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鉄道公安官 アントニオ1

 彼の名はアントニオ・ラニエリ。鉄道公安官だ。

 ルテティア辺境にある貧乏な家に生まれて口減らしのために軍隊、ルテティア王国軍へ入隊。突撃歩兵として東方戦争に従軍して生き残ったが、軍縮によりお払い箱になった。

 馬賊になる事も考えたが、幸い軍に就職先を世話して貰い国鉄の鉄道公安官をしている。

 今の配属は王都ルテティア公安区乗務警備課。

 ルテティアを発着する長距離列車に乗り込み列車の治安を守ることだ。

 今アントニオは北方へ向かう急行列車に乗務している。先ほどフレデリクスバーグを出発しており、周囲は荒野だ。

 フレデリクスバーグ発車後、アントニオは一通りの事務作業を終えて巡回のためにあてがわれた車掌室を出た。

 車掌室脇の掲示板に貼られた痴漢撲滅月間のポスターが剥がれていないか確認し、車内の巡回に向かう。

 公安本部長直々の訓示で痴漢を撲滅するようにと指示を受けており、痴漢行為が無いか目を光らせている。


「済みません公安官さん」


 巡回に向かって暫くして車掌長が話しかけてきた。


「六号車の五号室が五月蠅いという乗客の方から話しが」


「はあ」


 話しをつけて黙らせろと言うことか、とアントニオは考えた。

 車掌長自身が扉を叩いて注意すれば良いだけなのに、どうして自分を呼んだのだろうか。

 少し疑問に思いつつも車掌長と共に、その部屋に向かった。

 着いてみて中の様子を聞く。そして気が付いた。どうも様子がおかしい。

 何が、とは具体的にアントニオには言えないが、中で良くないことが起こっている。

 アントニオは扉をノックして話しかけた。


「失礼します鉄道公安官です」


 直後、部屋の中の様子が変化した。


「は、はい」


 がらがら声の男の声が中から響いてきた。


「一寸、お話しを宜しいでしょうか?」


「何でしょう」


「少々、部屋の中が騒がしかったので何かお困りでしょうか?」


 お客様から五月蠅いという苦情があったとは絶対に言わない。自分たちが離れた後、お客様同士のトラブルになるからだ。

 なので巡回の最中に聞こえたことにするようマニュアルで定められている。アントニオはマニュアル通り話しかけた。


「い、いや。一寸荷物を散らかしてしまってね。もう大丈夫だ」


 慌てて作った言い訳のような言葉にアントニオは腰の拳銃を取り出し構えた。

 そして車掌長に鍵を開ける用意をするように無言で、視線のみで指示した。


「分かりました。失礼致しました」


 部屋の中から安堵の雰囲気が流れると同時に車掌長に鍵を共通錠――国鉄の九割の鍵を開けることの出来る錠で解放、同時にノブを回して扉を開けると直ぐに隠れた。

 アントニオは銃を前に構えて部屋の中に侵入すると中で女性が猿ぐつわを噛まされ縛られていた。そして脇には銃を持った男がいた。


「畜生!」


 男が罵り声を上げてアントニオに銃を向ける。だがその前に銃を構えていたアントニオは男に突進し相手の腕に銃口を押し当てて発砲した。


「がはっ」


 利き腕を撃ち抜かれて男は声を上げて倒れた。アントニオは男の持っていた銃を取り上げて無力化すると、男の状態を確認する。

 腕から血を流しており、腕を押さえている。


「大丈夫ですか?」


 男に手錠を掛け応急手当をした後アントニオは、女性に尋ねるが縛られた状態でもがいていることに気が付き、縄を解き始めた。


「あ、ありがとうございます」


 猿ぐつわを解くと女性がアントニオに感謝の言葉をかけてきた。

 アントニオは男を連れ出し、車掌室に作れて行く。


「お疲れ様です」


 車掌長が、すれ違う時に労いの言葉をかけてきた。


「ありがとうございます、お客様の事を宜しくお願いします」


「ええ、勿論。しかし、勇敢ですね。無謀とも言えますが」


「何がです?」


「銃を持った相手に銃を向けて撃ち合うのではなく、突進して銃口を密着させて撃つとは」


「ああ、アレですか?」


 アントニオは、静かに説明を始めた。


「拳銃はあまり命中しませんから。列車の動揺もあって難しいですし。それに流れ弾がお客様に当たったら事です。それに部屋の向こうは反対方向への線路ですれ違う列車が突然来るかもしれません。なので犯人に銃口を押し付けて無力化するのが最善だと判断しました」


 拳で殴っても倒せるとは限らない。だが拳銃なら部位にもよるが確実に重傷を与える事が出来る。

 だから、拳銃を撃ち込んでやった。


「なるほど、冷静ですな。まあ、無謀ですが」


 車掌長が少し顔を引きつらせるのをアントニオは苦笑しながら受け流した。

 戦場で何度も敵陣に向かって突撃した突撃歩兵としては必要な技能の応用だ。敵陣に真っ先に突入するため狭い陣地内で拳銃を持って白兵戦を行うなど日常茶飯事だった。

 味方の援護はないが、強盗一人相手なら何とかなる。


「では、連れていきます。次の駅まで私の車掌室に閉じ込めておきます」


「ありがとうございます」


「いえ、職務ですから。それに痴漢撲滅月間なので、痴漢を捕まえることが出来て良かったですよ。」




 犯人は応急手当を行った後、次の停車駅で駅員に引き渡した。どうも東方戦争後の復員兵で、軍隊を追い出されたが職を得ることが出来ずに列車強盗を働いたそうだ。

 アントニオをはじめ軍が再就職先を斡旋してくれていたが、上官との折り合いが悪かったりすると、どうしても再就職先を紹介されず出されることがある。

 彼もその一人だろう。 

 襲われた乗客に関しては女性職員に任せた。女性は男性のアントニオには扱いづらい。


「やれやれ、仕事が多くてかなわない」


 アントニオはぼやくが、それでも公安官達が乗車するようになって車内の犯罪はかなり減っている。

 東方戦争後の混乱時、ある列車は四つの強盗グループが同時に襲撃し被害者二〇人以上、被害者の多くが負傷し内三人の女性が強姦された。

 流石に問題とされて主要列車への公安官の乗務を開始。車内の警戒にあたり被害は激減している。


「本部長から報償が出ると良いな」


 更に最近は痴漢防止を重視するように、現行犯は即逮捕するよう公安本部長通達が出ていた。捕まえた者には報奨金を出すと。

 今回、女性を縛った上に良からぬ事をしようとした犯人を捕らえたのだから、報奨金が出るはず。

 多少なりとも給金を貰っているが、最近は安い酒が出ているので今回の乗務が終わったらたらふく飲ませて貰うのも良いだろう。

 そんな事を考えていると、駅構内が騒がしくなって来た。

 アントニオが駅員に尋ねようとしたとき、南から黒煙を上げて接近してする列車があった。

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