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広軌鉄道

 輸送作戦が一段落したある日、昭弥はブラウナーとオーレリーを引き連れて新帝都郊外に作られた鉄道技術研究所に向かった。


「さあ、ここだ」


 鉄道車両を使ってきたかったがダイヤを乱したくないので自動車で来ている。

 昭弥は近くの駅まで電車で来たかったが、警備上の問題とか時間の関係でやむなく自動車を使った。


「広いですね」


 郊外の広い敷地とは言え、あまりにも広すぎるようにブラウナーは思えた。


「勾配やら曲線通過の確認とかのために色々な線形を作るために広い土地が必要なんだ。他にも沢山の実験施設が必要だしね」


「確かに」


 この研究所では車両のみならず鉄道施設関係の研究も行っている。

 駅構内を再現した設備もあり、どうしても大きくなりがちだ。

 更に車両自体の研究――高速運転時の車輪の横揺れ、ガルダン駆動式モーターの研究、自在継手の改良などの実験を行っている。

 それら実験に使われる試作品の製造工場もあり、より規模が大きくなっていた。


「それに研究する車両が大きいからね」


「どういう事ですか?」


 ブラウナーは思わず聞き返した。

 確かにスパーライナー規格の列車が多く走っているが実用化されており改良型にしても効率的になるとは思えなかった。


「ここだ」


 そう言って昭弥が連れてきたのは、七階建てくらいの大きな建物だった。


「デカい」


 あまりの大きさにブラウナーは仰け反った。

 大きな工場はこれまでも見てきたが、どれも平屋が二階か三階建てになったような物だったが個々はこれまでの車両工場とは大きく違う。

 そして地面を見て気が付いて伸びて行く線路が明らかにデカい。

 気のせいかと思ったが、明らかに大きい。脇にあった標準軌の線路より倍ぐらいはある。はじめは軽便鉄道かと思ったが標準軌だった。

 その脇にある幅の広いゲージを見て軽便用と見間違えた。


「入ってくれ」


 そう言って出入り口の中に入ると目の前に大きな車両が鎮座していた。


「デカっ」


 単純な言葉しか出なかった。それだけデカかった。

 標準軌車両の倍、いや、それ以上の大きさだ。


「ヒトラートレイン、いや三メートルゲージトレインだ。ゲージが三メートルある巨大車両だ」


 アドルフ・ヒトラーが著書「わが闘争」の中で唱えた東方生存圏構想。それまでも何度かドイツの中で唱えられた東方、現ロシアのに領土を得て、その資源を使って繁栄する構想だ。

 その時、得た資源をどうやってドイツやヨーロッパに送り出すかが問題となった。

 元々の考えが誇大妄想気味だが、打ち立てられた構想を現実に実施できる方法を考えてしまうのが良くも悪くもドイツ人だ。

 征服後の東方、つまりロシアやウクライナ、カフカスで得られた食料と資源をヨーロッパにどうやって運び込むか、真面目に考えて打ち出した答えがブライトシュプールバーン――広軌鉄道、三メートルゲージトレインだった。

 軌間は標準軌の倍以上ある三メートル、車両の長さは五〇メートル、幅六メートルある総二階建ての客車一五両を全長七〇メートル、二万四〇〇〇馬力を発揮する機関車で客車なら二五〇キロで走り、貨物列車も時速一〇〇キロで走る予定だったという、史上最大の鉄道計画だった。

 だが、敗戦により全て中止となってしまった。

 もし建設されていたら新幹線計画が出来るまで高速鉄道として、何より陸上の流通を活発化させる交通システムとして役に立っただろう。

 それを昭弥はこの世界で作り出した。


「社長、いえ総裁」


 ブラウナーが呆けながら見ていると作業着姿のショートカットの女性がやって来て昭弥に挨拶をした。


「ああ、良く来てくれたアンナ。ブラウナー、紹介しよう技術研究所開発部長のアンナだ。彼女には開発全般を任せている」


「アンナです宜しく」


「ブラウナーです」


 細いが所々堅くなり、皮膚の隙間に黒い油の付いた手でアンナはブラウナーと握手を交わした。


「アンナ、これを説明してくれ」


「はい、三メートルゲージトレイン<ギガース>、古語で巨人を意味するこの列車は、一両あたり全長五〇メートル、幅六メートル、総重量は機関車で六〇〇トン、客車でも二五〇トンはあります。新金属を多用し軽く済んでいます」


