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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第三部 第二章 帝国再建
369/763

工場

 戦争が終了して数ヶ月経ち、リグニアに平和が訪れ


「コラ! 休むな! 増産体制は維持しろ!」


 なかった。

 確かに周との戦争は終わっていたが、戦時量産体制は残ったままだった。

 工場の生産現場は戦場、いやそれ以上の修羅場だった。

 流石に検査工場での生産はやっていなかったが、各地の機関車生産工場では二十四時間三交代の生産体制が続いていた。

 途中で休みを挟みつつ八時間シフト交替で製造、組み立て作業を行っている。週五日、二日間の休みを挟んでシフトが変わる。二日間は工場の清掃や機械の整備調整にあたり生産体制を保証する徹底したやり方。

 それまで大砲を作っていた工場も元の機関車工場に戻したり、大砲工場だったのを機関車工場や車両工場に切り替えたりしていた。

 だが、それでも既存の工場では足りないため帝国各地に新設工場を作っている。しかし、それでも足りず更なる増産体制が敷かれていた。


「……凄いですね」


 帝都近くに新設された機関車工場の見学に来てブラウナーは驚いた。

 広大な敷地に大きな建物。内部に柱は無く、大きな部品を移動させるのに都合が良い。

 天井近くにクレーンがあり、止まること無く部品を輸送して行く。

 部品を組み付けられた機関車が前に進み次のゾーンに移り違う部品を取り付けて行く。

 正に流れ作業。

 一人一人の作業によりどしどし部品が取り付けられ機関車が形作られて行く。


「製鉄所を帝都に近くに作ったからね。その鋼を使って大量に生産するんだ」


「帝都近くには幾つも工房がありますよ」


「一度に精々数台を三ヶ月かけて作るのが精一杯だ。ここだと一日に一両は機関車が製造できる」


「すごい、では工房はお払い箱ですか?」


「いや、工作機械を貸し出したりして部品を作って納入して貰っている」


「しかし、そんなに機関車が必要ですか?」


「必要だよ。と言うより、まだ足りない。初期だけでも本当に足りない」


「車両数は十分にあるんじゃ?」


「大半が使い物にならないんだよ」


「どういう事ですか?」


「機関車のタイプが多すぎるんだよ」


 現在、旧王国鉄道、現鉄道省では標準軌用だと七種類程の機関車しか製造していない。

 ここの部品のマイナーチェンジや戦時量産型の生産が行われているが、研究実験用を除いて、それ以外は作っていない。


「タイプが多いほど使い道が多いのでは?」


「管理が大変なんだよ。運用とか整備とか」


 複数のタイプの機関車があると部品の調達が大変だ。そして、部品の管理も大変になる。

 部品の管理も大変で、長い間使わずどのタイプのどの部品か分からなくなる。

 日が暮れるまで合う部品を探したが、種類が多すぎて見つからなかったという事態になりかねない。

 だが使用する機関車のタイプを同じにしておけば在庫の部品を全て使用することが出来る。最悪の場合、故障した機関車同士で無事な部品を掻き集めて運転可能な機関車を拵えることも出来る。


