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鉄道公安官 アントニオ3

「駅長と乗客数人が誘拐された?」


 解放した駅の駅員から状況報告を受けたヴァルトラウトが顔をしかめた。

 逃走した騎馬の後を追うのは迅速に行わないと不味い。だが、鉄道公安官の権限が認められているのは鉄道施設内に限られる。

 鉄道施設を超える範囲は軍か警察に捜査を依頼することになる。


「直ちに追跡し、人質を奪回する」


 しかしヴァルトラウトは鉄道公安隊のみでの追跡を命じた。


「宜しいのですか」


 アントニオが確認の為にヴァルトラウトに尋ねた。


「見失ったら二度と人質を奪回することは出来ない」


「軍に何か言われませんか?」


 古巣を批判するのは心苦しいが鉄道員の一員としてアントニオは忠告した。

 上下関係が厳しい規律で統制されている軍隊は自分たちの権限を無視されるのを非常に嫌う。勝手に自分たちの領域を侵すのを軍は許さないだろう。


「一応協定では鉄道施設外への司法警察権はない。ただ例外として襲撃多発地域における現行犯の追跡および時機切迫し他の応援が間に合わない場合、事後承諾により代行できる事になっている。今回はその規定を使わせて貰う」


 さばさばとヴァルトラウトは伝えた。

 確かに伝えられた軍との協定に従えば行くことが出来るだろう。


「しかし、軍が後で文句を言ってくるのでは?」


「その前に終わらせる。忙しい軍人様が来ない間、我々が代わって強盗を追いかけるのさ」


 格好いいことを言っているように聞こえるが、悪巧みを考えている子供みたいな表情では説得力が無い。


「追撃部隊を編成する! 騎馬小隊と軌道装甲車の準備を!」


 しかし、それも一瞬だけだった。獲物を狙う狼のような鋭い目つきに変わり、鼻をヒクヒクさせつつ、ヴァルトラウトは部下に大声で伝えた。

 装甲列車には、馬賊の情勢を偵察するための騎馬小隊が乗っている。さらに、簡単な操作で線路若しくは路上を走れる軌道装甲車が配備されている。

 軌道装甲車だけなら確実だが、使用しているガソリンエンジンとか言う機械の信頼性が今ひとつで時折故障することがあるため、馬も使用されている。


「さあ、追撃するぞ。歩兵は騎馬の後ろに乗れ。アントニオ、あんたはあたしの後ろだ」


「え?」


「ホラ早く乗れ」


 そう言って馬に乗ったヴァルトラウトはアントニオを引っ張り上げて乗せた。


「しっかり掴まれ」


「は、はい」


 そう言って恐る恐るヴァルトラウトの脇から手を伸ばす。


「変なところを触ったら殺す」


「はい!」


 言われてアントニオは腹の前で両手をしっかりと握った。


「でも、追跡できるんですか?」


「安心しろ。あたしは鼻が利く」


 そう言ってヴァルトラウトは天を仰ぐように顔を上に向け鼻を伸ばすように嗅いだ。


「馬の匂いに煙硝の匂いが混ざっている。連中は風上の方向に逃げたようだ。追いかけるよ!」


「はい!」


 狼人族の出身であるヴァルトラウトは狼のように鼻が利く。部下にも数人狼人族が居り彼らも鼻が利く。

 彼らを先頭に横一列に並べて匂いがどの方向からやって来るか調べて追跡している。

 馬の足跡が隠されたり偽装コースを取られることがあったが、匂いのお陰で見失う、いや迷うこと無く連中の根拠地に向かった。


「見つけた」


 匂いが強まり馬を下りて丘を登って確認すると、池の畔にいくつかのテントが見えた。円柱の上に円筒を重ねたような形のゲルとも呼ばれるテント。遊牧民族エフタルの使うテントだ。

 移動用のテントで拠点を作り、そこを中心に襲撃を行っているようだ。

 追っ手に見つかりそうになれば、テントごと移動して行方をくらます。まさに遊牧民の略奪行動だ。


「さて、人質を奪回して連中を壊滅させるか」


「どうするんです?」


「ここから銃撃して連中を脅して馬で突撃して人質を奪回。その後、連中を蹴散らす」


「大雑把な……人質が居る場所も分からないのに」


「人質の居るテントはここから見える。端のテントで縛られて転がっている」


「見えるんですか……」


 ヴァルトラウトは狼人族のため視力が良く遠くの物もよく見える。裸眼でも二、三キロ先の人間を識別できる。

 その凄さにアントニオは驚いた。


「しかし、危険が大きすぎませんか? 人質の安全も確保出来そうにありませんが」


「取り逃がせば見つけ出すのは至難の業だ。この好機を逃すな。今居る人数で蹴散らす。騎馬小隊は乗馬し突入。歩兵はアントニオが指揮して援護を行え」




 結果から言えばヴァルトラウトの作戦は成功した。

 小銃部隊が援護射撃を行い盗賊達が混乱したところへ騎馬隊と軌道装甲車が突入し人質の居るテントを制圧。装甲車が盾となり人々を守り切った。多少の反撃はあったが、発射速度に優れるヴァルトラウト達の火力の前に逃げ出した。

