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秋の輸送大作戦 準備

「もう、らめええええええ! これ以上入らないいいいいっっっっっっ!」


 アルカディア東機関区の区長アリサは自分の執務室で泣き声を上げていた。


「幾ら石炭を大量に保管する必要があるからって! これ以上入らない!」


 連日持ち込まれる大量の石炭のために機関区はパンク寸前だった。

 正規の保管場所は勿論、機関庫の中にもバケツへ入れて山積みにしているが、それでも足りない。


「H型――動輪八軸の機関車は炭水車に三〇トンの石炭を積むから機関区は二万トンの貯炭能力を持っている。けど、倍保管しろ、なんて無理よ!」


 一日当たり百本の列車を送り出すために機関車一〇〇両の石炭、一日三〇〇〇トン以上を送り出す能力が彼女の機関区にはある。

 炭水車の石炭が空になるまで走る機関車は滅多に無いので機関区の消費は一日平均一〇〇〇トンから一五〇〇トン程度。そのため二日に一度、貯炭区から来る三〇〇〇トン積の給炭列車で事足りていた。

 だが、ここ数日毎日五〇〇〇トン積の給炭列車がやって来て全ての石炭を置いて行こうとする。


「貯炭庫は満杯だし、バケツも足りない。かといって山積みにする訳にもいかないし」


 石炭を下手に積み上げて置いておくと石炭が圧縮されて熱を持ち自然発火する事もあり山積みに出来ない。

 かといって小分けにして各所に置くと石炭の粉が飛んで汚れたり火災の原因になる。


「……仕方ない。整備中の車両以外は全車両石炭満載。置ける所にトコトン置こう。近くの倉庫も借りて石炭を入れてやる」


 半べその状態でアリサは部下を呼んで命じた。泣き癖はあるが指示は的確なのでアリサは区長に任命されている。涙の跡を見ながらも部下達は彼女の指示に従って近くの倉庫を借りたり全車両に積み込んだりした。

 彼女の所だけでは無かった。主要幹線の機関区に最大限の備蓄を行うようにとの命令が国鉄本社から下り、各所で石炭の備蓄が始まっていた。

 炭鉱から買い取られた石炭は各支社の貯炭区に送られて、それから各機関区の貯炭庫に送られる。しかし、その貯炭区さえ満杯状態で各機関区に強制的に送り出している状況だった。そのため各機関区へ石炭の保管を求めた。

 そのしわ寄せの一つがアリサの元に来ていたのだ。

 だが、忙しいのは彼女だけでは無かった。




「三番動輪の軸と軸受けがおかしいな。直ぐに交換するぞ」


 アルカディア東機関区の車両工場で検査員が異常と見なして交換を命じた。

 主に機関車の故障に対する修理や一月ごとに行われる月検査を行う部署だがここ数日は部品交換の命令が下って忙しい。

 故障が発生しないように、怪しい部品は交換するよう厳しく言われている。

 だから故障する前、焼損――焼けて回転できない状態になる前に予め交換することになっていた。

 いつもやっていることだが、怪しい軸は全て交換しろ、という強い命令に驚いたが、交換部品が大量に持ち込まれたためやるしかない。


「ドロップピットジャッキに載せるんだ」


 入れ替え用の機関車に押させて受検機関車の三番動輪をジャッキの上に載せる。

 停止すると連接棒と三番動輪の軸受け固定ボルトを外す。解放された動輪だけがジャッキによって下げられて、横にスライドして行く。

 その間に軸受けを新品に交換する。

 続いて用意されていた新しい動輪が運び込まれ、ジャッキで持ち上げて固定作業を進めて行く。

 一時間もしない間に動輪の交換作業を終えてしまった。


「一軸ごとに交換できるのは嬉しいな」


 このドロップピットジャッキのお陰で一軸ごとに交換できるため、一々大型ジャッキで機関車全体を持ち上げて外す必要がなく時間の短縮になる。

 だが、怪しい軸受けは全て交換するように言われているため作業量が膨大で忙しい。


「そっちの機関車は検修区に送るんだ」


 なので少しでも手に負えないと判断したり、検査の時期が迫っている機関車は大規模な検修が出来る車検区に送り出している。




「次を急げ! そっちを持ってくるんだ! こっちの機関車から入れろ」


 ルテティア検修区の区長デリックは大声で部下に命令を伝える。


「全く、検修を早めに終えろ。可能な限り多くの機関車の検修を終わらせろなんて無茶だよ」


 デリックは指示の合間にぼやいた。

 上からの命令で夏の間に検修、法定検査を可能な限り進めるように命令されている。

 機関車は全て走行キロ数と稼働時間に応じて整備することが定められており、規定の時間となると指定された検査を受ける。

 機関区などでは外見検査や分解せずに行う動作テスト、簡単に外せる機材の検査のみだ。それ以上の大規模検査、いわゆる全般検査、全ての車輪や各種機器類の分解検査整備、更には車体の再塗装を行う作業はデリック率いる検修区が行う。

