施設改修
「しかし町だけでなく鉄道施設の建設も多いですね」
事業リストを改めて確認したマリーが呟く。
先帝が鉄道事業を進めていたため帝国各地に鉄道網が伸びている。そのための施設もあるのだが、あえて移設したり新設する計画を立てている。
そのため、オーレリーの仕事量は増えており、やはり闇討ちをするべきか、とマリーはポケットのナイフを握りつつ頭の中で計画立案を始めた。
「既存の施設を使えば良いのでは?」
既に施設があるのにあえて作るというのは無駄としか言いようが無い。
中には完成して一年にも満たない施設の移設や廃止さえ計画されていた。
「いや、機能を分担したり、拡大するために必要なんだよ」
「? どういう事ですか? 鉄道施設は既にあるでしょう」
「そうなんだけど一箇所に幾つもの機能を担っているので不便なんだよ」
これまでの鉄道は比較的小規模で停車場には幾つもの施設が乱立していた。
列車の運転が個人事業主に任されていたこともあり、停車場ごとに支援の為の施設が必要だった。
明治期の鉄道操車場のように旅客扱い、貨物扱い、列車組成、車両基地が一箇所に集約されていた。
東京駅に旧汐留貨物駅、田町電車区、大井車輌工場、新鶴見操車場の設備が全て備わったと仮定して貰いたい。
ただでさえダンジョン気味の東京駅が更にカオスになる。
旅客だけでパンク状態の線路に貨物列車が走る。
旅客施設の隣で貨物の荷卸しや方向別への入れ替えを行っている。
車両の検査のための工場があって広大な土地を占有している。
それぞれ鉄道には必要な機能だが、互いに相反する機能のために一つ一つの機能が弱まる結果となる。
「だから、役割分担をして一つの機能に集中させようとしているんだ」
そこで今後の輸送力増大の為に役割分担を明確化しようとしているのだ。
かつて東京の玄関口だった旧新橋駅を機能別に分けたのと同じだ。旅客は東京駅へ、貨物は汐留駅へ、貨車ヤードは品川を経て新鶴見へ、車両基地は品川、鉄道工場は大井工場へ分化整備されていった。全国的にも同じ事が行われ、各地で専用駅、専門施設が建設され輸送力が増大した。
「勿論安全な場所とか考えてあるよ。まあ船への積み込みは川縁の近くに行かないとダメだけど、専用施設にして他の機能は別の所に移動させるよ」
「流石、オーレリー様です」
「ありがとう、でも総裁の指示なんだよね」
オーレリーが嬉しそうに昭弥の役職を呟くと、マリーはナイフを握る力が強くなった。
「……既存の路線でも改良が行われておりますが」
新設線とは別にこれまでの路線でも改良が加えられている場所があった。
「これは線路の改良だよ。線形は良いんだけど単線で輸送力が低かったり、地盤が弱くて軸重制限がある場所を改良しているんだ」
「既にあるのに改良する必要があるのでしょうか」
「うん、あるよ。こうしないと輸送力が足りない」
線路があるだけでは意味が無い。輸送容量が大きくなければ大量の列車を走らせることは出来ない。
単線では無く複線の方が多く運べるのは勿論だが、軸重制限――車軸に何トンまで荷重を掛けられるかで車両全体の重量、ひいては積載量が決まる。
例えば軸重制限が一五トンだったら、二軸車は三〇トンまで、四軸ボギー二台の車両は八軸だから六〇トンという具合だ。
軸重制限が高いということはそれだけ重い列車、荷物を運べると言うことである。
「多くの荷物を運べる方が良いでしょう」
「確かに運べる量が多い方が良いですね」
一回で運べる量を増やすことで何本も列車を走らせずに済む。
オーレリー様との時間を確保するために一度に篭数個分の洗濯物を運んだり、豚一頭を担いで運んできたりしている。
一回に運べる量が多いと往復する回数が減って時間短縮になる。
「そのために改良を進めているんだ」
「ですが、ルテティアの方でも鉄道施設の改修が予定されていますね」
既に複線が建設され、線形も良い路線が多数出来ている場所も改修が予定されている。
やはりオーレリー様へ仕事を押し付けるための虐めかとマリーは考え暗殺方法の検討に入った。
「いや、新しく電気式の自動閉塞装置が出来たんで追加するんだよ」
「自動閉塞装置?」
「簡単に言うと信号器の改修だよ」
一般に信号器と言うと一定周期で電球が点灯するだけと思われる人が多いだろう。だが、鉄道の場合は違う。
鉄道には駅と駅の間でもいくつかの区間に区切られている。
これを閉塞区間と呼んでいて一つの閉塞に一つの列車しか入れない。
こうすることで追突事故、衝突事故を未然に防いでいる。
実際、追突事故、衝突事故の殆どは信号器の不点灯か見落とし、切り替えミス、元々信号システムが無かった、などによる侵入であり信号が正常に作動すれば問題無かった。
「二本のレールにそれぞれ電線を付けて列車が通ると車軸を通じて通電させる。それで、列車の位置を判断するんだ。そして列車が閉塞区間に居る時は、その区間への信号器を自動的に赤にするようにしてある。これなら人為的なミスも減る」
これまでは、閉塞区間毎に有人の信号所を設けて運転指令所との直通電話若しくは電信で列車の通過、信号の切り替えを人力で行っていた。
電気式に切り替える事が出来れば自動化が進み信号所の数を大幅に減らすことが出来る。
「何より、単位時間あたりの列車数を増やすことが出来る。通常でも五分に一本、理論上は二分に一本の割合で運転が出来る」
現在日本の鉄道が過密と言って良いダイヤでも運転できるのは運転士の技量も勿論だが、このように細かく分けられた閉塞区間と連動した信号設備の恩恵が大きい。
リグニア国鉄はまだ信号所要員による報告が必要だが、将来的には列車の位置を自動的に運転指令所に表示する計画も進んでおり、いずれ完成し導入される予定だ。
「もうすぐ広軌鉄道の建設も始まるからね。もっと忙しくなるよ」
「はあ」
総裁肝いりの大計画広軌鉄道。
今までの倍以上の大きさがある鉄道を走らせるという狂気に近い計画だ。
用地買収、建設工事の指揮、付属施設の整備など一から行わなくてはならず、これまでとは比較にならないくらい規模が大きい。
特にコンテナの載せ替え施設は標準軌との接続、利便性に大きな影響を与えるため、緻密に設計する必要がある。
規模もそれだけ大きくなりオーレリー様の負担も増す。
やはり暗殺するべきかとマリーは考え、どうやって殺すか考える。
オーレリー様に与えた苦労、苦痛分を上乗せして与えるためにはどのような惨い殺し方が良いかを頭でシミュレートし始めた。
「この計画が完成すれば帝国は更に発展することになる。僕の仕事が帝国の為になるんだ。帝国貴族の地位を貰っている身としてはあ本当に光栄だよ。何としても完成させたいからマリーも手伝ってね」
「勿論です!」
オーレリーにそこまでいわれては断れず、計画中止になりかねない暗殺計画を破棄して全力で自分の主のサポートを行う事をマリーは決めた。