表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
396/763

路線改修

「はあ、疲れる」


「どうぞ」


 オーレリーが溜息を吐くと共にマリアベル、通称マリーが紅茶を差し出した。

 熱い紅茶ではなく少し冷めた、ぬるいミルク入り紅茶だ。


「ありがとう。うん、マリーの入れる紅茶は美味しい」


 虐めではなく猫舌のオーレリーに合わせて入れている。


「ありがとうございます。オーレリー様のお口に合うよう、日々鍛錬しております。お口に合うのであれば、鍛錬した甲斐があったというものです」


 幼少の頃から、オーレリーのお付きメイドとして付き従っているマリーにとってオーレリーの口に合う紅茶を入れるなど容易いことだった。


「もう少しで今日の分の書類は終わります。夕食にはカルボラーナとホワイトシチューをご用意しております」


「本当! 今日、牛乳の試飲があってカルボラーナが食べたいなと思っていた所だったんだ」


 その日の出来事や、その時の表情から何を考え、何を求めているか知ることなどマリーには容易いことだった。

 まして何が食べたいか先読みするなど朝飯前だ。


「しかし、仕事の量が多いですね。これほど仕事を押し付けるとは。減らすよう総裁に言ってきましょうか?」


 マリーはオーレリーに提案したが、既に実行するものとして案を幾つか頭の中で立案していた。

 正面から秘書を通じて入るべきか。最近も陳情や会見が多いので断られる可能性が高いので直談判に及ぶべきか。

 阻止されることを考えて執務室に侵入する方法も考えておいた方が良いだろう。

 鍵は密かに複製して手に入れてあるし、鍵を変えられていてもピッキングでこじ開ける技能はある。

 侵入して話しても断られた時の説得方法、関節を極めたり、指をへし折ったりして認めさせるか。いっそ、亡き者にして排除することも視野に入れ動き出そうとした。


「いや、大丈夫だよ」


 だが、オーレリーの言葉で中断する。


「しかし、多すぎます」


 それでもマリーはオーレリーの身体を気遣い、提案する。

 新たに手に入れた毒薬<ボーキサイト>の粉末が入った蝋封小瓶を手に持ちながらマリーは尋ねた。


「僕が望んでしている事だしね」


「オーレリー様が仰るのであれば」


 そう言って小瓶をポケットに戻し、両手を前で揃えてマリーはお辞儀をして昭弥への直訴計画を破棄した。オーレリー様が望むのであれば口出しをしてはならない。それが彼女のメイド道だった


