鉄道公安官 アントニオ2
「 <フォルチツード>」
鉄道兵器製造が開発した装甲列車でルテティア大戦において軍に徴用され活躍した。
その後も軍に配備されていたが、新兵器の開発により旧式化。不要になった為に王国鉄道に戻された。そして公安本部に配属され様々な改造を受けて強盗頻発地域の巡回に使用されていた。
現在、最も襲撃が多いのがルテティア北方地域の為、同地に配備されていた。
フォルチツードは、ゆっくりと構内に進入しアントニオの前に止まった。
そして扉が開くと三角の獣耳を生やした銀髪の女性がホームに降り立つ。
「公安本部長」
「ああ、新任のアントニオか」
狼人族のヴァルトラウト・ヴォルフ。現在公安本部長を務めている。
最近鉄道犯罪が多くなり職務が過酷になった上、戦争終結でアントニオをはじめとする元軍人の配属が多く荒くれ者が鉄道公安部に入っている。
そいつらを纏め上げ犯罪者達を追い詰める希代の女傑だった。
「職務はどうだ?」
「はい、先ほど痴漢を逮捕しました」
「それは良かった。昭弥に痴漢を撲滅して、と頼まれているからな」
「ええ、危うくお客様が強姦されるところでしたし」
「順調に痴漢も減っているようだな。強盗、強姦の被害も減って良かった」
昭弥が聞いたら失神するような会話を二人は交わした。
ヴァルトラウトが公安本部長に任命されたとき昭弥から痴漢撲滅を頼まれたのは本当だ。
だが誰も痴漢の意味を知らなかった。
痴漢とは公共の場所で相手に羞恥心を抱かせ、不安にさせる行為を行う者もしくは行為という意味だが具体的な定義が曖昧である。
着衣の上から女性の身体を触ったり、脱がすなどのことは昔からあったが、犯罪とまでは考えていない。押し倒されたり、強姦されるのは勿論犯罪だが、一寸触る程度なら日常茶飯事だ。
そもそも帝国では女性の社会進出が少なく家庭での家事や家業の手伝いが殆どでたまに出かける以外に外に出ないのでは痴漢など会わない。
精々、飲食店の給仕や行商人になったとき客に触られるぐらいだ。
ただ社会進出する女性は少数ながら存在するし、寡婦となったり何らかの事情で庇護が受けられない女性は社会に出て行くしかない。そういう女性は気の強い人が多く、痴漢に対しては黙らず返り討ちにしている。
そのため痴漢という概念があまりない。
アントニオが着任したときヴァルトラウトから痴漢とは何か聞かれて、答えられず女性が強姦される寸前、押し倒される事では、という話しになりそのように解釈された。
だから、二人は強姦を防ぐことと勘違いしていた。
「ところで本部長はどうしてここに」
「ああ、北方の警備を視察に来たのだが、この先の駅が襲撃され占拠された。緊急時という事で私が前に出て指揮を執り出撃する。ただ、歩兵が足りないから公安官を今掻き集めているところだ。そこで」
ヴァルトラウトはアントニオの肩を叩いた。
「貴様も一緒に来て貰うぞ」
突然の命令にアントニオは動揺した。
「しかし、私はこれから王都に戻る列車への乗務が」
「公安官業務なら車掌達にも司法警察権が付与されている。大概の事件なら彼らでも対処できる」
王国鉄道の時代から車掌には車内限定ながら司法警察権、捜査権が与えられ、容疑者を拘束する権限が与えられていた。
更に逮捕術や逮捕執行の法的手続きの訓練も受けている。
「ですが、犯罪被害が多いですし凶暴なので車掌達の手には負えないかと」
ただ、車掌の本務は旅客、貨物輸送の円滑な業務遂行であって、犯罪者を逮捕することではない。特に武装した強盗などは手に負えずアントニオ達公安官が前に出て対処する。
特にアントニオが乗車する列車には強盗被害が多く出ている。
しかし、ヴァルトラウトは意に介さなかった。
「この先の駅が復旧しなければお前が乗ってきた列車のお客様が目的地に向かえないぞ。だから手伝え」
「軍に頼んでは?」
「軍の連中には、これ以上鉄道に踏み込んで貰いたくないんでね」
協力関係が多い軍だが組織として向き合ったとき、互いの権利や権限を犯さないよう、取られないようにするために細心の注意を払う。
特に強盗襲撃への対処は難しい。
重武装の強盗団の討伐は軍の役割だが、鉄道施設内の司法警察権は鉄道省にあり、これを手放す事は出来ない。施設内の強盗を自力で撃退対処できなければ、なし崩し的に軍が鉄道内に入ってきて権限を乗っ取る可能性が高い。特に鉄道軍のハレック元帥が鉄道を管理下に入れようと虎視眈々と狙っている。
接収の口実を与えたくないので出来る限り鉄道公安部のみで、自力で対処したかった。
「軍には襲撃の事実と応援要請を出す。だがやって来る前に自分たちで片付ける。その人手が足りないから来てくれ」
「うへえ」
本来なら軍と共に圧倒的な兵力で撃退するべきだが、双方が相手の隙を狙ってる状況では無理だ。
アントニオは覚悟を決めて装甲列車へ乗り込んだ。
