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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第三部 第二章 帝国再建
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議長死去

「只今戻りました」


「セバスチャン」


 部屋に入って来た元ラザフォードの執事で、今は自分の執事をしているセバスチャンを昭弥は迎えた。


「どうしたんだ?」


「ラザフォード様の命令で下男に化けてコスティア様を監視しておりました」


「どおりで見えなかった訳だよ」


 執事だが元盗賊で情報収集や潜入が得意なセバスチャンにはもってこいの命令だった。

 自分の執事を勝手に使われるのは嫌だが、適任だと昭弥は思った。


「お疲れ様。それでどうだった?」


 気を取り直してセバスチャンをねぎらいつつ昭弥は尋ねた。


「ラザフォード様の予想通り、トラキア侯爵はコスティア様の元へ行きました。そこでお二人だけで話し合われました」


「で、内容は?」


 ラザフォードが尋ねるとセバスチャンは答えた。


「……コスティア様がユリア様に帝国皇帝の位は相応しくない、と」


「うわあ……」


 前夜あれほど激しくユリアを抱きしめていたのに、離れると陰口を言うコスティアに昭弥は呆れた。


「で、トラキア侯爵は?」


 平静を装いつつも昭弥は内心の怒りでセバスチャンを急かした。


「はい、トラキア侯爵も賛同し、もしユリアに対抗して皇位継承者として出てくるのなら元老院は承認する、と」


「そんな事が出来るのか」


「欠員の議員が多いからね」


 昭弥の疑問にラザフォードが答えた。


「元老院で欠員が出た場合、議長が代わって投票することが出来る。緊急時の例外規定のようなものだが、皇位継承の重要な事態だから認められるだろう」


「良いんですか? そんな事したら自分の支持者以外を皆殺しにして皇位継承する事も可能ですよ」


「一時的な臨時処置だよ。改めて正式な元老院を開いて承認されれば問題無い」


「となると、元老院の過半数はコスティア様の方に行くのでは?」


 元老院の勢力図を見て昭弥は尋ねた。

 微妙な差だが反ユリア派の方が多い。議長が欠員の分を入れたら押し切られてしまう。


「そうだね。それでトラキア侯爵は?」


「はい。その場ではコスティア様の言葉に賛同し支持を表明。……ユリア様を登極させないようにすると約束を」


「どうしたの? 他にも話した事があるのでは?」


 口ごもったセバスチャンを見てユリアが促した。


「私の事は気にせず、寧ろ事実を伝えて」


「……はい。東方の野蛮な田舎娘に皇帝の位は似合わない……」


 部屋の中にいた全員の表情が険しくなった。


「あ、済まない。報告しただけだよね。言ったのはトラキア侯爵で」


「は、はい」


 全員に睨まれて縮んだセバスチャンに昭弥が最初に謝った。


「で、どうなった?」


「はい、トラキア侯爵は承認を約束すると馬車に乗ったのですが」


 セバスチャンは昨夜の出来事を伝えた。




「本日は良いお話しが出来ました」


「ええ、有意義なお話しが出来て嬉しいですわ」


 コスティアとトラキア侯爵の話しは終わり、トラキア侯爵が屋敷を辞することにした。

 だが玄関先で馬車を待っているときにトラキア侯爵が、コスティアにふと尋ねた。


「一つだけ懸念が、あの野蛮な田舎娘が先帝のようにコスティア様の暗殺を企てないか心配なのですが」


「ご心配なく。私は少々剣術に親しんでおります」


 そう言って家来にレイピアを持ってこさせ握りしめると目にも止まらぬ速さで抜き、玄関脇にあった天使の銅像の胸に鋭い突きを放った。

 銅像の中心に小さな穴が開き、反対側を見通すことができた。

 トラキア侯爵が呆気にとられている間にコスティアはレイピアを鞘に戻した。が、再びレイピアを鞘から抜くと再び銅像に向かって突きを放つ。

