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秋の輸送大作戦

「危機ってどういう事っすか?」


 ブラウナーは敬語を忘れて尋ねた。


「君はどうして二日酔いなんだ?」


「いや、昨日、一寸軍の仲間と飲んでしまって」


 突然の昭弥の質問に二日酔いの罪悪感もあってブラウナーは、しどろもどろに答えた。

 的を得ない答えに質問した本人である昭弥が助け船を出した。


「酒が安かったから?」


「はい」


「それだよ」


 人差し指をブラウナーに向けた後、昭弥は説明を始めた。


「何で酒が安いと思う?」


「作物が豊作だったんですか?」


「違う、元老院と皇帝陛下が戦争すると思われたからだ」


 ユリアの皇帝就任を認めた元老院だったが反対派の議長が急死した為に渋々認めたからであって満場一致で認めている訳ではない。

 更に元老院の承諾無しに遷都したユリアに元老院が反発して移動を拒否する事態となり、皇帝と元老院が戦争をするという噂で帝国は緊張した。


「結局、戦闘にはなりませんでしたけど」


「だが、戦闘になると思っていた連中が多かった。で、色々と軍需が発生すると思った連中が多かった。食料、武器、弾薬。実際に貴族の一部が私兵を増やしていたのもその状況に拍車を掛けた」


 軍縮で軍から出て言った者が再就職先として貴族の私兵軍へ行く者も多かったことも余計に助長した。

 膨れあがった軍を縮小するために就職先を探していた事もあり、各貴族が私兵として雇いたいという話しに飛びつく将兵が続出。多くの軍人が流れた。


「そして白物――小麦粉、砂糖、塩などを買い占める馬鹿が出てきた」


 そのため物品の一部が値上がりし、帝国政府備蓄の一部を放出する必要に迫られた。


「結局、戦争は起きず買い占めは徒労だったが、問題なのは買い占めた物資だ。専門の事業者ならともかく、ずぶの素人も加わって買い占めていたからね。で、売るアテの無い商品を抱え込むとどうなると思う?」


「自分で持つしか有りませんね」


「そう」


 日本のトイレットペーパーパニックの際には、店頭からトイレットペーパーが消えた。沈静化した後は、各家庭の物置にトイレットペーパーの山、それも数年分が残される事となった。

 同じ事が、リグニア全土で小麦に品を変えて起きようとしている。


「で、今回の貯め置いている商品は小麦だ。小麦は食料品なので腐る。キチンと保存すれば一年以上は持つにもかかわらず、腐らせるんだ」


「大損害ですね」


「ああ、本来なら食料として口に入るはずの物が腐るんだからな。既に腐らせている奴もいる」


「そうなんですか?」


「そのなれの果てで、君は頭を痛めているだろうが」


「あ」


 そこまで言われてブラウナーは気が付いた。

 腐りかけの小麦で酒を造れることに。

 発酵と腐敗は同じ現象であり、人間にとって好ましいか好ましくないかで区別されるだけだ。

 小麦が腐ってもそのまま発酵させて酒にして売り出すことは出来る。

 ブラウナーは軍隊時代に兵隊への小麦の配給を三日分を限度にしていたのも、酒を造るのを阻止する為だ。三日以上だと一日分を酒作りに使って消費してしまい飢えてしまう。自業自得だが、飢えた人間にそんな正論は通用しない。食料を供給しろともめ事を起こす。

 それが今、帝国全土で起きようとしている。

 最近、酒が安いのは腐りかけた小麦を酒にして売り出しているからだ。

 日本でも明治初期の戊辰戦争で同じ事が米で起きて、戦争終了後大量の安酒が東京に出回った。

 風が吹けば桶屋が儲かる、の類いは眉唾だが特定の事件が後々に影響を与える事例の一つだ。


「気が付いて小麦を買い始めた時には手遅れだった。備蓄を出したこともあって収穫まで余裕がない」


「不作なんですか?」


 ブラウナーが恐る恐る尋ねた。食糧不足は怖い。

 飢えた人間が食料を求めて凶暴になる事を軍隊で見てきたし貧民街に住んでいた頃も見てきた。


「いや、帝国全体では必要量は収穫できそうだ。問題なのは、それを必要とする場所に運べるかどうかだ」


「え? 問題無いんじゃ?」


「生産地は偏っているからね。大量に生産される場所と消費される場所が離れすぎている」


 幾ら大量に食料を持っていても必要とされる人に渡らなければ意味が無い。

 日本で最大の人口を持つのは関東地方だが、日本の食料の大半を生産しているのは北海道だ。その輸送を行うのに鉄道が活躍していることは誰もが知っているだろう。北海道新幹線のスピードアップが出来ないのは、青函トンネルを通る貨物列車の邪魔になるからだ。


