黄金列車
朝から汚い話でごめんなさい。気分が悪くなったらスルーを推奨します
本社に戻ってトラブルなどの処理を行うと決めた昭弥。
先日襲撃されたが、それで意欲が衰えることは無い。ユリアにリザードマンの襲撃を報告したら、王国軍一個旅団四〇〇〇名ほどが現場に行き、異例とも言える徹底した掃討作戦を行っているという。
協力してくれる女王陛下のお陰で、より線路は安全になるだろう。
張り切って椅子に座り解決しようとしたが、トラブルは思いも寄らない斜め上の事態もある。
「問題が発生しています」
輝きのない瞳でセバスチャンが報告にやってきた。
「何か問題でも」
「ええ、乗客の持ち込む物や小荷物で厄介な物が」
「何です?」
「排泄物です」
「え?」
思わぬ言葉に昭弥は絶句した。
「……どうしてそんなモノを列車に」
「農家で畑の肥料に使うんですよ」
「……なるほど」
話を聞いて昭弥は納得した。人糞などを使って肥やしにするのか。
昭和の中頃まで昭弥の居た日本でも行われていたことだ。
回虫の問題や海外からの安い肥料の輸入などで使われなくなったが、太古から使われている肥料であり、ヨーロッパなどでも使われていた。
この世界の王国では未だに使われていると言うことか。
「重要なのは解るが、持ち込ませるわけにはいかないな」
あんな物を列車に持ち込まれたら酷いにおいで他の乗客に迷惑だ。
いくら鉄道好きの昭弥でもそんな鉄道に乗りたくない。
ちなみに王国鉄道の客車トイレは、洋式で下に受け止める箱がある。事をした後レバーを倒すことで汚物タンクに落とされるようになっている。
初期の鉄道の様に線路上に落としても良いのだが、保線員の為にタンク式にしてある
「規約を改定して持ち込み禁止にしよう」
「一般はそれで問題ないのですが……王国から要請があって」
「え?」
「正確には王都を管轄する王都知事からの要請なのですが、王都の人口が増えて処理が追いつかないので、処理……輸送して貰えないかと」
「あー」
人が増えれば消費も増えるが出す物は出すからな。
それも増えるのもやむを得まい。
「あ、そういえば今まではどうしていたんだ?」
「基本的に王都周辺の農家の人達が馬車や船で運んで堆肥に使っていました」
「その人達はやってくれないのか?」
「量があまりにも多すぎて手が足りないそうです」
「人が増えたからな」
本社周辺、南岸地帯を中心に人が増えている。今までの規模だと対応できないのだろう。
「……遠くの人達が取りに来ることは?」
「その人達が鉄道を使って取りに来て、乗せて帰ろうとしているんです」
「あ、なるほど」
輸送に使う鉄道だからそういう利用をしようとしたのか。
「輸送しますか」
「無理だ! 黄金列車の再来は避けたい。いや、やってはならない!」
戦前にも屎尿の輸送は行われていたようだが、少量だったこともあり問題無かった。
だが、戦中に労働力不足、ガソリン統制によるトラック運転不能から処理に困り、行政機関の依頼で鉄道での輸送を行い始めた。
戦後は復員もあり、多くの私鉄で終了したが、関東の某私鉄はオーナーの一存でそれを継続した。
理由は同じく肥料として町から田舎に運び野菜を増産させようと考えていたからだ。
だが何をとち狂ったのか朝のラッシュ時に通勤列車に接続して運ぶからたまったもんじゃない。
結果、通勤客は悪臭のなか満員電車で通勤した。
で、その色から通勤客達は、それを運ぶ列車の事を黄金列車と言って笑い話にした。
専用列車もあったが、木造でろくな改造もしていなかった上、蓋もないので悪臭が酷く、緩んだ板の隙間から、中身が漏れたりして衛生上よろしくないし、事故でも起こったら何が起こるか想像したくも無い。
さらに積み込み設備が旅客駅の近くに建設されたので、待つどころか通過するだけでも悪臭で居眠りしている人が飛び起きたという話もある。
結局、労働力回復とガソリン統制解除によるトラック輸送回復で需要は少なくなり、戦後十年ほどで消えていった。
「そんな事は絶対にさせない」
「でも王都の問題は深刻です」
「うっ」
都市機能というのはそういう物を処理することも重要な仕事の一つとしている。
もし、現代社会で下水道が停止したら、トイレが使えなくなったらどうなるか。自分たちで処理できるか考えれば解ることだ。
所構わず、事に及べば町は混乱。衛生環境は極度に悪化し疫病が発生。結果、町が滅んだとしても不思議はない。
だから汚物が町に溢れるのもダメだ。
「でもいくら何でもあんな悪臭の発生する物を」
と言って昭弥は考えた。
「悪臭が発生するから問題なんだ。悪臭がしなければ良いんだ」
「魔法で消すんですか?」
「いや、もっと手軽な方法で行く。簡単に言えば堆肥にしてから運べば良いんだ」
堆肥は動物の糞や野草、藁などを交互に積み重ねて腐らせ作り上げる有機肥料の一種だ。
現代日本でも北海道など牧畜と農業の盛んな地域で行われている。
「完全に堆肥化すれば匂いは殆ど無い。それなら輸送する事が出来る」
「一寸手間がかかりますね」
「でも他に方法はないだろう。それともそのまま運ぶか?」
「いいえ」
セバスチャンは即答した。
「それに輸送するのだから鉄道会社の収入になる。堆肥を農家に売ればもっと儲かるし、その堆肥で野菜や農作物が更に増産されれば、結果的に鉄道の輸送量も増えて更に収入が増える」
「皮算用的ですね」
「まあ、まだ事業化していないからなんとも言えないが無収入でやるわけには行かないし。それに屎尿処理は緊急の課題なんだろう」
「そうですね。しかし、こんな事も考えなくてはならないとは」
「鉄道が動けるのも社会が成立しているからだ。社会が無いと鉄道は存在できない。社会が続くように役立つことをしないと鉄道は存在できないからね」
「結構しがらみが多いんですね」
「生きていくというのは大なり小なりそんなものだよ。鉄道は関わる人が多いから余計に多いよ。それだけに誰かがやらなきゃならないことがやって来る。それを受け止める必要があるんだよ」
昭弥は溜息を付きながら、計画書の作成を始めた。