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エフタル大襲来

 エフタル大襲来の報告にブラウナーは蒼白となった。

 遊牧民族であるエフタルが略奪行為に走るのは何百年も前から知られている。

 特に豊作の秋に攻め込んでくることが多い。


「侵入してきた連中の数は? 軍務省の情報は? 概算で良い」


直ぐに指令所に詰めていた軍の連絡将校に尋ねる。


「少なくとも一〇万以上、更に後続もいる可能性があります」


 統帥本部への直通回線で送られてきた情報を連絡将校が伝える。

 エフタル襲来の規模は毎年違っている。

 戦争のあったときはルテティアに大部隊が駐留していたため、本格的な襲来は無かった。それどころか傭兵として雇って周に侵攻させていたので襲撃に回る部族が少なかった。

 だが今年は軍縮しているし、戦争が終わって傭兵としての収入が無くエフタルの実入りは少ない。

 しかし、ルテティアは豊作となっている。

 集まった食料などを奪おうと部族が連合して十数万の数に膨らんで攻めてくるのは十分あり得る。

 となると本土へ送られる商品が集まる駅周辺、貨物列車が危ない。


「鉄道公安部の装甲列車隊は?」


「全力で応戦中ですが、範囲が広すぎる上に移動が激しく捉えきれません」


 装甲列車の火力、機動力は絶大だが線路上しか動けない。そのため線路外への追撃、攻撃は難しい。

 一応偵察と追撃のために騎馬部隊や装甲車部隊を編成している。だが法律上の問題、一部例外を除いて法執行権限は鉄道施設内に限定される、などの制限によって効果が無い。


「軍の部隊はどうなっている」


 このような大規模な攻撃の場合は軍の部隊が対応することになっているのだが


「駐留部隊が応戦していますが、多勢に無勢で混乱中。応援要請を出しています」


 しかし何事にも限度はある。

 連絡将校の報告が示すように、駐留兵力で出来る事は限られている。

 最新兵器を装備しても敵を撃滅できるかは別問題だ。

 騎馬民族のエフタルは草原や平原を自由自在に移動できる。

 一方帝国軍は歩兵や砲兵が主力で、最新式の大砲やガトリングは固定式の上、重いので軽快に動くエフタルを追撃できない。

 そもそもエフタルに対して駐留部隊の数が足りないので防戦一方になる。


「不味いな」


 連絡将校から状況を聞いたブラウナーは顔をしかめた。

 駐留部隊が対応できないのなら増援を送る必要がある。

 その輸送方法は当然鉄道だ。

 長距離、大部隊になると貨車や客車が必要になる。

 その輸送に軍は国鉄に輸送要請を出してくるはずだ。

 だが、現在の貨車の殆どが輸送作戦や救援に使われていて予備車両がない。

 間もなく、軍務省から輸送要請がやって来るだろう。無理だと言って断るべきだろうか。 最高責任者がいない状況でブラウナーは決断を迫られた。


「ブラウナーさん。電話が入っています」


 その時オーレリーが話しかけてきた。


「今忙しい、切ってくれ」


「総裁からの電話です」


「直ぐに繋いでくれ」


 そう言ってオーレリーから受話器を受け取った。


「もしもし、ブラウナーです」


『昭弥です。エフタルの件は聞いていますか?』


「はい、間もなく軍の輸送要請が来るでしょう」


『今、軍と輸送協定を結ぶ予定だ。軍が用意した列車を指定された操車場まで最優先で運べ』


「待って下さい。貨車の数が足りませんよ」


 穀物の輸送作戦に大半の貨車を使っていた上、パンノニアとガリアで起きた災害に対応するべく予備の貨車も出ている。

 今の国鉄に車両の余裕は無かった。

 だが昭弥は救いの術を与えた。


『軍部隊の輸送を条件に鉄道軍の車両、機関車と貨車、客車を指揮下に入れる事を了承させた。俺たちは鉄道軍の車両を自由に使える。軍が部隊を搭乗させた後、戦地に送り込む。その後、回送するとき好きに使っても良いと言わせた。穀物を積んで引き返させろ』


