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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第三部 第一章 戦争終結
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講和の裏で

 私はエリカ・ゲイツ。寡婦だ。

 ルテティアの貧しい農家の娘として産まれた。

 夫のフランクも同じ村の生まれで幼馴染みとして一緒に過ごし自然と結婚した。

 だが互いに農民の次男次女で与えられる土地は無く村で農作業の手伝いを行って生計を立てていた。

 しかし鉄道により野菜の値が下がり収入が無くなって農村では私たちを雇う余裕は無く、日雇いの仕事も無くなってしまった。

 仕方なく夫は新たに出来た鉄道会社王国鉄道に就職した。

 当時の王国鉄道は鉄道の延伸を行っており従業員が足りなくて採用を増やしており、夫も直ぐに連結員として採用された。

 それからの生活は激変した。

 毎月決まった給与額がキチンと入ってくる。銀行の口座振り込みで現金を手にする機会は減ったが、通帳に記帳する度に残額が大きくなる事を喜んだ。

 子宝にも恵まれ五人の子供を得た。

 全てが上手く回っていると思った時、不幸は突然やって来た。

 夫が鉄道事故で亡くなったのだ。連結作業中運転手が作業員の手信号を見誤り、夫が車両の間にいるにもかかわらず発進させてしまった。

 会社から事故の報告があった後、棺に入れられた夫に別れを告げようとしたが、蓋を開けては貰えなかった。

 その翌日、自連替えが始まり夫のような事故は、ほぼ皆無となり夫は最後の犠牲者と言われた。だが、それでも私たちが夫を失ったことに変わりなく、ただ慣習に従って葬儀を行うだけで他は何も考えられなかった。

 夫の棺を墓に埋めた後、残された子供達が私を見た時、初めてどうしようかと途方に暮れた。

 たった一人、何の取り柄も無い貧しい農家の娘の自分がこれからどうやって五人の子供と共に生きて行けば良いのだろう。

 そんな時、一人の男性がやって来た。


「失礼します。鉄道共済会の者です」


 その人は王国鉄道が作った互助組織、鉄道共済会の職員だった。

 共済会は鉄道会社社員の給料から会費を天引きして、それを資金とし事故や病気の時に相互を扶助する組織だ。

 鉄道会社公認で遺族の支援も行っている。


「見舞金と遺族年金があります。あと、ご希望すれば会社に職を用意します」


 そう言って職員は私たちがこれから受け取る金額を書いた書類を渡した。

 見舞金と年金だけでも何とか一家六人暮らして行けそうだったが、少しは余裕が欲しかった。それに何かしていないと自分自身が狂いそうだったので、共済会に職を求めることにした。

 私が、あてがわれたのは駅の売店の店員だった。

 駅構内のサービス向上と収益金の一部を共済会の運営資金に充てるために駅の売店は共済会によって運営されている。

 最初は戸惑ったが徐々に慣れて仕事は軌道に乗った。子供達も共済会が運営する託児所に預けて仕事に行ける。子供も鉄道会社へ優先的に採用が行われており上の子達はいずれ駅員になるとか機関士になるとか言っていた。

 そのまま売店で売り子を続けても良かったが、新設の職が出来るので異動しないかと誘われて興味を持って行ってみた。

 新しい職は電信技士だった。

 電鍵と呼ばれるスイッチのオンオフで相手に通信を送る役職だ。スイッチを押す時間が長いか短いか、トン(・)ツー(―)の組み合わせで文章を送るのだが、覚えることがけっこうあった。

 文字を変換するのは直ぐに覚えられたが、鉄道の様々な略号を覚えるのに一苦労した。高速で運転する鉄道では短い時間で相手に情報を伝える必要があり多くの言葉が略されている。

 配属されたのが本社の電信室のため様々な部署から通信が入り、それらを略号から発信元と宛先を読み捌くのが大変だった。頭文字だけを並べた略号などは最初の名称とはかけ離れた言葉になったりもしているので随分見当違いの文章を作ってしまったこともあった。

 それでも量をこなすと自然と覚えてゆき、簡単にこなすことが出来るようになっていった。

 勤務時間は定まっていたし、子供とも触れ合えたので良かった。

 だが夫を失ったことに変わりはなかった。

 社長である玉川昭弥を怨まなかったと言えば嘘になる。

 自連替えの翌日、夫の葬儀に訪れた社長を酷く罵った。八つ当たりである事は分かっている。

 その後も社長は幾度か自分の仕事がてら電信室を訪れる事があり、その度に私を気遣ってくれた。勿論他の仲間と話したりもしていたし、自分の事、いや主に鉄道の事を話していたのだが気遣ってくれた。

