金鉱発見
アルカディアへの遷都が決定してから昭弥は新帝都周辺の開発を進めていた。
その一つに大アルプス山脈の開発がある。
巨大な山脈で冬季には多くの雪が降る事を利用して大規模ダムの建設を始めていた。
ダムというと巨大公共事業の巨悪というイメージを抱くだろうが非常に重要な施設だ。
水というのは時期によって得られる量が違う。
人間が必要とする量は決まっているが、季節によって降雨量が違う。畑作になると作物に水をやる時期が違う。
そして降雨の時期と異なると困る。また雨は広範囲に降るので集めるのが大変だ。
井戸水は大丈夫じゃないかという意見もあるだろうが、地下水も元は雨水であり、季節によって変動する。
それらの変動をできる限り抑えて恒常的に一定量を供給するために必要なのがダムだ。
確かに環境負荷は大きいが、夏の雨の足りないとき、冬に雪ばかりで水が少ない時期でも水を得られるのはダムのお陰だ。
護岸工事などで治水は大丈夫だというのは少々無茶な言葉だ。
各所に溜池を作るのも良いが、管理が大変だ。
特に大規模な都市、これから新帝都となり更なる発展が望まれるアルカディアには大量の水が一年三六五日必要とされる。
衣食住が必要とされているが水も絶対必要だ。
そこで大アルプス山脈の深い渓谷部分にダムを造って水を溜めてアルカディアへ供給た発電施設も作って電力供給を行おうと考えていくつかのダムを建設。更にアルカディアの発展を予測し新たなダムを建設中、あるいは建設予定だった。
そして新たな建設予定候補地の一つで鉄道省地質調査所の調査隊が地質調査中に金鉱を発見してしまった。
ダムが建設可能か否かは地質に大きく左右されるため、事前調査は必要だ。透水層が見つかったら穴の開いたバケツのように漏れ出たり、地盤強度が不足しているとダムが崩壊して大洪水を引きおこしてしまう。
なので絶対に地質調査は不可欠だ。
詳しく調べていたため成分分析をしていたら金を発見してしまった。
「それで金の埋蔵量は?」
報告を受けた昭弥はオーレリーに尋ねた。
「推定ですが鍋で採取できる分だけで四〇〇トン。更に増える可能性があります。川に出てきた金だけですから、山の鉱脈を含むと何トンになるか不明です」
カルフォルニア・ゴールドラッシュの最初の五年間で採掘されたのが三七〇トンと言われている。鍋に金を含む土砂を入れて揺らして底に残った金塊を取り出す原始的な方法だが、それでも何百トンも掘れた。
その後も更に大規模な鉱山技術を投入して倍以上の金を採掘している。
「これで国庫が潤いますね」
「……最悪だ」
「え?」
昭弥が呪うように言葉を吐き出したことにオーレリーは狼狽えた。真意を問おうとしたが、昭弥は更にオーレリーに尋ねてきたため遮られた。
「で? 発見されたのは何処だ?」
「親衛隊長マイヤー隊長の領地です」
ユリアの身辺警護を担当する親衛隊隊長のマイヤーは王国に服従した竜人族出身だ。
デミとかトカゲとか陰口を叩く人間もいるが、ユリアへの忠誠心は過剰なほどであり、誰もがそれを認めている。
そんな彼女の献身が認められ、帝国貴族となり領地を与えられている。
「ここに住んでいたのか?」
「飛び地です」
「なるほど」
昭弥がいた現代日本、東京都世田谷区上町には世田谷代官屋敷がある。
何処の代官屋敷か分かる人はいるだろうか?
