製品紹介
「ここに帝国博覧会の開催を宣言致します」
秋になり、無謀とも思われた博覧会は無事に建設工事を完了し、予定通り開催された。
皇帝となったユリアも開会式を訪れて開会宣言を行ったあと、実行委員長である昭弥の案内でパビリオンの視察を行っている。
「素晴らしいですね大臣」
「ありがとうございます」
開会式の翌日、御料車となった車の後部座席に乗り込み、二人は話し始めた。
昭弥の隣でユリアは終始ご機嫌だった。
このところ鉄道省の仕事と博覧会の建設に力を注いでいたため、昭弥と会う時間が少なかった。
しかも直近は博覧会の建設と準備の為にアルカディアへ移って泊まり込みで準備を続けており、二週間ぶりの再会を喜んでいた。
「ところで新しい映画という産業はどうですか?」
「ああ、まあ好評です」
歯切れ悪く昭弥は、答えた。
化学産業が発達してフィルムを作れるようになった為、昭弥は映写機も作って映画産業を興している。
その最初の上映を開催式の後、行ったのだが五秒で終了した。
鉄道会社が主催ということで、オープニングの映像に発車する機関車を正面から撮った映像を流したのだが、本物の機関車が自分たちに向かってくると勘違いした観客全員が逃げ出した。
そのため記念すべき最初の上映は開始五秒で終了した。
何とか説明して引き留めて再び見て貰い、無事に上映を終了した。
完全に潰れる、と危惧した昭弥だったが、この事件が新聞に大きく取り上げられた結果、映画が認知されて翌日より立ち見も出るほどの大盛況となった。
「この勢いで映画産業が盛んになると嬉しいです」
既に工場では大量のフィルムを製造し、映画スタジオも出来ている。
各地の劇場や劇団にカメラやフィルムを供給して映画製作を依頼しており、この博覧会で上映する事になっている。
発足予定の国鉄の駅には映画館を併設することになっており、映画産業は絶対に成功させなければならない。
成功は保証されているようなものだから、是非とも事業として成功させたい。
「そういえば最近は様々な事業を展開しているとの事ですが」
「平和産業への転換です」
大砲や武器弾薬を生産していた工場群を平和産業へ転換させる事業を進めていた。
映画産業もその一つであり、これまで火薬を作っていた化学工場にフィルムを作らせている。
他にも様々な商品を製造しており、これらの工場から出てきた製品の紹介を行うのも、この博覧会の目的の一つだった。
そして昭弥は自社の製品をユリアに紹介するべく、パビリオンの一つに案内した。
「あ、社長」
そう言って昭弥を迎えたのは昭弥の秘書の一人で現在は錬金術師達と化学工場を経営している蛇人族のシュテフィ・シュランゲだった。
「やあシュテフィ。お客さんの反応はどう?」
「勿論、好評です。私たちの製品は最高ですから」
そう言ってロングスカートに入った深いスリットから、自らの長い足を出した。
ただの足ではない。真っ黒いストッキングで包まれた細長いスラリとした足だ。生足でも魅力的な曲線で見とれてしまうのだが、黒のストッキングでより魅力的に見えていた。
「凄い……」
「何を見ているんですか」
ユリアの冷たい声が昭弥の耳に届き、昭弥を凍り付かせた。
「いや、良い製品だと」
「足の間違いじゃ?」
「とんでもない! どうぞ手にとって見て下さい!」
白い目で見るユリアにそう言って昭弥は置いてあった白色ストッキングを渡した。
「化学工場で作り上げたレーヨンのタイツです。光沢があって滑らかで染めやすい良い製品ですよ」
昭弥はまくし立てて製品を紹介した。
「確かに肌触りが良くて光沢があって良い製品ね。まるで絹みたい」
「でしょう」
「でもこれ布とは違うのね」
「はい、編み物です。新たな機械を使って編み物にして伸縮性を向上させてみました」
織物と編物は似ているが全く違う。
織物が縦糸と横糸を交差させて作り出すのだが、編物は一目毎に結びつける。それを機械で行い大量にタイツを生産できるようにした。
「本来ならオーダーメイドで何ヶ月もかかるモノよ」
「それが機械によって一日に何足も作れます」
大量生産されるレーヨンを使って大量にタイツを生産することが可能だった。その勢いで昭弥はユリアを丸め込もうとする。
「昭弥! これどう!」
ようやくユリアを丸め込めると思った瞬間、奥から黒の全身タイツを着たティナが乱入してきた。
全身の凹凸を全て隠し身体の曲線のみを強調しており、非常に艶めかしい。
ティナは虎人族であり、身体的に能力が高い。筋肉と脂肪のバランスが良く、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。
そのため、より官能的だ。
しかも頭からピョコッと出ている耳と、お尻の近くから出ている虎柄のシッポがユラユラ動いて余計に心が揺れる。
止めに大きく腕を上に伸ばしているため、正面のモノがより強調されている。
「……禁止ね」
その姿を見たユリアはポツリと呟いた。
「こんな破廉恥なモノは社会に出せないわ。販売禁止ね」
「げっ」
それを聞いた昭弥は顔が真っ青になった。
「いや、それはどうかご勘弁を」
「……昭弥はこんな破廉恥なモノが好きなんですか?」
汚物を見るような目でユリアは昭弥を問い詰めた。
「いや、ようやく製品化できて売り出す目処が立ったんです。生産の出来ていますし後は売り出すだけなんです」
「こんな破廉恥なモノを?」
そう言ってユリアはティナを見ながら尋ねた。
「足下のタイツだけです。全身は殆ど売りませんよ」
「やっぱり売る気なんですね」
「そりゃ、製品ですから。けど、これで従業員が食べていけるんです。戦争ばかりでお洒落できませんでしたから、これなら女性の方々も直ぐに手に入れられると思うんですよ。ドレスもありますし販売中止はどうか勘弁を」
そう言って昭弥は必死にユリアを思いとどまらせた。
「……仕方ないですね」
「ありがとうございます!」
などというハプニングがあったが、博覧会は順調に進んでいた。
かつてルテティアでの博覧会開催の経験もあり、多少の渋滞や行列は出来ていたが、無事に進行していた。
ただ、異変としては開催期間中、ユリアがずっとアルカディアに滞在していた事だった。
確かに皇帝が帝都を離れることは多い。
帝国各地の視察や遠征のために離れる事はこれまでも多々あった。
だが博覧会で離れるのは初めてだ。
博覧会が帝国で行われた事はないので何とも言えないが異常事態である事は確かだった。
そしてその理由が判明したのは、博覧会の閉会宣言においてだった。
「本日をもって博覧会の閉会を宣言致します。そしてアルカディアへの遷都を、ここに宣言します」