コンテナ
「荷役の手間を大幅に削減できる新発明ですか?」
昭弥の自信に満ちた表情を見てブラウナーは半信半疑だった。
荷役というのは非常に手間の掛かる作業だ。
二〇トン積の貨車に荷物を積み込むのに一人当たり五〇キロとして延べ四〇〇人が必要となる。一人が荷物を積むのに五秒の作業時間が掛かるとして二〇〇〇秒、約三五分ほどかかる。
その間貨車は動けない。その分稼働率は下がるので儲けが少ない。
人手も必要なので人件費が掛かる。車両数が多いと更に時間と金と人手が掛かる。
それらが一挙に解決するのであれば、経営的には喜ばしい。
「着いたよ」
昭弥が案内した場所。
先ほどより小さい建物だが国鉄の将来を、ひいては帝国の将来さえ左右するであろう発明が入っていると思うとブラウナーは生唾を飲み込んだ。
「開けるぞ」
そう言って昭弥は開発部長のアンナと共に扉を開いた。
そして、現れたのは
「……」
両開きの扉だった。
「異世界に通じる扉ですか?」
「ぼくが魔法を使えると思うか?」
「いいえ」
ブラウナーは明確に否定した。総督、いや総裁は魔法は使えないし、テレパシーなど極一部を除いて魔法を使っていない。
魔法を使える人間は千人に一人いるかいないかだが、技術なら千人中九〇〇人以上が習得すれば同じ事が出来る。
だからこそ一部の人間に役割が集中、あるいは能力のある人間の数に制限されため、組織は拡大できない。
だから昭弥は魔法の使用を極力避けた。魔術師の数で鉄道の発展が阻害されるからだ。誰でも取得できる技術が普及することこそ、真の繁栄であると考えての事であり、技術者としての昭弥の信念だった。
現に帝国鉄道がここまで大きく、高密度で運用できるのは誰でも会得できる技術で作り上げたからだ。帝国に居る何億という人間が技術を取得することでそのまま活用出来る。それが国鉄の実像だ。
だから非常に稀少で量的な制限がある魔法使いを利用することはない。
「よく見てみるんだ」
言われてブラウナーは扉の周りを見て気が付いた。
「……鉄の箱ですね」
ありのままをブラウナーは淡々と述べた。
「そう! コンテナと言うんだ!」
一方の昭弥は自信たっぷりに堂々と述べるが、ブラウナーは白けた目で見ていた。
「こんなのが、鉄道を救うんですか?」
「そうだ! これが物流に革命を起こすんだ!」
ブラウナーは半信半疑だが、物流の歴史において鉄道に並ぶ事件としてコンテナの存在を上げる人間は多いだろう。
古い香港映画で多数の苦力が荷物を担いで船に運び込むシーンがある。
アレは香港独特ではなく、二〇世紀半ばまで世界中の何処の港でも起きていた光景だ。
大勢の港湾作業員が荷物を担いで積み込んでいたために非常に時間と手間と苦労が掛かっていた。
前にも書いたが人が担げるのは自分の体重の半分から同じ重量、精々五〇キロ台までだ。
一トンの荷物を積み込むのに延べ二〇人が必要だし、載せるのに五秒の時間が掛かるとして二分ほどの時間が掛かる。しかも慣れた人間の話であって、慣れていないと時間が掛かるし、移動距離が長いと更に時間が掛かる。
「だが、このコンテナがあれば大丈夫! 一度中に積み込めば大型機械で積み替えが一回だけで可能! 所要時間は一分もあれば良い。時間の大幅短縮省力化が可能だ」
二〇トン積の荷物なら延べ四〇〇人の人手と最短でも四〇分の時間が必要だったが、コンテナ一個ならオペレーターと監視員が居たとしても二人、合計三人で一分程度で載せることが出来る。
「しかも標準軌鉄道の貨車に積み込めるように幅も高さも長さも考えてあるので本線でも、地方の路線でも使用可能だ。容積と規格さえ合えば船にだって載せる事が出来る。積み替えも送り出すのも簡単に済むぞ」
載せ替えが簡単に済むのがコンテナの長所だ。特に大量に荷物を積み込む必要のある船では効果が大きい。遠くからの荷物も直ぐに載せることが出来る。しかも荷役が簡単に済むので船の大型化が容易い。
第二次大戦までタンカーを除き貨物船は一万トンを越えることが無かった。それ以上の大きさだと荷役に時間が掛かり、港に留め置かれる時間が長くなり非効率となるためだ。
事実コンテナの普及が始まる一九六〇年代でもタンカーは二〇万トン級の大型船が登場していたが貨物船は一万数千トン程度だった。
だがコンテナの発明で荷役の時間が短くなり一〇万トンを超すコンテナ船も出てきた。
コンテナが物流を大きく変えたのだ。
「しかも防水性能があって倉庫の代わりにもなるから野ざらし放置も可能」
荷物が雨で濡れないようにするために倉庫が必要だったがコンテナは防水機能があり、雨が染み込みにくい。そのためコンテナを野外に置いていても平気だ。
倉庫の建設費用が不要となり、平坦な地面さえ有れば保管できる。
「しかも新発明の溶接技術により簡単に製造出来る。大量生産できるので簡単に普及できる。これなら使えるぞ」
「そうですか」
「もっと、感動しろよ」
熱心に語る昭弥に対してブラウナーは淡々としていた。
「じゃあ、なんで最初から発明しなかったんですか?」
「鉄の生産能力が低かったんだよ」
製鉄所を建設したが拡大する鉄道網の為のレール製造。駅舎、鉄橋、高架橋建設の為の構造材。出来た鉄道に走らせる機関車に貨車、客車の構造材に台車。鋼鉄船の建造。ガソリンエンジン用のエンジンブロックなどなど。
鉄の需要は右肩上がりであり、製鉄所を新設しても追いついていなかった。
この時点でコンテナの大量生産を行えば更に鉄の需要が押し上げられ、供給不足になる。帝国中で建設ラッシュが始まっている状態で行うのは得策では無かった。
そのため研究段階のみ進めて実用化を先送りしていた。
「多少の余裕が出来たからコンテナを製造出来るようになったんだ。これで帝国は更に発展する」
「そうなんですか」
「本当だって!」
相変わらずブラウナーは半信半疑だった。
ブラウナーの疑問を無視して昭弥の一存によりコンテナが国鉄に導入された。
アルカディアとチェニスの間から更にルテティア、帝国本土と範囲を広げていった。
導入が進むと利便性が認められた上、船への載せ替えも簡単に済むので喜ばれてゆく。
更に荷役作業が効果的に行われるようになって、省力化、効率的な運転が行えるようになり経営向上に大いに役に立った。
ブラウナーの無関心とは別にコンテナは急速に広がって行き、やがてブラウナーも無視できない状況に至る。




