことも昭弥の目的に合っていた。
「さらに王国と交渉して建設した線路の両側二〇リーグを無償で得られる契約を結びました。これにより先住者の土地を除いた土地を我々がタダで得ることが出来ます」
いかにも気前の良い話だったが、王国としても誰も住んでいない土地を与えても懐は痛まない。むしろ所有者が出来ることで税収入が得られるため、願ったり叶ったりだった。
「だが、無価値な土地をタダで手に入れても意味が無いわ」
「なぜ、無価値なのですか?」
「そりゃ、王都への交通手段が……!」
そこまでいってサラは気が付いた。
「そう、鉄道が出来れば王都への交通手段が出来る。それも最良の手段が」
昭弥は更に畳み掛けるように計画を話した。
「路線の建設と同時に周辺の土地の売り出しを開始します。購入者に一リーグ四方(一〇〇ヘクタール、1km*1km)の土地を西部の半額から四分の一で渡します。もとはタダで手に入る土地ですから十分な利益になります」
あくどいようだが、新規鉄道の収入源としてはごく一般的だった。アメリカで鉄道開発が進んだ理由に、鉄道会社に敷いて線路の周辺を鉄道会社に無償で提供し、会社が売ったという事がある。
日本の私鉄も同じで予め建設予定地を格安で購入し、鉄道開業後、住宅用地として売り出して差額を収入にしていた。
「結構な値段やな」
荒野と言っても一寸土地を改良すれば十分入植可能だ。これまで開発されなかったのは、先も言ったとおり、王都との連絡が不十分だからだ。
だが一から開拓となると高値と言える。
「その代わり、必要な物を提供します。具体的には、農具一式、家、道の整備など。さらに三年間の返済免除、購入費の分割払い」
「って、馬鹿安やないか!」
それだけの好条件だとあちらこちらから集まってくる。
「気前よすぎや無いか」
「人に集まって貰いたいですから。それに、こんなのはした金です。後で十分稼がせて貰います」
「どういう事や?」
「彼らが入るのは鉄道周辺の土地です。もし彼らが開拓に成功したら何を使って王都に商品を運びます。我々の鉄道です。彼らが多ければ多いほど成功すればするほど、我々には安定的な収入が手に入ります。何より彼らに最も近い交通手段は我々の鉄道です。嫌でも我々の鉄道を使いますよ」
鉄道会社による周辺の土地の販売は、売却益だけで無く開発に成功した場合、周辺の住民による利用が永続的に行われ鉄道会社に収入をもたらす。
アメリカなら農作物、日本の私鉄なら通勤客として、鉄道会社に多大な利益をもたらしている。
「そらええわ。上手く行って欲しいな」
「我々も全力で支援します。具体的には駅周辺に町を整備して入植者が、入りやすいようにします。また、道の整備も行います。あと通信販売も行います」
「通信販売? 何やそれ」
「簡単に言うと、店で商品を注文して後日受け取るようにします。駅に見本を置いておく
店を設けて客は気に入った商品を注文。後日鉄道で運んできて客に渡します」
実際、アメリカでは開拓時代に同じ方法で商売をしていた。カタログと現品の見本という違いはあるが、開拓地の人々はこうやって必要な商品を手に入れていた。これが現代の通信販売のひな形となり発展している。
「これなら、売れ筋商品が直ぐに分かります。何より大量の在庫を分散しておいておく必要はありませんし、駅の一部スペースで行うだけで済みます。勿論直ぐに商品が購入できる店も必要ですが契約して任せることにしましょう」
「……ほんま、次から次にアイディアでてくるな」
「あの、良いですか?」
それまで黙っていたセバスチャンが尋ねてきた。
「なんだい?」
「チェニス周辺の線路がだいぶグニャグニャのような気がするんですが」
確かに計画図ではチェニス周辺にカーブが多かった。
「チェニス周辺は湿地や沼沢地が多くて鉄道を建設するのが難しいんだ」
鉄道で重要なのは強固な地盤だ。軟らかい地盤だと列車の重量に耐えきれず、沈み込んでしまう。特に沼地や湿地に作るときは、沈み込まないように固める必要があり、いくら土を注ぎ込んでも固まらないことがある。なので昭弥はそれを避けるべく沼地を避けた。