 今度は先ほど開けた穴に再びレイピアを寸分違わぬ精度で突き刺す。それも数回。

 レイピアの剣先は穴から外れる事無く吸い込まれるように入り込み再び鞘に戻った。


「……素晴らしい!」


 見事な剣技にトラキア侯爵は賛嘆の言葉を贈った。


「これならば卑怯な暗殺者も返り討ちでしょう」


 その時、馬車がやって来てトラキア侯爵は乗り込んだ。


「では、明日の元老院で」


「はい」


 そう言って扉を閉めてトラキア侯爵は馬車を出していった。

 異変が起きたのはトラキア侯爵が自身の屋敷に戻ったとき、反ユリアの議員達を集めて決起集会を行おうと馬車を降りたときだった。


「うっ」


 突然トラキア侯爵は左胸を掴み、そのまま地面に倒れた。

 慌てて使用人達が駆け寄ったとき既にトラキア侯爵は事切れていた。




「以上が状況報告です。トラキア公爵家では急病と言うことにしていますが」


 セバスチャンの報告を受けて聞いていた昭弥達は沈黙した。


「死因は分かるか?」


 ラザフォードがセバスチャンに尋ねた。


「公爵家の侍医が検死した所、胸に刺し傷があり動脈を貫いていました。屋敷に着いたときに裂けて大量失血による死亡です」


「使用人か同乗者に刺し殺されたのか」


「いいえ。侯爵以外に誰も乗っていませんでしたし、使用人も怪しいそぶりはありませんでした」


「コスティア様か……」


「え?」


 思わぬ名前に昭弥は疑問符を浮かべた。


「いや、送り出しただけで何もしていないでしょう」


「いや、レイピアの技を突き詰めるとその場で突き刺しても鋭すぎて傷が直ぐには開かず、暫く経ってから開くことがある。達人級で無いと無理だが」


「コスティア様は出来ると」


「ダキア王国で前国王が亡くなったあと、跡目争いが起こって宮殿内で乱闘になったが、コスティア様が全員倒して女王になったとか」


「他の連中が弱かったんですか?」


「ダキア王国は辺境に近く蛮族との戦いがひっきりなしの国で実戦経験豊富な者が多い。王族でも前線で剣を揮って武功を立てた者が多い。山がちで森も多く接近戦が多いので剣術に優れた者も多い」


 ラザフォードの言葉に昭弥は蒼白になった。

 そんな猛者共を返り討ちにするコスティアは一体何者だ。何処でそんな武芸を身につけているんだ。


「いずれにせよ。元老院議長が亡くなったので、議会が開かれれば議長の選任だ。直ぐに我々の支持者が議員になれるように工作を進めることとする。議長は……多分病死と言うことになるだろう。証拠もないし、亡くなったのは侯爵の屋敷なので家の不名誉になるからな。対策のために席を外させて貰います」


「大丈夫ですか?」


 力なく言うラザフォードに昭弥は不安そうに尋ねた。


「皇帝即位に関しては問題無い。問題なのは即位後の対応だ。反ユリア派をコスティア様の元に結集させて一網打尽にするつもりだったんだが、議長が亡くなっては無理だ。コスティア様がほぼ唯一の対抗馬で自然と議長をはじめとする反ユリア派が集まると思っていたんだが、策が全ておじゃんだ」


 ユリアに次いで皇帝に近い位置だと、本人の意志がどうあれ反ユリア派が担ぎ上げてしまう。

 そこを狙って反ユリア派を一網打尽にしようとしたが、無意味となった。


「即位後に抵抗勢力となり多大な妨害行為があると思うから覚悟しておいてくれ」


「クーデターで黙らせるとかは?」


 思わず昭弥が口にしたが、昭弥自身も驚いた。自分が好戦的な台詞を吐くことにだ。

 多少目を見開いてラザフォードは驚いた。

 少々乱暴だが、反ユリア派をクーデターで処理するのは可能だ。元老院の制圧など現状では簡単だ。

 だが、ラザフォードは否定した。


「承認するのは元老院だ。そこを力でねじ伏せるのは帝国全土に反乱の芽を播くに等しい。多少の疑問があっても正式に元老院からの承認を得て即位した方がマシだ。抵抗勢力に遭いながら帝国を運営するのと、いつ果てるか分からない内乱。どちらがマシだ」