「なのに帝国鉄道には把握しただけで一〇〇種類以上の機関車が有るんだ」


 鉄道は新しく出来た製品であり産業だ。

 そして技術の集積であり技術的基盤があれば新規参入する事は比較的簡単だ。勿論高性能な機関車はそれ相応の技術力が必要だが、低性能なら技術と機械さえあれば作れる。

 そのためITバブル時代のソフトメーカーのように機関車の製造メーカー、工房が多数現れ各地で製造し走っていた。

 しかも工房で作られた機関車は職人的なこだわり、前より良い機関車を作ろうという気概なのか、一台一台作りが違う。

 つまり同じ型のハズなのに全てオリジナルという訳だ。酷い物になると、その機関車にしか使われていない部品さえある。

 作った工房、工場の近くで運用されているなら問題無いだろう。だが、遠隔地で故障したら、その機関車は動かない。

 まして本線上で停止したら他の列車が動けなくなってしまう。

 特別なオンリーワンなど各地で活躍する機関車には不要だ。

 工業規格などという概念さえ存在しない時代の機械は本当に困る。


「そうした雑然とした列車を排除するために、大量の機関車が必要なんだ。だから粗製濫造、もとい戦時量産型機関車の製造が続いているんだ」


「粗製濫造って……」


「数が必要なんだよ。だから生産性優先で多く作るため性能や整備性、耐久性を落としているんだからね」


 例えば工作精度。

 全ての部品は設計図通りに作れない。

 二センチの円筒を作るにしても、零コンマ幾つのレベルで誤差がある。

 製品製造では、そのような誤差を許容する範囲、寸法公差が決められており、寸法公差の範囲内であれば合格としている。

 厳密な規格にすれば良い製品が出来るが、やり過ぎるとコストも時間も掛かる。

 だが戦時量産型では生産を良くするために寸法公差を大きめにした。

 その為、がたつきが発生して乗り心地が悪くなる上、部品が暴れるなどして周りを損傷する可能性が高い。

 つまり、耐久性が悪くなる。

 他にも蒸気をはじめとする流体は滑らかな曲線を描いたパイプ内なら最少の損失でエネルギーを伝えるが、カーブのあるパイプを作るのは難しい。

 そこで簡単に製作できる直角のパイプで代用する。当然エネルギー損失が大きくなり性能は低下する。

 部品の露出を避けるためパネルで覆うのだが、ネジを回すのでは時間が掛かるので鋲を打ち込むだけにして固定する。

 だが、開ける時は鋲を壊す必要があるため整備で開けるのが難しい。

 他にも予め部品を取り付けて大きなブロックにして最後に全てのブロックを繋げるようにした結果、一部の部品が通常では手が届かなくなってしまった。

 以上のような事があるため、整備性が低下した。


「故障したらどうするんですか?」


「故障する前に廃車する」


 新車で買って初回車検直前に廃車にするようなものだ。

 それまでひたすら酷使するだけだ。

 実際、戦場での酷使が酷すぎて戦地から帰ってくると直ぐに廃車にした例がある。

 王国鉄道で最初に作った機関車が、今も現役で運転中なのに後で製造された戦時量産型が一年ちょっとで廃車となり代わりの量産型が製造され配備されるという事態が多発した。


「一挙に廃車という事になりませんか?」


「一時的な措置だよ。兎に角、数が必要なんで手っ取り早く製造して数を揃えないと国鉄発足までに必要量を調達できない」


 少量多種の機関車を廃して標準型に統一した機関車を運用することで効率の良い運転を昭弥は目指していた。


「廃車になるのは戦時の運用が過酷すぎるという理由もあるしね。通常の運用なら整備や点検も行えるから損失は低く抑えることが出来るよ。それに通常使用の機関車の配備も順次進めている。こいつらは耐用年数が長いから直ぐに廃車することはないよ。それに新型の機関車も製造予定だから大丈夫だ」


「そうですか。しかし、工員とかよく手配できますね」


「どういう事?」


 ブラウナーの言っている意味が分からず、昭弥は聞き返した。


「いや、人を集めても機能するように動かすには訓練しても日数が掛かりますから」


 古参兵の役割の一つに新兵の教育がある。

 ブラウナーも新兵の時期を過ぎると後輩を教育指導する古参兵となり教えるのだが、これが大変だ。世間とは全く違う規律がある軍隊についてしっかりと教える必要がある。

 数百人の規模になると更に大変だ。

 どんなに準備しても必ずほころびが出てくるし命令伝達に時間が掛かって遅れたり状況把握がしっかり出来ず、行動が遅れる兵士が出てくる。

 だが、この工場を見る限りそのような事は殆ど無い。僅か一月ほど前に稼働を始めたとは思えない程、整然としていた。


「何か秘訣があるんですか?」


「簡単さ、王都の工場から来て貰ったんだけど、各ラインから選抜しただけだ」


「優秀な人をですか?」


「いや、技量は一定以上、一人前に仕事が出来るくらいが基準で特に優秀な人を連れてきたつもりは無い。彼らが抜けた分の穴を埋めるために新人を配属させる必要があるので全員を引き抜く事は出来ません」


「じゃあ、どうやってこんなに規律正しく出来るのですか?」


「作業をキッチリ分担しているからですよ。特定の仕事以外は行わないように分担しているので覚えるのが早い。で作業に直ぐに慣れる」


「しかし、やる気を引き出すのは簡単ではありませんよ」


 幾ら単純な作業でも士気、本人のやる気を引き出すのは簡単では無い。士気の維持にブラウナーは軍隊時代に本当に苦労した。


「それは簡単です。選抜したから」


「選抜?」


「ええ、各ラインから引き抜かれたことで自分が特別だと認められたと彼らが思い込んでいるからですよ。で、仕事に熱が入っているんですよ」


 産業組織心理学という学問がある。

 この学問が出来る切っ掛けになったのは、とある工場で行われた実験だった。

 工場内の照明の明るさと生産量が比例するか、という仮説を確かめる実験で特別にラインを作って実験した。

 初日から三日間は照明を徐々に明るくしてゆき、生産量が増えるか調べた。結果は三日間とも上昇を示した。そして四日目は逆に照明を暗くした。もし照明と生産量が比例するなら暗くすると生産量が減るはずなので、仮説が正しいと証明できる。

 だが、結果は逆で前日より生産量が増えていた。

 照明や工場の機械とは関係無しに生産性に関わる要素がある事が判明した。

 そして、産業組織で働く人々の心理を調べる学問、産業組織心理学が生まれた。

 昭弥が実行したのは、その切っ掛けとなった実験から導き出された理論の実戦だ。

 各ラインから選抜されたことで自分が優秀だから選ばれたと作業員が思い込み、自ら期待に応えようと頑張っていたのだ。

 実際は、実験の為に作業員の習熟度で結果が変わらないようランダムに選ばれていただけにもかかわらずだ。

 一寸したやり方の違いで生産性が大きく変わるのだ。


「あ、この事は作業員の人には内緒ですよ」


 最後に昭弥はブラウナーにそう言って工場をあとにした。


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