 ただ、その光景はアントニオにとって恐怖としか言いようが無かった。

 遠距離から銃撃しても命中が期待できず、牽制射撃のみのアントニオ達だったが、ヴァルトラウト率いる狼人族は震動の激しい馬の上からでもヘッドショットを連発し、エフタルの連中を恐怖に陥れた。

 人質の居るテントに到着すると馬を捨てて周辺に居た騎馬民族を銃剣と銃床で殴打して制圧。途中、ヴァルトラウトの銃が彼女の力に耐えきれず折れ曲がったが、彼女は意に介さず拳と脚で攻撃、いや自ら

追いかけて行き捕まえてボコした。流石にやり過ぎて部下が止めたが、恐怖を感じた騎馬民族は逃げていった。

 と言うより味方で無かったらアントニオも早々に逃げていた。

 完全制圧され周辺に脅威が無いことを確認するとアントニオは部下達を前進させた。



「人質の安全を確保しました」


 騎馬民族の撤退後、安全が確保されたことを確認してアントニオはヴァルトラウトと合流した。


「よし、お客様を駅にお連れするんだ」


「はい。しかし、結構な人数や部隊を送り込んでいますね」


「連中か?」


「いえ、我々鉄道公安官が」


 アントニオは思い浮かんだ疑問をヴァルトラウトに尋ねた。

 ここ最近、鉄道公安官を辺境や幹線に集中投入して鉄道の治安確保を行っている。

 更に駅構内や操車場でも不正摘発、横流しや経費の水増しを取り締まるため、監察官と共に幾度か赴いている。

 自衛武器を持っている部署もあり武力制圧が行われる事もある。

 いくつかの私鉄や領邦鉄道を纏めてから日が浅いので混乱が多い。早急に対策を行うにしても、拙速過ぎるようにアントニオは感じた。


「昭弥の命令でね。夏ぐらいまでに鉄道の治安を回復してくれと言われているんだよ。何故かは教えてくれなかったけどね」


「はあ」


「さあ、とりあえず強盗団を撃退できたんだから視察は十分ね。帰ったら昭弥に褒めて貰おう」


「はあ」


 適当に相づちを打ちながらアントニオは答えた。

 確か総裁になった玉川昭弥という大臣は獣人の美女十数人を秘書と称して侍らせる何とも羨ましいご身分だとか。一部では皇帝陛下とさえ肉体関係を結んでいるとか。

 男としては本当に羨ましくねたましい。

 そんな愛人の一人と噂される自分のボスでもあるヴァルトラウトは振り返ってアントニオに伝えた。


「今日は本当にお疲れ様。手当てもボーナスも出るからそれで楽しんで」


「ありがとございます」


 それでも手当てが出るのは嬉しい。愛人を囲えるような金額ではないが酒を飲むぐらいはあるはずだ。最近は安い酒が出回っているし精々王都あたりで飲ませて貰おうとアントニオは考え、部隊の撤収を始めた。




 視察を終えたヴァルトラウトは嬉しさを隠さず総裁室に行き昭弥に報告した。

 自分が職務を遂行していること、痴漢撲滅を行っていること、盗賊団の撃退のために奔走していること、夏までに混乱を収めるべく奮闘していること。

 ヴァルトラウト率いる鉄道公安部が行っている行動を、ありのままに伝えた。

 だが、昭弥は顔を引きつらせた。しかし、それも一瞬で直ぐにヴァルトラウトを褒めると頭を撫でてあげた。

 不満そうな顔をしていたがシッポが大きく往復運動していた。

 とりあえず満足したヴァルトラウトは総裁室から出て行ったが扉が閉じた後、昭弥は頭を抱えた。


「違う、そうじゃない」


 痴漢の定義が違う。似ているけど違う。そういえば法的な定義も曖昧だったし自分の教え方も悪かったか。

 それ以上に辺境ほど治安やマナーが悪すぎる。

 ソ連崩壊後の北京―モスクワ直通列車並みに酷いから、痴漢よりそちらを対処する必要があるか。そもそも遊牧民族対策が先か。

 暫くの間、昭弥は総裁室で悩むことになった。

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