表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第三部 第二章 帝国再建
378/763

標準規格

「ひゅうっ」


 鉄道省に戻った昭弥は回収した金の総量に、今後予想される取得量を報告書に書くとシャイロックに送るようティナに命じた。

 金の総量は膨大で元老院銀行の準備金の数倍になるはず。これで帝国銀行の優位は確定。元老院は近日中に、こちらに従うことになるだろう。

 かつてのゴールドラッシュも世界中に金が周り、各国の銀行の金保有が大幅に伸びた。今回はリグニア帝国銀行だけが大幅な伸びを記録している。

 結局、持てる者が全てを手にすると言うことだ。

 疲れたが、懸念の一つが終わって良かった。


「さて、こちらをどうするかね」


 と言って昭弥は書類を取り上げた。


「何を見ているの?」


「うわっ」


 いきなり後ろから声を掛けられて昭弥はのけぞった。


「なんだ、ティナか」


「酷い。折角報告書を届けてきたのに」


「それは済まない」


 と言って昭弥は机の上の置き時計を確認した。

 先ほどから五分ほどしか経っていない。ここから帝国銀行までは片道一〇分以上、掛かるはずだ。


「どうやって行ったの?」


「走って」


「それだけじゃ無いだろう」


 確かにスカイウォーク、歩道橋を各所に設けて自動車道に降りずに各省庁を結ぶように設計してある。

 それでも走ったら時間が掛かる。


「あと建物と建物の間を跳んで」


「不法侵入だぞ」


 虎人族のティナの身体能力は優れている。地上から三階の窓に飛び込むことも出来る。

 その身体能力を最大限に生かして、送ってきたのだろう。


「玄関から入っただろうね?」


「執務室の窓が開いていたのでそこから」


 突然虎娘が入って来て驚くシャイロックの顔が目に浮かぶ。後で詫びの電話を入れないといけないだろう。


「さっきから何を考えているの?」


「ああ、こいつだよ」


 そう言って書類のタイトルを見せた。


「帝国工業規格?」


「そう、前に潰れた共通の規格だよ」


 王国時代に共通の規格を作ろうという話しになったのだが、地域差などが大きく有効性が認められないなどの意見により却下されたものだ。

 だが、昭弥が帝国鉄道大臣になったことから施行を進めようと考えていたが、大きな壁にぶつかっていた。


「どうして施行できないの?」


「地域差が大きすぎてね」


 元からある地域や王国、領邦の規格が大きく変わるので反対者が多い。

 しかも実情を知れば知るほど難しい。

 各工房が独自の考えと作り方で作った機関車や貨車が多く基準に達していない車両が多い。

 それどころか車両とか安全規格以前に数値の取り扱いにも問題が出ている。

 例えば八〇というのは、一〇が八つあると言うのを示す十進法だが、ある地域では直訳すると二〇が四つと表現する。これは二十進法、両手両脚の指を使って計算していた時の名残だ。

 リグニア帝国は各地の諸部族を征服して巨大化してきた。そして必要以上に帝国化を進めず文化を残したため、旧来の数え方が残っている地域があり、同じ数でも表記の仕方が違っていた。

 帝国も問題で、こちらは古来十二進法を使用していた。一見不合理に見えるが五を掛けて六〇にすると、一から六までの数字で割ることが出来る。そのため、便利と言うことで残された。一年が十二ヶ月に分割されている理由の一つだ。

 他にも文字、使用される数字にも違いがあり、中には計算さえ困難なものさえある。

 何故ならローマ数字のような文字を使って表記しているから割り算や分数として取り扱うのが不便だからだ。実際、一〇〇/五〇、二一/七をローマ数字で表すとC/LとかXXI/Ⅶとなり、計算するには不便だ。

 流石に中枢は使っていないが、辺境に行くほど伝統を重んじて、頑固に使用を続けている。

 帝国中枢とルテティアはマラーターあたりで発明されたアラビア数字に似た十進法の表記を使っており計算が速かった。

 やはりアラビア数字があるのは嬉しい。

 更に零が存在するのも良い。

 例えば、21 3 36 9と書かれていたとしよう。

 空欄は零若しくは次の数値を意味している。

 そのため2103、3609と書かれているのか、21、3036、9と書かれているのか分からない。

 数学に頭にくるほどルールが多いのは、間違いなく伝えるためという理由もあるのだ。 

 いや、誰もが間違えず同じ表記をするためには厳密なルールが必要だ。

 だが、各地域で行われてきた慣習をどのように取り扱うかで昭弥は頭を悩ませていた。

 他にも標準時の問題や仕来りに基づくマナーの違いなど数え上げたらキリが無い。


「標準規格を設けることに反対された理由が分かったよ。これだけ地域差が大きいと統一した規格なんて無理だ」


 しかも文章で説明しようにも文字の読めない人も多いし、読めたとしても方言や非英語圏のブロークンイングリッシュのように文法がメチャクチャな所もあり伝えるのに苦労する。