東京だから幕府の直轄領? 外れだ。
正解は某キャラクターで有名な滋賀県彦根にあった彦根藩井伊家の代官屋敷であり、代官屋敷周辺の領地を治めていた。
何故、彦根藩の領地だったかというと井伊家は筆頭譜代大名で歴代藩主から幕末の安政の大獄で有名な井伊直弼をはじめ大老、老中を輩出した名門だ。そのため、領地の彦根ではなく江戸にいることが多く老中としての職務や行事に人手がいる。だが、彦根から人を呼び寄せると時間も金もかかる。
そこで江戸近郊の領地を与えられ、その領民を人足、作業員などとして徴用して職務にあたった。
ちなみに近隣の豪徳寺は井伊家の菩提寺であり招き猫発祥の候補地の一つである。
中央集権を目指す帝国だったが、未だに古い制度が残っているため中枢を占める貴族には何かと近隣に領地が必要であるため、アルカディア近郊に似たような目的で側近の貴族に領地を与えられていた。
他にもガイウスやラザフォード、さらにエリザベスも新帝都に領地を貰っている。
ちなみに昭弥も新帝都の一区画を屋敷とセットで貰っている。
もっとも鉄道省の庁舎やら鉄道関係の店舗となっているが。
「この辺りは険しいのかい?」
「はい」
竜人族は背中の翼を自由に出し入れして空を飛ぶことが出来る。自力で飛び立つことも出来るが、出来るだけ高い場所から滑空する方が楽なため、外敵が侵入しにくい険しい山岳地帯を好む傾向がある。
そのためマイヤー隊長に与えられた土地はアルカディアから離れた険しい大アルプス山脈の麓だ。
チェニスへの連絡線から離れており、開発があまり進まずに取り残された区画だ。
そのため、地質調査が遅れていた。
「出るかもしれないと思っていたけどな」
大アルプス山脈はプレートの集まる場所に出来た山脈であり、今はともかくマグマが出やすい環境だ。そのため地中の金が絶えず出てきて濾されて残って金鉱になったのだろう。
実際、日本はかつて黄金の国だったのはプレートの運動で出来上がった山脈に金が濾されて出来たためだし、カリフォルニアの金もロッキー山脈がプレート運動で出来たためだ。
一六世紀、世界に影響を与えた石見銀山、ポトシ銀山もプレートの境界に近い。
つまり、似たような環境である大アルプス山脈に金が多く埋蔵されていたとしても不思議は無かった。
と言うより出てきて当たり前だ。
「それで金鉱の開発は何処が担当する事になるんだ?」
「是非、私にやらせて下さい!」
緊急招集された閣議でマイヤーは元気よく答えた。
本来なら親衛隊長に発言権は無いのだが、彼女の領地で見つかったために関係者として発言していた。
「しかし、開発となると領地をかなり荒らされる事になります。拝領してから日も浅いので別の領地を賜られては?」
恐る恐る昭弥は尋ねた。
要は帝国が開発するので、他の土地に移ってはどうか? と言っているのだ。
一応移住が始まっており多くの竜人族達が移り住む予定だ。
だが、金鉱が開発されると彼らの生活圏が脅かされる。自分たちで開発しても山を切り崩すなどの工事をするため、やはり生活圏が脅かされる。
なので移ることを勧めたが
「心配無用!」
そう言ってマイヤーは殺意の籠もった視線を昭弥に向けて黙らせた。
「陛下から拝領された領地を金が出たからと言って返上するなど出来ません。その金が陛下のために必要というのなら、なおさら陛下の為に全力を持って発掘させて貰います」
力強く言うマイヤーの前に誰も文句は言えず、金鉱はマイヤーが発掘する事となった。
「ふふふ。やったわ」
閣議が終わって、退室したマイヤーは笑い声を漏らした。
大量に取れる金を採掘し献上する。
「そして陛下に褒めて貰う!」
強い者が上に立つ竜人族の掟に従えば、最強の人物であるユリアこそマイヤーの最高の上司だ。それでいて小さく可愛らしい。その側に仕え、役務を果たせるのはマイヤーにとって至福だ。
だが最近は鉄道しか取り得のない玉川昭弥とか言うゴミ虫が陛下の周りをうろついている。剣の一撃を食らっただけで死にそうなひ弱な奴が陛下に取り入るなどマイヤーには面白くない。
だが、鉄道によって王国、ひいては帝国を繁栄させたのは昭弥の功績でありそれを否定する事は出来なかった。
しかし、そこにやって来た金鉱発見。
それをマイヤー自身が開発すれば、必ず陛下からお褒めの言葉を得られる。
それも昭弥を押し退けてだ。
「やってやるぞ!」
 