「 <フォルチツード>発進!」
ヴァルトラウトが命じると、甲高い汽笛を上げてフォルチツードは前進を開始した。
載せているのは正規配属の公安官の他に、アントニオをはじめ他部署の公安官と駅員や保線区、機関区から集めた臨時集成歩兵隊だ。
野戦のため濃紺の鉄道院の制服では無くカーキ色を主とする迷彩服を着ている。
襲撃が多いため、いざという時のために武器を持って戦う訓練を日常的に受けているために歩兵としての戦闘力には不安が無い。
彼らを乗せた装甲列車は北に向かって進んで行く。
兵員車の中で今回アントニオの元に配属された人達を見た。
全員、武器の扱いには慣れているようで持ち方にそつが無い。だが知らない場所での戦闘に不安があるのか頻りに動作を確認したり整備している。
アントニオも与えられた小銃を確認する。
軍への配備が始まった最新の後装銃だ。銃弾一〇発がクリップに詰められ、一回クリップを入れればボルトを前後させるだけで銃撃が可能。
撃つたびに銃弾を一発ずつ装填する必要が無くなり発射速度が速くなっている。
グループ会社が銃器製造を行っているせいか、鉄道公安部には最新式の武器が多い。
ボルトを前後させるだけで自動で装填される構造で、現役時の単発銃と違う事が気になったが何とか使えそうなので、アントニオは安堵した。
『到着五分前! 総員装備の点検及び装填せよ!』
車内放送が鳴り響き、全員が銃器と装備の確認を始める。
暴発を警戒して車内では直前まで銃弾を装填しない。異常が無いか確認し終わると弾を装填する。
銃弾の詰まったクリップを入れてボルトを前後させ安全装置を入れる。
これで準備完了。銃口を天井に向けて待機する。
その時、外から鈍い爆発音が響いた。
『占拠された駅より敵による砲撃あり。現在被害無し』
司令車からの現状報告が流れてくる。
先の戦争で遺棄された兵器が流れて来たのか、軍の横流し品か分からないが敵は大砲を持っている。
だとしたらかなり統率と資金力のある連中のようだ。
大砲を装備するには金がかかるし弾の代金も必要。何より大砲は重いし輸送するには馬が多く必要だ。弾の輸送も労力が多く組織力が必要だ。
手強い敵だとアントニオは覚悟した。
その直後、前方からそれ以上に大きな音が響いてきた。
「な、なんだ」
普段は駅員をしている隊員が狼狽えた。
『只今、本列車による制圧射撃中』
フォルチツードは先頭の車両に単装砲塔を三基搭載し、その全てを前方に投入可能だ。
さらに後ろの車両には榴弾砲塔を二基装備した砲車があり、山なりの弾道を描いて敵に打ち込む事が出来る。
『歩兵隊出撃せよ』
「さあ出撃だ!」
アントニオは大声で叫ぶと分厚い装甲扉を開けて外に飛び出す。
奪回目標である駅周辺は線路を避けて装甲列車からの弾幕射撃があり、視界を遮ってくれている。
装甲列車から降りたアントニオは素早く駆け出し列車から離れる。
装甲列車はデカい標的なので射撃が集中しやすい。小銃弾なら装甲板で弾くことが出来るが、人体は簡単に貫く。流れ弾に当たらないように列車から離れる必要がある。
臨時に部下になった連中にも良く言い聞かせ走るように命じている。
「重装甲歩兵が居てくれたらな」
巨人族が装甲服を着て突撃すれば簡単に制圧できるのだが、最近鉄道工事が多くあり巨人族の手を必要としていた。そのため鉄道公安部が彼らを動員する事は総裁命令で禁止されていた。なので、自分たちで対応するしか無かった。
愚痴っても始まらないと思い、周辺の状況を確認すると指揮下の歩兵達が指示通りに列車から離れて行く。
自警団、鉄道施設の自主防衛組織などで訓練を受けているので動きだけは様になっている。問題は個々に判断できるかどうかだ。
銃が発達して連発可能になった為に密集隊形を取る必要が無く、分散しても戦闘力が落ちない。それどころか弾に当たりにくいため、損害が減り戦力維持が容易となったため寧ろ戦闘力は向上している。
だが離ればなれのため命令が伝達しにくく、指示が伝わらない。だから一人一人の判断力が重要になる。鉄道を守るという目的の為に団結しているので逃亡する者は居ないが、突入の際に乱戦になったら被害が出ないか心配になる。
突入は正規の歩兵が行う事になっていて援護射撃のみがアントニオ達の役目だが、何が起きるか分からないのが戦闘だ。
心配しながらもジリジリと匍匐前進して駅に接近したとき、事は起こった。
「逃げてくれたか」
襲撃した連中が馬に乗って逃げていく。
追撃を遅らせるための殿部隊だったと言う訳か。それとも装甲列車の出現に驚いたのか。
どちらにしても戦闘にならずに済んでアントニオは安堵した。
装甲列車でも強盗団の逃走を確認して前進を再開し駅に向かった。
「前進!」
アントニオも部下に命じて部隊を前進させ、駅の奪回に入った。