 王国や領邦毎に統治している理由の一つでもあるのだろう。


「あー、やになるね」


「じゃあ、どうして帝国各所を繋げるの?」


「帝国全土をまとめ上げるためだよ」


 確かに各地域で経済が独立していれば問題無い。だが同時に各地域が独立可能だと言うことだ。それでも帝国内に王国や領邦が残っているのは帝国の軍事力による平和があるからだ。

 お隣さんが自分の領土に攻め込まれない、攻め込んできたら警察ならぬ帝国軍がやって来て成敗してくれる。そのような安心を得るために帝国内に止まっているだけだった。

 帝国外からやって来ても帝国軍が対応してくれる。


「けど、それだと帝国内でも物品の偏在があるから豊かにならないんだよ」


 例えば石油、石炭、鉄は産地が限られており、存在しない地域は産出する地域から運んでくるしか無い。

 鉱物だけでは無く食品、特に塩は重要だ。

 塩は、海水の蒸発量が多い南の海で多く採れる。一方日照が短く蒸発量が少ない北方では少ない。そこで南から北へは日常的に塩が運ばれている。


「そうした経済格差、特に品物の輸送に関して帝国内での格差を減らしたいんだよ」


「どうして標準規格が必要なの?」


「北でも南でも、何処でも同じように車両を扱えるからだよ」


 鉄道の規定にはレールの幅もはじめ、車両限界――車両の長さ、幅、高さの限界規定、信号の表記、安全規則など様々なルールがある。

 それが各地域で違っていると安全確実な運行など不可能だ。

 北の車両を増援に南に送るといった事も出来ない。それでは国中の鉄道を糾合して作った国鉄の意味が無い。

 各地の私鉄や領邦鉄道にも同じ規格を求めるのも相互乗り入れを考えての事だった。


「それをやる必要があるんだけどね」


 帝国鉄道省が設けられた理由もそこである。

 これまで各地で勝手に作られていた鉄道に対する許認可、監査を行う省庁として設立され帝国の鉄道を纏め上げるのだ。

 そのためには、根幹となる規格や法令が必要でありその策定に昭弥は全力を尽くしていたが、あらゆる面で地域差が大きすぎて手が付けられなかった。


「何とかしたいんだけど」


「決めちゃえば良いんじゃ」


「え?」


 気軽に言うティナに昭弥は戸惑った。


「アクスムでは代表者が決めたことは全員が従うのよ」


「いや、それは」


「帝国とアクスム、どう違うの?」


「そりゃ……」


 と言い掛けて昭弥は黙り込んでしまった。

 確かに各領邦は独立しているが皇帝の権限は大きい。更に敵対的だった元老院も帝国銀行の準備金増大と通貨発行量増大で劣勢に追い詰められ、崩壊するだろう。

 止める存在が殆どいない。

 それに法律にはこれまでの慣習を正当化すると共に、悪習を絶ちきる面もある。

 強制力を伴わせて無理矢理従わせる事も可能だ。


「ゴリ押しするか……ありがとう。何とかなりそうだ」


「それはどうも! ご褒美ちょうだい!」


 満面の笑顔を見せながらティナは顔を突き出した。

 昭弥は少し戸惑ってから右手で頭を撫でた。


「むーっ、他が良いのに」


 ティナは不満を表明したが後ろでシッポがゆっくりと往復運動を行っていた。




 数日後、昭弥は鉄道省令を発布し即日施行した。

 この法令により帝国内の鉄道を管理、監督する基準が設けられ実務を執行することが出来る。

 勿論実際の現場で直ぐに通用出来るかと言えば無理だろう。機材の使用方法やそれまでの慣習などで実行できない事も考えられる。

 だが、それでも基本方針が出来た事により鉄道省各部門が動くことが可能になり、帝国内の鉄道行政を担うこととなる。

 そして、帝国鉄道の根幹となるリグニア帝国国有鉄道公社も同時に発足。

 初代総裁として玉川昭弥が就任した。  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