輸送大作戦 開始
「今年は豊作だな」
ガブリエルは実を付けた小麦を撫でながら話しかける。
カンザスで農業を営む彼は今年の小麦の出来に満足していた。
穂は多く肥え太っており、良質。何処に出しても文句の付けようのない逸品だ。
「農作業も楽になったな」
ガブリエルの傍らでは小麦の刈り取り機が稼働しており広大な畑の麦を刈り取り、人が運べる量に束ねる。ある程度、刈り取ったら軽便を使って工場に運び乾燥させて脱穀、あとはホッパー車に運び入れて送り出す。
「しかし良いもの作ってくれたな」
国鉄に変わってから、どうなるか心配だったが、今まで通り協力してくれている。村の各所を結ぶ軽便にそれに通じる工場。農作業を助けてくれる機械。
少ない人数でも広大な畑を管理し、これまで以上の収穫を得ることが出来る。
「でも、今年は早く生産してくれとせっつかれるがどういう事だ」
疑問に思いつつもガブリエルは工場に向かった。
これから農協の青年部長としてホッパー車に積み込んだ小麦を国鉄に引き渡す手続きをしなければならない。
「急いで荷卸しをしろ!」
チェニスの一角に設けられた積み出し施設で有蓋貨車の中に積み込まれた小麦の袋を作業員が次々に引き出す。
臨時雇いも含めて十数人が一列となり中から袋を運び出してゆく。
「後が詰まっているんだ。直ぐに運び出せ!」
監督の怒号に作業員達は必死に運んで行く。
下ろし出された小麦の袋は開けられ、投入口に中身を入れる。
投入口に入れられた小麦はベルトコンベアーでサイロに運ばれ貯蔵される。
そして全ての小麦を下ろし終わると貨車は運び出され、次の貨車がやって来て、また下ろされる。その作業の繰り返しだった。
「ああ、やっぱり人手が足りないな」
反対側を見ると、やって来た小型ホッパー車が積載した小麦を線路の間に設けられた投入口に落として納品している様子が見える。
ホッパー車への積載施設がある地域から運ばれてくるとあのように楽に載せ替えが出来る。だが、そのような施設のない小規模な農地や、東方諸国からやって来る小麦は袋詰めが基本だ。
だから、自分たちがやっているように袋から小麦を出してサイロに入れる作業が必要になる。
「やれやれ」
「積み込み急げ!」
ある監督官が荷卸しをしている間、反対側では収められたサイロからホッパー車への積載を始めていた。
「本数制限かなんだか知らないが、止めてほしいものだ」
本来ならアルカディアまでホッパー車も貨物車も繋げて運んで行けば良い。
だが、アルカディア―チェニス連絡線の一日の輸送量の限界が二百本と決められた為に、大型ホッパー車による大量輸送以外は認められていなかった。
そのため、チェニスなどで穀物の大型ホッパー車への積み替えが行われていた。
これにより貨物列車の本数を少なくすることが可能となっていた。
だが、そのために積み替え作業が行われており、彼らの負担が増していた。
「あー疲れる」
愚痴りつつも、積載が終わると次のホッパー車に移った。
「荷卸し急げ! 後が詰まっているぞ!」
新設されたアルカディア北港の一角。小麦の積み卸し施設に怒号が響いた。
チェニスからやって来た小麦の荷卸しを行っているのだ。
「大型のホッパー車が少ないから、一番多い連絡線をピストン輸送させるのは分かるけど多すぎて目が回るぜ」
ホッパー車の車両数が十分ではないため、毎日往復させて小麦を運び込んでくる必要があった。
そして使えるホッパー車の数を増やすために、着いて直ぐに荷卸しを行い、積み出す作業を行っている。
「他のホッパー車と袋詰めの作業もあるのに」
大型ホッパー車が少ないため、殆どアルカディアとチェニスの間を往復するだけだ。
そこから小型ホッパー車に載せ替えて各地へ送り出す。
だが、これはまだ楽な方だ。
ホッパー車は専用の積み卸し施設を必要とする。
