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ブラウナーの愚痴

「ぷはーっ」


 国鉄本社近くの酒場で酒を飲み干したブラウナーは歓喜の声を上げた。


「激務の後の酒は美味いぜ」


「そんなに大変なの?」


 元上官であり、現在も装甲第一師団を率いているノエル・スコット中将が尋ねてきた。

 スコット元帥の孫娘だが本人は上官と割り切っている。

 彼女の装甲師団がアルカディアへ駐屯地を移動したため、久方ぶりにブラウナーと出会いたいとやって来て酒場に連れ出した、という訳だ。


「今からでも復帰願いを出されてはどうでしょう?」


 横から口を出してきたのは装甲第一旅団長を務めるメッサリナ准将だった。アグリッパ大将の孫娘で王国時代に反乱に参加したため、昇進が遅れ気味だが優秀で先の東方戦争では騎兵部隊を率いて武勲を上げた。。

 彼女も装甲師団の移動に伴い自らの旅団と共に移動してきた。


「酷いですよ。戦功を上げたのに」


 アクスム軽歩兵第一連隊連隊長のティアナ・ティーグル大佐も文句を言う。虎人族の彼女の場合、シッポが大きく振られ椅子の脚を壊さんばかりに叩く。


「一応、統帥本部付だから予備役になった訳じゃない」


 ブラウナーは今でも現役帝国軍少将だ。

 命令で一時的に鉄道省と国鉄に出向しているが階級もそのままだ。そのため三人とは上下関係があるが、先の東方戦争で共に戦った仲であり、階級抜きに話しが出来た。


「それに鉄道省に軍から就職してきた連中に対する教育も必要だからな」


 東方戦争で拡大した軍だったが平和になった今、国庫の負担を軽減するためにも軍縮は急務だ。

 そして減らされる軍人の受け入れ先の一つが鉄道省および国鉄だった。共通する点は多いものの違う部分、客商売の場面で不都合がある。そこを改善するためのマニュアルの作成などがブラウナーの主な仕事だ。


「けど他にも仕事を任されているんでしょう」


 他にも軍隊の新兵教育を応用した新人教育マニュアル、指揮官教育を応用した管理職用指導マニュアルの作成をやっていた。

 マニュアルを作り終わっても、実施面で問題が無いか確認し問題が起きたときの対処法や改善指導を行う忙しい日々だ。


「まあ、忙しいけど充実しているよ」


「暴れられなくて不満だぜ」


 混ぜっ返したのは突撃歩兵第一連隊のローリー・ミード大佐だ。先の東方戦争では第一連隊を率いて敵の陣地に一番多く突撃し奪取した武勲者だ。

 昇進できるはずだったが連隊長勤務が気に入って昇進を蹴って今の階級と部隊長を続けている戦争狂だ。


「即位に反発して内戦起こす奴が居ないかな。潰せるのに」


「お前は暴れるのが好きなだけだろう!」


 好戦的なミードにブラウナーは怒った。


「個人の好みで内戦が起きてたまるか」


 ただでさえ忙しい時に内戦など起きたら一大事だ。最近の軍隊移動は鉄道が主であり、内戦が起きれば軍用輸送が発生する。その調整をやるのは国鉄上層部に所属し、現役軍人であるブラウナーだ。軍の要求と鉄道の現実の板挟みに遭うなど、ぞっとする話しだ。


「まあ、暫くは戦争は無いかな」


 ブラウナーの恐怖を鎮めるようには統帥本部に勤務しているマルケリウス中将が答えた。東方戦争では帝国軍の軍監として彼らの部隊に同行したが一蓮托生の戦地で友情を深めていた。


「軍をがっちりと掌握している上に経済力でも抑えているからね。先日元老院もアルカディアへの移動を了承したし、変な動きをする貴族はいないよ」


「そりゃ有り難い。これ以上仕事が増えたら死ぬ。」


 ブラウナーは笑ったものの疲れが溜まっていることは事実だ。このところ、国鉄総裁である玉川大臣は迅速さを求めてきている。人員を多くするように命じていたし、既存線路の修理など輸送力の改善を進めていた。

 急ぎすぎのような気もしているが大臣の事だから何か考えがあってのことだろう。


「さて今晩は飲もうか。酒はたっぷりあるし」




「ああ、飲み過ぎた」


 昨日は久々に六人で会ったので飲み過ぎた。

 最近酒が安いので、ついつい頼んでしまう。

 しかも質が悪いせいか酷い二日酔いだ。出来たてで美味しいのだが、何処か詰めの甘い部分があり悪酔いする。


「まあ、仕事に差し障りは無いか」


 そう言ってブラウナーは昭弥の執務室に向かった。


「ああ、おはようブラウナーさん」


「おはようございますブラウナーさん」


 話しかけてきたのは重役のティベリウス卿とオーレリー卿だ。

 ティベリウス卿は北方の歓楽街を領地に持つ貴族で快楽王の名もある人だ。そのため各地の貴族や商人と知り合いが多く交渉を担当している。

 オーレリー卿は昔王国鉄道で総裁の仕事を手伝っていたこともあり、現在は買収した鉄道の再整備と施設更新の責任者をしている。


「お疲れのようですね?」


「昨日飲み過ぎただけっすよ」


 ティベリウス卿の言葉にブラウナーは軽口で答えた。年も近い上に気さくな性格なのでこのような言葉遣いでも許してくれる。


「いや、教育で疲れているのでは?」


 マニュアル作成担当者のためマニュアルで分からないところがあると直ぐにブラウナーの元に行く。最近は電話と電報の整備が進んでおり、苦情が直ぐにやって来るため、ブラウナーの机には質問書や苦情の報告が山のように積もっていた。


「まあ、マニュアルが分かりにくいという話しが多いな。大変と言えば大変ですけど、放置したら後でもっと酷いことになるので、まあ苦ではありませんね。それよりもティベリウス卿も大変では? 契約の早期履行を頼んでいるとか」


「ええ、昭弥の指示でね」


 苦笑するように口元に細く白い指を当てながら優雅にティベリウスは答えた。


「どうも秋の輸送量を増やすために運べる物は運んでおけと言われています。割引料金を適用してまで運ぶように言われています」


「私の所もですよ」


 オーレリーが二人の話に加わった。


「夏の間に終わる改修工事は繰り上げで行っておけと。秋以降の工事に必要な資材は夏の間に運べる物は運んでおけ、冬に先延ばしできる物は先にしろと言われましたよ」


「うちも言われたわ」


 そう言って執務室に入ってきたのは浅黒い肌の美人、商売担当のサラ・バトゥータだった。

 ルテティアの南の海に浮かぶ島国マラーターの商人で東方とのパイプが太く貿易では彼女が活躍している。


「出来る限り秋の取引を早くするか遅くするかしろと言われたわ」


「秋か。小麦でも食べたいのかな」


「そうだよ」


 ブラウナーの言葉に応えたのは彼らを呼び寄せた昭弥だった。


「総督、いや総裁」


「ああ、堅苦しい挨拶は抜きだ」


 一瞬、頬をゆるませた昭弥だったが直ぐに気を引き締めて伝えた。


「秋に麦が食いたいというのは本当だ。だが、喰いたいのは俺だけでは無い。帝国中で麦を欲している」


 昭弥はそう言って一息置くと本題を伝えた。


「帝国は今、危機を迎えようとしている」 

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