 いつも大変なのだが、この夏の間に通常の倍以上の機関車の検修を行うように命令されてしまった。


「幾ら総裁の命令でも無茶だよ。まあ、部品が潤沢に供給されているんで問題無いけど」


 大量生産品のため、次から次へと機関車の部品がやって来ており、少しでも怪しい部品は交換して修理の時間を無くして素早く検修を終えている。

 そのため、検修庫の裏には大量の部品が山ほど置かれている。

 一部は一寸手直ししたり修正すれば使えるだろうが、それに割ける人が居ない。

 結局部品を交換する以外の方法を採れずにいる。

 さらに機関車の選別も行っている。


「こいつから先に検修を始めろ。交換部品が少ないはずだ」


 目視検査で異常が認められた機関車、過酷運転が行われて異常がありそうな機関車など検修時間の掛かりそうな機関車は外して短時間で検査終了できそうな機関車を優先的に選択している。

 一両に掛かる時間を減らして検査機関車の台数を稼ぐ作戦だ。

 お陰で検修待ちの機関車が大量に待機している。


「総裁が代替の機関車を用意してくれなかったら採れない作戦だけどな」


 戦時量産計画が延長され大量の機関車が生み出されており、検修待ちの機関車の代わりが大量に供給されていた。

 何とか上手く行きそうだと安堵していたら電話が鳴った。


「はい、検修区長のデリックだ。あ部長どうも」


 自分の上司である検修部長だった。口調を改めて挨拶をした


「え? 更に検修済みを増やせ? 無理ですよ機関車が多いんですから」


 既に大量の機関車が待機中だった。これを全て研修するだけでも難しい。


「外に大量の機関車が待っていますしこれ以上の検修は。え? 共食いもよしですって。一両でも多くの機関車を用意しろですか。分かりました。全て行いますよ」


 デリックは頭を掻いてから部下に命じた。


「大規模検修が必要な機関車をバラせ。使える部品だけ取り出して、まともな機関車を組み上げる」


 壊れた二台の機関車のまともな部品を使って一台のまともな機関車を作り出す行為、通称共食い。違う機関車同士の部品を組み合わせるという無茶な方法だが、大量生産の規格品、すべて同じ部品だからこそ出来る荒技だ。

 戦時量産型と標準型では一部の部品が違うが口金は共通なので使えるはず。


「待機中の機関車の書類を持ってこい! 使える機関車を選別して、バラすぞ!」


 こうして大量の機関車がバラされて何とか走らせる事の出来る機関車が大量に供給されることになる。




「準備状況は?」


 総裁執務室で昭弥はオーレリーに尋ねた。


「現在の所、検修の繰り上げ、各種消耗品の備蓄などを命じて、社内補給列車の削減を進めています」


 石炭や潤滑油、その他の部品など鉄道会社には消耗品が多い。

 国鉄では各所、客車区や貨物区、機関区へ部品を運ぶのに専用列車を編成して運んでいた。

 その列車の分もダイヤを空けて小麦輸送列車を入れる為に、予め備蓄するように命じていた。

 特に石炭の消耗が激しくて各部署に無理をして備蓄するように伝えてあった。その甲斐あって何とか、一日数本分ぐらいは確保出来そうな状況となっている。


「各地で機関車及び貨車の予備を作り出しています。前倒し輸送も始めており、秋の輸送作戦の準備は整いつつあります。アルカディア―チェニス連絡線では一日当たり十本ほどの余裕が出来つつあります」


「とりあえず一安心か」


 現在、大規模な炭田で大量輸送に対応できるのはルテティアのラザフォード領とドネツの炭田だけだ。本土内にも幾つか炭田があるが、出炭能力が低く、接続する鉄道線の能力も低くて国鉄に十分供給できない。

 そのためルテティアからアルカディアへ大量の石炭を供給する必要があり、連絡線の容量を圧迫していた。

 今は石炭を事前に運び込んでおき秋に石炭供給列車の数を少なくする努力を続けていた。

 そのためあちこちに無茶をさせていた。

 だが、物事というの実行前に決まっている。事前の準備が大切だ。

 これから行う輸送作戦には是非とも必要だった。


「何とか無事に乗り越えたいな」

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