「しかし、路線や施設の新たな新設や改良がこれほど多いとは、総裁は何をしていたんでしょう」


 効率の悪い施設ばかり保有するとは何と無能なのだとマリーは心の中で総裁、昭弥を呆れ見下げた。


「大半が帝国鉄道からの継承と買収した私鉄や領邦鉄道の施設だよ。王国鉄道程洗練されていない」


「どういう事でしょう?」


「鉄道というのは元々運河が作れなかった場所、傾斜がきつかったり、運河を掘っても建設費が償還できない場所に作っていたんだ」


 分水嶺を越えたり、少し小高い丘の上にある場所から川辺までを結ぶために作られたのが鉄道だった。

 各所で分断されていたが、それらのゲージを整え、線路を結んだのが帝国鉄道である。そのため川辺を走っていたり、川岸や運河に駅がある事が多い。

 当時はまだ舟運が主力であり運河への接続を重視していたからだ。

 そのため川辺に操車場が多く、洪水があったらリコマグムのように真っ先に被害を受ける。


「だからこの前のように被害を受けたんだ。それを是正する為に新設、移設の計画を出しているんだ」


 国鉄が出来た理由の一つがこれで、施設が持っていた今までの脆弱性を改善する事でもある。

 川岸の設備は船への積み替えのみに専念させ入れ替え作業を行う操車場機能は内陸部に移して被害を少なくする。

 その作業を任されているのがオーレリーだった。

 先の輸送作戦では施設に詳しいという理由で復旧作業の指揮を任されてしまったが、本来の仕事は施設の新設、移設だった。


「あと、線形の改良も必要だしね」


「既存の線路を使えば良いのでは?」


「カーブや坂が多すぎるんだよ」


 線路は真っ直ぐな方が安全に速度を出せる。所要時間が短く済むこともあり、経営的にもよい。

 だが地形の関係で真っ直ぐ進めないことが多い。特に急な傾斜は鉄道の大敵であり山などを迂回して建設されている場所が多い。

 中には工事費をケチるため――工事費が初期投資の大半を占める――に小高い丘とか川とか森を迂回したりしている。

 そのような場所はカーブが多くスピードアップの制約となっていた。

 また、鉄道は坂に弱い。出来るだけ平坦にする必要があるのだが、凸凹の地形を平坦にするのは金がかかる。

 そのため、丘を削るのを止めて急勾配のままにしたり、窪んだ土地の埋め立てや橋の建設を行わずに斜面にそのまま線路を敷設している場所が多々あった。


「これを真っ直ぐにするのが僕の役割だ」


 オーレリーがやっているのは、カーブの多い区間を真っ直ぐにすることだ。迂回せずに済むように斜面を削ったりトンネルを掘ったり橋を掛けて直線を増やしている。

 また高速線を新設して素早く移動できるようにしている。

 地味な作業だが、今後の国鉄には必要な作業だ。


「あと、カーブも緩めないとね」


 厄介だったのが古代帝国時代に作られた旧街道を利用した鉄道だ。

 古代の帝国は支配を確立するため高度な土木建築を多用した街道を全土に建設した。時代が移り周辺の町の勢力関係、鉱山の閉鎖、新街道の完成、町の衰退などによって放棄される街道が出てきた。その結果、頑丈な土台部分が残り、近年になって鉄道の土台部分として再利用された。

 確固とした土木技術の上に作られた旧街道は強固で傾斜も緩く、その上に建設された鉄道は軸重制限が高くほぼ直線のためスピードも出る。そのため幹線としても役に立っているが、一つだけ欠点がある。

 カーブが殆ど無く、曲がるときは直角なのだ。

 古代帝国の時代では測量技術の限界で、真っ直ぐ作ることは出来ても、離心率などの概念が無かったため曲線を描けず、結果方向転換するときは直角に曲げるしか無かった。

 そのため真っ直ぐ進んでいるといきなり直角の急カーブが現れる箇所が続出した。

 その改良、周辺の土地を買って緩やかにする土手を盛りレールを敷設するのもオーレリーの役目だった。


「確かに素早く動けないと時間短縮にはなりませんね」


 オーレリーの元に素早く移動するため一〇〇Mを十数秒で移動できるマリーだが、カーブや階段ではスピードが落ちるため何とか改築できないか、考えていた。そのため同じ事をオーレリーが鉄道でしようとしている事を理解出来た。


「他にも町を作らないとね。近隣の町と接続できるように考えて作らないと」


「そのまま町の中心部に通せないのですか?」


「中心部は権利関係が多様だからね。駅どころか線路を敷くだけでも大変だよ」


 町の中央部は多数の商店や住宅が建ち並んでいる。多くは持ち主が店子に貸している事が多く彼らの権利関係を解消した上で、買い取ったり借りたりする必要がある。

 凄く面倒くさいので、町の中はよほどの事、町全体が賛同して敷地を用意してくれることが無い限り、町の外れに建設し駅前広場とその周辺に商店や住宅を作って新たな町を作っている。郊外の方が大農場が多く権利関係が数人のみのため交渉が簡単に済むからだ。

 また広大な土地を買収できるので駅の施設を作りやすく、駅舎や駅前広場、貨物駅、場合によっては機関区などの施設も建設できる広い土地が確保出来る。商店や住宅は旧市街地の住民に優先して売買若しくは貸すことにして、地元にも配慮している。


「手間が掛かりますね」


「うん。けど、しっかり作らないと駅も町も発展しないからね」


「しかし、忙しすぎです」


 全国の施設を視察するために頻繁に出張があり、休む暇が無い。

 その事を根に持ったマリーは昭弥の暗殺計画を度々立てていた。


「確かに忙しいけど、やりがいのある仕事だからね。キチンとしておきたい」


「倒れられたら困ります」


「その時はマリーが面倒を見てくれるでしょう」


「勿論でございます!」


 手を強く握りマリアベルは断言した。それほど頼りにされるのであれば、いや疲れて自分の胸に倒れ込んでくるのであればマリーとしては大歓迎だ。

 オーレリー様には、いくらでも働いて貰おう、と思った。


「あ、でも倒れたら仕事が滞るから倒れちゃいけないな。倒れないように助けてね」


「全身全霊を持ってやらせていただきます!」


 オーレリーに頼られたマリアベルは、決意も新たに仕事のサポート、食事の用意、寝具の用意、衣類の用意などで万全を期すことにした。

 昭弥暗殺計画など放り出して、マリーは今後の予定から逆算して必要な準備を始めた。それどころか、このような幸せをもたらしてくれた昭弥に対して感謝の念さえ抱いた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