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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第三部 第二章 帝国再建
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買収

「まずいな」


 工場見学の翌日、帝国本土で読まれつつある新聞を読んでいたブラウナーは唸った。

 鉄道による輸送網と電信、電話網、そして印刷業の発達によって多くの情報がやりとりが出来るようになり、新聞を発行する会社が増え始めてきていた。


「どうしたんだい?」


 執務室で準備をしていた昭弥がブラウナーに尋ねた。


「私鉄や領邦鉄道で買収反対の声が上がっています」


 紙面には


 鉄道買収反対。

 買収法を廃止せよ。

 玉川大臣は盗人と同じだ。


 などの文言が並んでいた。


「ああ、先日発効した鉄道買収法だね」


 鉄道買収法とは、鉄道省と今後出来る国鉄が、帝国政府の定めた帝国鉄道整備計画に従い計画線上にある私鉄と領邦鉄道を買収若しくは強制収用出来るとするものだ。

 その対象となる私鉄や領邦鉄道の関係者が反対の声を上げはじめ、新聞に論説を投稿していた。


「収用の準備は始めているよ」


「ですが反発されて大丈夫なんですか?」


「帝国鉄道鉄道整備計画を遂行するには必要な法律だよ」


「それは分かっていますが」


 帝国鉄道整備計画は先日、昭弥が閣議に提出して認められた整備計画だ。

 帝国の主要都市を結び帝国全土を覆う鉄道網及び、その付属施設を建設整備する計画だ。

 この計画が完遂すれば帝国の大部分の領域が理論上何処からでも一週間以内に到達できるようになる。


「先帝の時代にアホ共が帝国の線路を民営化とかほざいて売却して各地の鉄道網を分断しやがった」


 鉄道網は一つに繋がっていることで意味がある。各地で分断するのは鉄道輸送を阻害する一大要因でありしてはならない。

 昭弥にとって分割民営化など馬鹿の所行としか言いようが無かった。


「お陰で再買収に苦労するはめになっているよ」


「そうなんですか。でも本当に必要なんですか? 線路は繋がっているでしょう。違う会社でも列車が通れるなら問題無いのでは」


 そういうブラウナーに昭弥は手元の資料を見せた。


「軍務省が出してきた鉄道運賃の支払いの一例。帝国の西の端から走って前線へ向かう列車と帝都から前線に向かう列車に掛かった費用」


 その金額を見てブラウナーは驚いた。


「馬鹿高いじゃ無いですか」


「そ。王国鉄道で同じ距離を走るより四倍以上の費用だね。酷いと十倍くらいになるかな」


「どうしてこんなことになるんですか?」


「初乗り運賃が高いんだよ。長距離だと運賃逓減が適用できるし」


 鉄道は多くの費用が掛かる。線路の建設費、車両の購入費、職員の人件費など様々だ。

 それらは運賃収入で賄うのだが、それらの費用を確実に取る必要がある。

 そのため、初乗り運賃を少し高めに設定し乗車距離が伸びるに従って徐々に運賃が上乗せされて行く方法となる。

 初乗りに様々な初期投資や固定費の費用が含まれる事になるため、どうしても高くなる。

 長距離になると確かに高くなるが、距離に比例して経費が増えることを考えるとまだ納得出来る。


「けど、幾つも鉄道会社があると、それぞれの鉄道会社は自分たちの初期費用や固定費を賄う為に初乗りをそれぞれ設定する。そして鉄道会社を利用する度に新たな初乗り運賃が掛かる。それがドンドン嵩んで行く。結局最終的な運賃が高くなるんだ」


「なるほど」


「おまけに、支払う経費の計算が本当に面倒なんだよね。利用回数も運搬量も多いから」


 日本で明治期に私鉄買収が進んだ理由の一つに戦争の時、鉄道輸送の運賃の支払いが凄く面倒だったため、と言う理由がある。

 日清戦争の時に懲りた政府が鉄道会社の買収に入ったが予算不足で断念。買収できるのは日露戦争後だ。


「だが、帝国内を単一の鉄道会社、鉄道省とこれから出来る国鉄が帝国全土を覆えば一回の初乗り料金で済む。あとは距離に比例して運賃を上げて行けば良い。長距離逓減制度を作れば更に安く済む。これは多くの人が喜ぶだろう」


 日本も明治期に多くの私鉄が出来たが、乗り換えの度に初乗り運賃が掛かって輸送費用が嵩んだ。だが私鉄が買収され鉄道院が発足したことにより初乗り運賃の加算は最小限で済んだ。更に遠距離逓減制度が採用され最大二三パーセント割り引かれた。


