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鉄道英雄伝説 ―鉄オタの異世界鉄道発展記―  作者: 葉山宗次郎
第三部 第一章 戦争終結
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防御準備

「戚が大将軍を更迭されたそうだ」


 南方軍集団司令部で総参謀長マルケリウス少将にブラウナー少将は話しかけた。


「そうか」


 表面的には落ち着いていたが、マルケリウスの心は揺れていた。

 互いに祖国に忠誠を誓った軍人であり敵同士となった今、どのような手段でも相手を打ち負かすのが互いの役目だ。

 だが自分が手を貸したと思うと心が痛む。


「済まない。もう少し俺が強く言っていれば」


 落ち込むマルケリウスにブラウナーは頭を下げた。だが、マルケリウスは顔を上げて否定した。


「止してくれ。これも覚悟したことだ。それより巻き添えにしてしまって済まない」


「何を言っているんだよ。結婚式の司祭役と証人役をやったんだ。今更無関係を装えるか」


 互いに南方軍集団への配属と決戦準備を命令されたあの日、スコルツェニー大佐が入って来てから部屋の雰囲気はがらっと変わった。


「マルケリウス少将、あなたが妻にした戚大将軍の事について伺いたい」


 そのことでブラウナーは猛抗議したがマルケリウスが進んで話した事で大きな混乱は避けられた。

 その代わり戚の事について根掘り葉掘り聞かれ、指輪のことまで聞かれた。


「ありがとうございます」


 スコルツェニーは最後にそう言って離れたが、あの時の話しを周に漏らして解任に繋げた可能性が高い。いや絶対にやっているとブラウナーは考えていた。


「いいよ、俺も分かっていて手を貸したんだ。今更抜ける気なんて無い」


 そうブラウナーは言って二人は打ち合わせを始めた。


「で、連中は攻撃を始めるか?」


「可能性は高いね。それも時期が早まっただろうね」


 西原平原南方の冬は短い。間もなく積雪は最大となり、徐々に減っていく。

 そして大将軍だった戚が解任された。


「戚は慎重だからね。攻撃してこない可能性も考えられたけど、新しく大将軍になった呂は奪回を声高に言う強硬派だ。絶対に攻撃してくる」


 戚は彼我の状況を正しく判断できる人物だ。帝国と周の状況を判断して講和交渉をしてくる可能性も有った。

 だが秦や呂のような強硬派がいる状況、更に皮肉なことだが戚が発明した新戦法のお陰で周が優勢である事も不利に働いている。

 彼女が交渉に出ても周の上層部がリグニアの先帝のように握りつぶしてくるだろう。


「大丈夫なのか?」


「ああ、寧ろ解任されて良かったかもしれない」


「どういう事だ?」


「今度の決戦で彼女が敗北したら責任を取らされて解任されただろう。だが、強硬派の呂とその後押しをした秦が強行したのなら彼らを失脚に追い込めるかもしれない。そうなれば講和にいたるかもしれない」


「そうなると良いな」


 ブラウナーは適当に相づちをうったが所詮一軍人では政治の領域に立ち入ることは出来ない。

 だがスコルツェニーとそいつを使う人間、軍務大臣ラザフォード公爵なら何かしかねない。

 玉川大臣からラザフォードの人となりについて聞いているが、あの大人しい玉川大臣でさえ人当たりは良いが悪辣、とか言わせる軍務大臣だ。どんなことをするか分からないが、その不気味さと恐ろしさが頼もしく思えるので不思議だ。