 それでも時々、心の中に怨む気持ちが生まれたが、社長に救って貰ったのは確かであり感謝している。

 共済会を作ったのも社長であり、給料から会費を天引きされていることを知ってちょろまかされたと思いもしたが、お陰で自分たちは助かった。

 社長には返しきれない恩があり、怨むのは筋違いだ。

 だが、怨んだことが罪であるとしても、その罰がこれなのは重すぎると私は思う。




 今エリカは電信機の前で一本の通信を待っていた。

 横には社長がいるが本社時代も各部署への通信のために、よく電信室に入っていたのでエリカは気にしていない。

 問題なのは後ろにいる方。

 ルテティア王国女王いやリグニア帝国皇帝となるユリア陛下だ。勇者の血と力を受け継ぎ、万の軍勢を一撃で葬ると言われる方だ。

 そのユリア陛下がエリカを睨み付けていた。

 万の軍勢が滅びるならエリカの身体は一瞬でこの世から消滅する。そう思うと、ただの視線でも破滅的な力を持っていそうで、恐怖のあまりエリカは身を強ばらせた。


「そう睨み付ける必要は無いでしょう。向こうの事情もありますし、電信員の方もキチンと仕事はしますよ」


 そう言ったのは軍務大臣のラザフォード公爵だ。エリカの緊張を解そうと最後の一言を付け加えたのだろうが逆に緊張する。

 他にも参謀本部のトラクス大将や王国銀行総裁のシャイロック、帝国宰相ガイウスなど王国と帝国の重鎮が部屋に詰めており、エリカを見ていた。

 エリカにとって雲の上の方々で、全く接点の無い人達だ。

 そんな人達が自分の一挙手一投足を見ているため、エリカは身動き一つ出来ない状況だ。

 先ほどのラザフォード公爵でさえ自分に視線を向けている。

 勿論彼らが求めているのはエリカでは無く、送られてくる電信であり、エリカはそれを受け取るためにいるのだ。

 だからこそ、彼らはエリカを見ていた。

 何故このような状況になったかと言えば、戦争で電信技士が足りないため会社から軍に派遣する電信技士を募集していたからだ。

 短期間の派遣とのことで入ったのだが、技士の人数が少なすぎた。

 一人前になるのに才能と数年の期間を要する魔術師と違って三ヶ月という短期間でエリカのような素人でも育成できる電信技士は多い。だが、戦線の拡大でカバーできる範囲を超えていた。そのため、派遣期間は守られたが毎月のように九龍へ行くことになってしまった。

 そして数が足りないので新人が次々と入ってくると仕事量は減ってくるはずだった。しかし、腕の良いベテランは少ないし信頼できる技士は更に少ない。

 戦争前から本社の電信室で活躍し実績のあるエリカに大本営付が命じられた。

 知り合いの玉川大臣ならともかく、他の帝国中枢人物がいる中での仕事はストレスが大きい。役職手当を貰っているが、そんな物は叩き返して今すぐ逃げ帰りたかった。


「けど、心配なのよ。交渉が上手く行っているか」


 イライラしているのかユリア陛下は小刻みに身体を動かしている。そんな彼女をたしなめるようにラザフォードが声をかけた。


「ラーンサーン王を通じて文武帝への密書、親書は届いております。マルケリウスの指輪で謁見が叶いましたからね。文武帝への親書は無事に直接渡せました。文武帝は提案をご快諾され、こちらと歩調を合わせて交渉を進めています。懸案でした秦宰相は今回の大敗北で発言力を失っていますから横槍は少ないでしょう」


 ユリア陛下とラザフォード公爵が帝国の極秘事項をエリカの後ろで話すことも彼女のストレスを更に増やす。

 そのような事を聞かされて誰かに狙われたらどうしろというのか。誰にも話してはならないこと、がどれだけ辛いか、ここの人達は分かっているのか。


「通信は大丈夫ですよ。キチンと繋がっています」


 横にいる玉川社長、いや大臣がユリアに伝える。

 帝都に出張していたが今日の明け方頃、船と列車を乗り継いで舞い戻ってきた。普段から王国と帝国各地を鉄道で移動して視察をしているのは知っているが、どれだけパワフルなのだろうか。