「だが、いずれ真っ直ぐな線路を作る」
「どうやってですか?」
「沼地を干拓してだ」
「え?」
「鉄道が出来れば、大規模な開発が出来る条件が整う。大量の資材や機械を持ち込めるからね。持ち込んだ資材や機械で湿地の上流を堰き止めてバイパスを作ると共に、湿地から水を抜く水路も建設。十分に干上がったところで入植すれば豊かな土地になるはずだ。短期間で開発して入植させ開墾させる。その後の利益も十分に確保出来るだろう」
「……何というか。ものすごい開発スピードですね」
一つ一つだけで、とてつもない大事業だが、昭弥は鉄道建設を中心に幾つもの事業を展開している。そして、いずれも成功しそうに思えてくる。
「いかがでしょう?」
最大のスポンサーであるシャイロックに尋ねた。
「よろしいでしょう。王国が発展することは王立銀行にとっても願ったり叶ったりです。早速王立銀行に戻り鉄道銀行経由で融資を行いましょう」
基本的に王立銀行は各銀行に融資するのだが、返済できるかは各銀行がどんな事業に投資するかにかかっている。特に国家的事業では各銀行と彼らに融資する王立銀行の協力が欠かせない。
シャイロックの承認を得たことは計画実行の承認を得たも同然だ。
「ありがとうございます」
こうしてチュニス線の起工が決まった。
「本当に王国が変わるんだな」
計画の大きさとそれによる王国の変化を想像してセバスチャンは身震いした。
「しかしそれ以上にビッグチャンスや。新天地の独占なんて一体どれだけの利益になることか」
サラも興奮して前のめりになっている。
「では、通信販売の準備や入植者の募集をお願いできますか」
「任しとき! めっちゃ多くの人を呼ぶで! 昭弥はんも建設を超高速で頼むわ」
二人は強く手を握って協力を約束した。
その一部始終をロザリンドが見て、女王に報告したため、昭弥に対するユリアの態度が悪くなった。何とかなだめすかし、鍬入れの時一緒に鍬入れをやって欲しいと頼み込み、開業時の一番列車に共に乗るようにと条件を付けられてようやく機嫌を直してくれた、がこれはまた別の話だ。
「ところで、昭弥さん、この計画書ですけど」
会議が終わった後、セバスチャンが心配そうに尋ねてきた。
「なんだい?」
「鉄道会社は黒字なんですけど、開発会社が凄く大量に借り入れていますけど」
「別会社を作って開発はそこで行わせるからね」
簡単に言うと、鉄道会社が線路を作って土地を取得。その土地を鉄道銀行から借りた開発会社が鉄道会社から買い取り、希望購入者に売る。更にあちこちに町や村を作ってそこで開発会社は店舗を貸すなどして資金を得て返済する計画だ。
また、農業に必要な大規模施設、製粉所や製材所などの運営を行う。
「けど、この会社の株主昭弥さんもいますけど」
「まあ提唱者だからね」
「万が一ぽしゃると、昭弥さんにも借金がおっ被ることになりますよ」
「そうだよ」
「何で明るく言えるんですか」
「これまで上手く行ったからね」
「これからもそうとは限りませんよ」
「でも今まではもっと状況が悪かった」
昭弥は静かに話し始めた。
「鉄道を建設するとき、手持ち資金は潤沢にあったけど借金はそれ以上あった。鉄道はこれから作らなくちゃならないけど、そのときはない。計画は十分に練っていて成功する自信はあったけど、保証はなかった。もし見落としがあって失敗したらどうしようかと毎晩震えたよ」
昭弥は、開業前の日々を思い浮かべた。
大勢の人を雇い彼らを護りつつ鉄道を完成させなければならない。鉄オタとして知識は人並み以上にあったが、建設の経験など皆無。だが、知識を元に突き進むしか無く、まるで綱渡りの上を力尽くで走っている気分だった。
「でも、皆が協力してくれて成功して、利益も出るようになった。だから今回の建設も成功するよ」
「……そういうことはきちんと言って下さいよ。一人で悩まないで下さい」
「え?」
「いいです。お茶を作りますからそこで待っていて下さい」