「抵抗勢力相手でお願いします」


 ただでさえ帝国は疲弊しているのに、ここで内戦となると余計に酷くなる。何より貧弱とは言え作られた鉄道網が破壊されることを昭弥は恐れた。


「宜しい」


 そう言ってラザフォードは席を立って部屋を出て行った。




 その後は正に回天と表現すべき様な日になった。

 侯爵家の混乱もあり、最初は急病でトラキア侯爵が倒れたと言う話だったが、いち早く真相を知ったラザフォードが中立派議員の元を訪れて議長死去を耳打ちし、直ちに他の議員に対して新議長の選任を迫るように説いた。暗殺に関しては今後問題になりそうなので伏せておく。いずれ分かるかもしれないが犯人不明な上、治外法権のある貴族の屋敷内のことなので真相は闇ということになるだろう。

 ユリア派の議員にも伝えて他の議員を説得して午後には元老院を開かせたが、議長がいないこと、急死を隠していると追求させ、ようやく議長死去が公表された。

 同時に元老院で議長の選任を行うように求め、その日のうちに可決成立し、議長選任が行われユリア派議員が選任されることになった。

 反ユリア派は抗議したが、コスティアと交渉していた当の議長が死去したため混乱。対抗馬として立てられなかった。

 更にコスティアも自ら立候補するような事は無く、寧ろユリアを支持したため反ユリア派は沈黙するしか無かった。

 そして議長として最初の議題として凱旋式の実行が承認された。

 凱旋式は戦勝を記念して元老院が行うものだ。共和制から続く伝統的な行事だが帝政に入ってから皇族以外で行われる事は希だ。

 つまり凱旋式を認められるということは元老院に認められたのと同じ事だ。

 凱旋式を行う事を承認するには正式な手続きを元に宣戦したこと、正々堂々と戦ったか、敵により多くの血を流させたかが基準となる。

 今回は講和前に行われた戦いに勝利した事をユリアは主張したが、元老院の承認無く戦争を勝手に行った私戦ではないかという主張があった。

 反ユリア派の議員が反対を唱えたが、その日から続々と到着する復員兵、東方遠征に参加した兵士がリグニアに上陸してきて町の各所に武装したまま駐留したことも元老院議員達への圧力となった。

 親ユリア派に対しても、力強い味方であると思わせると共に後になって裏切ろうと企んだときの抑止力として記憶に刷り込むためだ。こうした細かい芸当を予想外の事態に直面しながらも喜々として実行するラザフォードに昭弥は改めて呆れた。

 帝都に来る前にハレックに命じて復員を行わせ多くの兵士が帝都に行けるように手配していた。ただでさえ少ない軍用列車の利用にハレックは不満だったが、半ば脅して実行させた。

 彼らは戦場となった西原平原から列車に乗り込むと九龍山脈を越え、九龍王国とルテティア王国を横断、大アルプス山脈を越えてトラキアから船に乗り込み、やって来た。

 何千キロもの距離を一週間ほどの間に何万人も移動させた事は鉄道、ひいてはユリアの力を示すこととなった。


「インペラトール! インペラトール!」


 帝都に入ってきた兵士達は各所でインペラトール、最高指揮官を呼称して凱旋式の挙行を元老院に求めた。

 自分たちを生きて帰してくれたユリア、勝利をもたらしてくれたユリアを支持するというのだ。

 多くはユリアの地元のルテティア王国近衛軍だが帝国軍も一部帰還している。

 日に日に数を増してゆき、歓呼の声を上げてゆく彼ら復員兵を元老院は無視する事は出来ず、ユリアの凱旋式を認めた。

 さらにユリアの皇帝即位が承認され、名実共にユリアはリグニア帝国皇帝へ即位する事となった。

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