「そろそろ結果が分かるはずです」


 昭弥は時計を見ながらユリアに伝えた。

 今、エリカの前に用意されている電信は講和交渉の場と直接繋がっている。魔術師のテレパシー通信もあるが、信用できて今活躍出来る魔術師が居らず電信による通信が採用された。

 電話でも良かったのだが、寒さのせいか通話状態が悪くて使用できず、単純な電信が採用された。


「まだかしら」


 苛立つユリアが呟いたとき、電信がゆっくりと動き始め通信文を打ち出し始めた。


「来ました」


 エリカは出てくる通信文を直接読み取って行き原文ママで書き写す。やがて通信が終わり途切れた。


「何が書いてあるの」


 本文に戻そうとしたが、ユリア陛下に尋ねられてユリアは硬直した。

 原文のまま渡すべきか、それとも解読してからか。

 迷っている間に横から原文が取られた。


「エリカさんは確認の交信をお願いします。翻訳は私がやります」


「は、はい」


 原文を取った昭弥に言われてエリカは発信元に確認文、送られた通信文をそのまま打って受信に間違いが無いか確認する。間違いが無ければ終了信号が、間違いがあれば再び電信が送られてくる。

 その作業にエリカを専念させ、昭弥は略号だらけの本文を翻訳した。


 発 講和交渉団 宛大本営

 交渉成立す。周は全条項を承諾せり


「以上です」


「本当なの?」


 大声で昭弥が報告するとユリアが尋ね返したが、答えたのはエリカだった。


「終了信号確認。間違いありません」


「停戦したのね!」


 ユリアが大声で叫ぶと周りにいた人々、帝国の要人が一斉に立ち上がり歓声を上げた。

 各々喜びの声を上げ抱き合っている。ユリアも昭弥に抱きついており、エリカも誰かに後ろから抱きつかれた。


「全条項が承諾されたのか?」


 ただ一人、ラザフォード大臣のみ冷静な声でエリカに確認した。


「はい、電文ではそのように」


「交渉で変更が無かったか確認してくれ」


「は、はい」


 直ぐにエリカは通信文を作成すると打電した。返信は直ぐに来て全ての条項が承諾されたことを伝えた。


「なんてことだ」


 それを聞いたラザフォードは顔をしかめた。


「何か問題でも?」

 なおも抱きついているユリアを抱き返しながら昭弥は自分の養父に尋ねた。


「大ありだ。条項には現状維持とある。我々は周の南西部を占領しているんだ。そこも我々が引き受けることになってしまう」


 先の決戦で南方軍集団は前進し西原平原の南部、周の一部を占領していた。


「周の皇帝に花を持たせ反対派を黙らせるための材料にするために、交渉で九龍山脈まで帝国軍は撤退するはずだったんだ」


 現在周の皇帝は不安定な立場にある。講和を求めたのも十分リスクだ。

 そこで文武帝の発言権を増し政治基盤を安定化させるため交渉で領土を奪回した実績を与えよう、とワザと現状維持を入れた。

 交渉でリグニア側に現状維持を撤回させ、即時撤退を呑ませ、領土を奪い返した皇帝として文武帝の名声を高めるはずだった。

 リグニアとしても混乱する国内に集中したいので寧ろ占領地は周に返したい。一寸した外交テクニックとして実行したはずだった。

 なのに何故か残ってしまった。

 交渉団に伝わらなかったのか、ミスか、あるいは何かの策略か。

 ラザフォードは考え込んだ。


「良いじゃないですか。兎に角戦争が終わったことを喜んだら」


 そう言って再び鉄道三昧の生活に戻れると喜ぶ昭弥はラザフォードを宥めた。


「……そうだな。何か不味いことになったら次世代の要人、息子である君に任せよう」


「藪蛇だった!」


 昭弥は天を仰いで嘆いた。




 こうしてリグニアにおいて東方戦争と呼ばれる戦争は終結した。

 双方数百万の軍勢を動員展開し、激闘を繰り広げた一年は終わりを告げた。

 一般的には九龍王国と周の一部を手に入れたリグニア側の勝利とされている。

 だが、戦争によりリグニアと大きく関係を持つこととなった上、これほど大きな戦争により大きな変化を求められる事が周にも大きな利益となっていたがそれはまた別の話だ。

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