「そりゃ助かりますね」


 軍の車両が使えるなら確かに助かる。

 帝国鉄道軍は多数の機関車、貨車、客車を保有しており、運用している。軍縮があっても兵力数は多いから荷役能力も十分だ。

 しかも車両は国鉄と共通している車両が多い。装甲列車さえ鉄道公安部と同じ車両を使っている。互換性に問題は無く、簡単に運用できる。

 用意された列車を輸送するだけなら楽だ。

 それどころか回送時に好きに利用できるというのなら願ったり叶ったりだ。

 中央集権を目指す帝国ではアルカディア周辺に部隊を集結させる方針であり、多数の兵力が駐屯している。

 増援はアルカディア近辺から送られる事になるだろう。

 アルカディアから兵隊と軍需物資をルテティアまで運んだ後、穀物を積み込んで本土に送り込めば良いだけだ。そして積み降ろしたら、直ぐに帝都アルカディアに戻して軍を輸送させれば良い。


「ですが、チェニス線はパンク寸前ですよ」


 だが彼らが通るチェニス本線は今、小麦輸送で大混雑している。

 アルカディアは小麦を受け取る側だが、空になった貨車をチェニスに送り返す必要がある。その回送列車で大混雑している。

 穀物の輸送効率が高いのはホッパー車であり、軍隊輸送や一般輸送に使われる有蓋車とは構造が違う。今は穀物輸送を最優先しており、最大の輸送効率を達成するためにホッパー車を使っている。

 そのホッパー車回送列車がチェニス方面へのダイヤの大半を占めている。


『軍用列車の輸送を最優先で。穀物輸送のホッパー車はアルカディア近郊に留置して時機を見て送り返す』


「小麦の方は?」


『ある程度送り込めた。一月ぐらいなら何とかなる量だ。それまでに軍用列車を送り出して、軍輸送を完遂。その後、ホッパー車による小麦輸送を再開する。借りた軍の車両も使って帰りに近隣の駅で小麦を回収させて、アルカディアへ送り込み各地へ発送する。その先に居る軍部隊を収容してルテティア北方へ送り出す』


 アルカディアの部隊を送り届けた後、用意されている小麦を積み込んで本土各地へ送り出す。

 そして列車が送られた地域の軍部隊を収容して再びルテティア北方へ向かう。

 確かにこれならほぼフル稼働で動かすことが出来る。

 難点は、専用のホッパー車では無く通常の有蓋貨車のため、積み込みに時間が掛かるのと輸送量が少なくなること――ホッパーは積み込み空間全てを小麦で詰められるが有蓋貨車は通路や小麦を入れる袋が作る容積や、袋自体の体積のため、積み込める容量が少ない。

 だが、一挙に目的地へ運べるというのは嬉しい。

 運び込む先には軍部隊がいて荷役をやって貰えそうだし、部隊が派遣されるならその分、その地域の消費量が少なくなる。


『以上が計画だ。何か質問は?』


「いいえ」


 一石何鳥にもなる素晴らしい計画をブラウナーは拒まなかった。


『では差配を頼む。僕は軍務大臣と協定書を結んでくる。ハレック元帥が横槍を入れてくるだろうけどヴィルヘルミナ元帥に黙らせて貰うよ。更に閣議にかけて宰相とラザフォード大臣にも頼み込んで押し通して邪魔できないようにしてやる』


「頑張って下さい。ひゅう」


 受話器を置いて安堵の溜息を吐いた。

 軍の輸送と小麦輸送をどうするか悩んでいたが、寧ろ福に転じた。

 部隊を送った列車が帰りに小麦輸送をしてくれるなら効率も高まる。

 閣僚を動かす総裁の手腕にブラウナーは感謝した。


「軍用列車のダイヤ作成を始めてくれ。小麦輸送列車の回送ダイヤを軍用列車に変更して送り出す。ルテティアの小麦粉回収列車を帰路に就く軍用列車に変更。帰路の途中、小麦を回収させつつ移動させろ。回収したら貨車に積んだままアルカディアへ。そのまま帝国本土へ分配しろ」


 昭弥の基本方針に基づいてブラウナーは指示を出して行く。


「出荷できない小麦がチェニスに溜まっていますが」


 オーレリーがブラウナーに尋ねる。

 災害に対する救援のために貨車を送り出したため出荷が滞っていた。


「最大限の効率でホッパー車に入れて運び出せ。今から回収した小麦は積み替えずアルカディアまで貨車に乗せたまま運び出せ。多少目減りしても、これまでの輸送で備蓄はある程度出来た。軍隊輸送用に小麦が送られてきた貨車を使う。直ぐに新たなダイヤを策定し、今のことを各積み出し基地に命令しろ」


 ブラウナーの命令で直ぐに各指令員とオペレーターによって各支社への指示が飛び、動き出す。

 帝国各地のトラブル、アクシデントに対処するべく統括指令所とその指示を受けた支社はフル稼働を始めた。  

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