「その小麦を運ぶには鉄道以外無い」


 そして、帝国の食糧輸送の大半は現在鉄道が担っている。


「船舶は?」


「最も小麦の生産・販売量が見込めるのはルテティアだ。最大消費地の帝国本土へ輸送するには鉄道しかない」


 ルテティアと帝国本土の間には大アルプス山脈があり、船舶は通過できない。

 そのため国鉄以外にこの事業を成功させる事が出来る者などいない。


「勿論、船舶も使用するが帝国とルテティアとの間で大量の物品を輸送できるのは我々しかいない。緊急に輸送が必要となる場所も出てくる。もし輸送に失敗すれば帝国本土で餓死者や暴動が発生する可能性もある」


「帝国本土でも小麦は作られているでしょう」


 ブラウナーの言うとおり帝国本土でも小麦の栽培は行われている。


「だが絶対量が少ない。中にはこの状況を利用して買い占めに走る連中も出てくる。阻止するには少なくなる前に売り浴びせる以外に方法は無い。それに戦争が終結したせいか、出産率が上がっていて子供の離乳食や母親への食事の量が増えることが考えられる。これまで以上に輸送量が増えることが予想される」


 昭弥の言葉に、その場に居た全員が事の重大さを認識して黙り込んだ。


「それで、小麦の輸送を優先するために夏と冬に輸送できるように準備を進めていたのですね」


「そうだ」


 昭弥はブラウナーの言葉を肯定した。


「夏の間に出来る限り準備を整える。検査が必要な機関車は前倒しで受けさせ、秋の輸送に待機させる。夏の間に運べる物品、製鉄所の鉄鉱石や石炭などは予め運ばせておく。他にも輸送する必要のある物品を予め運んだり、秋を外して運んだりする」


「輸送する必要量はどれくらいになります?」


「帝国本土に在住している一億人程が百日分不足する可能性が高い。一人が一日当たり一キロの小麦を必要とするとして百億キロ、一〇〇〇万トンの小麦が必要になる」


 一日一キロというのは多いが、全て公平に分配できるとは限らない。

 輸送中や載せ替えの時にこぼれ落ちて目減りする事が多い。さらに腐らせてしまったり事故で失われる分も考える必要がある。

 何より備蓄分や予備を確保しておく必要があり、そのことを考えると昭弥の言った数字は、それほど間違っていない。だが余裕も無いのは事実だ。


「最近開拓が進み収穫の増えているルテティアと東方諸国からの購入で量は賄える見込みは立った。後は輸送だが五千トン積みの列車を二〇〇〇本走らせれば終わるが、通常の輸送と並行して行う必要がある。しかも他にも運ぶ必要のある物資が多い。しかも一箇所だけでは無く、複数箇所に届ける必要が出てくる」


 帝国における消費地は一箇所では無い。帝国内の各領邦、直轄都市などがある。農村部でも塩漬け肉に必要な塩などを運んで行く必要がある。

 他にも燃料や日用品など冬になる前に運ぶ必要のある物資を調達し送り届ける必要がある。


「しかも、整備されておらず五〇〇トン積列車さえ怪しい路線もある。分散輸送が必要になる」


 五〇〇〇トン積貨物列車はあるが高速線しか運転できない。国鉄創設前から可能な限り路線強化に務めていたが工事は未完了だ。

 積載量の低い貨物列車を走らせなければならず、本数が増えてしまう。


「小麦の集積も必要だ。各地に分散する農場から集めて集積し運び出し分配する。その作業がある」


 一息置いて昭弥は命じた。


「全員、この事を頭に入れておいてくれ。これより秋の輸送に備え、これから準備行動を本格的に開始する」

活動報告でお伝えしたとおり年内、2016年の投稿はこれで終了です。

皆様良いお年を。

来年も宜しくお願いします。

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