「新金属?」


「アルミニウムだ」


 ガリアで採れたボーキサイトを二五〇度の水酸化ナトリウムで洗浄しアルミニウムのみを取り出す。結合した水酸化アルミニウムは白色の綿毛状固体となって底に溜まるので、それを取り出して一〇五〇度に熱して乾燥させアルミナ――酸化アルミニウムにする。

 そして融剤――物質の溶解を助ける物質として蛍石とフッ化ナトリウムを電解炉に投入して一〇〇〇で熱し融解したところでアルミナを五パーセントほど投入し炭素電極で電気分解を行う。

 アルミニウムは陰極に溜まり取り出すことが出来る。


「同じ体積の鉄の三分の一の重量だ。それにも関わらず強度がある。使えば車両の重さは三分の一で済む」


「どうして今まで使われなかったんですか?」


「アルミを作るのに大量の電気が必要なんだよ。発電所が建設できないと作れなかった。」


 アルミナ一トンにつき一万五〇〇〇KWhも電気が使われる。

 ちなみに同重量の銅だと一二〇〇KWh、亜鉛で四〇〇〇KWhと言われている。

 大量の電気を使うため、アルミニウムは電気の缶詰と呼ばれている。


「火力発電所とダムを使った水力発電所を作ることで車体の重量を軽減することが出来た。流石に機関や車軸などの部分は鉄を使うしか無いが、他の部分、外板などはアルミにしたお陰で通常の半分程度に収めることが出来た」


「いつの間にこんなものを」


 ブラウナーは驚きのあまり尋ねた。


「王国鉄道時代から研究させていたんだ」


 広大な王国の物流を支えるには既存の鉄道だけでは足りない。

 高速線と在来線の複々線にしても足りない。線路を増やしても列車の本数が増えるため、車両の保守管理や運転士の手配に差し障りがある。

 だが列車一本を大型化すれば同じ本数で何倍も運べる。運転士や乗員の数は大型化しても大して変わらない。なので大型化した方が優位だ。


「先帝が二メートルゲージの鉄道を作りましたが失敗しましたよ」


「あれは中途半端に大きくしたから標準軌と変わらないんだよ。拡大率は精々一.四倍。運べる荷物は重量で二倍、容積でも二.八倍程度しか運べない」


 可載重量は枕木の面積分のみのため拡大率の二乗、容積は立体のため拡大率の三乗に比例する。


「だが、この三メートルゲージトレインは違う。拡大率は標準軌の倍以上、単純計算しても重量で四倍、容量で八倍の荷物を輸送できる。これまでの四倍以上の重量物を運ぶ事が出来るんだ。輸送密度が同じになるのなら十分に耐えられる。レールも新開発の溶接技術でその場で溶接してロングレールを作れるから乗り心地も改善されるぞ」


「はあ、凄いですね」


 呆然としていたブラウナーだったが一つ疑問が浮かんだ。


「でも、どうやって運用するんですか?」


「どういう事だ?」


「いや、荷物の積み込みとか大変だと思いますよ。運び込むだけで重労働です。ホッパー車やタンク車なら粉や液体、鉱石、石炭を運ぶ事が出来ますけど、一般貨物、箱や袋に詰め込まれた商品を運ぶのは難しいですよ」


 国鉄の貨物輸送の大半は、大編成で輸送する原材料の輸送だが、出来た製品の輸送も行っている。大小様々な大きさの違いがある上に、目的地が違う。

 大鉱山から鉄鉱石や石炭を製鉄所に運ぶときはホッパー車で行っているが、製鉄所で出来た製品を運ぶときは有蓋車か無蓋車に載せて運んでいる。その製品を積み込むときは人の手が必要だ。

 一般貨物も増えるため、その載せ替えをどうするかが問題だった。

 大きな荷物なら巨人で運び込んでくれるしクレーンで積み込むことも出来る。だが、小さい荷物は一人一人の手で運び込む必要がある。

 向上で大量生産された製品は各地へ人々の手に渡らなければならない。そのため小口輸送をおそろそかには出来なかった。


「こいつが投入されると荷役に人手が必要では? 在来線への積み替え作業が加わるので反って効率が悪くなるのでは?」


 実際、先帝が作った二メートル広軌鉄道は積み替えの手間が掛かったために廃止されてしまった。

 荷役は貨物事業にとって頭の痛い問題だった。


「大丈夫、全て解決する新発明がある」


 だが昭弥は余裕の表情で断言すると次の場所に向かった。  

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