帝国博覧会
「アルカディアで帝国博覧会を行いたいと思います」
ブラウナーと話した翌日、昭弥は閣議で発表した。
「どうしてそうなるのだ」
反対派閣僚を代表して内務大臣のアポロドロスが文句を言う。彼だけでなく閣僚の多くが懐疑的な目で昭弥を見た。
財政が逼迫している中で、お祭りのような浪費を行う事が重要だとは思えなかった。
確かにお祭りをやれば帝国市民は喜ぶだろうし皇帝の支持も大きくなる。
だが財政逼迫の中でやるようなことなのだろうか。
閣僚は懐疑的だったが昭弥は恐れずに計画の利点を伝えた。
「利点としては帝国各地の産物を一堂に展示することで各地の商品を紹介することが出来ます。様々な製品物品がある事を知ることで取引が生まれ帝国全体を活性化させるのが目的です」
「だが予算はどうするのだ?」
「現在、復員が始まっており軍の戦時予算が執行されず余っているはずです。その予算を流用します」
「まあ、致し方ないじゃろうな」
軍務大臣のヴィルヘルミナが溜息を吐きながら認めた。
軍の規模が縮小しつつあり未執行の予算が出始めていた。国庫に返還し役に立つ産業分野に送った方が良い。
「しかし、どうしてアルカディアなのだ。帝都ではダメなのか?」
アルカディアは帝国本土の中でも東側、レパント海の東端にある町で、旧トラキア領、現在は帝国直轄領となっている。
ルテティア王国が租借権を持っており、鉄道の貨物港として整備されていた。
「確かに帝都は人が集まる場所です。しかし新たなパビリオンを建設するには帝都では狭すぎます」
七つの丘を持つ丘陵地帯に作られたのが帝都なのだが、平坦な土地が少なくなっている。
とても短期間に大規模な開発を行える大規模な平地が無い。
「中心部は人が密集しすぎている上に、遺跡が多いので建設は難しいです」
更に帝都はインスラ、高層住宅が多く利害関係が複雑で交渉が難しい。さらに帝都は幾度も地震が襲ってきた為に幾度も建物が倒壊している。その度に倒れた建物の上に新たな建物を建設してきたため、地面の中が遺跡だらけだ。中には貴重な遺跡や聖域もあるため下手に手を出せない。
「アルカディアは沿岸部こそ港が建設されていますが近隣に土地があり、そこにパビリオンを会場にすれば短期間で建設できます」
「それならば他でも出来るであろう」
「アルカディアは東方との交易路の途上にあり、東方の産物を紹介することが可能です。また東方にも帝国の製品を紹介することも出来ますので、帝国からの輸出を増やすことが出来ます。その点では東方との交通の便が良いアルカディアで行うのが良いと考えます」
現在帝国の東方への連絡口は、アルカディアとチェニスの連絡線、セント・ベルナルド峠、北方のティベリウス領を越えていくルートである。
その中で最も大きいのはアルカディア―チェニスの連絡線だった。
昭弥の提案には見るべきモノがあった。
「それでも西の端過ぎないか?」
「先の戦争で帝国は東方に領土を拡大しました。東方の住民に帝国の力を見せつけるためにも東方近くで行うべきだと考えます」
戦争で九龍と更に周の一部を手に入れていた。
編入してからまだ日が浅く、反乱の兆しさえある。
そこで交流を盛んにして帝国につなぎ止めることも目的にしている。
「しかし、そんな辺境の大地で出来るのかね」
昭弥の意見になおもアポロドロスが難色を示す。
「資材類は、アルカディア近辺の工場で組み立てます。またルテティアから連絡線を通じて資材を輸送することが可能です。レパント海に面しているため帝国中から物資を陸揚げすることも可能です。さらにアエギュプトゥスからの鉄道を使い食料の供給も可能です」
「労働力はどうするのだね」
「軍の復員兵を使います。彼らに仕事を与える事も出来ます」
「しかし、博覧会を開く意義はあるのかね」
「帝国各地の産物を一堂に会すことで商取引を活発化させます。恒久的に取引が行われれば帝国の収入になります」
「そのような催し物の前例は無いぞ」
「ルテティアにおいて万国博覧会が開かれました。その経験を生かせば大丈夫です」
戦争前に昭弥の発案で行ったルテティア万博。入場者が多くなったことによる混乱があったものの大成功を収めた。
ルテティアと帝国諸国、東方諸国との貿易を増やし、ルテティアに更なる富をもたらした。
それをもう一度行おうと言うのだ。
「では、採決を取りましょう」
帝国宰相であるガイウスが発言した。
「博覧会開催に賛成の方、ご起立を」
立ったのは帝国宰相、宮内大臣、鉄道大臣、商務大臣、農務大臣、大蔵大臣、外務大臣、軍務大臣の八人。
座ったままだったのは内務大臣、司法大臣の二人だけだった。
「な……」
「賛成多数で決定致します。担当大臣ですが発案者の鉄道大臣にお任せすることにします」
こうして帝国博覧会の開催が決定した。
「無事に終わった」
「お疲れ様」
閣議室から出て安堵の溜息を吐いている昭弥にラザフォードは声を掛けた。
「ああ、ありがとうございます。根回しの方、お任せして」
「なに、簡単なことさ」
そう言ってラザフォードは肩を竦めて見せた。
帝国宰相と軍務大臣は自分たちの仲間なので問題なかった。残りの大臣をどうやって説得するかが鍵だった。
商務大臣は博覧会の成功で商業が盛んになる事をほのめかして賛成に回した。
農務大臣も産物の取引が盛んになる事を示唆して賛成を取り付ける。
大蔵大臣も同じで帝国での産業育成が国の税収を高めると説いたら賛成に回った。
外務大臣は博覧会の成功が帝国の威信を高め外交を成功しやすくすると諭したら賛成してくれた。
軍務大臣も復員者の雇用の受け皿になると聞いて賛成に回ってくれた。
懐疑的だったのは他の大臣が昭弥の提案に賛成するか不透明だったからだ。
「しかし、内務大臣を外して良かったんですか?」
「難しいよ。内務大臣は。引き入れたらメチャクチャになる」
内務大臣は、他の省庁が管轄していない分野をほぼ全て担当している、と言って過言ではない。
街道の整備や上下水道の整備、警察など多くの事を行っている。
「町の整備も内務省の管轄だからね。この博覧会は事実上、町を作るようなものだから必ず横槍を入れてくる。それを阻止する為にも反対させる必要があった」
大規模な町を作るような規模の博覧会の為、内務省が介入してくる。それを防ぐ為に内務省に反対させて余計な口出ししないように黙らせておく必要があった。
「それに後々の計画を完遂するには反対する人間が少ない方が良いだろう」
「まあ、そうなんですよね」
昭弥は渋々認め、挨拶を終えると鉄道省に向かった。