「それより打ち合わせを続けるとするか」


「そうだね。特に今回の決戦兵力となる装甲師団参謀長ブラウナー少将の報告は聞いておかないとね」




「ぐずぐずするな! 陣地構築を急げ!」


 西原平原南部、その一角を受け持ち地域に指定された王国近衛歩兵第四歩兵師団は防御陣地の建設作業を行っていた。

 その作業を師団長のガブリエル・マッケンジー少将は直接指揮していた。

 与えられたのは九龍山脈から伸びてくる東西を結ぶ線路と山脈に沿って南北に貫く線路の合流点だ。

 数日前までは東から撤退してくる部隊を乗せた列車がひっきりなしに走っていた。だが撤退は数日前に終了し今はこの師団への補給に一日数本の列車が来るだけだ。


「おいそこ! もっと深く掘れ!」


「こう寒くちゃ、動けませんよ」


「死んだら寒さに凍えることもできんぞ!」


「その前に敵を殺してやるよ」


「貴様に殺しきれる訳無かろう」


「何をやっている!」


 喧噪の声がしたのでガブリエルは、その現場に向かった。

 殺気立っていたが、ガブリエルの肩章を見ると兵士達は敬礼して迎えた。


「何があった」


 答礼もそこそこにガブリエルは状況を尋ねた。


「はい、兵が塹壕掘りをサボっていたので活を入れておりました」


「深く掘る必要などないでしょう。弾幕を浴びせてやるんですから」


 下士官が答えると口答えするように兵士が応じた。


「連中の火力を甘く見るな。平野にいたら殺されてしまうぞ」


「疎らに散れば大丈夫だろう」


「それでも殺されるぞ!」


「落ち着け!」


 ガブリエルは、再びケンカを始めた下士官と兵士の間に割って入った。


「兎に角、上官の命令は絶対だ。壕の掘り方があまいようだから掘るんだ」


「しかし師団長」


「命令だ」


「……はい」


 渋々ながら兵士は作業に戻った。


「無理も無いか」


 下士官に反抗するのは大罪だが、兵士は古参兵なのか気が強い。

 近衛軍の一員だが第四師団は、現役を一時退いた予備役を中心に編成されている。先のルテティア戦争で従軍した兵士が殆どで実戦経験もある。だが、東方戦争が始まってからは動員されず各地に残っていた予備役だ。

 それが昨年末に戦況が不利になったことで動員され戦地に赴くはずだった。

 しかしクーデター参加部隊に選抜され九龍を制圧。ユリアの皇帝即位を助けた。

 手駒にされた訳だが自分の国の女王が皇帝になったのを喜んでいる兵士も多い。何より自分たちが今の国を作ったという自負が強い。

 ただ、そうした経歴を買われて何人もの下士官が新設部隊へ異動が命令され、代わりに東方戦争に最初から従軍していた兵士が下士官に昇進した上、配属されてきている。

 彼らは東方戦争を最初から劣勢になった最近まで従軍した自負がある。何より大反攻で襲いかかって来た周の戦法の恐ろしさを身を以て知っており防御に熱心だ。

 士気は高いが時折傲慢に変わりやすい近衛歩兵第四師団兵士には丁度良いのかも知れない。

 ガブリエル自身も東方戦争が始まってから初めての従軍でどのような戦場か分からない。

 命令を受けてそれを信じて遂行するしか無く、経験者の言葉は有り難かった。


「無事に済めば良いんだけどな」


 防寒具が供給されたお陰で寒さは殆ど無い。石炭の供給も潤沢でテントや兵舎にはストーブがあり暖がとれる。レンガもありストーブの中で熱しておいて野外作業では懐炉として使える。

 構築のための資材や物資の供給も潤沢であり、作業は順調だ。

 前方には各歩兵連隊を中心にした諸兵科連合部隊が入る陣地が三箇所。それぞれには出城のような前方陣地が存在し主陣地を援護する。

 後方には師団の主力や支援部隊を収容する大陣地と列車の臨時操車場を整備。操車場からは各陣地に向かって軽便を敷き補給と支援が行えるようにしている。

 鉄道のお陰で建築資材や武器弾薬が後方から順調に運ばれてきている。それらの物資も軽便を使っての陣地への供給も順調だ。

 資材の殆どが鉄道の流用、柱や梁に使う鉄骨がレール、屋根や壁に使う木材が枕木というのは、ご愛敬だが無いよりマシだ。

 更に土を被せ水を掛けて一晩置くとカチコチに凍り防御力は上がる。

 防御としては十分だろう。


「こんだけの物資が帝京の時にあったらな」


 歴戦の兵士の中にはこんなことをぼやく奴もいるが、状況が良い証拠だろう。

 だが、勝てる保証にならないのが戦争だ。

 不安を感じつつ自分の判断が正しいかどうかの審判は三日後に始まった。 

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