「確かに、これだけのメリットがあれば納得出来ますね。買収される鉄道の経営者を除けば」


 この政策で一番の被害を受けるのが買収される会社の経営者だ。

 経営層は少ない方が良い。彼らに払う報酬が多くなるからだ。

 彼らはよほど優秀でなければ鉄道省もしくは国鉄に入る事が出来ない。

 現場の実務者は必要だろうが中間管理職として入る事を良しとしないと入れない。


「彼らが説得に応じますかね」


「最悪、収用すれば良いだけだよ。キチンと適正な買収額で買収するし」


「今書いているのは、その準備ですか?」


「そうだよ。この前の会議で事前の準備が必要と分かったからね」


「そうですか」


 事前に準備や根回しをしておく重要性を昭弥が知ってくれてブラウナーは安心した。


「で、どんなことを書いているんですか?」


「買収を申し込んできた私鉄や領邦鉄道を値切ったり、断るための文言の案」


「一寸待てい!」


 思わずブラウナーは昭弥を罵った。


「買収反対を表明する連中が多いのに、そいつらからの申し出を断る文言を考えているんですか」


「そうだよ」


「いや、説得するのでは? というよりこの状況で向こうが買収を求めてくるなんて考えられません」


「安心して大丈夫だよ」


「本当ですか」


 魔法のある世界だが、占いや未来の予言は殆ど当たらない。

 まるで予言者じみた言動を言うのは頭のおかしい人間と決まっている。

 ブラウナーにも昭弥がその同類に見えた。

 だが、ブラウナーの考えは直ぐに誤りであったことが証明された。




「どうか我が社を買収して貰えないでしょうか?」


「ですがこの買収額ですと高すぎます」


「そこをなんとか」


「ですが買収額は決まっていますし、ごねた後で割高で購入したとなると元老院が」


 一月もしないうちに昭弥の大臣室は買収を求める鉄道会社の経営陣で溢れる事になった。

 中には激しく昭弥を紙面で罵った経営者も頭を下げて懇願している。

 彼らに対して昭弥は条件を突きつけて買収を認めさせた。


「しかし本当にやって来ましたね」


 ブラウナーは先日の昭弥の言葉が現実になった事に驚いていた。


「どうして買収を求めてきたんですか?」


「じゃあ、どうして彼らは買収に反対していたんだろう?」


 質問して逆に尋ねられたブラウナーは少し考えてから答えた。


「儲かるからですか?」


「そう、鉄道というのは儲かる。運ぶ物が多ければ多いほど儲かる。そして戦争だと運ぶ物が多くなるから更に儲かる」


 戦時だと軍需物資の輸送、その原材料の輸送、戦場へ向かう兵士の輸送など輸送するモノが多い。

 そのため各社共に増収増益を記録した。


「けど、戦争が終了したらどうなる?」


「軍需は無くなりますね」


「そう軍も縮小するからね。収入が激減する。経営状態は厳しいだろうね」


 軍の要求に応える形で車両を増やしたり、人員を増やしたところも多かった。

 そして、戦争が終了して運転数が少なくなった今、人員と車両は完璧に余剰となり経営を圧迫している。


「だから何とか倒産を回避しよう、あわよくば雇用されようと鉄道省に合併を申し込んできたんだ」


「よく分かりましたね」


「まあね」


 第一次大戦後のドイツでいたような事が起きていた。ドイツ帝国に国鉄は無いと言って良く、各領邦が独自の鉄道を持っていた。統一話は何度もあったが実現したのは第一次大戦後、戦後不況で各鉄道が減収減益したためだった。


「でも不要な路線もあるからそれらを断る必要があるんだ」


「え? 総延長が長いほど良いのでは?」


「その分、保線や管理の費用が掛かるんだよ。短距離で大量の需要がある場所の方が経済的だね。遠距離へ大量の物品を運べるけど収益を考えるとその方が良い」


「では、どうして帝国中を結ぶ鉄道網、国鉄を作ろうとしているんですか?」


「簡単に言うと各地を結ぶことが重要なんだ。帝国が一つに纏まるためにね」


 これまでは一つの帝国と言っても各地方で独自の経済圏、生活圏が出来ていた。

 一つの領地、あるいは町とその周辺、そして多くの農村、それらの単位で完結していた。

 勿論街道で結ばれ通商もあったが、非常に小さいモノだった。

 だが鉄道が出来た今は違う。

 短時間で遠距離へ大量の物品を運べる。


「北の端の魚介物を塩漬けにするために南の海で作った塩を運び、出来た塩漬け魚を西の端に運んでワイン職人達が食べる。職人達が作ったワインを東の端に運んで開拓民の喉を潤し、彼らが作った野菜が、南の端で塩を作る人々の口に入る。そんな事も可能だ」


「でもそんな事が起きているのですか?」


「今はないだろう。けど、似たような事は起きつつある。そして、国鉄が出来なければそんな未来は絶対に起きない。東西南北の物流と人の交流が大きくなるように準備する基盤、それがインフラさ。誰でも利用できるように準備しておくのが国鉄を作る目的だ。もっともしばらくの間は隣の領邦同士を結ぶだけになりそうだけどね」


「そうですね。何時になったら北の端と南の端で物流のやりとりが出来るようになるか」


「まあ、方法は考えてあるけどね」   

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