帝国本土には専用施設は少ない。そのため送り先に渡しやすいよう、袋詰めで運ぶ必要が出てくる。
特に船舶の場合、穀物専用で運ぶ船など無いため袋詰めは必要不可欠だ。
袋に詰めて積み出すのは大変な労力だ。
「シリアへの輸送列車が待っているぞ。定刻に出発できるように作業を急げ」
「輸送作戦の方はどうなっている?」
「パンク寸前です」
緊張感が増す国鉄本社総裁会議室。輸送作戦前より事実上の司令部となっていて大勢の職員が行き来していた。
そんな中、昭弥の質問にオーレリーは小さな声で答えた。
輸送作戦が始まってから数日、この部屋が司令部となって他の支社などに命令を出していた。
「やはり、アルカディア―チェニス間の容量が不足していて、迅速に運べません。積み替えも行っていますが、それでも限界です」
少ない本数で最大限に小麦を輸送するために積み替えを行っているが、それでもギリギリだ。
しかも運ぶのは小麦だけではない。家畜用の飼料としてトウモロコシなども運ぶ必要が出てきた。これらも買い占めの対象になったために品薄状態だ。まだ自動車が十分に普及していない為、帝国の輸送は鉄道の他は馬や牛、彼らが引っ張る荷車だけだ。
馬や牛が動けないとなれば、輸送作戦も意味が無い。駅まで小麦を届けても、そこから先へ配達できなくなる。
そのため、輸送需要は右肩上がりに増えていた。
石炭輸送用ホッパー車も清掃した上で穀物輸送に投入しているが、まだ足りない。
「何とか、輸送できているのは事実だろう」
「ですが何か事故などが起きれば」
「緊急事態です!」
その時、責任者として駆け回っているブラウナーが凶報を持って会議室に駆け込んできた。
「アルカディア―チェニスの連絡線で穀物輸送列車の事故が発生しました」
「状況は!」
「下り坂で速度を出しすぎた上、規定量以上を搭載していたため重心が上がり輸送列車がカーブを曲がりきれず横転。線路を塞いでいます」
「復旧を最優先にして動かせ」
「あの、事故検証は?」
オーレリーが怖ず怖ずと尋ねた。鉄道事故が起こった場合、再発防止の為に事故の検証を行っている。
「今回は不要だ。復旧を最優先する」
「ですが」
「穀物輸送は帝国の運命を左右する。何よりアルカディア―チェニス間の路線は大幹線だ。何時までも不通に出来ない」
しかし事故検証を行うと時間が掛かり復旧が遅れる。輸送準備中の列車が多い中で長時間不通にすることは出来ない。既に分刻みで出発待機中の列車が増えている。
なので昭弥は復旧を最優先にして時間短縮を図った。
「直ぐに復旧して通すんだ。急げ」
「は、はい」
設備の担当はオーレリーだ。復旧の指揮も任せており近くの保線区に作業を行わせるように指示を出させる。
「大変や!」
その時、サラが叫びながら会議室に入って来た。
「どうしたんです」
「内陸のパンノニアで雹が降ったんや!」
パンノニアはリグニア半島の中央部にある地域で酪農が盛んだ。小麦の生産も多く、今回の輸送作戦でも供給源の一つとして見ていた。
「小麦はどうなったんです」
内心の動揺を抑えつつ昭弥は尋ねた。
「収穫前で、ほぼ絶望的や」
サラの回答に昭弥は絶句した。
「被害が多くて救援を要請しとる。死んだ家畜の処理や建物にも被害が大きくて直ぐに助けなあかん」
充てにしていた小麦の生産地の一つが全滅。
しかも救援を送らなければならない。
一度に複数のアクシデントが起きて、その対応を迫られている。だが状況を把握するにも書類に埋まった会議室では上手く行きそうに無い。
一つ一つは解決可能だが、一つのアクシデントに指示を出していたら、その間に他のアクシデントで二次、三次の被害を出しかねない状況だった。
「総裁……ご指示を」
指示を終えて脇に控えていたオーレリーが尋ねてきて昭弥は答えた。
「オペラハウスへ移動する」
そう言うと昭弥は自分の机の引き出しを開けてボタンを押した。




